第174話 大樹の迷宮1

「セージ、レイドボスとはなんだ?」


 ルシールの疑問にセージが答える。


「複数パーティーで挑む強いボス、かな。人数制限があるね」


 レイドボスとはオンラインゲームで数多くのプレイヤーと共に挑むボスのことだ。

 たいてい人数制限があり、十人の時もあれば百人の時もある。

 FSで取り入れられた当初は様々な人数制限があったが、徐々に三~五パーティーが基本になっていった。


「複数パーティーで挑むのは普通なんだが……強いボスは人数制限があるものなのか?」


 ゲームでは一つのパーティーがデフォルトだが、この世界では通常ボスでも複数パーティーで挑むことはある。

 騎士団などは百人規模でボスに対応することも珍しくない。


「えっと、強いからレイドボスとか人数制限があるというわけではなく、そういうボスってことなんだけど……あとで説明するね。今はまだレイドボスって決まったわけじゃないし、これから何が起こるかもわからないから」


 ボスの領域に入るような感覚はあったものの、穴の中にボスはいなかった。

 中央に太い柱のような根があり、ドーナツ状になった空間だ。壁にも根が張り巡らされており、どこにも進む道がない。

 騎士たちが穴から出ようとして弾かれたり、壁を叩いて道がないか調べたりしている。


「まぁ、そうだな。まさかこのままってことはないよな?」


「さすがにそれはないはずだけど。真ん中の根が敵になるとか、どこかを押せば道が現れるとかそんなギミックがあるはず……」


「私に何かできることはありますか!」


 上からクリスティーナの声が響く。

 クリスティーナはどうにかして入る方法がないか探しながらセージに問いかけていた。


(この広さの部屋でボス戦になる可能性は低いし、ダンジョンが続くか、ボスへの一直線か。ダンジョンだとどれだけの規模があるかだよなぁ)


 セージたちは毎日町に帰るつもりで装備を整えている。

 不慮の事態に対する準備はあるが、何日も耐えられるほどではない。


「どこかにボスがいるはずですが、時間がかかりそうです! 町に戻って騎士の方々に僕らがいないこと、誤魔化しておいてください! あと道具とか荷物は通せますか!? 食料が――」


 閉じ込められても供給があれば楽になると考え、クリスティーナにお願いしている時、ゴゴゴ……と振動が響き始めた。


 動いているのは壁に張り巡らされている大樹の根。

 壁の一部が崩れて進む道が現れ始める。

 そして、それと同時に、入り口が閉じようとしていた。


「セージ様! これを!」


 クリスティーナは素早く外したポーチとリュックを投げ入れ、隣にいたパスカルから荷物を奪おうとしたところで穴は完全に閉じた。


 セージが拾って確認すると、食料や調味料、MP回復薬などが詰まっていた。


(この状況で、これは助かるな。あとはダンジョンがなるべく短いことを祈るしかない)


 リュックを持ち、光魔法『ルーメン』で照らされるメンバーに目を向ける。

 全員警戒態勢をとり、油断なく進む先を見据えていた。


(さすが冷静だな。頼りになる)


「カイルさんのパーティーは最後尾で後ろを警戒してください。前衛にルシィさん、クリフさんパーティー。僕らは真ん中にいます。大まかにはこれでいきますが、道が広くなればマルコムさんとウォルトさんとベンは斥候役、ギルさんは後ろの警戒をお願いします」


 魔法を準備している者が多く返事はないが、セージの指示通りに動く。


「さて、行きましょう」


 その号令と共にパーティーは慎重に進み始めた。


 通路は二人が並んで通れるくらいの幅しかなく、戦えるような場所ではない。

 ただ、魔物は出現せず、螺旋状に下っていくだけだ。


 そして、螺旋状の道が終わると、幅十メートルはある広い通路に出た。

 そして、セージたちを待っていたかのように魔物がいた。


 泥で形作られた悪魔の魔物マッドデーモン三体、人より巨大な花の魔物メガラフラワー三体、そして、黄色のミミズを大きくしたような魔物バルーンワーム一体である。


(あの魔物はなんだ? ワーム系の魔物だけど黄色はいなかったはず……)


 セージはバルーンワームのことを知らず、一瞬躊躇う。

 その一瞬でルシールからの合図が目に入った。


(えっ? どうして?)


「ヘイルブリザード」


 ルシールが出したのは魔法を止める合図だ。

 しかし、すでに魔法を発動し始めていた周りの後衛たちは、そのまま戦闘開幕の魔法を放った。

 セージと異なり、知らない魔物が出現することは当然のことで、躊躇ためらったりはしないのである。


 その瞬間にバルーンワームが急激に膨らむ。

 通路を埋め尽くすほど膨れ上がる体に氷の嵐が突き刺さり、魔法を受けきるとあっけなくしぼんだ。


(そんな魔物がいるんだ!)


 ゲームには出てきていなかった魔物の行動に驚きつつ、テンションが上がりながら『メテオ』を発動する。

 メガラフラワーはすでに魔法の威力を減衰させる特技『散乱魔粉さんらんまふん』を発動していた。

 さらに、地面に潜って逃げるバルーンワームを飛び越えて滑空してきていたマッドデーモンは『メテオ』を突き抜けて急接近。


「フロスト」


 その行動を読んで魔法を放ったのはルシールパーティーだ。

 ルシールたちは別の場所でバルーンワームと戦ったことがあり、行動パターンがわかっていたのである。


 ルシールたちがマッドデーモンの攻撃を受けて反撃した時には、マルコムたちがメガラフラワーに接近していた。


 ブンブンと体を捻って『散乱魔粉』を撒き散らしていたメガラフラワーは、さらに屈伸のような動きをして特技『人喰花畑ひとくいはなばたけ』を発動した。


 膝程の高さがある花が地面からポンッと生え、鋭い牙で無差別に噛みつこうとする。

 そんな中、マルコムたちは魔物に攻撃を仕掛けた。


「グランドスラッシュ!」


 次々に繰り出される斬撃。

 メガラフラワーは短い足を軸にクルクルと回転し、特技『花弁嵐はなびらあらし』を発動して応戦する。


 コミカルな動きだが、刃のような花びらが舞い散り、メガラフラワー本体の花も鋭い。

 足元の人喰花も合わさり、非常に戦いにくい相手だった。


 そして、マッドデーモンの戦いも通常攻撃だけではない。

 特技『泥体化』によって物理ダメージ半減、『泥化』で周囲の地面を泥状態にし、『固化』で物理攻撃を仕掛ける。

 さらには上級地魔法『ロックブラスト』もつかえるため厄介だ。


「フロスト」


 騎士たちが抑えている間に呪文を唱えていた後衛が魔法を発動。

 上級氷魔法がマッドデーモンを凍りつくすかのように集中する。


 さらにメガラフラワーと戦っていた者に「引け!」と合図が送られた。


「ヘイルブリザード」


 セージの上級魔法は『散乱魔粉』で弱まりながらもメガラフラワーに突き刺さる。

 そうして、マッドデーモンとメガラフラワーたちは逃げていった。

 セージたちは警戒を続けながら回復魔法を唱えて次の戦いに備える。


「ルシィさん、あのワーム系の魔物のことを知ってたの?」


「あぁ、ここに来る前は大樹林の南、ラタ森林との境付近でランク上げをしていてな。そこにあった洞窟で同じ魔物が現れたんだ」


「そっか。あれって対処はどうすればいい? 一発当てれば逃げる?」


 セージが軽く聞くとルシールは目を丸くして驚いた。

 ギルやトニーたちもギョッとした視線を向けている。


「えっ? そんなに驚くこと?」


「セージから魔物について聞かれるなんてな。当然知っていて魔法を止めたのかと思っていたよ」


「あれは知らない魔物だったから。一瞬迷った時、ルシィさんの合図が見えて止めただけ。僕だって全てを知っているわけじゃないからね」


 当然のことのように言うセージにギルが答える。


「そりゃそうなんだが、今までのことがあるだろ」


「ギルさんにはキングリザードマン戦の時も聞きましたよね?」


「そういやそうだな。いや、それ以外は俺より詳しく知っているじゃねぇか。初見なのによ」


「まっ、それはそうとして、あの魔物の対処法ですよ」


 サクッと誤魔化すセージだが、今は迷宮内なのであまり話を続けるわけにはいかないのも当然である。

 セージの事情を知るルシールがそれに合わせて説明する。


「あの魔物は今見たように急速に膨らんで盾になる魔物だ。セージの予想通り一撃でも受ければしぼんで逃げる。初撃を入れる役を決めた方がいい。たまに複数出てくることもあるからそれも考えるべきだな」


「なるほどね。少し戦略を考えよっか」


 セージたちは準備を整えつつ、手早く話し合ってから次に進む。

 次に出てきたのはキノコ型の魔物ラッシュマッシュと艶のある岩でできたマーブルゴーレムだ。


 ラッシュマッシュは状態異常を起こす特技『麻痺胞子まひほうし』、十体程度の小さなラッシュマッシュを召喚する特技『茸量産きのこりょうさん』を発動してくる。

 マーブルゴーレムは特技を使わないが、物理にも魔法にも耐性があり、ただの通常攻撃が強力な魔物だ。


 バルーンワームはいなかったため魔法を一斉に放ったが、最前列にいたマーブルゴーレム二体が多くの魔法を受けきってゴトゴトと崩れた。

 その後ろから別のマーブルゴーレムが乗り越えてくる。

 それと同時に駆けてくるのは数十体の小さなラッシュマッシュ。


 ただ、セージたちは焦らずに対応する。

 マーブルゴーレムは前衛に任せ、マルコム班と魔法班が対応するのはラッシュマッシュ。

 ダメージはそれなりに受けたが危なげなく倒しきり、次に向けての準備をする。


 適当に集まったパーティーで前衛は多少多いが、バランスは悪くない。

 前衛後衛で役割分担する基本の戦略で、様々な魔物の群れに対応できる。

 魔物を圧倒できるというわけではないが、どんな魔物が相手でも安定した戦いを繰り広げることが可能だ。


(魔物の推奨レベルは高いけど思ったより戦えそうだな。ただ、思ったより魔物が多くない。混沌地帯が異常だっただけ?)


 強力で癖のある魔物は多いが、戦闘後に回復する余裕があり、襲ってくる頻度は普通といえる。

 混沌地帯で大量の魔物と相手をしてきた後だと少なく感じられた。


(迷宮はシンプルだな。一番広い道が正解っぽいし。迷宮に力を入れていないだけなのか、何か理由があるのか)


 セージたちは魔物と戦いながら、最も広い道を選んで進んでいく。

 分かれ道はなく、左右の壁に少し狭い道が続いている場所がちらほらとあるだけだ。


 そして、数時間後にたどり着いた先に緑に輝く空間が見えた。

 ボスがいることを予想し『ホークアイ』を用いてこっそりと観察する。


 緑に輝いているのはその部屋一面に生えた苔や草だ。

 上から光が差し込みきらめいている。

 その輝きの中央にボスがたたずむ。


(あれは植物の精霊ドリュアス……色が紫色だからダークドリュアスか。これはやばいやつがきたな。行動パターンが――)


「えっ?」


 ダークドリュアスの側に来て、草を食べ始めた馬の姿。

 その光景を見て、思わずセージの口から声がこぼれた。


 神聖馬。

 神閻馬と対になる魔物である。


(これは……まずい。本当にまずい。どうやって戦う?)


 セージは今の戦力から最善の戦略を探す。神聖馬の能力が戦闘向きではないとはいえ、名に神を持つ魔物だ。

 倒すことは容易ではない。


(無理……だよな)


 考えたのは数秒。

 それで十分結論が出せるほどの強さだ。

 パーティーがレベルにしては優秀だということを加味しても、勝機はほとんど見出みいだせなかった。

 ゲームとは異なり、一か八かでボスに挑むなんて真似はできない。


 セージは全員の注目が集まる中、退却の合図を出すのであった。

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