第175話 大樹の迷宮2
「さて、誰かあのボスを知っていますか?」
ボスの部屋から離れてから、セージが聞いたが、口を開く者はいない。
「誰も知ってるわけないでしょ!」
「まさか、セージも知らないのか?」
エヴァンジェリンの突っ込みとは対照的に、ルシールは難しい表情をする。
ボス情報の有無で、その攻略難易度は大きく変わるからだ。
「馬の方は神聖馬。あと一体はおそらくダークドリュアスなんだけど、戦ったことはないんだよね」
「戦ったことないって当然じゃない! というかどうしてわかるのよ!」
「正確なことはわかってないですよ? ある程度予想できるだけで」
「だからどうして!? 意味わかんないわ!」
大声を出すわけにはいかないので、器用に小声で叫んでいた。
そんなエヴァンジェリンをアルヴィンが嗜める。
「エヴァンジェリン。今は話を聞こう。魔物が現れる場所だ」
「でもおかしいでしょ? お兄様は気にならないわけ? 誰も知らない、会ったこともないボスのことを話しているのよ?」
その指摘に「それはそうなんだけど……」と口ごもる。
アルヴィンはセージと会うようになってから、その異常性を実感していた。
誰も理解できない言語を読み、誰も見たことがない魔法を使い、誰も真似ができない物を作っていたから当然だ。
その上知識も飛び抜けている。隣国にしかいない魔物のことも、貴族もしらない国宝の武器や道具のことも、誰も知らないような遠い国の出来事さえ知っていた。
神聖馬とダークドリュアスのことがわかったとしても特に違和感はない。
アルヴィンはセージを一目見てから答える。
「セージが言うからにはそうなんだろう」
「はぁ!? お兄様までクリスティーナみたいになったの? 薄々そうじゃないかと思ってたけど!」
エヴァンジェリンからするとセージのおかしいところは多々あった。しかし、アルヴィンはそれに突っ込むことなく受け入れていたからだ。
そして、周りもそんな者たちばかりだとわかっている。
悠久の軌跡やギルたちはもちろん、ここにいる騎士たちは皆、セージと共に行動し、神の名持ちの魔物と相対している者たちだ。
むしろ、何も知らないと言われた方が驚くだろう。
「心配しなくても大丈夫だ」
そう自信を持って答えるのはセージではなくルシール。
「その信頼感はどこから来るわけ? あなたたちみんなどうかしてるんじゃない?」
「何だか懐かしいね、この反応」
「だよねー。みんなが一度は通る道って感じだし」
そう軽く言うマルコムとミュリエルをエヴァンジェリンが睨む。
「何それ? 喧嘩売ってるの?」
「そんなことないよ。あたしもセージはおかしいと思うけど、慣れちゃったんだよねー。ほんとのことしか言わないし」
「セージを知ればこれくらいなんてことはないということだ。それよりも今はボスの行動の件だ。セージに頼りきりですまないが、教えてくれ」
ルシールの言葉にセージはいつになく神妙な表情で答える。
「その前に重要なことがあってね」
「どうした?」
「皆さん、ボスの部屋まで行きましたが、これから引き返します。いろんな可能性を考えた上で、現状では神聖馬とダークドリュアスに勝てません」
その発言に動揺が走った。信頼を寄せているセージが言うことだ。
それは本当のことなのだろうとわかる。
ただ、上級職だらけのこのパーティーで勝てないというのは衝撃だった。
この中で最も衝撃を受けていないのはエヴァンジェリンである。
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない!」
「そうですね。みんなレベル70にしては明らかに強いですから。それを加味して奇跡的に勝つことも考えられますけど、十中八九負けます。神聖馬には物理攻撃が効かないってところが大きいですね。このパーティーに魔法使いは少ないですから。そんな状態で挑みたくはありません」
はっきりと答えるセージに言い返そうとするエヴァンジェリンをルシールが手で制す。
「どうすれば勝てる?」
「ランク上げをしましょう」
真剣な表情で即答するセージに、ルシールは「ランク上げ?」と戸惑い、ミュリエルは「相変わらずだねー」と笑う。
「趣味に走っているとかじゃないですよ? ランク上げで勝てる可能性が高まるんです。他に出口がないかを探しつつ、ランク上げをして、この迷宮を探索し尽くします。主にランクを上げるのはルシィさんです」
「私が?」
「そうだよ。実は、僕は少し前に賢者をマスターしたから。ルシィさんの上級職のランクってどれくらい?」
「探究者が56と忍者が34だな」
「すると、あと五百体でマスターだね。ここにいる魔物で足りればいいんだけど。まずは忍者からマスターしよっか。たぶんそれで賢者になれるよ」
そして、セージは皆に向き直った。
さらっと挟まれたセージの賢者マスターやルシールの職業に驚く者もいたが気にせずに言う。
「皆さん、ルシィさんを特級職の賢者にします。それだけでも大きな戦力になるでしょう。これから出現する魔物はすべてルシィさんに倒してもらいます。協力してください」
ペコリと頭を下げるセージ。
賢者になれば魔法のステータスが大きく上昇する。
神聖馬に対しては魔法が重要なステータスであり、誰からも異論はなかった。
「そして、皆さんはできる限り魔法の勉強をしましょう。魔法防御力を上げるためです。あと、パーティーは僕とルシィさんの二人パーティーにします。少しでも勝率を上げるため……」
そして、セージは苦渋の選択をするかのように宣言する。
「僕は、レベル上げをします」
当然、これについても異論は出なかった。
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「ヘイルブリザード!」
根の魔物マンドレイクに魔法使い組が発動する。
マンドレイクは物理攻撃に弱い。
しかし、近づくと危険な特技を持っているため遠距離から魔法で倒すのがセオリーだ。
セージは止める合図を出して「ルシィ!」と声を上げた。
「ヘイルブリザード!」
魔法を放つのはルシール。周囲の者がHPを削り、ルシールが次々とトドメをさしていく。
「前衛、攻撃控えて!」
「おう!」
「MP大事に! トニー、右の支援!」
「まかせろ!」
「ベン! マルコム! しばらく後ろの魔物引き付けて! 攻撃は全部避けて!」
「さっきから僕らだけっ! 指示おかしい!」
「クリフ、一度下がって! ヤナ、エヴァ、アル、追加の魔物にヘイルブリザード!」
次々に飛ぶセージの指示。
今回、セージは最初に魔法を放った後は指示役になっていた。
ルシールが倒す必要があるので、下手に手を出せないことと、最も魔物のHP管理が上手だからだ。
セージは元ゲーマーで、指示役は得意である。
また、厳しいボス戦に向けて名前は愛称に変えていた。
隙をみて下がったクリフと入れ替わるようにして、ルシールが前に出る。
力強い踏み込みとともに一閃。
そして、魔物の反撃をまるでどんな攻撃がくるかわかっていたかのように避けた。
さらに追撃し、魔物が倒れて逃げ出そうとした時には、すでに別の魔物に斬りかかっている。
(マジで強い。やっぱりレベル70以上の能力はあるよな)
流れるようになめらかな動き、的確に弱点を捉える剣技、魔物の防御力を突き抜ける力強さ。
出現する魔物はレベル的にみれば格上だが、そんな様子は微塵にも感じさせない。
(ルシィさんがレベル90になったらやばいのでは? 相変わらず悠久の軌跡もチートだし)
『悠久の軌跡』のメンバーは全員上級職かつバランスのいいパーティーだ。
ヤナはセージ級に近づいており、カイルとミュリエルはそれぞれ動きの特徴は違えど、ルシールに勝るとも劣らない。
ジェイクは弓と短剣、バフ、回復魔法に加えて、攻撃魔法と魔物の特技を使うようになり、トリッキーな戦い方に磨きがかかっている。
そして、マルコムは『ハウリング』を使いつつ回避に専念し、本当に全てを避けていた。
(チート級ばっかり。ボスも倒せそうな気がしてくるけど。ただ、さすがに火力が足りないか)
皆、レベル70と思えないほど強い。
ただ、ダメージ量はステータスに依存する。
特に魔法での攻撃には会心も何もないので、技術だけでは限界があった。
(そろそろ戦闘終了かな)
マルコムが引き付けていた最後の魔物ラッシュマッシュをルシールが倒し、セージが声を上げる。
「ギル、ウォルト、アル、討伐!」
逃げようとするラッシュマッシュを囲い込んで討伐する。
閉じ込められたため食料問題が一番のネックだ。一部の魔物はHPを0にした後に狩って食料にしようと考えていた。
「小休止をとりますね。カイルさんパーティーが警戒、ベンパーティーが解体をお願いします。あとは休憩しながら勉強しましょう」
魔物と戦っていないときはINTやMNDを上げるため、セージ主催の勉強会だ。
「先ほど燃焼の三要素は話しましたよね。トニーさん三要素が何か覚えていますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。えーっとな、燃えるもの、熱源、あとは空気の中の酸素? だったか?」
「ちゃんと覚えていてくれて良かったです。点火するための熱源が基本火魔法、火そのものなので想像しにくいかもしれませんが、熱によって点火させることができるんです。例えば……」
魔法に関することだけではなく、自然の理解もINTやMNDに影響する。
セージはできる限り丁寧に説明するが、全員にちゃんと伝わっているかは微妙なところだと感じていた。
(四つ目の要素は飛ばすか。三要素で十分だし。やっぱり原子から体系的に説明する必要があるよなぁ。水、氷は分子から説明したい。でも、物質の三態で止めるしかないかな。魔法原理も話しておきたいし、そんなに時間が……)
休息時に勉強しながら戦い続け、再び入り口まで戻る。
ここまでに得た戦利品はバルーンワーム、ラッシュマッシュ、メガラフラワー、マンドラゴラ。
料理の時間が始まるのであった。
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