第182話 セージvs神聖馬

(傷が浅くて良かったけど、エヴァンジェリンの復帰は厳しいかも)


 エヴァンジェリンの手当てをしたが、幸い縫ったりする必要があるほど深い傷はなかった。

 ただ、顔色は悪く、戦えるような状態にはなさそうである。


「オリジン」


 セージは魔法を放ち、再び呪文を唱えながら走った。

 戦闘中はずっと砲台の役割という予定だったが、走り回っている。

 神聖馬の動きが想像以上に激しく、魔法に巻き込まれる恐れがあるからだ。


(えっ!? 来た!)


 神聖馬がセージに狙いを定め『ホーリーレイ』を発動していた。

 一時的にベンが抜け、ミュリエルも『隔絶の檻』に捕らわれたことで、前衛の体制が崩れている。

 ベンの代わりにトニーとジミーが入っているが、大きくダメージを受けており、回復が追い付いていない。

 そこに大ダメージを与え続けるセージの魔法でターゲットが移ったのだ。


(マジか。結構ダメージが入る)


 その『ホーリーレイ』の途中で『ハウリング』を発動していたウォルトに狙いが変わった。

 そして『聖角の一撃』を発動。ウォルトは辛くも避けきったが、その後に続く『ディバインスフィア』にまで対応ができない。

 すぐさまウォルトに回復魔法が放たれ、セージは再び魔法を発動する。


「オリジン」


(早く体制を整えないと……)


 セージに狙いが変わると思ったが、神聖馬は『聖馬の祈り』を発動し、ダークドリュアスを回復する。


(ナイスタイミング!)


 ダークドリュアスへの魔法攻撃組がひたすら特級魔法を放っていた。

 そして、ベンが復帰してくる。

 エヴァンジェリンの件があり、セージは少し心配していたが、ベンの動きは先程より良くなっていた。


 当然、急に全てが避けられるようになったわけではない。

 ただ、回避、防御、連携の判断がしっかりしたというだけだ。

 ベンも今までの様々な経験を経て実力はあった。落ち着いて対処すれば、大きな戦力となる。

 そして、気合いは十分だ。


(よし、この状態を維持したいところだけど)


 そう思いながら戦い続けていると、神聖馬の動き、技にも徐々に慣れてくる。戦いにリズムができ、イレギュラーな事態は減っていく。

 戦況は安定しており順調だ。

 しかし、セージは戦闘が進むにつれて内心焦ってきていた。


(アイテムの消費量が思ったより多い。ダークドリュアス戦に残しておきたいのに)


 今回は格上のボス。戦闘は長引き、ダメージ量も多い。

 その中で戦闘を続けるには回復薬が必要だ。

 回復薬の振り分けは考えられており、前衛はHP回復薬や特製茶が多く、後衛はMP回復薬が多い。その中でもセージはMP回復薬を多く持っているが、気楽に使えるほどではなかった。


 そして、次に控えているダークドリュアス戦では『グランドスラッシュ』と回復魔法を多用する。

 それを使うためのMPが尽きれば終わりだ。


(思ったより神聖馬のHPが多い。そろそろHPがなくなってもいい頃なのに)


 セージは神聖馬の動きを注視する。

 神聖馬のHPはサイズによって変化するのだが、神聖馬は神付きの魔物の中で最小だ。

 セージも予想はしているが、さすがに正確にはわからなかった。

 怯みを見てダメージ量を計算をしているが、正確にHPがわからなければ曖昧にならざるを得ない。


(聖馬の祈りを使ったか。ダークドリュアスの方は順調だな)


 アルヴィンたち魔法組によりダメージを受けたダークドリュアスを、神聖馬が『聖馬の祈り』で回復する。

 実質、魔法でダメージを受けるドリュアスは精霊なので倒すつもりがない。そのため、全回復されようと問題はなかった。

 今はエヴァンジェリンも痛み止めを噛みながら根性で立ち上がり、戦線に復帰している。


(シンプルな作戦だから、これ以上どうしようもないし。とりあえず神聖馬のサンクチュアリを止めないと)


 神聖馬の特技『サンクチュアリ』は強力なバフである。

 戦闘中状態異常とステータス低下の無効に加えて全ステータス1.2倍がつく。


(ただ、サンクチュアリをキャンセルできるかどうか。やってみるしかないけど、無理だったら詰みそう)


 ゲームでは神聖馬のサンクチュアリはイベント扱いになっていた。

 なので、止めることはできなかったが、現実なら可能かもしれないと考えたのだ。


(逃げる場所があればいいけど、サーベイで見ても触って確認しても、何もなさそうだし)


 セージはいざというときのために逃げ場を探していた。

 しかし、隠し通路などは見つかっていない。


(天井から逃げるか。ここを登るのは無理そうだけど、マルコムならチートだし、何とかなるんじゃないか?)


 マルコムはセージの特製茶を飲みながら、一人でダークドリュアスとの戦闘を続けている。

 ダークドリュアスは動き回りながら魔法を使うため、周囲の者が巻き込まれることはあるが、最大限引き付け、避けているのは確かだ。

 この戦闘はマルコムがいるから成り立っていると言っても過言ではない。


(とりあえず早く倒れてくれ。アイテムが無くなる――きた! よしっ!)


 ルシールの『メテオ』が降り注ぐ中、神聖馬が鋭くいななき、つのまばゆい光が集まる。

 それは待ち望みつつ恐れもしていた動き。

 神聖馬の特技『サンクチュアリ』の発動モーションだ。


「オリジン」


 セージはその発動中に容赦なく魔法を打ち込む。

 それに続くヤナの『インフェルノ』。


(タイミングは魔法を放つ前でちょうどよかった。この魔法のひるみでサンクチュアリのキャンセルが……起こらない、か)


 魔法に包まれ、大きなダメージをうはずだった。

 しかし、神聖馬はそれをものともせず、光を放り投げるように角を振る。

 上空に飛んだ光は、ドーム状に弾け飛び、部屋中に神聖な光が満ちた。


(計算上は怯みが入るはずだったのに。やっぱりイベント扱いなのか。いや、そんなことはどうでもいい。これからどうするか)


 神聖馬は『サンクチュアリ』を放った後、力を使いきったかのようにドサリと倒れた。

 まだ戦いは終わっていないが、神聖馬を倒したことに小さく歓声が上がる。


 しかし、『サンクチュアリ』を止める作戦が呆気あっけなくついえたセージは、そんな状況とは対照的に厳しい表情で次の計画を考えていた。


一縷いちるの望みに賭けて全力で総攻撃をするか、余力のある間に脱出を試みるか、それとも――)


 その時、ベンの叫びに近い声が響く。


「セージ! 職業! 見て!」


(職業?)


 余裕の無い状況だったが、ベンの勢いに押されて確認する。


 eiyuu rank1


 その表示は賢者の隣に現れた。

 特級職『英雄』。


 ベンはダークドリュアス戦に向けて忍者から勇者に切り替えようとして気づいたのである。

 セージはすぐに転職の祈りを捧げた。


 セージ Age 13 種族:人 職業:英雄

 Lv. 82

 HP 6587/9999

 MP 5999/9999

 STR 849

 DEX 999

 VIT 819

 AGI 834

 INT 999

 MND 999


 戦闘・支援職

 下級職 マスター

 戦士 魔法士 武闘士 狩人 聖職者 盗賊 祈祷士 旅人 商人 


 中級職 マスター

 聖騎士 魔導士 暗殺者 探検家 


 上級職 マスター

 勇者 精霊士 忍者 探究者


 特級職

 英雄 ランク1 賢者 マスター


 生産職一覧

 下級職 マスター

 木工師 鍛冶師 薬師 細工師 服飾師 調理師 農業師 


 中級職 マスター

 錬金術師 魔道具師 技工師 賭博師 


 上級職 マスター

 創造師


 特級職

 調教師 ランク1



(この上昇率……!)


 セージは瞬時にステータスとダメージ量を計算してわかった。

 英雄になれれば前衛は全員STRとVITがカンストすると予想できる。魔法防御力はわからなかったが、勇者に比べれば向上することは間違いない。


「マルコム、もう少し耐えて! ヤナ、ジェイク、支援! 他は全員集合!」


「人使いっ、荒すぎ! 早くしてよ!」


(そんな返事ができるなら余裕そう。さすがマルコムさん)


 セージは意識的に息を吐き出す。

 状況の悪さに余裕がなくなっていたことに気がついたからだ。

 勝てない、逃げられない、という場面は初めてで、無意識に力が入っていた。


「全員職業見て! 特級職に英雄あるよね! ここで転職して!」


 セージはそう言って特製のキーホルダー型女神像を掲げる。


(全員英雄に転職できたら大きい。あとはあれが発動するか)


「ベン! ダークドリュアスにホーリーブレード!」


「なにそれ!?」


「スラッシュと一緒!」


 セージに集まってきた者は、女神像に祈りを捧げて次々に英雄へと転職し、ベンはよくわからないまま『ホーリーブレード』を発動した。

 神聖な光が剣に宿り、物理ダメージに加えて聖属性ダメージが入る。


(発動した!)


 英雄の特技『魔法剣』の中には『ファイアブレード』などがあるが、ドミデビルに有効な『ホーリーブレード』を選んだ。

 通常の魔法はダークドリュアスにダメージが入り、ドミデビルには効かない。

 ただ、ドミデビル単体が魔法無効の能力を持っているわけではないため、物理攻撃の追加効果としてであればダメージが入った。


(よしよしよし! 可能性はある!)


「作戦変更! 前衛はホーリーブレードで攻撃! 一旦パーティー組み直すよ!」

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