第181話 エヴァンジェリンvs神聖馬

 エヴァンジェリンは戦闘開始からダークドリュアスに向かって魔法を発動していた。


(この呪文ヤバいわね。インフェルノが中級魔法みたい)


 セージから学んだ高速詠唱法を使って、ひたすらに特級火魔法『インフェルノ』を放ち続けるという役割だ。

 戦況によっては回復魔法を使うが今のところ必要はなさそうである。


(本当に避けてるわ。マルコムってなんなの? 本当に人族?)


 エヴァンジェリンは、マルコムがダークドリュアスと相対し、その攻撃のほとんどを避けている姿を見ていた。

 ただ、マルコムを見ていても戦いの参考にはならない。

 どう動いているのか理解できなかったからだ。


 三百六十度全てが見えているかのような避け方。

 攻撃を予知しているとしか思えない反応。

 変則的かつ常人離れした動き。

 その中に組み込まれた特技。

 その全てがエヴァンジェリンには再現できない。


 ただ、それも仕方がないことである。

 同じ職業のベンや万能タイプのルシールでさえ真似はできない。

 マルコムは多少避け方にバリエーションを作っているが、それは全て当たらないことを前提とした動きだ。

 エヴァンジェリンが見てわからなくても当然だろう。


(ベンよりすごいって何なの? 他の騎士もおかしいけど!)


 エヴァンジェリンは学園ではトップだった。魔法の力だけなら王国トップになるだろうと言われている。

 冒険者を始めてからも順調だった。新たなことを吸収し、成長を実感していた。


 それがこのパーティーではどうか。

 物理攻撃で役に立てるとは到底思えず、魔法使いとしてもメインではなくサブ扱い。

 そして、その後は回復役である。


 このパーティーで回復魔法が使えない者はいない。

 つまり、戦力にならないから後方支援に専念するということと同義だ。


(ほんっとおかしい連中だわ! 私が力不足なんて……)


 エヴァンジェリンはダークドリュアスを狙って呪文を唱え続ける。

 ダークドリュアスに魔法攻撃をいれるのは、神聖馬に回復魔法を使わせるためだ。


 また、エヴァンジェリンのINTでは神聖馬に大きなダメージを与えられないからでもあった。

 エヴァンジェリンのINTは500を超えている。INTの補正が高くない勇者でその値は優秀だ。

 実際それは学園トップの値だが、INTがカンストしているセージたち三人と比べると圧倒的に弱い。

 神聖馬の相手では厳しかった。


(まぁいいわ。それより、ベンの調子が悪いわね。あれ大丈夫なの?)


 マルコムが安定した戦いをしている上によく見ても参考にならないため、視野を広げて他の場所を観察することも可能である。

 そこで目につくのはベンの不調だ。


(ほらそこっ……やっぱり。なんだか動きが固い?)


 実際はそれほど悪い動きをしているわけではないが、エヴァンジェリンには不調が感じられた。

 いつも見ているからこそわかる違いだ。


(マルコムを意識してるの? まったくもう。セージとの信頼が厚いからって焦らなくてもいいのに)


 それはベンに聞いたわけではなく、エヴァンジェリンの想像だった。

 ただ、あながち間違いでもない。


(危なっかしいわね。ほら、引けって言われ……?)


 セージから一旦引くようにサインが出されたが、ベンは神聖馬へ『ハウリング』を発動した。

 ベンはサインを見落としていたのだ。

 セージは驚いた顔をしている。


(何を焦っているのよ! 何にも見えてないじゃない!)


「ベン! セージの方に行きなさい!」


 セージは常に呪文詠唱中で声を出すわけにはいかない。代わりに余裕のあるエヴァンジェリンが叫んだ。

 ベンはダークドリュアスとマルコムが戦っている方に近づいている。

 巻き込まれる危険があり、戦う場所が重ならないように注意するはずだった。


(見えても聞こえてもないの!? 全く世話が焼けるわね!)


 エヴァンジェリンは思いっきりつねって目を冷まさせてやろうとベンに向かって走り出す。

 すると、ベンが『ホーリーレイ』から逃れようと走り、『蔓草の氾濫』の範囲に入った。


 さらに『聖角の一撃』の発動モーションが見える。

 その瞬間、エヴァンジェリンは全力を出した。

 学園での訓練、冒険者としての実戦、勇者としてのステータス。

 それを全てつぎ込んだ走り。


 エヴァンジェリンは自分が戦闘に加わっても役に立たないことはわかっている。

 それに、ミュリエルが『ハウリング』を発動しているため、次の攻撃はない。

 ベンが一撃を受けたとしてもパーティーメンバーがすぐに復活や回復の魔法を唱えるだろう。


 エヴァンジェリンがすべきことはダークドリュアスに攻撃魔法を放つこと。

 冷静に考えればそうだ。

 しかし、ベンの危機にそんな考えは吹っ飛んでいた。


 ベンが足を絡めとられ、バランスを崩し、神聖馬が迫ってくる。

 エヴァンジェリンは、杖を捨てて短剣を抜く。

 そして、蔓を切って体当たり。


(あっ、これ、どうしよ)


 エヴァンジェリンに計画はなかった。

 反射的に助けようと飛び出しただけだ。

 神聖馬の狙いはベン。

 突き飛ばしたベンが神聖馬の追撃を避けられるとは思えない。

 そして、ここまでして自分だけ逃げるなんてできない。


「シールド!」


 エヴァンジェリンは思わず防御した。

 一撃必殺の技だとわかっていても防御するしかなかった。

 神聖馬の『聖角の一撃』が当たる。

 加護が砕け散る音。

 呆気なくHPが0になる。


 しかし、『シールド』も無駄ではなかった。

 神聖馬の動きは一瞬ではあるが止められたのである。

 ただ、止めたと思った次の瞬間には、エヴァンジェリンは盾をつけた腕ごとお腹に打ち付けられ「ぐぇっ」という呻き声と共に飛ばされた。


 五メートル以上吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

 空中で体勢を整えるどころか受け身を取る余裕もない。

 あちこちをぶつけながら止まったエヴァンジェリンは「ふぐぅぅ」と唸り、うずくまったまま動かなかった。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)


 頭の中は痛いしか出てこない。あまりの激痛に動けなかったのだ。

 戦いの前に置いた荷物を取って駆け寄るベン。

 神聖馬はミュリエルに向かって攻撃を仕掛けていた。

 そして、ベンの代わりにトニーとジミーが加わる。


「エヴァ! 大丈夫!? どこが痛い!?」


 エヴァンジェリンはベンが来ても、丸くうずくまったままだった。

 復活魔法と回復魔法がかかり、HPは回復するが、傷も痛みも消えない。

 痛みが引くのを待つしかない。


(痛いに決まってんでしょ! くぅあ)


 まだジンジンと痛みが続く中、動こうとして激痛が走る。

 エヴァンジェリンはさりげなく涙をふきつつ、歯を食いしばってゆっくりと起き上がった。


 ベンは触れていいのかもわからず、おろおろとしていると、セージが来て『オリジン』を発動する。

 そして、呪文を唱えながら、ざっとエヴァンジェリンの頭や体を確認すると、腕の傷を洗い始めた。


「痛っ!」


 エヴァンジェリンはセージを睨むが、セージは呪文を唱えているため話すことはできない。


(なんなのよこいつ)


 セージは水をベンに渡してエヴァンジェリンの足の傷を指した。

 ベンは恐る恐る洗い始める。


「痛い!」


 ベンはびくりとするが、セージはその言葉を無視して傷を優しく布で拭き、切り裂いた布で包帯のように巻いていく。

 テキパキと進む処置を見て、エヴァンジェリンはルシールの言うことを少し理解した。


(頼りには、なるわね。こんなことまでできるなん――)


 そこでエヴァンジェリンは自分の腕の傷を見てしまった。

 ふっと気が遠くなる。

 血の滲む傷を見たのは初めてだった。


「あっ、だっ大丈夫!?」


 とっさにエヴァンジェリンをベンが支える。

 セージは『オリジン』を発動すると、あとはベンに任せてさっといなくなった。


(私は王女。私は、気高く、毅然きぜんとした、最強の、王女!)


 手放しそうになる意識を気合いで繋ぎ止める。


「私は、王女なのよ。これくらい、大したことないわ。それより、貴方あなたは何をしているの?」


「えっ、何って……」


「無理に避けて当たって、また突っ込んで、周りも見ずに動いて、指示も聞いてない。馬鹿じゃないの?」


 ベンは怪我の対処ではなく、自分の戦いについて言われることに戸惑っていた。

 エヴァンジェリンはそんなベンの頬をつねる。

 目を冷ましてやろうと思いっきり力を入れようとしたのだが、力が入らず、手が震えるだけだった。


「貴方はマルコムではないの。私の婚約者のベンよ。貴方の役割はなに? 三人で、あの馬を引き付けることでしょ? わかってんの?」


 ベンは頬をつねられ間の抜けた表情で小さくコクリと頷く。

 エヴァンジェリンがこの戦いでできることは少ないが、ベンは重要な役割を任されている。そのプレッシャーは大きい。

 それはわかっていたがエヴァンジェリンはそんな伝え方しかできなかった。


「周りを見て、ちゃんと聞いて、連携して戦うのよ。当たり前のことでしょ。貴方ができないはずがないわ。わかったならこんなとこにいてないで早く戻りなさい」


「でも怪我の――」


「さっさと行きなさい!」


「はいっ!」


 ベンは返事と共に走って神聖馬に向かっていく。


(まったくもう、世話が焼けるんだから)


 そんなことを思いながら、ベンが用意した布を、力の抜けた手で巻き始める。


(痛い……)


 エヴァンジェリンは再びこぼれた涙をふく。

 そして、実は駆けつけていたアルヴィンは、何も言わずにエヴァンジェリンを守る位置でダークドリュアスに魔法を唱えるのであった。

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