~インベット山脈編~

第189話 ウォーレンの仇敵

 ウォーレンはウィットモア領とリュブリン連邦を行き来しながら、リュブリン連邦の宝を盗むように持ちかけてきた者、トムを探していた。

 トムが一連のリュブリン連邦の宝の窃盗未遂事件に関わっていると考えているからだ。


 リュブリン連邦で捕まった者たちは皆、同じような背格好の男からウィットモア領で依頼されている。

 証拠はないが、同一人物の可能性は高く、ウィットモア領内を探し回っていた。


 それと同時に、ラナに呪いをかけた者も探している。

 ただ、これに関しては全く情報がない。

 どこで呪いをかけられたかわからないからだ。


 呪いが始まった頃のことを思い出しても町に住む者だけでなく、旅人や行商人、冒険者などにも会っていた。

 特定は困難だ。

 だが、トムを捕らえることでその情報も得られるのではないかと考えていた。


 手がかりが得られない日々を過ごしていたが、ある日ディオンがおかしな商人を発見した。

 広場に布を敷き商品をならべて商売をする露天商である。

 見た目におかしなところはない。

 ただ、レベルが50の上限、HPは2000を超えており、普通の商人ではないことは明らかだ。


 よく観察すると、トムにも似ている。

 獣族のディオンは目立つため、ウォーレンとアリスターで行動を監視した。

 一度、ウォーレンの仲間であるクィンシーに頼んで商品を鑑定したが、怪しい物はなかった。


 冒険者から事情があって商人になっただけなのか。

 トムの顔をはっきりと見てはいないので、確信があるわけでもない。

 監視を続けるかどうするかを迷っていた時、セージが近くを通った。


「あっ、ちょっと先に行ってもらえますか? 気になる店があって」


 ギルたちと別れてセージパーティーが宿の手前にある広場で露店商に近づく。

 セージにはルシールとベンがつき、ベンにはエヴァンジェリン、エヴァンジェリンにはアルヴィンがついてきたのである。


(やはりあの商人には何かあるのか?)


 セージがただの商品に興味を持つとは思えなかったからだ。


「アリスター、ディオンを呼びに行け」


 ウォーレンはアリスターに指示を出して、何気ない動きで商人に近づく。

 そして、会話が聞こえるところまで接近し、様子を見る。


 ルシールが「この商品が気になるのか?」と質問するとセージが頷いた。


「うん、かなり珍しい物だと思うんだ。すみません、これ、鑑定してもいいですか?」


(あれか。あれはただのブレスレットなんだが、何かあるのか?)


 目に入ったのは露店商が広げている品の一つ、ルビーのような石といばらの装飾が入った綺麗なブレスレットである。

 これは以前クィンシーに鑑定してもらったが『茨の装飾がされたブレスレット』としかわからなかった。


 そのブレスレットを指さして言うセージを露店商はジロリと見る。


「この商品は冷やかしで見るものじゃない」


「いえ、求めているものなら購入する予定ですよ」


「……まぁ、鑑定するだけならいいぜ」


 セージは『鑑定カンテイ』を発動すると満足そうに一つ頷いた。


「やっぱり茨のブレスレットだ! これいくらですか?」


 商人はぴくりと眉を動かし、セージを見て答える。


「こいつは子供が軽々しく買えない高級品なんだよ。諦めな」


「へぇ、いくらですか?」


「……金貨十枚だ」


「金貨十枚ですね。じゃあ買います」


「おい、ちょっと待て。金貨十枚だぞ? わかってるのか?」


 節約した生活であれば金貨一枚で一年は暮らせる。金貨十枚なんて平民が見ることの無いような額だ。

 それをただのブレスレットに出せるはずがないと思って商人は言ったのだ。


 セージにとっても金貨十枚は高いが、出せない額ではない。

 欲しい物には金を惜しまないのである。


「わかっていますよ? 今は持っていないのですが、すぐに用意しますので。ルシィさん、金貨十枚借りれる?」


「ああ、ギルドに行けばすぐに用意できるぞ。ちょっと待っていろ」


「ルシィ、私が持ってるから大丈夫よ。金貨十枚でしょ。それくらい貸してあげるわ」


 エヴァンジェリンが金貨を出し始めたのを見て、さすがに商人も慌てた。


「おい待て! 待て待て待て! やっぱりこれは売り物じゃない! 客寄せ用の商品だ! まったく、営業妨害だろ」


「客寄せ? 呪いの装備ですけど」


 その言葉に驚き、目を見開くのはエヴァンジェリンだけでなくウォーレンも、そして、商人もである。


 『茨のブレスレット』はFS2にしか出てこない呪いの装備だ。

 FS2では『鑑定カンテイ』の特技がなく、装備するまで呪いの装備かがわからない。

 そのため、鑑定カンテイを使っても大したことが書いていないのである。


 商人はまさか呪いの装備とバレるとは思っていなかった。


(まさか、あいつがラナに呪いをかけて俺に近づいたのか……!)


「呪いなんて、あるわけないだろ」


「これって呪いの装備なの?」


 否定する商人の言葉を無視してエヴァンジェリンがセージに聞く。


「ややこしい呪いがかかりますね。だから危ないので回収したいですし」


「そんなことを言って値を下げるつもりだな? やり方が悪どいぜ」


「いえ、呪いはありますよ? それも初期の……んっ? これってもしかして――」


 セージは以前この町に来たときに会ったラナを思い出す。

 ラナはFS初期の呪いにかかっていた。

 普通、装備の呪いは解呪するまで外れない。

 しかし、ゲームでも『装備を外す』を選ばずに別のブレスレットをつけると普通に外れ、呪いだけが残るというバグが存在した。


 何かを感じ取った商人はササッと商品を片付けようとする。

 それを陰から近づいていたウォーレンが掴んだ。


「逃がさねぇぞ」


 ウォーレンの手に力が入る。

 リュブリン連邦への襲撃者に繋がるため、これ以上被害者を増やさないため、そんな聞こえのいい理由はある。

 ただ、何よりもラナを苦しめた報いを受けさせてやりたいという気持ちが強かった。


 復讐したところで何かが変わるわけでもない。

 ただ、ラナを苦しめたやつがのうのうと生きているということが、ウォーレンを苦しめ立ち止まらせるのだ。


「あれ? ウォーレンさん?」


 セージが驚くと共に、商人はぎょっとしてウォーレンを見た。


(やはり間違いない。こいつが話を持ちかけてきたやつだ。そして、ラナを呪ったのも、こいつか)


「騎士様! 助けてください!」


 商人が声を上げると、すぐさまウィットモア領の騎士が現れた。


「何をしている!」


(やはりこいつらも仲間だな)


 ウォーレンは監視している中で、商人に二人の騎士がついていることがわかっていた。

 最初は騎士も商人を監視しているのかと考えたが、一度助けに入ったところを見て仲間だと判断したのだ。

 ただ、騎士を尾行して本物だということもわかっており、商人を強引に手出しすることはできなかったのである。


「このブレスレットを購入しようとしただけですよ」


「こいつがこの商品を呪いだとか言ってケチをつけてくるんです!」


「呪いの装備ですからね」


「そんなことはない! 呪いなんて書いてないだろ!」


(確かに呪いとはどこにも書いていないんだが……)


「じゃあ貴方が一度つけてみなさいよ」


 商人はエヴァンジェリンを睨み付け、その言葉を無視した。


「騎士様! こいつらを捕まえてくれ!」


(やはりこれは……)


「はぁ? 私を誰だと――」


「詰所まで来てもらうぞ! 話はそれからだ! 露店商、お前はもう行っていいぞ」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 エヴァンジェリンとセージに手を伸ばす騎士をベンとルシールが止める。

 そして、強引に逃げようとする商人を捕まえるウォーレンをアルヴィンがサポートした。


「何をするんだ!」


「騎士の邪魔をしていいと思っているのか!」


「それはこっちの台詞よ! 私は王――」


「セージ、手伝うにゃ!」


「親分! 来ましたぜ!」


 エヴァンジェリンの発言を遮るようにしてディオンとアリスターが助けに入る。


「何だお前たちは! 邪魔をするな!」


「ややこしいわね! 私が王女――」


「セージ様!」


 宿から飛び出してきたクリスティーナがセージに駆け寄る。

 そして、そのままズザッと跪いて祈るポーズをとった。


「ご無事で何よりです……!」


「あー、うん。無事だったからとりあえず立とうか」


 さすがに戸惑うセージと呆れたように見るエヴァンジェリン。


「まーたややこしいのが来たわ。クリスティーナ、今はそういう状況じゃないの。というか、これを見なさい! 私、王女なのよ! あんたたちこそ邪魔をするんじゃないわ!」


 王家の紋章を見せて叫ぶエヴァンジェリン。騎士も商人もピシッと固まる。

 貴族や王都に住むものならまだしも、子爵領の騎士が王族を見る機会はない。

 それに大樹の迷宮から戻ったばかりで、汚れた冒険者の姿だ。

 見たことがある者でも王女だと気づかないだろう。


 しかし、王家の紋章は騎士なら誰でも知っている。

 自領の旗を掲げる時、必ず王家の紋章も掲げるからだ。


 周りの喧騒が大きく聞こえるほど静かになったところで、エヴァンジェリンが話を始める前にクリスティーナが口を開く。


「お取り込み中に申し訳ありません。何があったのでしょうか」


 エヴァンジェリンが「ちょっとあなたねぇ」と突っかかるのをセージも気にしない。


「呪いの装備を売っている商人を見つけたんですが、ややこしいことになっています」


「商人、ですか? この方はウィットモア子爵家の執事では?」


「そうなんですか?」


「確かトビアスさん、でしたわ」


「いや、俺はトミーだ」


「前に会ったときはトムと名乗っていたな」


「トビアスやらトムやらそんなやつは知らん。人違いだ」


 あくまでもシラを切り通す商人にディオンが証言する。


「こいつの名前はトビアスで間違いないにゃ。レベル50でHP2000を超えてるにゃ。ただ者じゃないにゃ」


 トビアスは「なんなんだお前は……」と呟いて、獣族の一部にはステータスが見える特技を持つ者がいるという情報を思い出す。


「というかこいつが何なの? このブレスレットが呪いの装備ってことはわかったわ。だからなに?」


「かなり珍しい装備なんで、買って終わりのつもりだったんですけど、どうも事情がありそうですし」


 ちらりとウォーレンを見る。

 セージはウォーレンの娘、ラナについてほとんど知らなかった。

 事情があってウォーレンの妻と娘を迎えに行ったら呪われていて、解呪方法を知っていたから解呪しただけである。


 雰囲気で大変だっただろうことは感じていたが、急いでいたこともあり、ゆっくり話している場合ではなかった。

 それに、実質数時間しか一緒にいなかったため、詳しく知らないのは当然である。

 ウォーレンたちと再会したときにリュブリン連邦のことは聞いたが、ラナのことは根掘り葉掘り聞くような内容でもない。


 セージはよく知らなかったが、ウォーレンにとっては仇敵きゅうてきともいえる相手だ。


(絶対に報いを受けさせてやる)


 ウォーレンは絶対に逃がないという気持ちで、相手のHPが削れるほど腕を持つ手に力が入る。


「こいつは俺の娘に呪いをかけたやつだ。そして、リュブリン連邦の宝を盗ませようともしている」


 しかし、ウォーレンの説明では、エヴァンジェリンの頭の中の混乱は晴れない。


「娘に呪い? 国の宝を盗ませる? でも商人で執事なんでしょ? 何がどういうことなの?」


 それを聞いてウォーレンはどう説明すればいいのかと考える。

 代わりに発言したのはじっと考え込んでいたクリスティーナだ。


「これは、ウィットモア子爵が関わっているかもしれません」


 その言葉に大きく反応したのはトビアスであった。

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