第184話 アルヴィンvsダークドリュアス

 ダークドリュアス戦が始まり、アルヴィンは戦場の端で呪文を唱えていた。

 アルヴィンの担当はトニーがリーダーをしているパーティーの回復役だ。

 ダークドリュアスの攻撃から逃げつつ、回復魔法を放っている。


 ただ、ルシールたちの頑張りで戦況は優位に進んでおり、トニーたちの出番は少ない。

 そんな状況なのでアルヴィンたちは手が空くくらいである。


 アルヴィンは神聖馬戦もダークドリュアス戦もメインでは戦っていない。

 セージと行動するまでは勇者として王子として、前衛も後衛も学園でトップレベルという実力だった。

 しかし、今のパーティーの中でアルヴィンの実力は大したことがない。


(本当に意味がわからないほど強いパーティーだよ)


 メインメンバーではないからこそ様々な部分を観察できた。

 ダークドリュアスを一人で引き受け続けたマルコムはもちろん、騎士たちもそれぞれが優れた能力を持っている。

 前衛のメインであるカイルたちの動きはどうすれば動けるのかわからないほどだ。


(あんなのできる気がしないし。セージは相変わらず反則的だし)


 アルヴィンからするとセージの能力は異常だ。

 この迷宮で出現する全ての魔物を一撃で倒す魔法『オリジン』。

 その魔法の威力はもちろん、高速で紡がれる呪文に、初めての呪文だろうと必ず成功させる技術。


 アルヴィンであれば高耐久力を持つマーブルゴーレム相手に十発は魔法を放つ必要があるだろう。

 そして、呪文は何度も発動するかを確認しながら練習して使えるようになるものだ。


(それに……)


 アルヴィンはルシールに目を向ける。


(ルシールさんがすごい)


 強大な力を持つパーティーの中でも、特にルシールは目立つ。

 攻撃、防御、回避、全てが一級。

 そして、物理だろうと魔法だろうと全ての攻撃に怯まない精神力がある。


 攻撃を外したら、仲間を巻き込んだら、回復が遅れたら、バフが切れたら。

 そんなマイナスイメージがまったくない。

 迷いのない動きは圧倒的、荒れ狂う嵐のような獅子奮迅の動きは戦神のよう。


 まさに『英雄』だと思った。


(僕も……こうなりたい)


 アルヴィンは心の奥底に沈んでいた気持ちを思い出す。

 勇者を持つ者として産まれ、訓練を受けてきた。まだ幼い頃は、妹を守る勇者になることが夢。

 誰にも負けない強さで守る勇者になりたかった。


 ただ、そんな夢はいつの間にか忘れていた。

 なかなか成長しない体、妹に負ける魔法、迷ってばかりの心、降り積もる自分の弱さに埋もれてしまっていた。

 生産職に手を出したり、騎士科ではなく魔法科に入学したり、別の道を目指したり、結局全てが中途半端だ。


 しかし、ここで見たルシールの姿に強烈な憧れを抱いた。

 アルヴィンも職業は『英雄』になったが、そんなものではない。

 本物の『英雄』の姿。


(こんなに英雄に憧れていたんだ)


 今さらになって子供の頃の夢が浮き上がってきたことは、アルヴィン自身も意外なことだった。

 ルシールの戦いに目が奪われてしまう。

 そんな順調な戦いの時。

 突然、セージの声が響いた。


「僕のパーティー以外は集まってください! 作戦変更です!」


 アルヴィンは、セージが呼ぶ声に反射的に動く。

 そこに疑問を挟む余地はない。

 走りながら考える。


(何が起こった?)


 セージが焦る様子はなかなか見ることがない。

 しかも有利な戦況である。

 セージが支援するルシールたちのパーティーはダークドリュアスの動きに慣れて、完全に対応できているように思えた。

 アルヴィンからしたら問題があるように思えなかったのだ。


(もしかして……)


 何が起こったのかを観察しながら近づくと、セージがベルトにつけているはずのMP回復薬がないことに気づく。


(まさか足りないとか?)


 もともと持っていた量は十分とはいえず、神聖馬戦で使いすぎていた。


「オールヒール! 今持っているMP回復薬をください! 僕のパーティーに集約します!」


 本来は取り囲んで回復させないように戦うつもりだった。

 しかし、ダークドリュアスの動きに慣れたルシールたちはそうそう回復させる余裕を与えない。

 ルシールパーティーに任せて他の者は控える作戦に変更した。


(僕は一つあるけど、これで足りるか?)


 アルヴィンが渡したのは普通品質のMP回復薬(上)。

 他の者も同じものか最高品質のMP回復薬であり、セージの持っていたMP回復薬(満)はなかった。


「ハイヒール! 残りHPMPに注意して支援をお願いします!」


 MP回復薬を持っている者は次々にセージへの渡し、元の場所に戻っていく。

 セージは七本のMP回復薬を受け取ったが、表情は晴れなかった。


(やっぱり厳しいみたいだな)


 そう考えてもアルヴィンにはどうしようもない。

 できるのはMPが尽きるまで支援をするだけだ。


(本当に役に立たない。これも自分の心が弱かったせいだ。クリスティーナのように精霊士を目指しておけばもしかしたら……)


 その時、アルヴィンはふと思い出した。

 大樹の迷宮から弾かれたクリスティーナが、ギリギリで投げ入れたポーチのことを。


(そういえばあれって……)


 アルヴィンはキョロキョロと見渡しクリスティーナのリュックを探す。

 大樹の迷宮に入ったときに必要な物を出したりしたが、他の物はそのまま入れっぱなしになっている。

 その中にMP回復薬もまだあったはずだと考えた。


 記憶が曖昧なのはクリスティーナの持っていた荷物の中身は女性用だったからだ。

 アルヴィンを含めて男性陣は見ていない。そして、エヴァンジェリンが管理することになっていた。


 そのエヴァンジェリンは戦いを見つつ立ってはいるが、壁に手をついて表情は優れない。

 そして、そのそばにはクリスティーナの荷物が落ちていた。


(あった!)


「お兄様? えっ何やってんのよ!」


 驚くエヴァンジェリンを無視して勝手にゴソゴソと荷物をあさり、クリスティーナのポーチを出す。

 そこにMP回復薬があることを確認してすぐに走った。


「セージ! これ!」


 顔色の悪いセージはアルヴィンの持つものを受け取って確認する。

 そして、アルヴィンに親指を立てて笑顔を見せた。


 アルヴィンはただ見つけてきて渡しただけ。

 それでも、少しでも役に立ったことが嬉しかった。

 そして、そう思ったことを自覚した。


(やっぱり、僕はこのパーティーがいいのか)


 アルヴィンは王子で勇者。産まれた時から決まっている肩書き。

 ただ、このパーティーでは、そんなことは大したことではない。


 王族は神の子。

 幼い頃から聞いてきた話だ。

 ただ、セージを見ていると、そんなことを言うのはおこがましい気さえしてくる。

 セージがいると自分はただの成人したばかりの若者だ。


 そして、勇者はありふれたもの、そしてただの通過点でしかない。

 王子や勇者ではなくパーティーの一員として戦闘を支援し、魔物の下処理や夜の見張りをする。

 合間には戦いの訓練をつけてもらったりもした。

 そんな生活はアルヴィンの心を動かすものだったのだ。


 アルヴィンはなんとかパーティーの、セージの役に立ちたいと思っていたのである。


 セージは回復薬を飲みつつ、回復魔法を放ち続け、ルシールたちは猛攻を止めない。

 数分後、ルシールの会心の一撃を受けたダークドリュアスは体を震わせてフワリと浮かび上がった。

 浮かんだのは色鮮やかな葉のドレスとピンクの花冠を身につけた植物の精霊ドリュアスだ。


 そして、その場に残ったのは背が低くデフォルメされた悪魔のような姿の魔物。

 ドリュアスを支配していたドミデビルである。


「オリジン」


 セージは容赦なくドミデビルに魔法を放つ。

 これからさらなる戦いが始まるのかと思いきや、ドミデビルはその魔法で呆気なく倒れた。


 くるくると跳ね回るドリュアスはセージへと笑顔を向ける。

 そして、祈るように手を組むと、部屋の真ん中から幾本もの蔦が現れ、天井の光が差し込む場所へと絡み合いながら伸びていった。


 ドリュアスはパーティーメンバーに対しても祈りのポーズをとると、全員にキラキラと祝福の光が舞う。

 その後、突如として巻き起こる木の葉の渦にドリュアスが見えなくなり、舞い上がった木の葉がフワリと落ちている時には消えていた。


 ドリュアスの救出。

 そして、大樹の迷宮の攻略。

 皆の気持ちは一つになり、セージに視線が集まる。


 しかし、セージは倒れたドミデビルに視線を向けたまま動いていなかった。


(まさかまだ!?)


 周りの者もドミデビルに視線を向ける。

 しかし、異常は何もない。


(一体何が!?)


 そう思った瞬間。


 セージが盛大に吐いた。

 出てくるのは、ほぼ液体。

 淀んだ青緑色、回復薬の色。


 セージがこの戦いの中で飲んだ回復薬は約2L。

 普段飲んでいるのは最高品質を越えたもので50ml程度だが、皆から受け取ったのはそこまでの高級品はなく、200ml以上入っている。


 それをガバガバと一気に飲みながら、呪文を唱えながら、動き周りながら戦った。

 そして、最後に飲んだクリスティーナ作のMP回復薬(満)200ml。

 セージがとりあえずランクが上がればいいと思って適当に教えて、最低品質に仕上がったものだ。


 MP回復薬(満)はその名の通り、最低品質だろうと全回復である。

 異なるのは味だ。

 端的にいうと最低品質のMP回復薬(満)は不味かった。

 苦味とえぐ味、青臭さのハーモニー。

 それがトドメとなった。


 セージとしてもわかっていた。

 胃はもう限界であると。

 それでも飲むしかなかったのだ。


 ただ、せめて戦闘終了の合図まではと耐えていた。

 しかし、大きな声を出そうとした瞬間。

 別のものが込み上げてきた。

 なんとかあらがおうとしたが、その波にはもう耐えきれなかったのである。


(無事終わったんだけど……何とも言えない)


 皆が呆然とする中でいち早く駆けつけたルシールがセージの背中をさすっている。

 そして、周囲の者はセージの戦闘終了の合図とともに喜びを爆発させようとしていたのだが、そういう雰囲気ではなくなり視線を合わせる。

 そして、何とも言い難い空気の中で、大樹の迷宮からの脱出の準備を始めるのであった。

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