第176話 大樹の迷宮3

「ねぇ、本当にこれ、食べるつもり?」


 エヴァンジェリンはいつもよりテンションが低い声でセージに言う。


「当然です。保存食ではあと一日が限界ですから」


「明日終わればギリギリ大丈夫なんでしょ?」


「明日で終わるとは思えません。おそらくあと数日はかかるでしょうし、空腹の状態でボスと戦いたくはないです」


「それはそうだけど……さすがに勇気がいるわ」


 エヴァンジェリンが見ているのは解体されていくバルーンワームやメガラフラワーなどである。


 皆、解体は手慣れたものであるが、その中でもカイルパーティーの手際がいい。

 ミュリエルとカイルが軽々と魔物を持ち上げ、マルコムとジェイクが器用に捌き、ヤナが水魔法で洗い流す。

 流した水はマルコムが忍者の特技『土遁ドトン』を使って掘った穴に流し込んでいる。


 特技『土遁ドトン』は発動者の真下の地面から土でできた牛が現れて、穴ができるという技だ。

 土の牛は座り込んで何もせず、攻撃を受けるとゴロンと転がって穴に戻るという仕様である。

 敵の攻撃から隠れるための技で攻撃能力はない。さらに、土の牛が出ている間は他の遁術とんじゅつが使えなくなる、穴から出る時に隙ができる、など使い勝手は良くない。

 ただ、解体やトイレの時には役立つ特技だ。


「まぁ巨大ワームは少し抵抗がありますね」


「それだけじゃないでしょ! 全部よ全部!」


「そうですか? まぁ何にしても全部切ったら何かわからないですからね」


「切る前を見てるんだから一緒だわ!」


 エヴァンジェリンの手元にあるのは、まな板の上のラッシュマッシュ。

 その手の部分だ。

 エヴァンジェリンはざっくりと解体された魔物をスープ用に細かく切ったり、串焼き用に串刺しにしたりする係である。

 文句を言いつつも手は動かしていた。


「全部煮込んだらわからなくなるかもしれませんよ」


「なるわけないでしょ! 想像力が欠如ケツジョしてんじゃないの?」


「二人は仲がいいな」


 それに割り込むのはルシールだ。

 ルシールもエヴァンジェリンと同じ係に当たっている。

 ちなみに、エヴァンジェリンの隣にはアルヴィンがいて、黙々とマンドレイクを切っていた。


「全然良くない! ルシィもよくセージと婚約したわね! 断ろうと思わなかったの?」


「断るもなにも私から婚約を申し込んだんだが」


「えっ? そうなの? なんで?」


「理由はいろいろとあるんだが、そうだな……例えば、こんな状況でも頼りになるだろう?」


「頼りには……なるかもしれないけど、普通こんな状況になる?」


「意外とな。それに知識も豊富だ。この魔物が食べられると判断したのはセージだろう?」


「そうよ! それもおかしいの! どうしてこれが食べられるってわかったわけ? あっ、平民では普通なの?」


「普通は食べないですけど、ラッシュマッシュはもちろん、ワーム系も食べて大丈夫そうですし」


「どこが?」


(前世でミミズが食べられるって聞いたし、ラッシュマッシュはマッシュルームっぽいから)


「メガラフラワーは蜜がとれて胴体に旨味があるって書いてありましたし」


「どこに?」


(攻略本のコラムに。フレーバーテキストとかって読んでると楽しいんだよなぁ)


「マンドレイクは薬にもなるくらいですからね」


「一切聞いたことがないわ!」


(あれ? これは有名なことじゃないのか? 確かに売ってるところを見たことはないけど)


「薬師じゃないと知らないんですかね?」


「誰も知るわけないでしょ! こんなところに出てくる魔物に会うわけないんだから!」


「……確かに」


(そりゃそうか。こんなところに出てくる魔物を討伐できないし。マンドレイクってそこまで強い魔物じゃないけどクセがあるからなぁ)


 素直に頷くセージに代わり、ルシールが答える。


「何にせよ知識は多いということだ。ちなみに、ワームなら王国内でも食べている地域があるぞ」


「えっホントに? 一度も見たことないんだけど」


「王国西にシートン子爵領があるだろう?」


「クロフト侯爵領の隣ね? まさかそんなところで?」


「シートン子爵領の一部はサンドワームを食べているようだな。私が知っているのはそこくらいだが、他にもあるかもしれん」


「ワームって、普通に食べるのね。なんだか、ちょっと衝撃的な話だわ。それで、ルシィは嫌じゃないわけ? それ」


 エヴァンジェリンはルシールの手元のバルーンワームを指す。

 ルシールはバルーンワーム担当だった。


「そうだな。切って焼けば問題ないだろう。その程度だ」


「……そうなのね。アルヴィン兄様はどう?」


「僕はこれくらいなら全然大丈夫」


 アルヴィンは事も無げに言った。

 実はアルヴィンは第三王子からいろいろと食べさせられていて、魔物食に耐性がある。

 それを知っているエヴァンジェリンは「そうよね」とサラッと流した。


「誰か繊細な心を持ってる者はいないの? あっ、ヤナは? 食べたくないでしょ?」


 ちょうどヤナが追加のバルーンワームの塊を持ってきた。

 そのバルーンワームの塊肉を持ち上げて言う。


「これのこと? どうして?」


「どうしてってこれよ? 嫌じゃないの?」


 無表情で首を傾げるヤナは逆に問いかける。


「これがブル系だったら?」


「ブル系? そりゃ食べるでしょ」


「どうして?」


「美味しいから? えっ? なに? どういうこと?」


 思っていた反応ではなくて混乱するエヴァンジェリンに、ヤナは淡々と聞く。


「どうしてブル系は食べて、ワーム系は食べない? 両方魔物」


「見た目の問題よ!」


「ワームを捌く方が簡単で綺麗」


 バルーンワームは内臓がシンプルなので、洗浄も楽だ。

 そんな言い方のヤナにエヴァンジェリンは困惑を深める。


「……もしかして、全然抵抗がない?」


 コクリと頷くヤナ。

 エルフ族は魔物の肉をほとんど食べない。主食は果物や木の実である。

 ただ、子供の頃は肉を食べる時期がある。そして、ヤナの出身ルシッカではラビット系やワーム系を食べていた。

 ヤナとしては食べるのはどちらも同じで、ワーム系の方が処理が楽だというくらいだ。


 エヴァンジェリンは「感性の違い? それとも私がおかしいの?」と混乱していた。


「そんなことより、融合魔法について。賢者専用なの? メテオは火と地の二種が融合した魔法? 三種類融合することはある? 魔法の融合が――」


「ちょっと待ってください。ちゃんと答えていきますから」


 セージはヤナから次々と溢れる質問を一旦遮る。

 ヤナには今まで気になりつつ聞けなかったことが山ほどあった。今がチャンスだと思ったのだ。


「融合魔法メテオについてはその通りです。賢者が使える火と地の融合ですね。三種類融合はありません。ただ……」


 こうして、セージが料理の指示をするために中断していた魔法の勉強が再開する。


 そうして着々と調理は進み、融合魔法のことから呪文文法解説に変わったところで料理はできあがった。


 本格的な調理の準備はなかったため、料理に凝ったものはない。

 スープにされたり、そのまま串に刺して焼かれたりしただけである。

 それでも、塩焼き、香草焼き、甘辛焼き、その他にも果物の酸味とメガラフラワーの蜜が絶妙なタレや塗って焼くと胡麻味噌のような風味になるものなどバリエーションは豊かだ。


「ラッシュマッシュは普通のキノコと同じだな」


「普通? めちゃくちゃ旨いキノコだろ? ただの塩焼きでガンガンいけるキノコなんて食ったことねぇよ」


「食べごたえもあるしな。今まで倒した他のキノコ型の魔物も食ってみりゃよかったぜ」


 トニーたちが口々に料理をほめる。

 セージたち調理師マスター組はまだ焼きつつ食べているが、他は食事タイムだ。


「香草焼きって旨いな」


「それマンドレイクの頭の草とかメガラフラワーの葉を使ってるんでしょ?」


 香草焼きを一口食べて素直な感想をこぼすキースにアンナが言った。

 合同パーティーではあるが、元のパーティーごとに固まる傾向はある。


「まさかこんな味になるなんてな」


「でも、メガラフラワーもマンドレイクも煮た方が旨いかもね」


「ニック、このタレ付きのメガラフラワー食べた? 私は好きだけど」


「それ美味しいよね。でも正直、串焼きのマンドレイクは微妙かな」


 クリフパーティーにマルコムがそんなことを言いながら混ざった。

 カイルパーティーは加入したばかりだ。これから共闘していくことを考えると、相互理解は必要である。


「マンドレイクは薬に使うらしいから、食材にするものじゃないんじゃないか?」


 スッと入ってきたマルコムに少し驚きつつクリフが答えた。

 そこにミュリエルがマンドレイクの串焼きを持ちつつ反応する。


「あたしはありだけどなー。独特な味がクセになる感じしない?」


「私は好き」


 微妙な表情をする中、控えめにメリッサが言い、ミュリエルは「わかる!? 仲間だね!」と喜ぶ。


「嫌なわけじゃないけど、僕はワームの方が断然いいね」


「もちろんこのワームも好きだよ! 美味しいよね! エヴァはどう?」


 近くにいたエヴァンジェリンにミュリエルが話を振る。

 戦闘中に『エヴァンジェリン様』という長い名前を呼んでいられないので、一部の者は愛称が決められていた。

 ルシールはまだしも、王族に敬称なし、しかも愛称だなんて冗談でもしないことだが、アルヴィンとエヴァンジェリンはアルとエヴァとして受け入れている。


 戦闘中以外は普通に呼んでもいいのだが、ミュリエルは常に全員愛称で呼んでいた。

 むしろ、ミュリエルは愛称しか覚えていないのだが。


 エヴァンジェリンは急に話しかけられて驚きつつ、口の中の物を飲み込む。

 その手にはワームの串焼きがあった。


「まぁ……美味しいわね」


「あれっ? 食べる前は一番文句言ってたのに?」


 そんな風に言うのはマルコムだ。

 クリフたちはまだ王子王女に遠慮がちだが、カイルパーティーの面々は普通に接している。


「美味しいものは美味しいのよ! それに私は見た目のことしか言ってないわ! 見た目が悪いのは事実だもの!」


「美味しくて何よりだね。食事は重要だからさ。マンドレイクはどう?」


「私は、美味しいと思うわ」


「ホント!? 仲間が増えた! やっぱ美味しいよねー!」


「そうね。この美味しさがわからないなんて損してるわ」


「そんなに?」


 エヴァンジェリンの言葉にマルコムは苦笑しながら答えた。

 セージたちは魔法談義に花を咲かせ、カイルはギルやトニーたちと剣を振るときの足捌きについて語り合っている。

 そんななごやかな雰囲気で食事は進み、就寝時間になるのであった。

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