第179話 マルコムvsダークドリュアス

 正面に見えるのは、上から差し込んだ光にきらめく緑の絨毯じゅうたん。草や苔は部屋一面に広がり、床や壁を覆っている。

 そして、ドーム状にぽっかりと空いた広々とした緑の空間の中央にダークドリュアスが佇む。


 ダークドリュアスは葉と蔓でできたドレスをまとい、花冠をした少女の姿をしていた。

 整った顔は無表情だが、僅かに苦しそうにも見える。


 もともとドリュアスは華やかな色をしているが、ダークドリュアスは全身紫だ。

 どことなく、禍々しい雰囲気が現れていた。

 それとは対照的に、清らかな光を纏う神聖馬が心配するかのように寄り添っている。


「では、勝ちに行きましょうか」


 そんな緩い号令と共にボスの部屋へと近づく。

 冒険者であれば気合が入るような号令をかけるのが一般的だが、セージがそういった掛け声を出すところは見たことがなかった。


 何でもないことのように普段通り言うスタイルは、パーティーによっては物足りなさを感じるかもしれない。

 ただ、少なくともマルコムにとっては、それで十分である。

 むしろ、普段通りに戦えば問題ない、と言われているような力強さを感じていた。


(戦闘開始から、僕は全力だけどね。また無茶言うんだから)


 マルコムは今回パーティーの先陣を切る。

 通常戦では斥候役として先行し、不意打ちを仕掛けることもあるが、ボス戦では珍しい。


 先陣を切ることになったのは、セージの戦略でマルコムが重要な役割を担っているからだ。

 マルコムがそれを聞いたのは作戦会議の時である。


「――それで、神聖馬は共闘する魔物の回復を優先するので、ダークドリュアスに魔法ダメージをいれるんです。神聖馬を素早く倒すためには自己回復を使わせないことですからね。ただ、魔法を使う後衛が狙われてしまうので、戦闘開始直後からマルコムさんにダークドリュアスを引き付けてもらいます」


「……なんだか既視感があるんだけど。僕が引き付ける?」


「そうですよ。とりあえず避けられる攻撃は全部避けてくださいね。神聖馬を倒した後は皆で攻撃になりますから、余裕ができたら皆のために避け方を変えてダークドリュアスの技を見せてほしいです」


「要求が増えてる!」


「マルコムさんですから。皆さんはそれぞれの役割をこなしながら、ダークドリュアスの技を確認して、それぞれができる対処法を考えておいてください。神聖馬が倒れ次第、ダークドリュアスに攻撃を仕掛けます。それまでマルコムさんは避け続けてください。攻撃はしなくていいので」


「簡単に言うね! まったく人使いが荒いんだから。なにか裏技はないの?」


「僕が言えることはもうないです。あとはおまかせで。期待していますよ」


「相変わらず無茶言うよね。まぁ仕方な――」


「ちょっとセージ! なによそれ! そんな雑な作戦駄目でしょ!」


 そこで急に割り込んできたのはエヴァンジェリンだ。

 今まで技の解説など丁寧にしてきたのに急に雑になったから当然である。


「でも、本当に言えることはこれで全部なんですよ」


「あのね、セージは頭の中がおかしいからわからないでしょうけど、普通は初めて見る魔物の技はまず防御するの! 下手に避けたら大惨事につながるかもしれないんだから! 何度も受けながら対処法を探すのよ!」


「ドリュアスの攻撃は伝えましたし、大丈夫ですよ」


「あなた以外はボスのこと何も知らないのよ? せめて三人で対処するべきだわ」


「余裕があればそうするんですけどね」


「神聖馬には三人ついているでしょ! アンナとかカイルとかを入れたらいいじゃない!」


 神聖馬にはベン、ミュリエル、ウォルトが対応することになっていた。

 ダークドリュアスにはマルコムだけである。


「技の問題ですね。神聖馬には行動不能技があるので複数人必要ですが、ダークドリュアスにはありません。それに、今回は最善を尽くす必要があるんです。できる限りダメージを受けないようにして、MP消費を抑えたいんです。回復魔法は全員使えますし、マルコムさんならそれで十分だと、僕は思いますね」


「あなたボスの攻撃をなん――」


「エヴァンジェリンさん、僕のことをなめないでほしいね」


 マルコムの穏やかでありながらも力強い声にエヴァンジェリンは戸惑った。


「えっ? いや、これはあなたのことも想ってのことなのよ? 普通の攻撃ならともかく特技も魔法も避けろなんて馬鹿げてるわ」


「もちろん避けきれない技はあるだろうけどね。でも、絶対に回避できない技は少ないみたいだから」


「聞いただけじゃわからないでしょ! あなたが崩れたらパーティーが危機に陥るかもしれないのよ!? それに、あなただって回復が間に合わないかもしれないし!」


「だから?」


 マルコムは一言そう返した。

 その問いにエヴァンジェリンは「だからって……」と口ごもる。


 そんな返事が来るとは思っていなかったからだ。

 エヴァンジェリンは普通の冒険者にとって当たり前のことを言っていた。

 そのことを高ランク冒険者がわからないないはずはない。


 しかし、マルコムの考えは異なっていた。


「なめないでって言ってるんだけど。直撃したら、って? どうして当たる前提で話してるわけ?」


 その答えはマルコムの努力から現れたものだ。


 マルコムは小人族の血が混ざっているからといって、最初から素早く攻撃を避けていたわけではない。

 冒険者になりたての頃は他の冒険者と大して変わらなかった。

 ただ、体が小さく、攻撃を防御してもダメージは大きい。

 普通の冒険者の戦闘法ではやっていけなかった。


 何度も折れそうになる気持ちを奮い立たせ、自分の意思で冒険者を続けた。

 何千回何万回と重ねる戦闘の中で、試行錯誤し、自分の戦い方を模索し続けてきたのだ。

 そこで得た体術、観察眼、反射、経験がマルコムの戦い方を形作っている。


 そして、セージとの出会いで、それを活かす新たな道を学び、さらに努力を積み上げた。


「セージは無茶を言うけどね。絶対にできないことは言わない。あと、その期待に僕は応えられると思ったから、一度も否定しなかったんだよ」


 マルコムは今までしてきた自分の努力を、積み上げてきた経験を信じていた。

 だからこそ自信を持って断言する。


「それが、どんな相手で、どんな技を使おうと、それが避けられる技なら直撃なんてしない。いや、当たるはずがない」


 僅かでも隙があるなら当たらない。

 それはマルコムの自負であり意地である。


「そう言えるだけのことはしてきたから。セージは他の誰でもなく僕にこの役を当てて、僕はそれを誰かに譲る気はない。そういうこと」


 避けるということに関して、自分がトップである。

 そんなマルコムの言葉を聞いて、エヴァンジェリンを含む誰もが異論を唱えることはなかった。


(さあ、集中だ。大見得きっておいて簡単に当たるわけにはいかないからね)


 ボスの部屋に一歩踏み入れた瞬間、マルコムは烈風の如く走り出す。

 誰にも追いつけない速度で接近し「ハウリング」と呟く。


「ダークドリュアス! 遊んであげるよっ!」


 神聖馬が一瞬つられるが、ベンが計画通りに『ハウリング』を使って引き離した。

 そして、後衛たちが魔法を発動する。


 それに合わせるようにダークドリュアスは『蔓草の氾濫』を発動。

 地面から蔓が飛び出して強襲してくるため、避けることが困難である厄介な技だ。


 しかし、マルコムは周囲を観察するだけでなく、音も聞いている。

 特技『ラビットイヤー』『ホークアイ』『ドッグノーズ』。

 マルコムはそれらの特技を遠くのものを調べるためではなく、戦いのなかで活かす。


(きた!)


 研ぎ澄まされた感覚は地面から襲いくる攻撃を感知した。

 その瞬間にマルコムは地を這うように跳躍する。

 マルコムの足下の地面から出てきた蔓は何も捉えられなかったが、『蔓草の氾濫』の範囲は広い。

 避けた先にも蔓草は生え、縦横無尽に襲いかかる。


 マルコムは片手をついて側転し、体を捻って避けながら着地。それと同時に接近してきていたダークドリュアスに、特技を発動する。


「水遁」


 一瞬動きが止まり、ダークドリュアスの回し蹴りは空を斬る。

 ただ、ダークドリュアスはすぐに『棘百千』を発動。

 数え切れない数の棘が宙に浮かぶ。


「土遁」


 マルコムはダークドリュアスの行動を察知し、飛び避けながら特技を発動していた。

 地面から土の牛が現れて、マルコムは着地せずに穴へ落ちる。

 マルコムの上を通り抜ける棘。


「テイルウィンド」


 その穴から追い風の力を使って飛び出し、近づいてきていたダークドリュアスの掌底打ちをかわす。

 そして、マルコムが離れた隙に、後衛の魔法『インフェルノ』が集中する。


(だいたいはセージの言う通りの行動だね。次は、キツいのが来たね)


 ダークドリュアスが炎に包まれながら『ユグドラシル』を発動。その後に『百花繚乱』を発動していた。

『ユグドラシル』は巨大な木の幻影が現れて、植物系の威力を1.5倍にする魔法。

『百花繚乱』は様々な花が咲き乱れ、花弁が嵐のように舞い上がり、状態異常とダメージを与える特技だ。


 幻想的な光景だが凶悪な組み合わせである。

 状態異常無効の腕輪は装備しているが、さすがに花嵐に巻き込まれてノーダメージは無理だ。

 しかし、嵐が起きていない場所もある。

 マルコムはその場所、ダークドリュアスが立っているところに走り、近接戦闘を始めるのであった。

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