第172話 混沌地帯5

「セージか!」


 カイルの声にセージは「はい!」と大声で答えた。


(まさかカイルさんたちまで来るとは。混沌地帯ってそんなに人気なの?)


「皆さん大丈夫です。あのパーティーは知り合いの『悠久の軌跡』って冒険者ですから」


 ルシールやギル、クリフたちは共闘したことがあるのでよく知っている。

 ただ、最近ランク上げのために王都で活動していなかったこともあり、アルヴィンやエヴァンジェリンたちは知らない。

 エヴァンジェリンはベンに「ベンは知ってるの?」と聞いていた。


 警戒を解いたセージたちに『悠久の軌跡』が近づく。


「久しぶりだな、セージ」


「久しぶりですね。マルコムさんはそうでもないですけど」


「えっ? いやいや、久しぶりで良くない?」


 早速話を振られたマルコムは驚きつつも答えた。


「最近会いませんでしたっけ?」


「半年以上前だよ!」


「時が経つのは早いものですねぇ」


「何その年寄みたいな言い方! 成人もしてないでしょ! というか前に会った時はヤナも一緒だったからね!」


「今はそれくらいにしてくれ。セージ、ここは安全なのか?」


 カイルがマルコムとセージを止めて質問した。

 セージは「すみません」と言って笑い、マルコムは「何でカイルには素直なの?」と軽く睨む。


「おそらく安全、ですね。元々ここには魔物はいませんでしたから。というかよくここまで来れましたね。僕たちはここに来る前に大量の魔物と戦ったんですけど」


「そうなのか? 俺たちはこの周辺から全く魔物がいなかったんだが」


(んっ? 魔物が大量発生する仕掛けというよりも、魔物が中央付近に溜まっていただけ? どうなんだろ)


「うーん。僕たちが周辺の魔物を全部取ったようですね。今までにない数でしたから」


「ただでさえ混沌地帯は魔物が多いのに周辺全部となると相当だろう」


「お陰さまで結構ランクが上がりましたよ。早い者勝ちですね」


 ランク目線の発言に少しの懐かしさを感じながらカイルが軽く笑った。


「相変わらずだな。それで、この巨木はなんだ? 入り口もあるようだが」


「うーん。迷宮でしょうけど、わからないですね」


 水分補給や装備の確認を終えたミュリエルがセージの発言に驚く。


「セージでもわからないことってあるんだね!」


「そりゃそうですよ。初めて見たんですから」


「えー、セージがそれ言っちゃう? あっ、ルシィ! 久しぶりだねー!」


 ミュリエルがルシールを見つけて嬉しそうに手を振った。

 ルシールも苦笑しながら軽く手を上げて答える。


「あぁ、久しぶりだな。クリフたちもいるぞ」


 ルシールが視線で示すが、ミュリエルの目の動きは定まらなかった。


「そうなんだね! クリフって……えっと、騎士団の……?」


「全く覚えてなさそうだな」


「人族を覚えるのって苦手なんだよー。セージくらいの衝撃があれば一発なんだけどね」


 困った表情のミュリエルに「それはそうだろうな」とルシールが笑う。

 獣人族のミュリエルは人族を見分けるのが苦手だった。


「これだけいっぱいいるとさぁ。ところで、みんなセージの仲間なの?」


「僕のパーティーとルシィさんのパーティーの混合ですよ」


「いや、セージの仲間で間違いない。結局セージがまとめているようなものだ」


 その言葉に「そうですか?」と首を傾げるセージに、カイルが提案する。


「セージたちはこの先に進むんだよな? 俺たちも加えてくれるか?」


「もちろん……いいですよね?」


 セージの問いにルシールは力強く頷く。


「あぁ、未知の場所に進むんだ。仲間が増えると心強い」


「まぁ今日のところは偵察くらいにするつもりですけどね。さて、共闘するということで、お互いに紹介しましょうか」


 前衛、後衛などの役割と共に簡単な紹介をしていく。

 カイルたちはディオンから公爵や王家のことについては聞いていたため、本当のことだったかと思いながら苦笑するだけだった。


 セージパーティー七人、ルシールパーティー五人、ギルパーティー四人、クリフパーティー五人の二十一人に、カイルパーティー五名が加わる。

 全員上級職という錚々そうそうたるメンバーだ。


「ということで、総勢二十六名。まさかこんな大所帯のパーティーになるとは思っていなかったですよ」


「俺たちもセージのパーティーがこれほど多いとは知らなかったな。ディオンからは七名と聞いていたんだが」


「えっ? ディオンさんから聞いてたんですか?」


「俺たちはリュブリン連邦を拠点にしてランク上げをしていたんだ。話を聞いて混沌地帯に挑戦したんだが、入り口からここまで進むだけで三日かかったな」


「入り口なんてあったんですね」


(ということは、本来はリュブリン連邦側から入るものなのか。ラミントン樹海で入り口なんて聞いたことないし)


「それで、パーティーの配置ははどうする?」


「そうですねぇ。カイルさんたちはバランスがいいですからパーティーで動いてもらってもいいですけど、とりあえず僕たちの前に来ますか。あとは……」


 自然とリーダーになったセージがサクサク隊列を決めていく。

 ルシール・クリフパーティーが前衛、カイルパーティーが中衛、セージパーティーが後衛、ギルパーティーが後ろの警戒にあたる。

 ギルたちが最後尾につくのは、洞窟型ダンジョンで挟み撃ちを受けることがあるためだ。


「さて、進みましょうか」


 巨木の穴は最初に五メートルほど下に滑り降りる形になっている。

 その斜面は急で上から見るとほぼ直角に見えるほどだ。

 その先に何があるのかは光が届かず見えなかった。


「よし、私たちから行くぞ」


 ルシールはそう言って『ルーメン』で光らせた剣を片手に穴に飛び込んだ。

 ザッと滑り降り始めた、その瞬間。


「ボスだ!」


 ルシールの鋭い声が響く。

 その瞬間にセージや騎士たちが動いた。


「お前たちはここで待て!」


 最後尾にいたギルがパーティーメンバー三人に待機するよう指示して走る。

 多数でボスに会った時、ボスを確認するまで領域に入らない人員を確保するためだ。


 一歩遅れてベンとカイルたちも動き出したが、アルヴィン、クリスティーナはパスカルに、エヴァンジェリンはクリフォードに手を掴まれた。

 王子、王女、公爵令嬢を無闇に未知のボスへ飛び込ませるわけにはいかないからだ。


「王子様たちは危険だ」


「離しなさい、クリフォード」


 パスカルの発言を無視してエヴァンジェリンがクリフォードを睨む。

 それでもクリフォードは離さなかった。そして、エヴァンジェリンに訴える。


「エヴァンジェリン様、落ち着いてください。さすがにボスは――」


「シールドバッシュ」


「イフリート、サモン」


 掴まれたまま体勢を変え、問答無用で特技を発動するエヴァンジェリンとクリスティーナ。

 まさか攻撃されるとは思っていなかったパスカルとクリフォードは驚きに目を見開く。


 クリフォードは思わず手を離して防御した。その瞬間にパッと反転してエヴァンジェリンは走り出す。


 その時、パスカルは「ちっ!」っと舌打ちして騎士の装備の一つ、捕縛錠と呼ばれる手錠を取り出していた。

 後ろ手に捕縛錠をかけると、魔法発動の体勢がとれなくなるため、魔法使いに対して有効だ。


 しかし、捕縛錠を取り出す、ということは、アルヴィンの手を離すということだ。

 大人しくしていたアルヴィンはその隙に走り出した。


「おいっ! ちょっと待て!」


 クリスティーナを止めなければいけないが、優先順位としては王子が上だ。

 そちらに気を取られた瞬間、クリスティーナは手を振りほどいて走り出す。


「逃がすか!」


 パスカルはすぐにクリスティーナの手を掴んだ。

 しかし、その手はパスカルに向いている。


「フレアインパクト」


 言葉と共にイフリートが動き出す。

 そして、クリスティーナは短剣を抜き放った。

 その勢いのままパスカルの捕縛錠を弾く。

 クリスティーナは本気であった。


 イフリートの拳が大地に刺さり、炎の波動が至近距離でパスカルを襲う。

 パスカルはイフリートの技は初見だ。しかし、反射的に防御し、ダメージを抑える。

 その間にクリスティーナは巨木の穴へ走った。


 アルヴィン、エヴァンジェリンは巨木の穴に飛び込んでいる。

 それに続くクリスティーナが、巨木の穴に飛び込もうとして、バンッと弾かれた。


「きゃあっ!」


 あまりにも予想外のことに思わずクリスティーナが悲鳴を上げ、周りから「えっ?」という声が響く。

 その声を出したのが誰かわからないほど、皆の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


 ボスの領域から出ることはできないが、入ることもできないなんてことは聞いたことがなかったのである。

 この現象に呆然と固まるのはクリスティーナだけでなく、パスカルたちもである。


「クリスティーナさん! 入れないですか!?」


 巨木の穴の中からセージの声が届いてハッと動き出すクリスティーナ。

 もう一度巨木の穴に手をのばすが、バンッと弾かれる。

 近づいてきていたパスカルが穴に向かって剣を軽く振るうと、同じところで弾かれた。


「はぁ? おいおいおいおい、なんだよこれ。なんでだ?」


 その疑問に答えられるものはいない。

 セージを除いて。

 沈黙の中で響くのは、顎に手を当てて思案するセージの「もしかして」という呟き。


「人数制限がかかった、レイドボス?」


「…………レイドボス?」


 その聞き慣れない言葉に皆何ともいえない表情をするのであった。

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