第185話 戦いの後
「何とか無事に勝てましたね」
胃の中身を吐ききり、まだ少し顔色が悪いセージが力なく座りながら言った。
今はボスの部屋で休息を取っている。
出発の準備は整っているため、パーティーメンバーは休憩したり、料理をしたり、警備をしたりそれぞれが自由にしている。
「全然無事じゃないわ! こっちは怪我してんのよ! ウォルトとトニーも! あなたも、その、あれだし!」
セージと同じく休憩しているエヴァンジェリンがセージに訴えた。
実はトニーとウォルトは神聖馬戦でHP0になっている。
ただ、エヴァンジェリンのように直撃はしていない。角が掠めて加護が消えた状態で転がって、打ち身やかすり傷になったくらいだ。
パーティーメンバーがすぐに回復して戦闘にも復帰できていた。
「全滅の危機だったことを考えれば、これくらいなんてことないですよ」
セージが料理をせずに座っているのは回復薬嘔吐の影響だけではない。
戦いの間、内心かなり不安だったからだ。
今まで数多くの強敵と戦ってきたが、対応策が思いつかない状況は初めてだった。
勝ち筋の見えない戦いは想像以上に精神力を消費していたようで、力が抜けてしまったのである。
「あなたねぇ、こんな大怪我をしてみないとわからないでしょうけどね。痛みって想像より――」
「エヴァ、セージは大怪我を負ったことがあるぞ」
鍋をかき混ぜながら言うルシールに「そうなの?」とエヴァンジェリンが振り向く。
ルシールはその時を思い出して、小さく頷いた。
「神霊亀。あの時も神が付く魔物が相手だったな」
「神霊亀戦か。吹き飛ばされて動かなくなった時は焦ったぜ」
「あたしもどうしようかと思った! みんなセージを守るために必死だったよねー」
カイルとミュリエルが懐かしそうに言う。
神霊亀と戦ったのはまだ一年半も経っていないが、かなり前のことのように思えた。
「神霊亀って、あの神霊亀? 話は聞いたことあるけど」
「あぁ、この場所に入るかどうかというくらい大きな魔物だ。セージはその攻撃を受けて吹き飛ばされた」
カイルの言葉を聞いて部屋を見渡し、エヴァンジェリンは眉根をよせる。
「それ魔物なの? よく生きてたわね」
「あぁ本当にな。そういえば、セージとの初対面の時も相当酷かったな」
「ほんとだよね。血を流しながら戦おうとするやつなんて初めて見たよ」
「それが初対面ってどんな状況なのよ……!」
カイルとマルコムの話にエヴァンジェリンが思わず突っ込み、お腹の打ち付けた部分を押さえる。
何もしなければ大丈夫だが、動けば少しひきつる感じがした。
「だっ大丈夫!? 痛み止めを――」
「大丈夫よ。大したことないわ。あなたさっきから気にしすぎよ。もう痛くはないの」
痛み止めの薬は一般的に売られているものだ。
見た目は普通の乾燥している葉っぱで、それをしばらく噛んでいると痛みを感じなくなる。
あまり頻繁に使うと効果が薄まっていくのだが、体に害はないため老人や女性は使うことが多い。
冒険者はもしもの時のために常備しているものだ。
ただ、回復薬のようにすぐ効くわけではない。
エヴァンジェリンは戦闘中の怪我の処置後に荷物から取り出して噛んでいたが、痛みが完全になくなったのは戦闘後しばらくしてからだった。
「それで、ベンもセージと行動してたのよね? そんな無茶をする感じだったの?」
「いや、一緒にいるときはそんなことはしなかったよ。でも、セージは小さい頃に訓練でよくHP0になってたらしいけど」
ベンがブレッドたちから聞いた話をエヴァンジェリンを伝える。
戦闘は終わったが、ベンはエヴァンジェリンに気軽に話すようになった。
「へぇ。セージ、あなた馬鹿なの?」
「よくってほどじゃないですから。何度かあっただけで」
「何度もあるのがおかしいっ……! ちょっと違和感がすごいんだけど、これいつ治るのよ」
お腹を撫でながら言うエヴァンジェリンにセージが答える。
「しばらくは続きますよ。経験上」
「何とかならないの? 薬師なんでしょ」
「こういう打ち身に対する薬は専門外です」
セージができることは応急処置程度だ。
打ち身に対する薬を作ることはできないし、対処としては安静にすることだけである。
薬師ではあるが、回復薬などのアイテム専門であった。
「嘘でしょ? あなたに専門外なんてあるの?」
「もちろんですよ。まぁ栄養をとれば治りやすいような気がしますね。体力回復系の薬も効くような感じがします。なんとなく」
「急に自信のない言い方になったわね!」
「あんまり叫ばない方がいいですよ。たぶん」
曖昧な言葉に「あなたねぇ……」と怒るエヴァンジェリン。
それをベンがなだめる。
「エヴァ、これを食べて治そうよ。ほら」
「……ありがとう。でも自分で食べるわ」
エヴァンジェリンは腕の怪我を心配して食べさせようとしてくるベンからスープとスプーンを取る。
腕は熱を帯びている感覚はあるが、痛みはないので動かすことに支障はなかった。
そんなベンとエヴァンジェリンを見ながら、ルシールはセージにスープを渡す。
そして、ルシールもその隣に座った。
「セージ、この後はどうする?」
「うーん。レベル的にここではランク上げができないし、一旦王都に戻ろうかな」
「それじゃあ私もそうするか。しかし、このレベルのランク上げとなると難しいな。この前相手にしたレッドドラゴンなら上がるか?」
セージが年始に帰った時、レッドドラゴン戦があった。
レッドドラゴンの素材がほしくて狩りに行ったのである。
「そうだね。サイクロプスとかアークデビル、ダークトロル辺りでもランクは上がるはずだよ」
「サイクロプスの名前は聞いたことがあるが、それ以外は聞いたこともないな。どこに出現するんだ?」
「それはわからないけど。とりあえず学園の図書館で調べてみるよ。かなり強いけど今のステータスなら十分だし」
「今なら負ける気はしないが、ランク上げができるほど魔物の数がいるかどうかが問題だな。神聖馬のように一体倒すだけでランクが上がる魔物ばかりなら楽なんだが」
「そうですね……えっ?」
セージの反応に「んっ?」とルシールが返して気づく。
「あぁそうか。セージはランクが上限だったな。神聖馬は倒せばランクが上がっていたぞ」
セージは賢者をマスターしていたが、ルシールは賢者ランク45になったばかりだった。
それが神聖馬を倒した後、ランク46に上がったのである。
「本当に? まさか神系統はパーティー全員ランクが上がる? いや、あれはトドメがルシールさんの判定? そうだとしても……ランク上げが捗るね!」
「そうか? 神の魔物を倒すくらいなら通常の魔物を十体倒す方が楽だと思うが。それにそうそう会えるものでもないしな」
「そんなことないよ。王都北にちょうどいいのがいるから」
「王都北? まさか神命鳥か? 勝てる気はしないが、今なら倒せる、のか?」
「今ならというか、神系統最強にして最弱の魔物だからね。強いけど準備さえすれば余裕だよ。そうと決まれば早く準備しないと」
急に元気になってきたセージがスープを飲み干す。
周囲の者も慌てて動き出した。
「さて、行きましょう!」
セージの号令と共に、ドリュアスが部屋の中央に作った螺旋階段のような蔦を登る。
そして、混沌地帯の上を歩き、ラミントン樹海を抜けて、ウィットモア領ブルックに戻るのであった。
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