第178話 大樹の迷宮5

「全員遠慮なく倒して! とりあえず魔物を減らすよ!」


「道を塞がれるな! トニー、ウォルト、左を止めろ!」


「ニック、キース、右に行くぞ! クリフ、アンナ、カイルのところに行け!」


「助かる! ミュリ、少し下がれ! ジェイク、クリフの支援!」


 続々と現れるミスリルアントに慌ただしく陣形を変えて対応する。

 そして、新たに現れたばかりのミスリルアントがキィキィ音をたてた。


(まさか……!)


 続々と出現するミスリルアント。追加で現れたのは五体だ。


(どこまでも増えるわけ!? 必ず五体出現だし!)


 FSで使われる『仲間を呼ぶ』は同系統の魔物を一体出現させる特技である。

 FS後期になると、『仲間を呼ぶ』の技を使う代表的な魔物のアント系は、ランダムで一から三体まで呼ぶこともあった。

 なので、最初はその想定をしていたのである。


 ただ、五体出現したときに思い出した。

 ゲームで『蟻軍団をあなどるなかれ』というミスリルアント狩りイベントの時だけ五体増加したことを。

 レイド戦ということを考えれば、五体増えても不思議ではない。


(今その仕様にならなくてもいいのに!)


「回復薬はできるだけ温存して! 増えすぎたら撤退します!」


 一体は必ず残してほしいと言っていたが、それどころではなくなっていた。

 ミスリルアントの動きはこちらより遅く、巣を守る習性で一定距離以上追いかけてこないので、撤退は容易だ。

 ボス戦のためにもギリギリまで何とかできないかを考えるが、ここで無茶をするわけにもいかず、判断が難しいところだった。


 そして、数が増えると『仲間を呼ぶ』の発動も増える。

 再びミスリルアントが手を擦り合わせるような動きをした。

 その時、その近くにいたベンが素早くミスリルアントの手を弾く。


(ベン、ナイス!)


 しかし、キィキィ音は止まらず、結局ミスリルアントが五体追加される。


(無理か! このままじゃ加速度的に増える。仲間を呼ぶ頻度が高すぎるぞ)


 仲間の奮闘により続々と倒していくが、十体倒す間に十五体増え、部屋はミスリルアントに埋め尽くされようとしていた。


(まずい。どう頑張っても増える方が早い。もう撤退するか?)


 撤退するか、味方の奮闘に賭けるか、そんな迷いを持ちながら剣を振るった時、またキィキィ音が鳴り始める。


(くそっ、また呼ばれる!)


「全員退――!」


 撤退を宣言しようとした瞬間、音が唐突に止まった。

 驚いて横を見ると、ルシールがミスリルアントを叩き斬るところだった。


「口を叩け! 止められるぞ!」


(マジか!)


 ルシールは『仲間を呼ぶ』動作をしたミスリルアントに一足飛びで近づくと、音を鳴らし始めた口をかち上げるように剣を振るった。

 その衝撃で音が止む。

 手を擦り合わせるような動きに意味はなく、口から音を鳴らしていたのである。


「全員、行動の阻止優先! マルコム、ベン、ミュリ、ウォルト、奥にいるやつに対応して!」


 すでに出現しているミスリルアントは三十体を超えている。

 うじゃうじゃといる中で、特技のキャンセルはそう簡単ではない。

 当然間に合わない場合もある。


 ただ、呼ばれる回数が減るのは大きかった。

 そして、慣れてくると特技の阻止の成功率も上がる。

 増える数と倒す数が同じになり、一進一退していたが、ついには逆転。

 徐々にミスリルアントが減り始めた。


 そうなると早い。

 ルシールがメインとなって倒し、加速度的に数を減らす。


(よし、これでやっと余裕をもってランク上げができる)


「交代で休息をとります! クリフさんパーティーから休息、カイルさんパーティーは後ろの警戒、他はミスリルアントに対応してください!」


 とうとう当初の予定通り『仲間を呼ぶ』を使わせて一体残して倒す、というルーティンに入った。


「セージさん、これはずっと続くんですか?」


「いえ、限界はありますよ。そうだっ!」


 クリフの質問にレイド戦の可能性があることをセージは思い出した。


「皆さん、ミスリルアントが仲間を呼べなくなったら終わりますが、もしソルジャーミスリルアントが出現したら逃げます!」


 ソルジャーミスリルアントとは『蟻軍団を侮るなかれ』に出現するミスリルアントの前足がドリルになった個体のことだ。

 ソルジャーミスリルアントまで倒すとクイーンミスリルアントが出現する。

 倒すことはできるが、ボス戦になるため回復薬が必須である。今は戦いたくはなかった。


「逃げ道の確保をギルさんパーティーでお願いします! クリフさんパーティーは交代でミスリルアントに加わって、カイルさんパーティーは休憩に入ってください!」


 そうして順番に休息をとりながら戦闘を進め、しばらくするとルシールが忍者をマスターした。

 ルシールはセージの持っている女神像で賢者に職業を変える。

 探究者の特技をボス戦で使いたいのでマスターしたいところだったが、探究者のSTR補正が低く、ミスリルアントには向いていない。


 そこから百体ほど倒したところでソルジャーミスリルアントが発生。

 ソルジャーミスリルアントはミスリルアントよりさらに動きが遅い。

 逃げ道の確保もされており、退却は簡単に成功する。

 そして、セージたちは入り口の安全地帯まで逃げるのであった。


 ********************


 安全地帯で昼寝をして回復したセージたちは再び探索を開始する。

 回復薬を使いたくないため睡眠でHPMPを回復しているのだ。

 一定時間以上睡眠すると急速に回復できるため、二、三時間もあれば全回復する。


 短時間の睡眠と探索を繰り返し、迷宮内をくまなく歩き回って魔物を殲滅した。

 今、大樹の迷宮は魔寄せの香水を使っても魔物が出現しないような迷宮となっている。

 ちなみにミスリルアントのいた部屋も偵察したが、ソルジャーミスリルアントはいなくなり、壁に空いた穴も無くなっていた。


「さて、探索が終わってしまいましたね。明日はボスを倒します」


 レベル上げをしたセージはレベル82になった。

 大量に魔物を倒したのに、上限にはまだまだ届かないレベルだ。

 魔物がレベル的に格下になってしまい、どんどん上がりにくくなってしまったせいである。


 ルシールは探究者をマスターし、賢者は45まで上がっていた。レベルも78まで上昇し、かなり強化が進んでいる。

 ベンとマルコムは勇者をマスターしたが、他の者は特に変わっていない。


 もちろん待てば魔物は発生するので、まだランク上げやレベル上げは続けられるだろう。

 ただ、それは微々たるものになる。強力な魔物ほど復活は遅い傾向があるからだ。

 それに、魔物が出現しなければ食事が問題になり、さらにずっと迷宮では精神的にも疲弊するだろう。

 ここが頃合いだった。


「明日がいつかはわかりませんが、とりあえずは明るくなってからですね」


 先ほどボスの部屋をみた時、暗かったのである。

 ボスの部屋が明るかったのは外の光を取り入れているからであった。

 わざわざ暗い中で戦いたくはないため、明るくなってから戦うことになる。


「まずは神聖馬しんせいばとダークドリュアスの説明をします」


 セージがボスの解説を始めた。全員、神聖馬もダークドリュアスも全く知らないため、セージだけが頼りだ。


 ダークドリュアスは植物の精霊ドリュアスがドミデビルという魔物に操られている存在だ。

 セージがダークドリュアスと戦ったことがないのは、FS初期にドリュアスは登場せず、後期に初登場となるからである。

 ダークタイプの精霊とのイベント戦があったのはFS10。その時、ドリュアスはまだ登場していなかった。


「ということで、ドリュアスは精霊なので物理攻撃が無効です」


「じゃあ魔法だけで倒すのか?」


「いえ、魔法を使うとドリュアスにダメージが入りますので、ドミデビルにダメージを与えるため基本は物理攻撃ですね」


「なるほどな。そりゃ良かったぜ。魔法だけって言われたら役に立てねぇからな」


「作戦上、魔法でも攻撃しますけど、後で話しますね。それで、使う技なんですが、百花繚乱ひゃっかりょうらん木霊こだま哀歌あいか蔓草つるくさ氾濫はんらん棘百千とげひゃくせん、大地の恵み、ソーンバインド、ウッドドールズ、リーフストームそして、ユグドラシルですね」


 ダークドリュアスとは戦ったことはないが、ドリュアスは知っている。

 FS13では精霊と模擬戦を行うことができるクリア後の内容エンドコンテンツがあったからだ。

 他の精霊はダークタイプの時とほとんど同じ技を使っていたので、大きな差はないだろうと予想していた。


「えっえっ? 何個言った? 全部わからなかったんだけど」


「植物系って多彩なんですよね。後発だからっていうのもあるんですけど」


「こうはつ?」


「いえ、何でもありません。ダークドリュアス特有の技もあるでしょうし、ドミデビルが物理攻撃もしてきます。でも、同じような技を使うはずなので説明していきますね」


 そして、セージは一つずつ説明していき、次に神聖馬についても解説を進める。


 神聖馬は神閻馬しんえんばついになる存在だ。

 回復や支援、光魔法を使い、物理攻撃も凶悪なものがある。


 そして、神閻馬とは逆に、物理攻撃が無効になり、魔法しか効かないため、魔法で攻めるしかない。

 HPは低いが、魔法防御力が高く、回復魔法が使えるため、一定以上の魔法攻撃能力がなければ倒すことができない相手である。


「今度は魔法か。こっちはどうしようもねぇな。俺らはダークドリュアスと戦うのか?」


「いえ、最初は神聖馬を倒すことに集中します。作戦は後で話しますね。先に神聖馬の技です。聖角せいかくの一撃、聖獣の祈り、光のおり無垢むくの閃光、ホーリーレイ、ディバインスフィア、サンクチュアリ。これは確実です。説明と対処法を説明しますね」


 全員、真剣に聞き、技を覚えていく。

 そして、実際に動きを確認しながら対策を立てる。

 セージが言うことが確実だという保証はなにもない。しかし、全員が信じて訓練を行った。


 そして、作戦を話す。

 ただ、それほど難しいことではない。

 ダークドリュアスをマルコムが引き付けて避け、周りがサポートする。また、神聖馬の回復魔法を引き出すための魔法攻撃も重要だ。


 その間に神聖馬をベンたちが引き付けてセージ、ルシール、ヤナの魔法で倒し、その後ダークドリュアスを倒すという計画だった。

 簡単に言うと回復役から倒すというセオリー通りの動きである。


「さて、そろそろ休みましょう。決戦向けて万全の状態で挑みますよ」


 そうして神聖馬・ダークドリュアス戦に向けた最後の休息をとるのであった。

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