第187話 輪番2

 大樹の迷宮内部の安全地帯。

 セージたちの次に輪番になったのはエヴァンジェリンたちだ。

 パーティーはエヴァンジェリン、ルシール、ミュリエル、アンナ、メリッサの五人。

 エヴァンジェリンが作った女性限定パーティーである。


 元はと言えばエヴァンジェリンがルシールに婚約のあれこれについて聞きたいから作ったパーティーで、女性限定というよりたまたま女性のみになったものだ。

 アンナは恋愛好きなので聞きたいから入り、メリッサも興味はある。

 ミュリエルは話が聞きたいというよりノリで入っていた。


 とりあえず恋愛話を始めるかと思いきや全くそんな気配はない。

 ルシールはエヴァンジェリンに特級火魔法『インフェルノ』の特訓をしていた。


「upio ad maguna salamandra gion rex id ignis ferum ignis selsus columna radir ante hostium、どう?」


「ferum ignis selsusの間は切らずに言い切るべきだ。息をするならその前だな」


「upio ad maguna salamandra gion rex id ignis, ferum ignis selsus columna radir ante hostium、どう? もうそろそろいいでしょ?」


「魔法は発動するだろうが、rex id ignisの発音がまた戻っている。以前までの発音方法は忘れた方がいい」


「ふぅ、わかったわ。Lieru aqua od iles、ウォーター」


「od ilesの発音が甘いな」


「厳しすぎないかしら!? 水飲む時くらいいいでしょ!」


「大きな戦いがひかえているからな」


 そして、ミュリエル、アンナ、メリッサは共に前衛の動きについて語り合っていた。

 今はメリッサが出した議題、三体のゴーレムに囲まれたときの立ち振舞いについてである。

 地面に図を書きながら議論を深めていく。


「その場合は受け流して反撃するな」


「あたしなら右に跳んで避けるよ」


 ミュリエルの対応にアンナとメリッサは難しい表情だ。


「右に跳んだらこっちからの攻撃に対応できないだろ?」


「それに後ろから攻撃があるかもしれない」


「真横より少し前、攻撃をギリギリ避けるくらいで跳ぶんだよー。そうしたらこっちからの攻撃は届かないし、そっちからならグンッてできるからね」


「グンッてなに?」


 首をかしげるメリッサにミュリエルが身振り手振りを交えて説明する。


「んー、こうなってこんな感じになるでしょ? そこからこうやって、こう!」


「えーそれで避けられるか?」


「感覚ではギリギリ当たらないかなー。こう、ここをスルッといくはず」


 ミュリエルは打ち解けるのが早い。

 アンナは少し言葉使いが荒く、メリッサは自分から話すタイプではないが、いつの間にか三人は旧友だったかのように話していた。


 そして、そんな議論はすでに三十分は過ぎている。


「さて、あと百回ほど――」


「ちょっといつまで訓練を続けるの!? 私はこんなことのためにあなたたちと輪番を組んだんじゃないわ!」


「これも重要なことなんだぞ」


「それはわかってるわ! でもみんなとの交流も重要でしょ!?」


 たしなめるルシールにエヴァンジェリンは強気で言い返した。

 それに対してルシールはすんなりと頷く。


「じゃあそろそろ休憩にするか」


「えっ、いいの? やけにあっさりね」


「もう全員寝ているだろうからな。隠すほどのことではないが、聞かれるのもあまり良くないだろう? この時間なら大丈夫だ」


 今回は町が拠点だったので、天幕や寝袋などの用意はない。

 各自がローブやマントなどそれぞれ持っているものを使って眠っている。

 そういうこともあり、寝ようとしてすぐに眠れるわけではない。


 一番手は周りが起きている可能性がある。

 二番手になると起こされるのはキツいが周りは寝ており、次に眠る一番手は眠気が強いので寝るのが早いのだ。


「あら、ちゃんとその辺を考えてのことだったのね。訓練しか興味がないのかと思ったわ」


「それは間違い、というほどではないか。少し前から訓練は止めてもよかったんだが、エヴァの成長をみると止めれなかったな」


「セージもそういうところあるわよね。あなたたちの仲がいいのはそういうところが似ているからなの?」


「どうだろうな。婚約してもお互いに自由にしているから、仲がいいと言えるかはわからないぞ」


「はぁ? この感じで仲が良くないことある?」


「そんなに仲の良さを見せているつもりはなかったんだが……」


「気づいてないのはあなただけよ。そうよね?」


 エヴァンジェリンの言葉に周りはうんうんと頷き、アンナが答える。


「まぁ団長とセージさんが話すときは、なんというか、割り込んではいけない空気があるというか」


「そうなのか?」


「それはあるかなー。邪魔しちゃ悪いかなって感じ。たぶんヤナでさえ気をつかってると思うよ」


 ミュリエルはヤナがセージと話す機会をうかがっていたことに気づいていた。

 恋愛に興味のないヤナではあるが、人族の町で暮らしているのである程度は空気が読める。


「そうだったのか。そんな意識は全くなかったんだが、気をつけないといけないな」


「別にいいんじゃない? 私は羨ましいわ」


「エヴァはベンと仲がいいじゃないか」


「そう? そう見えるならよかったわ。最近やっとベンが普通に対応してくれるのよね。それでルシィの告白なんだけど、どんな感じだったの?」


「そんなに凝ったものではないぞ。騎士の誓いは知っているよな? あれをそのままだ」


「あれ? 騎士の誓い? ルシィから告白したんじゃないの?」


「私が騎士の誓いをしたんだ」


 それを聞いたエヴァンジェリンは、それを想像して「あなた……やるわね」と呟いた。

 そこで、興味津々なアンナが質問する。


「セージさんはどんな反応だったんですか?」


「はぐらかされるかと思っていたんだが『喜んで』と返してくれたよ」


「へぇー意外ね!」


「うわー! いいですね! じゃあその後は……」


「手の甲に口づけをして……」


 ルシールはそこで一度話を切り、少し考えてから続ける。


「婚約が成立したってわけだな」


「えー! なんですかその間は!」


「いや、他に何もなかったなと思ってな」


 皆が寝ているので静かに叫ぶアンナにルシールは軽く笑いながら答える。

 言葉にしてみると、もったいぶるほど何もなかったなと思ったのだ。

 その時、ルシールは緊張していて、もっと大きなことがあった気分だった。


「二人っきりだったんですよね?」


「あの時は私の部屋で二人だったな」


「他に何かなかったんですか? 実は手の甲に口づけをしたあと……」


「押し倒したとか?」


 その言葉にルシールはジト目でメリッサを見る。


「するわけないだろう。セージは成人もしていないんだぞ」


「成人してたら押し倒しました?」


「しない。まったくこういう時は元気だな、メリッサ」


「まさか団長が婚約してたとは思わなくて。あの時初めて知ったんですよ。どうして言ってくれなかったんですか」


「わざわざ報告する程のことでもないだろう」


「報告は重要なことですよ」


「そういうメリッサはどうなんだ?」


「私はニックと順調ですよ」


 それに反応したのはルシールではなくアンナだ。


「んえっ? えっえっ? メリッサってニックと?」


「うん、実はね」


「いやいやいやいやいや聞いてない! えっ、いつから?」


「正式には勇者になってしばらくしてからかな。農業師のランク上げでニックと一緒だった時からだんだんとね。ラングドン騎士団にいるときは全く接点がなかったけど」


「結構前じゃん。まさかそんな関係になってたなんて……」


「別に付き合っても関係性が変わるわけじゃないから。いつも普段通りでしょ? まぁゴニョゴニョとはするけど」


「そこだよ! 関係性変わってるでしょ! 全っ然違う!」


「子供は団長が結婚するまで待つから安心して」


「別にそこを心配してるわけじゃない! というか団長は知ってたんですか!?」


「たまたま見てしまってな」


 宿でルシールがメリッサの部屋をノックしようとした時、たまたまそこからニックが出てきたのだ。

 その部屋の雰囲気で察したルシールは、部屋に入って話を聞いたのである。

 ルシールの言葉にアンナは『見たって何を!?』となり、いろいろなことが瞬時に頭の中を巡ったが、グッと抑えて、返答する。


「なんか……おめでとう」


「ありがとう。アンナもキースとうまくいくといいね」


「うん、あっえっ? ど、どうして?」


 アンナはキースのことが気になってはいたが、一度もそれを言ったことはなかった。


「バレてるから。言葉使いも少し柔らかくなったし。とりあえずここから出たらいってみなよ。ちゃんとお風呂に入ってからね」


 メリッサがフフフッと笑いながら言う。

 ちなみにクリフはしっかりしていて、いいやつで、結婚もしていないが、なんか違うとのことである。


「あたしの里でもこんな話になってたなー。もっと酷かったけど」


 アンナとメリッサのやり取りを楽しそうに見ながらミュリエルが言った。


「そういうミュリはどうなんだ? 恋愛とかあるのか?」


「あたし? あたしはずっと冒険者してたし、うちのパーティーはそんな感じじゃないし。まっでもメリッサみたいにそろそろ押し倒してみるのもいいかもね」


「押し倒すなら誰がいい?」


 話にあげられたメリッサがそう返すが、ミュリエルは気楽に答える。


「うーん、カイルかなー」


「カイルさん!」


「やっぱり」


「でもカイルは強いからなぁ。気合い入れないとねー」


「逆に、とか? それはそれで……」


「でもセージが成人したらいいかも……って睨まないでよー冗談だって。二人の仲の良さは知ってるからね。聞いたよー、ルシィに必要な覚悟ってやつ」


 それは、セージがルシールに伝えた言葉『ルシィさんに必要な覚悟は僕が十五歳になるまで待つ覚悟』である。

 その時ミュリエルはいなかったが、食事のときにアンナから聞いていた。


「あれいいよな! あの時は団長が女の子に見えたくらい――」


「アンナ、いつもはどう見えてるんだ?」


 ルシールから鋭く見られたアンナは、スッとメリッサに視線を移す。


「まぁそれは、ねぇメリッサ」


「私はいつも凛々しい女性である団長をお慕いしております」


「こいつっ……いやその、そうだっ! エヴァンジェリン様はベンさんと……?」


 そこでアンナはエヴァンジェリンの様子がおかしいことに気づいた。

 エヴァンジェリンは少し顔を赤くしつつ途中から黙っていたのである。


「わっ、私はベンとはそこまでじゃ……」


 いつになく歯切れの悪いエヴァンジェリンは、この中で最年少の14歳。

 エヴァンジェリンは王女であり、気を使わず話せる相手は少ない。

 そして、学園でそばにいたのはクリフォードだ。

 ある程度知識はあってもそんな話をする相手はいなかった。

 今、頭の中は様々な想像が駆け回っている。


「すみません。なんかこんな話をしてて」


 アンナが謝ると、エヴァンジェリンはブンブンと首を振った。


「全然いいのよ! 気にしないで! 私はあまりその、そういった話をしてこなかっただけよ! 嫌なわけじゃないわ!」


 顔の火照ったエヴァンジェリンを見て、皆が感じていたイメージが少し変わる。

 そして、五人で仲良く深夜の時を過ごすのであった。

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