第177話 大樹の迷宮4

「まだ寝るには早いかもしれませんが、整備が終わったら就寝にしますか。準備、は特にないですよね?」


 セージが隣で道具を整理しているギルに聞く。

 今は全員で装備の手入れや確認を行っているところだ。

 セージは今回魔法しか使ってないので、調理に使っていた串等を片付けていた。


「なんもねぇな。天幕てんまくどころか寝袋もな。そのまんま寝るしかねぇ」


「仕方ないですね」


 野営をするとなればテント等を用意するが、今回は町を拠点にして活動している。

 当然準備は何もない。

 防寒や風呂敷に使うための布はあるので、それにくるまって寝るくらいだ。


「食事中に魔物は現れなかったが、見張りは必要だよな?」


「うーん。ここはセーフティゾーンだと思いますが、念のため輪番りんばんで見張りをしましょう」


「セーフティ……なんだって?」


「安全地帯、魔物が出ない場所ってことです」


「そんな場所があるんだな」


「もちろんです。町だってそうですよね?」


「町?」


「急に町中に魔物が現れたりしませんからね。魔物が来るとしたら近くでボスが現れたりしたときに襲ってくるだけです」


「ってことは、ここが町と同じくらい安全だってことか?」


 セージは「そう考えています」と、はっきり答えた。

 ギルとしては迷宮の中で安全地帯があるなんて不思議な感覚だが、眉根を寄せながら「そういうもんか」と受け入れる。


 そんな会話を聞いていたエヴァンジェリンはルシールに話しかけた。


「ねぇ、ルシィ。あなた、セージの婚約者なのよね?」


 その急な問いかけに、ルシールは柔軟体操をしながら答える。


「そうだが、それがどうかしたか?」


「どうして、婚約者になったわけ?」


 ルシールは「んっ?」と動きを止めた。

 エヴァンジェリンは暇だったので、しゃべりながらルシールの真似をして柔軟体操をしている。


「婚約者になった理由を聞いてるの。政略結婚するって立場でもなかっただろうし、セージはこんな感じなのよ? 今だってわけのわからないことを言ってるし。結婚なんて考えられるわけがないわ」


「なんだかさらっと馬鹿にされた気がするんですけど」


 エヴァンジェリンはセージをチラリと見て「事実でしょ」と言い、ルシールに向き直る。


「それで、どうなの? 別に言いたくないなら言わなくていいわ」


「いいや、そんなことはない。急に聞かれて驚いただけだ。さっきも言ったことだが頼りになるところは好ましいと思っているぞ」


「セージのことを信頼するのはまだいいのよ? 頭はおかしいけど信頼はできるもの。でも、結婚しようって思い至るのは異常だと思ったのよ」


「ふふっ、私が異常か」


「あっ、馬鹿にしてるわけじゃないのよ?」


 少し慌てた感じで言うエヴァンジェリンにルシールはもう一度「ふふっ」と笑う。

 付き合いは短いが、共に過ごす中でエヴァンジェリンのことは少しわかっていた。

 それに、二つ下の妹に少し似ている部分があるなとも思っている。


「わかっている。そうだな。私はつい数年前まで次期当主代理で、目指していた騎士にもなれず、成人をすぎて婚約もできない落ちこぼれの令嬢だったんだが――」


「次期当主の代理ってなんなのよ! というかそんなに強くて騎士になれない!? そんなことある!? 上級職極めてたら婚約なんていくらでも……はっ! つい突っ込んでしまうわ! あなたも相当ね!」


「いろいろ事情があったんだ。今は変わったが、数年前の話だからな」


「たった数年で何がどうなったらこうなるのよ!」


「それを変えられるのがセージだ。強さだけじゃなく、私が持っていた常識、いや、ただの思い込みだな。それを打ち砕き、私は救われたんだ。それに……強敵に怯まず立ち向かう姿には、やはり惹かれるものがあるな」


 髪に触れつつ少し微笑むルシールに、またセージが口を挟む。


「目の前で言われると照れるんだけど」


「あんたは黙ってなさいよ。ほんと仲がいいわね。それで、もう少し詳しく聞きたいんだけど、ルシィから婚約を申し込んだのよね?」


「そうだな」


「どんな感じでしたの? 私も参考にしたいわ」


「私のは参考にならないと思うぞ。それに……さすがに注目されていると言いづらいな」


 いつの間にか周りは静かになり、ルシールとエヴァンジェリンの話を聞いていた。

 このパーティーは既婚者が少なく、皆気になるところである。


「あんたたち、なにこっそり聞いてんのよ! まったく! ねぇ、ルシィ。私たち一緒に輪番の担当組まない? いろいろと話しましょうよ」


「そんなに楽しい話はないぞ? セージ、輪番のパーティーは好きに決めて問題ないか?」


(まぁ戦闘になることもないだろうから、むしろバラバラでコミュニケーション取った方がいいか。必要な呪文はルシィさんが知ってるし)


「うん、構わないよ。ただ、インフェルノだけ練習しておいてくれる? ボス戦で必要だからね」


「あぁわかった」


「あのっ、私たちも混ぜてもらえませんか?」


 そこで声をかけたのはアンナとメリッサだ。特に恋愛話が好きなアンナの食いつきがすごい。


「いいわよ。ミュリも一緒に入る?」


「えっあたしも? なんだか緊張するなー。ヤナはどうする?」


「私はセージと魔法について語りたい」


「だよねー」


 こうして、和やかな雰囲気のまま夜を過ごすのであった。


 ******************


 次の日、再び大樹の迷宮の魔物殲滅戦が始まる。

 分かれ道もくまなく進み、一体も残さない勢いで倒していく。

 買い占めていた魔寄せの香水も使いつつだ。

 ランク上げのためにはできる限り魔物を倒す必要があった。


 魔物を倒すのはルシールがメインだが、数が多い場合は勇者マスターを目指すマルコムやベンが倒す。

 ダメージを受けると回復魔法を使い、MPが減るからだ。

 なるべくMPを温存して、一日の戦闘継続能力を高めることが必要である。


 MP回復薬はあるが、ボス戦を控えている今使うわけにはいかない。

 セージは薬師で錬金術師とはいえ、ここには素材もなければ設備もないのだ。

 回復薬などのアイテムは手持ちの分で終わりである。

 通常のボス戦なら耐えられるくらいはあるが、格上とのボス戦となると多く消費することはわかっており、それを減らすわけにはいかなかった。


「アル、引いて! カイル、トニー、左の支援!」


 そして、指示をしているのは、やはりセージだ。

 ルシールが倒しやすいように攻撃をコントロールしつつ、なるべくMPを使わない方向で調整していた。


「エヴァは魔法待機! ミュリ、右に行って! ギル、あと一撃だけ!」


 指示を受けて流動的に隊列を変え、魔法か通常攻撃でダメージを与える。

 相手の攻撃はかわすか、受け流すかのどちらかだ。

 勇者の特技『シールド』を使うより、ダメージを減らして回復する方がMP節約になるため、特技はほとんど使っていない。


「魔物追加! マルコム、ベン、ウォルト、準備!」


 新たな魔物が現れ、セージも呪文を唱え始めた。そして、手で合図を送る。


「フレイム!」


 アルヴィンが魔法を発動した。

 その瞬間、バルーンワームが膨らむ。

 バルーンワームは物理攻撃に反応せず、中級魔法以下にも反応しない。

 そこで、アルヴィンがバルーンワーム専用に『フレイム』を用意していた。


 そして、魔法を受け止めてバルーンワームがしぼみ始める。その瞬間、セージ、エヴァンジェリン、ヤナが手を向ける。


「メテオ!」


「ヘイルブリザード!」


「インフェルノ!」


 三種の魔法が混ざる中、マーブルゴーレムとマッドデーモンが魔法を突き抜け接近し、ラッシュマッシュは炎に包まれながら特技を発動している。

 前衛が攻撃を受け止め、それと入れ替わるようにマルコムたちが後衛の魔物へと走った。


(ウォルトって速いよなぁ。もちろんマルコムとベンには劣るけど、勇者であの速さはかなり優秀だ)


 後ろにいた魔物を倒しきったルシールが、前衛に躍り出て魔物に斬りかかる。


(ルシィさんはいつ見ても綺麗に倒すね。どうしてそう見えるんだろ? 動きにキレがあるから? 迷いがないから?)


 ルシールは必要に応じて魔法を使いながら殲滅していく。

 戦いの中にもかかわらず、演舞を見ているような美しさがあった。

 全てを倒しきると、回復してからまた進み始める。


(みんな強いし、魔物の行動パターンにも慣れて順調だな。でも、そろそろ休息をとった方がいいのか? ずっと洞窟にいると時間の感覚がわからな――)


 行き止まりの小部屋にたどり着いて見たのは数体の魔物。

 ラッシュマッシュ二体とメガラフラワー三体。

 そして、ミスリルアントがいた。


(まじか! きたきたきたー! ミスリルアントだ!)


 ミスリルアントとはメタリックな体をしており、体長約二メートルもある巨大な蟻のことだ。

 厄介なのは、防御力も魔法耐性も高く、生半可な攻撃ではダメージが通らない上に、魔法は半分反射する能力を持つことである。

 高いステータスがないと逃げるしかない。


 ただ、倒せる攻撃能力さえあれば別だ。特に今のパーティーは前衛に偏っている。

 魔法について頑張っているものの、基本はSTRに極振りしたような物理攻撃重視ばかりの脳筋パーティーといったところであり、ミスリルアントの相手に最適だった。


「あのアント系の魔物、ミスリルアントは倒さないで! 茸、花にインフェルノ! 後は通常攻撃で!」


(こんなところで会えるとは! 運がいいのかわからないけどありがたい!)


 重要なのはミスリルアントが特技『仲間を呼ぶ』を使うことだ。

 呼べる数は有限だが、それでも今はランク上げに有用である。

 本当はミスリル集めや金稼ぎに最適な相手となるが、ここでは持ち帰ることができない。

 それでも、ルシールのランク上げが間に合うかわからない今の状況では文句もないだろう。


 ミスリルアントはマルコムが注意を引き、他の者は周囲の魔物を殲滅していく。


「これ、どうしたらいいの!?」


 マルコムは倒すなと言われているので回避に専念しながら戸惑った声を上げる。

 その時、ミスリルアントが触覚を動かしながら前足を擦りあわせてキィキィと金属音を鳴らした。


(待ってましたっ!)


「ミスリルアントが増えるよ!」


 セージの注意と共に、壁に穴が開いてミスリルアント五体が続々と現れる。


「物理で攻撃! 攻撃魔法は使わないで! バフお願い! STR800以下は回復魔法待機! 必ず一体は残して!」


(これでルシィさんの職業マスターは確実だ。きっと数百体は呼べるはずだし)


 そう思ったとき、またキィキィという金属音が左右から聞こえる。


(えっ? まさか? そんなに一気に呼べるの?)


 ミスリルアントがさらに十体増え、十六体となる。

 いくら相性がいい相手といっても、そこまで増えると厳しい。

 ただ、逃げるとミスリルアントがいなくなる可能性があり、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「グランドスラッシュ解禁! 三発で倒せるはず! マルコムとベンも倒していって! これ以上増えたらまずいよ! 後衛も前衛の支援! バフは攻撃力! 戦闘はしばらく続くから! 回復魔法は適宜使って!」


 セージは指示を飛ばして、前衛に混ざる。

 まさに総力戦。

 全員近接戦闘という今までにない混戦模様となるのであった。

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