第171話 混沌地帯4

 ルシール自由騎士団が加入してから探索速度は上がり、三日目にして混沌地帯の半分に到達していた。


 混沌地帯は東西に伸びる広大な森だ。

 魔物が減りすぎないように間隔を空けて森に入っているとはいえ、順調すぎるほどである。


 そして、ちょうど混沌地帯の中央付近に近づいたときのこと。

 真っ暗闇の中にわずかな明かりを見つけた。


(あれはなんだろう。通り抜けるには早すぎるし、まだ混沌地帯の中央くらいだと思うけど)


 ルシールを見ると、知らないという合図が返される。

 混沌地帯の探索はされておらず、何があるのか知られていない。

 当然誰もわかるはずがなかった。


(とりあえず確かめるか)


 セージたちはその明かりに向かって進む。すると徐々に魔物が増え始めた。

 ここまで戦ってきたので、苦戦するようなことはない。

 ただ、今までにないほど次々と魔物が出現し、ついには進めなくなる。


(魔物多すぎないか? この周辺の魔物が全部寄ってきている気がする。あっ、また来た)


 セージは魔物が向かってくる音を聞きつけてベンに向かって合図を出す。

 セージが指示を出せるといいのだが、呪文を唱え続けているため、魔法を放った後にしか声が出せない。

 ベンは基本的に特技で戦い、移動も多いため合図を出す役にちょうどいいのである。


「次、前から! 先に回復して! 水遁スイトン


 ベンが戦場を駆け回りながら指示を出し、前衛が回復魔法を使う隙を作る。

 後衛にはセージが次の魔物に魔法を使うように合図を出していた。

 そして数秒後には魔物の群れが見え始める。


「メテオ!」


「ヘイルブリザード!」


 セージたち魔法使い組で呪文を唱え終えている者が融合魔法と特級魔法を放った。

 セージパーティーのベン以外は勇者も含めて全員魔法使い組である。

 学園生たちはもちろん、騎士団のパスカルでさえルシールパーティーの練度には達していなかったからだ。


 パスカルは攻撃より守備タイプなので、遊撃役にも適していない。

 さすがに魔法の力はルシール以外には勝っているが、魔法使い組の中ではクリフォードよりは上というくらいである。

 バランスはいいのだが、役割分担をしている現状で活躍の場はなかった。


(これは絶対にあの明かりの先に何かがあるよな。これだけ魔物が出現するなら……んっ? また来る? かなり多いぞ)


 特技『ラビットイヤー』で聞き分けた音から、また魔物が近付いていることを察知する。


「フロスト! ルサルカ、サモン! さらに多数の魔物追加! 前左右から! 魔法準備して! ベンたちは前衛支援! フリージングゾーン!」


「シールドバッシュ! こっちは大丈夫だ! 支援は左右に行け!」


「右行きます! トニーさんは左!」


 前衛の支援のために『フロスト』や回復魔法を唱えようとしていた後衛は、『ヘイルブリザード』に呪文を唱え直す。

 やはり数多くの魔物にダメージを与えるには魔法が適しているからである。

 そして、急遽変更しても慌てる者はいない。


 ここに集まっているのは、元騎士団員や学園で訓練されている者たちだ。

 基本的な陣形、戦い方は訓練されている。

 続々と襲来する様々な魔物に対応し、作戦を変えつつ連携はしっかりとることが可能だった。


神速シンソク! 二の太刀ニノタチ! 代わります! 水遁スイトン!」


 ベンが前衛と入れ替わるようにして前に出る。

 前衛の回復役を下げるためである。


「オールヒール! lueto curo vitae sanitatem……」


 前衛の数人が回復魔法を唱えたところで、さらなる魔物が現れた。


「ヘイルブリザード!」


「メテオ!」


「ヘイルブリザード!」


 次々に発動する強力な魔法。

 周囲を凍りつくすような氷の嵐が吹き荒れ、隕石が突き刺さる。

 広範囲に広がる衝撃。

 その集中砲火は魔物に大ダメージを与え、前方の敵の多くは逃げていく。


「フリージングゾーン!」


 しかし、まだまだ左右の魔物は残っていた。

 イービルオーガが特技で強化し、キングトロルの巨体から繰り出される強烈な一撃、その後ろでブラッドデーモンが放つ特級魔法。

 激しい攻撃は続いている。


(連携をとってくるのが厄介だな。とりあえず右側の後衛に一発メテオを撃ち込みたいけど、次の魔物が……あれ? 魔物の波が止まった? それとも足音が聞こえない敵?)


 魔物が襲いかかってくる間隔は徐々に狭くなってきていたのだが、それがピタリと止まっている様子だった。


「メテオ! ルサルカ、サモン!」


 セージは警戒しながらも魔法を放ち、周りも『ヘイルブリザード』や『フロスト』を次々と発動する。


 そして、とうとう見える範囲にいる魔物を倒しきった。


(ふぅ、終わったかな? 油断させておいてって可能性もあるけど)


「これで終わりか?」


 ルシールが警戒を緩めずに言い、水分補給をする。

 周りも回復魔法を唱えたり、装備を整えたり、次にいつ魔物が出現してもいいように準備を怠らない。


「足音は聞こえないけど、警戒は続けて」


 セージは『ラビットイヤー』を再発動しつつ答えた。

 音に集中しても暗闇からは何も聞こえない。

 周囲の魔物が全くいなくなったような静けさである。


「まずはあの明かりに向かって進むか?」


(まぁ、じっとしていても仕方がないしな)


 セージはルシールの言葉に一つ頷き「慎重に進もう」と答えた。

 そして、呪文を唱えながら進み始める。


(あそこに何があるのかだよね。何かいいものがあればと思うけど、ボスの可能性が高いかなぁ。神閻馬もどこかにいるだろうし)


 魔物に警戒しつつ進み、光の差し込む場所の手前まで近づいた。

 その場所からセージは特技『ホークアイ』を発動してよく確認する。


 そこは木々がなくなり、ぽっかりと円形に空いた大きな広場のような場所だった。

 しかし、光が差し込んでいるのはその円形の縁部分のみであり全体が明るいわけではない。


 その中央に混沌地帯の木が子供のように見えるほど巨大な木があり、光を遮っているからだ。

 その横幅は十メートルを軽く超え、二十メートル近い。

 巨木は混沌地帯の木と同じ様に、密集した枝葉が上に伸びず横に広がるような形状をしていた。


 そして、巨木と混沌地帯の間に一メートルほどの隙間があいており、そこから光が差し込んでいるのだ。

 たった一メートルとは言え、暗闇と比べると眩しいほどに明るい。


(うーん。魔物はいないし、こんな巨木が魔物ってことはなかったけど、ここは慎重にいくか)


「まずは周囲を探索しましょう」


 セージたちは光の差し込む場所には入らずに、その光に沿うように外周を進む。

 そして、ちょうど反対側が見えたとき、巨木の根本に空洞があることに気づいた。


(あれはもしかして中に入れる? ダンジョンか?)


 ただ、その場では近づかずに、そのまま外周を一回りする。


(魔物にも会わないし。大丈夫そうだな。近づいてみるか)


 セージは呪文を準備しているため、合図で進むことを知らせる。

 ゆっくりと巨木へと進み、回り込んでその根本を確認。

 幅五メートル、高さ三メートル程度の穴が空いていた。


「これは、迷宮か?」


 興味深そうに穴を見ながらルシールが言う。


「まだわからないけど、その可能性は高いね」


「こんな迷宮は初めて見たな。セージは知っているか?」


「似たようなのは知ってるけど、こんな感じじゃなかったなぁ。気になるところだけど、とりあえず休息を取りましょうか。みなさん特製茶を作るのでちょっと待ってくださいね」


 一つのパーティーが警戒にあたり、それぞれが休息を取る。

 休息の時はパーティーごとに集まることが多いのだ。

 そして、セージの隣にはルシールが来る。


 セージは全てのパーティーと仲が良いが、こういう時に隣にいるのはだいたいルシールだ。

 最初はパスカルも混ざってきたが、周囲から睨まれて今は控えている。


「この後、中を軽く見て回るか?」


「そうだね。とりあえずは偵察程度に探索しようかな。様子をみて進めそうなら明日に挑戦する感じで。ボスもそこまで強くはない気がするし」


 セージは慎重に行動しようと心がけているが、新たなダンジョンを見つけてテンションが上がっていた。

 未知の場所は危険とわかっているものの、目の前にあるダンジョンを無視することはできない。


「ボスがわかるのか?」


「確定じゃないけど、アルラウネの可能性が高いかな」


「アルラウネ?」


「うん。混沌地帯が推奨レベル70程度だからこの中もそれほど大きくはかわらないとして。それに適合する植物系のボスはアルラウネしかいないから。もちろんゴーレム系ボスとか未知のボスとかの可能性もあるけど」


(これが神木だとしたら神聖馬がいるんだろうけど、神木には見えないし。植物系ボスって少ないんだよな)


「さすがに良く知っているな。私は聞いたことがない。それで、勝てるのか?」


「この戦力なら勝てますね。でも中の魔物がもっと格上だったら……」


 そこで急にピタリと話を止めたセージは混沌地帯に目を向ける。

 ルシールはその様子を見て緊迫した表情になり、セージの視線の先を見た。


「何かが来ます」


「戦闘準備!」


 ルシールの鋭い声を聞き、全員に緊張が走る。

 すぐに戦闘準備を整え、混沌地帯に向けて武器を握った。

 魔物かボスか。

 何が来るのかと待ち構える中、混沌地帯から出てきたのは、そのどちらでもない。


(あれはまさか……)


「カイルさん!」


 現れたのは一級冒険者パーティー『悠久の軌跡』であった。

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