第188話 輪番3

 大樹の迷宮内部の安全地帯。

 寝ていたジミーはキムに起こされた。


「交代だぜ」


「あぁ、わかった」


 ジミーは輪番で最後のパーティーだ。

 ゆっくり寝られるため頭はスッキリしている。

 ただ、輪番に向けて少しの緊張感があった。

 その原因はパーティーメンバーにある。


 ジミーと同じパーティーなのはカイル、ギル、キース、そして、アルヴィン。

 ギルやカイル相手でも多少は気をつかうが、緊張するわけではない。

 原因は王族であるアルヴィンだ。


 混沌地帯で数日間、大樹の迷宮に入ってからも共に戦ってきたが、会話はしたことがなかった。

 王族とは一生に一度会うかどうかというくらいの存在だ。

 そんなアルヴィンのことをベンが普通に起こしていた。


(よく普通に対応できるよな)


 セージパーティーはもちろん、カイルたちも普通に対応している。

 だが、ジミーだけではなくトニーたちやクリフパーティーなども慣れていない感じはあった。


(輪番での交流か。俺から話す形にはならないだろうけど、もしもの時のための話題がありゃあな)


「キム、そっちの輪番ではどんな話をしていたんだ?」


 寝る準備をするキムは少し考えて答える。


「俺たちはマルコムさんにいろいろと質問してたぜ。特に避け方は参考になったな」


「マジか。それめちゃくちゃ聞きたい」


「一度聞いた方がいいぜ。次の輪番で一緒を希望すりゃいいんじゃねぇか? まぁそれだけじゃなくて、くだらない話もしてたけどよ」


 ニヤリと笑うジミーに嫌な予感がする。


「くだらない話ってまさかアレか?」


「決まってんだろ。行ったらヤバい娼館ランク付けだよ」


 それはラングドン騎士団の酒の席でたまにしていた話だ。

 ただ単に行かなきゃよかったと思う娼館を言い合い、どこが一番ヤバいかを決めるだけである。

 ジミーの鉄板ネタは歯のないお爺さんがいる店『神界への入り口』でのいろいろな出来事だった。


「お前……ここであれをやったのか」


「男だけの交流ならありだろ? てか、俺が話せることなんてそれくらいしかねぇし」


「馬鹿なのか?」


「おいおい、結構盛り上がったんだぜ。ベンは娼館に行ったことがないみたいだからよ、今度俺のおすすめに連れていってやっても――」


「お前、それは止めとけ。王女様の婚約者だぞ」


「まだ婚約だろ?」


「もう、婚約だろ。考えが甘いって。マジで止めとけよ」


「固ぇこと言うなぁ」


「お前、パットの悪夢を知らないのか?」


 パットとは、かつてラングドン騎士団にいた中隊長である。

 若くして中隊長になった実力者パットは領内の警備中にたまたま大商会の娘を助けて見初められ、婚約することになった。

 しかし、婚約してからも娼館に行っていたことが、結婚式が近づいて来たときに判明。

 清い関係でいた令嬢はショックを受け、婚約は白紙となる。


 騎士様と大商会の令嬢ということで注目を集めていたこともあり、破局の噂は領都で格好の話題に。

 そこで、パットは逃げるように急遽遠征に出て、運の悪いことにイレギュラーのボスに会った。

 まだボスの範囲に入ってなかった部下に援軍を頼み、ボス戦を耐えきったものの、盾を装備していた左腕を負傷。


 全治半年。元のように戻る可能性はあるが、リハビリは必要になる。

 早くても一年はかかるだろうと見込まれた。

 そして、それまでは教官として新兵を訓練する練兵所に移ることに決まった。

 教官であれば町に出ることもない。

 そんな配慮もあったのだが、パットは三日間の療養後、復帰せず実家に帰ることを決めた。


 出ていく直前にパットが『悪い夢をみているようだ』と呟いたことから、この件はパットの悪夢として語り継がれている。


「あーあれか……わかったよ。じゃあ、そろそろ寝るわ」


(まったくこいつは。本当にわかっているのか?)


 そうしてキムはあくびをしつつゴロンと横になる。

 三番手は中途半端に寝るので一番難しい。

 覚醒してしまうと眠れなくなり、睡眠不足になるからだ。


 しかし、キムはすぐに寝入ることができるタイプである。

 すでにまどろみの中にいる様子だった。


(この特技だけは羨ましいぜ)


 ジミーたちは寝ている者たちから離れて入り口に近い方で円形に座っていく。

 魔物が来たときに対処しやすいようにするためと全方向を監視するため、そしてお互いに寝ていないか確認するためだ。

 ジミーたちは四番手なので眠いことはないが、二番手などはお互いに監視していないと大変なことになる。


「それにしても本当に魔物が出ねぇみたいだな」


 一度も起こされることなくゆっくりと寝られたギルが呟くように言い、カイルがそれに頷く。


「セージがああ言ったんだ。ここは安全地帯なんだろう」


「それはわかるけどよ。その安全地帯ってのが不思議なんだがなぁ」


 その言葉にジミーは内心でうんうんと頷く。


(マジでそれ。よくここが安全地帯だって断言できたよな。実際にそうなんだけど)


「セージって何者なの?」


 そんな話の中でアルヴィンが素朴な疑問を上げ、ジミーはその疑問に心の中で大きく頷いた。

 ややあってギルが悩みながら答える。


「何者なんだろうな。俺が会ったのはまだ孤児院で暮らしているとき、十歳くらいだったか。身長は伸びたが、今とほとんど変わらないな。お嬢は五歳の頃に会っているらしいが」


「俺は六歳の頃に会ったな。体は小さく、レベルも低かったが、雰囲気は今と変わらない。それに当時からエルフ族のヤナと同等以上に魔法の知識があった。まぁそんなやつだ」


(そんなやつってどんなやつだよ!)


 ジミーは心の中で突っ込みを入れるが口には出さなかった。


「セージの知識はどこから来たのかな?」


「それがわかんねぇんだよな」


「本を読んで学んだとは言っていたが、孤児院に本はなかったし、文字をどこで覚えたのかということもある。そもそも本だけであそこまで多様な知識が得られるとは到底思えない」


「ただ、悪いやつじゃねぇぜ。俺はセージに何度も助けられた」


「それは俺もだ。今勇者になってるのもセージがいたからだしな」


(ますますどんなやつなんだよセージは)


「神の子、神の使者、そんな噂があるんだけど、どうなの?」


 それはアルヴィンがセージの情報を集めている時に得た噂だ。

 その言葉に「そりゃ違うな」と否定するのはギルである。


「お嬢はセージが何者かを知っているんだが、神から使命を受けたわけじゃねぇし、普通の人族らしいぜ。出自が特殊なんだとよ。詳しいことは聞いてねぇがな」


(出自が特殊って、国王とか勇者とかそんな類いの子供ってことか? いやいや、それにしてもセージみたいになるか? アルヴィン様も歳にしては大人びてみえるけど……)


「そうなんだ。意外な話だね」


「意外か? セージの出自が普通だったって方が信じられねぇだろ」


「僕が集めた情報では、セージは五歳で孤児院に入る前、記憶を失しなったはずなんだよね。けど、その話からすると、出自をちゃんと覚えている。つまり、その知識がどこから得たものなのかも覚えているってこと」


「そういわれてみりゃそうだな」


「でも、呪文とか魔導装置とか理解できるにも関わらず、知識としては抜けていたりもするし、記憶がちぐはぐな感じもするけど」


「そこは不思議だな。呪文は読めるが、知らない様子ではあった。上級魔法はヤナが教えていたしな」


「それに、神から使命を受けていないとセージが断言するってことは、神から使命を受けなかったことがわかっている。神との繋がりがあるのかも……?」


「うーん、セージならありえそうだが、まぁいいじゃねぇか。考えてもわからねぇし、セージはセージだろ?」


(わからないからって、それでいいのか?)


「それはそうなんだけど……」


 釈然としないアルヴィンを、カイルは暖かい目で見ながら言う。


「考えることは重要だが、考えすぎると動けなくなることもある。時には適当になってみることがあってもいい。セージは別世界の人族だったとかな」


「そりゃいいな。もう別世界から来たってことでいいんじゃねぇか? それならなんでもありだ。ほら、もっとくだらねぇこと考えようぜ。ジミー、なんかねぇか?」


「えっ? 俺っすか?」


(マジで? あー話題考えときゃよかった!)


「一番適任だろ? さっきもキムと話していたようだしよ」


「いやでもあの話はさすがに……」


(このパーティーで話す内容じゃねぇ! うぉー! どうする!?)


「あぁ、別の話でもいいぜ。まぁ思いつかねぇならいいんだが」


 ジミーはパーティーを見回す。

 元上官のギル、真面目なカイル、王子のアルヴィン、緊張からずっと固まっているキース。

 自分しかいないと思った。


(……ここは俺が何か話をしないと!)


「ええと、じゃあアッシュフィールド領都の外れに『魔物でも昇天』って名前の娼館があるんすけど……」


(って俺は馬鹿か!? この話題は間違ってるって!)


 注目されて焦って口から出たのは行ったらヤバい娼館ランク付けで話した内容であった。

 言いかけて止まったジミーの話に、アルヴィンが興味を持つ。


「変わった名前の娼館だね。娼館ってそんなものなのかな?」


「えっ? あー、普通のところもありますけど、変わった名前が多いですね。すみません。こんな話を始めて」


「ううん。結構聞いてみたい。僕が娼館に行くことはないから」


「そりゃ当然ですよね。王子なら別にそんなとこ行かなくても……まぁ王宮にいるでしょうし」


 王宮にはその手の部署がひそかにある、ということはよく知られていることだ。

 血統を途絶えさせないためという理由もある。

 ただ、アルヴィンの場合は異なっていた。


「僕は王子で勇者だからね。職業の遺伝があるからその辺は厳しいんだ」


「あーなるほど……」


(ってことは俺も注意しなきゃいけない? キム、大丈夫か?)


 職業は遺伝するため、当然このパーティー全員、子供に上級職が伝わることになる。

 王宮は勇者の遺伝を管理するために、アルヴィンにも厳しく制限していた。


「それに抜き打ち検査もあるし」


「抜き打ち検査?」


「誘惑してくる女性が今までに何人もいてね。駄目なんだけど一度受けてしまったことがあるんだ。一年以上仕えてくれていた使用人だったから気を許している所もあったし、僕に対する想いを伝えてくれたから」


(やっぱ王子で勇者は違うな。俺もモテてみたいぜ)


「でもそれが罠だったってわけ。誘惑に耐えられるかどうかの検査で。もう言い逃れできないような状況になった瞬間に王宮の者が入ってきてさ。そのまま地下牢に連れていかれてね」


(まさかの急展開! 地下牢とかマジで鬼畜過ぎないか? その誘惑に耐えるなんて無理だろ)


「貴族用の牢だからそれほど悪い場所じゃないんだけど、兵士が憐れみというか生暖かい目で見てくる中で次の日は丸一日謹慎になって。だけど、翌朝牢を出てからの方が辛かったね」


(牢を出てから? なんでだ?)


「一日いないわけだから、当然親には何が起こったか伝わっているわけで」


(えっ? 気まずっ!)


「エヴァンジェリンは冷たくなるし、使用人が変わったと思ったら前の使用人は義母の使用人として働いているし」


(マジかよ。義母の策略?)


「学園に行ったら皆知っている様子で、でも誰も何も言わなくて。一日いなかったことに触れる者もいないし」


(逆につらいっ!)


「僕は軽いと思ったのか、ある貴族が娘に誘惑するように言ったみたいで、学園内でも誘惑されて。当然断ったら、その子には実は想い人がいて。その人にも振り向いてもらえないって泣かれて。仕方なく慰めていたら、それも誰かに見られたみたいで新たな噂が回るし」


(優しさが裏目に!?)


「成人前の半年間は辛かったなぁ」


「十四歳でその苦行!? っと、すみません」


 思わず心の声がもれたジミーにアルヴィンが微笑む。


「いいよいいよ。何かくだらない話でもと思ったんだけど、難しいね」


 その言葉にジミーはハッとした。


(俺の代わりに話をしてくれたのか!)


「いえ、俺、アルヴィン様の話聞けてよかったです!」


「本当に?」


「マジです! 俺も気合い入れてめちゃくちゃくだらない話するんで!」


 アルヴィンは「なにそれ」と言いながら笑った。

 そして、ジミーが話し始め、キースも少しずつ加わり始める。

 ギルとカイルはアルヴィンへの遠慮や緊張が緩和されたことにほっとしていた。


 四番手のパーティーは皆が起きるまで、最もくだらなくて楽しい夜を過ごすのであった。

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