第192話 ケルテットへ

 翌日の朝、ウィットモア家は大騒ぎになった。

 領主クラーク・ウィットモア子爵が拉致されたからである。


 ウィットモア子爵がクリスティーナ・シトリンとの会談中で二人きりだったところを狙われた。

 さらにその時、子爵邸の敷地内で突然竜巻が起こっていたこともある。

 多くの騎士がその対応にあたり、子爵邸内での異変に気づくのが遅れた。


 邸内にいた使用人やクリスティーナは、相手の強さになすすべなく縛られてしまい、どうすることもできなかったという。

 クリスティーナはウィットモア子爵からシトリン公爵へ書簡を届けてほしいと頼まれており、それも盗まれてしまったと証言した。


 すぐに伝令を走らせて領都を封鎖し、子爵を探したが見つからない。

 リュブリン連邦はラングドン領と元ナイジェール領に繋がっているため、そちらに向けても伝令を走らせた。

 ウィットモア子爵捕獲隊は、この時にはすでにウィットモア領都を出てラミントン樹海に向かっていたのだが。

 その後、リュブリン連邦の使者からウィットモア子爵の身柄を拘束したとの手紙が届いた。


 ウィットモア子爵、つまり貴族が他国に捕まるなどとは前代未聞のことである。

 戦争に発展するレベルの内容だ。

 しかし、その手紙にはリュブリン連邦からグレンガルム王国に対する正式な抗議の書簡がついていた。


 そこにはリュブリン連邦に対してウィットモア子爵がしてきたことと、その証拠について書かれていた。

 さらに、シトリン家が関わっている可能性や、対応によってはアーシャンデール共和国、ザンパルト王国、サルゴン帝国に支援を求めるという内容まで書いてある。


 アーシャンデール共和国の一部はリュブリン連邦に友好的だ。

 悪事をはたらいていたとなると、獣族犬科の立場や、グレンガルム王国への心証は悪くなる。

 ザンパルト王国はグレンガルム王国と友好的だが、リュブリン連邦とも友好的だ。

 クリスティーナの証言から証拠はおさえられていると考えられ、それがそちらに流れるとどうなるかわからない。

 そして、敵対しているサルゴン帝国はグレンガルム王国がリュブリン連邦を攻めた隙を狙って、リュブリン連邦を助けるという大義名分により大規模な戦いを仕掛けるだろう。


 この書簡を受け取った王国は、ウィットモア子爵を罪人として正式にリュブリン連邦へ引き渡したことにすると決定。

 さらに王族派はシトリン家が計画の主犯だとして責任を追及した。


 しかし、シトリン家はリュブリン連邦から戦いの協力を得られるように依頼していただけだと主張。

 そして実際にそのような証拠しか出てこなかった。

 結局、シトリン家の意思を曲解し、ウィットモア子爵が独断で行ったことにされた。


 ただ、シトリン家の追及をした目的としては達成されている。

 実際のところ、クリスティーナの話からシトリン家の責任を追及することは難しいとわかっていた。

 それでも厳しく追及したのは、シトリン家の信用にダメージを与え、動きを牽制するためだ。


 シトリン家は王族派からの追及に対応するだけでなく、シトリン派閥への説明に奔走していた。

 ウィットモアを切り捨てたと見られると影響が出るからだ。

 王族派に寝返られるわけにはいかない。


 そして、その間にセージ派はナイジェール領の管理を一気に進めた。


 これはネイオミが担当だ。

 ネイオミはすでにリタ・ミストリープ侯爵、ノーマン・ラングドン子爵、サイラス・アルドリッチ教官と共に内政を担う者や騎士団を編成し、使用人などを揃えていたのである。

 その中には第三学園関係者も多い。

 ラッセルの父親であり元グレイアム男爵のロードリック、ベンの家族で隠密部隊のウォード家などがいるが、商人の割合が高くなっている。


 そんな政略が渦巻く中で、セージは飛行魔導船に乗って、ナイジェール領に向かって飛んでいた。

 王都にいてセージが役立つこともないからだ。


 もちろんそれだけではなく、来期は第一学園に入学するとはいえ、領主として一度はナイジェール領に顔を出さなければならない。

 そして、ナイジェール領に向かう途中にあるラングドン領に寄った。

 ナイジェール領の件で世話になったラングドン家に挨拶する必要があるからだ。

 それに、ケルテットにあるローリーの雑貨屋にも用事があった。

 


「セージ、久しぶりだね。ルシール様もお久しぶりです」


「久しぶりー」


「あのときは世話になったな」


 セージとルシールはローリーと親しみのある挨拶を交わす。

 ルシールはランク上げの時にケルテットに住んでいたため、ローリーとも面識があった。


「僕はそれほど。トーリさんたちが頑張っていましたから。ところで、セージ。そちらの方は?」


 セージの後ろにいる二人、ベンとエヴァンジェリンに視線を向ける。

 クリスティーナやアルヴィンは王都でいろいろとしている時であり、パスカルやクリフォードもシトリン家として王都に残っている。


 エヴァンジェリンはナイジェール領の立ち上げ時に王族として参加するという建前のもと、ベンについてきていた。

 侯爵が王族派であるという形にしたいため、話はスムーズに進んだという。

 護衛は王族派の近衛騎士がついてきている。


「ベンとエヴァさん。外には騎士がいるんだけどちょっと人数が多くて待ってて貰ってるよ。騒がしくしてごめんね」


「ちょっと待ちなさいよ! 私の紹介が雑でしょ!」


「そうですか?」


「そうよ! 私はエヴァンジェリン・レイ・グレンガルム、第五王女なのよ!」


 胸を張るエヴァンジェリンにローリーは驚いた。

 そして、セージを一瞬睨みつつ頭を下げる。


「失礼しました。エヴァンジェリン・レイ・グレンガルム王女殿下。私はローリーと申します。このようなところにお越しいただきありがとうございます」


 エヴァンジェリンの呼び名はエヴァで定着しつつあり、今の冒険者の服装も板についてきていた。

 どう見ても王女感はないが、正式な第五王女である。


「ほらセージ、見た!? これが普通なのよ!」


「そういえば王女様への対応って見る機会がなかったです。こんな感じなんですね」


「こういう大事なことはね、後から言ったらややこしくなるんだから! まったく! あなたがローリーね。もう普通にしてていいわ。この対応をセージに見せたかっただけだから」


 ただ、エヴァンジェリンとしても相手の態度はあまり気にしないタイプであり、あまり丁寧にされ過ぎるとイライラすることもあるくらいだ。


 そんなことがありつつ、セージは片隅で我関せずと細工をしているジッロに話しかける。


「ジッロさん! 調子はどうですか?」


 その質問にジッロはチラリと見てゆっくりと頷く。


「おっ! ほんとですか? これは期待できますね」


 するとジッロは一つの腕輪を取り出した。


「あっ、もう全部できてるんですか? さすがです!」


「なんで会話できてんの? というか会話なの?」


「まぁ僕の師匠ですからね。これくらいのことは……んっ?」


 セージはエヴァンジェリンの言葉に答えながら腕輪を受け取り、まじまじと見始める。

 そして『鑑定カンテイ』を使った。


「まさかこれって……!」


「どうしたのよ、セージ。また何かあったの? ベン、ちょっと鑑定してよ」


 ベンは驚愕して固まるセージが持っている腕輪に触れて鑑定する。


「サラマンダーの腕輪、効果は火魔法無効ですね……えっ、無効!?」


「はぁ!? すごい効果じゃない! さすがのセージも驚くわね! あれっ? あなたが頼んでたんじゃないの?」


「頼んだのは炎竜の腕輪です。まさかこんなものを作り出すとは、ジッロさん……さすがです」


 セージが頼んでいたのは火魔法半減の効果を持つ装備『炎竜の腕輪』である。

 これと『耐火の服』『水鏡の盾』を組み合わせることで火魔法100%減を得る予定だった。

 セージが『サラマンダーの腕輪』を頼まなかったのは、素材が足りないなどという理由ではない。


 FSのゲームに『サラマンダーの腕輪』は存在しないのである。


 アイテムの強化や改良は今までにもあったが、知らない装備ができるということはなかった。

 他の者からしたら知らない装備があるなんてよくあることである。

 しかし、今までの装備を全て知るセージにとって、新たな装備の発現は驚愕の出来事だ。


 セージがジッロに視線を向けると、珍しく視線が重なる。

 その目には自信が溢れているようにも感じられた。

 


 ジッロは創造師になるため、ガルフやトーリと共にランク上げをしていた。

 そこでわかったことがある。

 二者ともそれぞれの分野で世界の頂点に立ち、誰も登ることができないようないただきにいて、さらなる高みを目指しているということ。

 そして、自分はそこに到達していないということだ。


 ジッロは無口だが、その差に直面して何も感じないわけではない。

 ランク上げをしながら考えていた。

 自分には何ができるのかと。

 そこで思い浮かんだのは細工だった。

 ジッロがずっと取り組んできたものはそれしかない。


 ただ、どれだけ正確に作ろうと、ある一定のところからは性能が同じになる。

 その壁を超えるにはどうすればいいのか見当もつかなかった。

 そして、ランク上げが終わり、創造師になったときのことだ。


 正確に模倣するのではなく創造することを思い付いた。

 つまり自分で新しいものを作ればいいのではないかと。

 それからジッロは新たなデザインを一心不乱に模索し続けた。

 装備のデザインは一部にアレンジを加えることができるのを発見したのだが、性能は変わらず、アレンジしすぎると装備品ですらなくなる。


 結局何も変わらない。

 その間にもガルフとトーリは自らの分野で様々な物を作っている。

 弟子となったエイリーンはとうとう魔導具師になり、成長している。

 自分だけが停滞しているような、言い様のない焦燥感があった。


 そんな気持ちでもエイリーンへの指導は続けていた。

 セージのように元から器用でも教えていない物をつくったりもしない。

 いたって普通だ。

 けれど、集中力はあった。

 没頭すると店番どころか寝食も忘れる集中力。

 それを見てジッロはちゃんと弟子として教えようと思ったのだ。


 いつものようにエイリーンがジッロに作品を見せた時のこと。

 その時、エイリーンはステータスを変化させる装備の練習中で、STRを上昇させる『力の指輪』を作っていた。

 丁寧に作られていたが、ジッロからするとまだまだ甘い部分はある。


 ジッロはそこを指摘していった。

 そして紋様の一部をなぞりながら「細い」と言った時、ふと思ったのである。

 紋様の掘り方が細く『知の指輪』に似ていると。


 その瞬間にあるデザインがひらめいた。

 ジッロは道具を手に取り、ミスリル製のリングを彫金し始める。

 エイリーンは指導の途中で急に始まった彫金に困惑しつつも静かに観察していた。


 そして、一つの装備が完成する。

 それは『増強の指輪』。

『力の指輪』と『知の指輪』のデザインを参考に考えられたものだった。


 それは簡単にできることではない。

 今までにジッロは様々な魔導具や細工を黙々と作り続けてきた。

 その下地があったからこそ、新たなデザインの開発に繋がったのだ。

 そして、これこそが創造師の原点といえる。


 その出来事があったのは年末のことだ。

 そして、年始の挨拶にセージが来た時に『炎竜の腕輪』の作製依頼をされた。

 聞いたことのない装備だが、作り方はセージから教えてもらえる。

 もちろん言葉や大まかな絵だけで作ることは難しいことだ。

 しかし、ジッロにとってそれを再現することは、難しいことではなくなっている。

 ジッロはそれほど時間をかけずに製作した。


 依頼としてはそこで終わりだが、この時のジッロは違った。

 思い出したのはトーリとガルフの言葉。


『その時、私は理解したんだ。これは薬師として神の領域に至る試練。私はそれをセージから授かったんだと』


『これだからエルフ族は……と言いたいところだが、セージのことだけはそうかもしれねぇな。試練ってのを感じる時があるぜ』


 ジッロは思った。

 これが神の領域に至る試練か、と。


 このタイミングで依頼がくるということはそういうことだろうと思った。

 ただ、『炎竜の腕輪』を作るだけではないはずだと考える。

 聞いたこともないような装備であるが、簡単に作れるものが試練のはずはない。


『本当は一つで火魔法を無効にできたらいいんですけどね。それは無理なので装備を組み合わせるんですよ』


 思い出したのは、セージの言葉。

 そこで、火魔法無効の効果を持つ新たな装備の開発にとりかかった。

 ただ、無限とある素材とデザインから適切なものを選択するのは困難を極める。


 ジッロは『炎竜の腕輪』を超える装備を作ることに没頭した。

 教会のミランダやエイリーンが心配するほどであり、まさに寝食を忘れて取り組む日々。

 今までに作ってきた装備を参考にした試行錯誤。


 イベントアイテム『ゴルベヤの首飾り』、防御力上昇『ミスリルの髪飾り』、魔法防御力上昇『虹の指輪』、状態異常無効『妖精の腕輪』。

 セージから教わった装備は多岐にわたる。


 製作は困難を極めたが、セージが来る数日前に『サラマンダーの腕輪』の作製にこぎ着けたのだ。

 だからこそ、ジッロの目は自信に溢れていたのである。


 そして、ジッロはどうやって作ったかを端的に説明すると、セージが言った。


「つまり、新たな装備が生み出せるということですよね? これは凄まじいことですよ! ところで、各属性が無効になる精霊の腕輪シリーズとか作れると思います? ルサルカの腕輪とかコロポックルの腕輪とかほしいんですけど」


 ジッロは思った。

 ここからが始まりなのだと。

 トーリやガルフの会話について理解する。


 世界の頂点というスタートラインに立った気分のジッロは、セージに対して力強く頷くのであった。

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