第193話 フォルクヴァルツへ

 ラングドン領での用事を済ませた後、セージたちは飛行魔導船に乗って、ナイジェール領に飛んだ。


 ナイジェール領では新領主就任の式典が催され、元々管理していた王国第八騎士団や王宮の文官等からの引き継ぎが始まった。

 ラングドン家、ミストリープ家、アルドリッチ家の支援により、文官と使用人はほとんど揃っている。

 ただ、騎士と兵士が足りていないこともあり、完全に移行するまでは数か月かかるだろうとの想定だ。


 また、セージは領主として様々なことを決めなければならない。

 しかし、ナイジェール領の管理の打ち合わせは領内の発展重視という方針など大雑把なところだけを伝えて、あとは丸投げである。


 その方針を受け取ったのはラッセルの父親ロードリックだ。

 元グレイアム男爵の経験を活かして欲しいと伝えている。

 一応ラングドン家の執事がついているが、グレイアム男爵は貴族とのつきあい方が悪かっただけで、領の運営はしっかりしていた。

 それに、冒険者を引退するような歳から冒険者になっていたロードリックにとって奇跡的な良縁といえるものであり、感謝と共に運営への意気込みは強い。


 その他にも、塩や魔石など資源の権利について国と揉めているようであったが、それも丸投げ。

 その辺りのことはネイオミに頑張ってもらうことになった。

 その報酬として精霊士にするとは言っており、ネイオミはかなり気合いが入っている。


 領のことをすべて丸投げしたセージは、すぐに王都に戻っていた。

 第三学園の期末試験と卒業試験があるからだ。


 期末試験とはいっても実技は学園対抗試合で単位があり、座学はセージにとって難しくはない。

 というよりも、すでにほとんどの分野でセージの知識が教官を上回っている。

 試験をする必要もないので、ナイジェール領に向かう教官の面談を試験の代わりとした。


 また、卒業試験でセージは教官側、実質ナイジェール領騎士団の試験だ。

 第三学園のメンバーの一部にはすでに勇者になっている者がいて、セージがいないとキツいという理由もある。

 この試験がナイジェール領騎士団での評価につながるとあって、皆のやる気がみなぎっていた。


 試験が終わると王国に試験結果を報告し、すぐに卒業式を行う。

 それからすぐにナイジェール領へと旅立った。

 ちゃんと試験を行ったりしたのは王宮や王国騎士団に第三学園の動きを悟られないようにするためである。


 王宮は第三学園からナイジェール領に進む者がいることを把握していたが、そこまで多くとは思っていなかった。

 卒業試験の視察で特に優秀な者は優遇して、騎士団にいれようとしていたのである。

 しかし、それを伝えに来る頃にはもう王都にはいない。


 そして、セージは第一学園への入学に向けて準備を始める、わけではなく、神命鳥の討伐に向けて動き出していた。


「さて、準備はいいですね?」


「私たちは問題ない。ブレッドたちも大丈夫か?」


「おう。セージに言われた通りの装備にしてるぜ」


 今回、ちゃんばらトリオのブレッド、マイルズ、フィルが急遽呼ばれて駆けつけていた。

 神命鳥の討伐により職業『英雄』を出すためである。

 いろいろとあったが、ちゃんばらトリオには世話になったからだ。


 また、神の魔物を倒すことが『英雄』を出現させる条件なのかどうかを確認したいということもある。

 第三学園の者は勇者になっていたとしてもマスターにはまだ到達していない。

 勇者をマスターしていて、かつ仲間と言える者の中ではちゃんばらトリオくらいしかいなかった。


 セージは冒険者ギルドを介して、とりあえず来てほしいという連絡をしたので、セージに何かあったのかと慌てて王都に駆けつけたのだが、ただランク上げをするだけだと聞いて少し怒ったとか。

 それでも『英雄』になれるかもしれないとなれば許すしかない。


 大樹の迷宮でのパーティーは王宮やナイジェール領のことで頑張っており、今回は不参加だ。

 また『悠久の軌跡』のヤナとジェイクは賢者になるため再度生産職マスターに向けて頑張り始めている。

 カイル、ミュリエル、マルコムは別の場所でランク上げをすると同時に、ヤナとジェイクの生産職ランク上げ用に素材集めをしていた。


 つまり、神命鳥討伐メンバーはセージ、ルシール自由騎士団、ちゃんばらトリオ、計十八人となっている。


「今回はフォルクヴァルツを拠点にするんだよな?」


 ブレッドがサクサク歩きながら問いかけ、セージが答える。


「そうだよ。ドワーフの里は楽しみだなぁ。誰か行ったことはある?」


「私は一度もないな」


「ルシィさんでもないんだ。ギルさんは?」


「俺もねぇよ。元々俺は王国の南でしか活動してなかったしよ」


「そもそも、ドワーフ族は他種族を歓迎しないぞ。今はグレンガルム王国との仲は悪くないが」


 ドワーフ族と人族はビジネスパートナーのような関係になることが多い。

 ドワーフ族は武器類や魔導具などを作り、人族は食料品や薬を提供する。

 交流はあるが仲がいいというわけでもない。


 ただ、エルフ族とは犬猿の仲、獣族とはお互いに関わろうとしないことからいうと、人族とは良好な関係といえる。

 そして、今のグレンガルム王国もそんな関係だった。


「でも町並みは綺麗らしいね。フォルクヴァルツは白系のレンガで統一して作られているとか。それは楽しみかも」


 セージの言葉に隣を歩くルシールが答える。


「そうだな。それに耐久性もかなりいいらしいぞ。特に耐火性は高くて、神命鳥の炎も防ぐくらいだ。王都では王宮や外壁に使われているな」


「それに、壊れたり汚れたりしたらすぐに自分で直すらしいぜ。そうしねぇと直す技術がねぇって思われるからだってよ」


「へぇーそんな理由があったんですね」


 ギルの話に、セージはゲームの映像を思い出す。

 必ずしも白レンガというわけではないが、ドワーフの里は綺麗な町並みが多い。

 ドワーフ族キレイ好き説があったくらいだ。


「ものづくりの町って言うくらいだからな。そこは重要なんだろう」


「この道も綺麗にしてあるしな。全然割れねぇし、この技術はすげぇよ」


 道には白いレンガが敷き詰められており、歩きやすく馬車も通りやすい。

 フォルクヴァルツと王都を行き来するのはほとんどが商人で、馬車の通りやすさは重要だ。


 様々なことを話しながらセージ一行はフォルクヴァルツへと進む。

 今回は馬車を使わずに徒歩で進んでいた。

 徒歩だと一部ショートカットできるからだ。


 ショートカットするには魔物がはびこる森を通る必要がある。

 セージたちが魔除けの香水を使えば出てこない程度の強さだ。

 むしろセージが魔除けの香水を使って近づいてくる魔物など、ほとんどいないのだが。


 一日で山の麓の町、二日目にフォルクヴァルツに到着する行程だ。

 ちなみに飛行魔導船は、過去に神命鳥に落とされて以来、インベット山脈では使用禁止となっている。


 フォルクヴァルツは山の中腹、カルデラのような盆地になった場所にあった。

 山を登って盆地の縁に立つと、木々の間から里の一部が見えるのだ。

 その光景が見えたところで、セージは首を傾げる。


「あれ? なんだか聞いてた話と違うんだけど……」


 見える町並みは白を基調として、部分的にカラフルな装飾がみられる、はずだった。

 しかし、実際には一部倒壊していたり、白いといっても薄汚れていて、廃墟のような雰囲気になっている。


「どうみても綺麗という感じではないな。王都の方が綺麗に見える」


「だよね。神命鳥が原因? それとも地震とかの災害?」


 ルシールが不思議そうにセージを見る。


「地震? 地震とはなんだ?」


「この地域にはないの? 地面が揺れる現象。ここって火山みたいだし」


「地面が、揺れる? 魔物が引き起こすのか?」


「そういうわけじゃなくて……また今度説明するよ。麓の町では最近神命鳥の襲撃があったけど撃退したって言ってたよね? 撃退戦がうまくいってなかったのかな?」


 近年、神命鳥による襲撃の頻度が高まっているという情報を、王都やインベット山脈麓の町で聞いていた。

 神命鳥はかつて十年に一度来るかどうかという程度だったが、ある時を境に約五年後、二年後、一年後、半年というように短期間で襲撃があるようになっている。

 さらにそこから一か月後、今から言うとちょうど一週間前に襲撃を受けたばかりであった。


「そうだろうな。ほら、あの奥の壁、新しいように見える。この戦いで崩されたのかもしれん」


 ルシールは『ホークアイ』を発動しつつ、セージに目線を合わせて指で指し示す。


「うーん。そんなときにますます歓迎されなさそう」


「むしろ迷惑がられそうではあるな。だが、別に観光するわけではないだろう。宿には泊まれるし、食事もできるはずだ。拠点としてはそれだけで問題ない」


「まぁね。せっかくだからルシィさんと里を見て回りたいと思ってたんだけど。仕方ないか」


 セージは新しい町に来たら、くまなく探索したいタイプだ。

 しかし、今は観光気分で見て回れる状態ではなさそうであった。

 ルシールは髪留めに触れつつ、少し考えてから答える。


「昔の記録では、神命鳥を倒せば次に襲撃されるまで長い年月がかかるようになるらしい。里の者も安心するだろう。そうなれば少しは観光できるかもな」


「じゃあ、ますます討伐しないといけないね」


 そんな話をするセージとルシールは隊列の真ん中あたりにいる。

 そして、二人の話は前方にいるブレッドたちにまで話が聞こえてきていた。


「なぁ、セージとルシールさんはいつもあんな感じなのか?」


 セージとルシールの雰囲気を感じながら、ブレッドがこそこそと隣のトニーに聞く。

 ここまでの道中でもちょくちょく仲の良さを目にしていた。

 トニーは複雑な表情で「まぁ、最近はな」と答えた。


「俺らのパーティーにも女騎士がいりゃあな。今は男三人だしよ」


「いても相手が決まってんだぞ? むしろ男だけの方が気楽なんじゃねぇか?」


「でもなぁ」


 ブレッドはチラリと後ろを見る。

 端的に言うと、羨ましかった。


「前衛三人パーティーならあと二人後衛を加えりゃいいだろ?」


「俺ら三人についてこれるやつがいねぇんだよ」


「まぁ、勇者三人だと難しいだろうが」


「そろそろちゃんと拠点を決めることを考えるか」


「腰を落ち着けるにはまだ早ぇだろ。それを言うなら俺らの方が年齢的にもう……」


 それぞれが様々な気持ちを抱えつつ、セージ一行はフォルクヴァルツへと向かうのであった。

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