第170話 混沌地帯3
「さて、それでは行きましょうか」
次の日、混沌地帯に来たのはセージパーティーとパスカルパーティーに加えて、ルシール自由騎士団である。
食事会で打ち解けた、というほどではなかったが、王子たちと普通に話すセージを見て、緊張感漂うルシールパーティーのメンバーも少し慣れていた。
そして、合同で混沌地帯の攻略に乗り出したのである。
攻略といっても目的はただのランク上げだったが。
セージは賢者のランクがまだ足りていない。ランクを限界の90まで上げるには大量の魔物を倒す必要がある。
クリスティーナは精霊士、アルヴィンは忍者に向けて、さらにベンも勇者のランク上げがあった。
実はベンは勇者を目指して地道にランクを上げていたのだ。
諜報部隊に必要な商人はマスターしており、第三学園に入るために聖騎士もマスターしていた。
さすがに農業師はマスターしていなかったが、家の手伝いである程度上がっていたため、農業師と賭博師のランク上げを同時に進めてマスターしたのである。
ただ、忍者ベンから勇者ベンになっても戦い方は忍者スタイルだ。
また、ルシールは上級職のマスター、自由騎士団メンバーは中級職のマスターを目指している。
基本は全員勇者であるが、ルシールが魔導士のマスターは必須と決めたのだ。
元ラングドン領の騎士なので、魔法は苦手だったが、それを克服しようと頑張っているところである。
勇者と魔導士をマスターしたら、次に目指すのは探検家や暗殺者と続く。
ただ、全員が中級職になるとステータス的に厳しいため、ランク上げ役は順番だ。
こうして、ランク上げはまだまだ続く予定である。
完全にランク上げに関わらないのはパスカルパーティーだけであった。
「フロスト」
「グランドスラッシュ」
自由騎士団のメンバーは上級氷魔法『フロスト』を使いつつ『グランドスラッシュ』を織り交ぜ『シールド』も利用している。
魔法が使えるといっても、まだ威力は高くない。
基本が接近戦になるため数多くの魔物を一度に相手にするのは難しいが、二対一であればほとんどダメージを受けない戦いを繰り広げていた。
それに、接近する前にセージたち魔法使い組がダメージを与えていることも大きい。
「ヘイルブリザード」
「メテオ」
そして、セージたちにも余裕があった。
前衛に守ってもらえるため、完全に後衛の魔法使いの戦い方になっている。
セージたちが特級魔法や融合魔法を先制で放ち、それを抜けてきた魔物を前衛が接近戦で討伐するという戦い方だ。
同じ魔物と何度も戦っているので相手のHPも推測できるようになり、魔法の無駄打ちもなくなりつつある。
遠距離から魔法を放つような魔物はベンやルシールパーティーが優先的に倒していく。
多方向にパーティーを配置しており、不意をつかれることもなく順調だ。
どんどん奥に進んでいき、あるところで真っ暗闇の森から木漏れ日が差し込む森に変化した。
混沌地帯の終わりである。
「まさかリュブリン連邦に入ったか?」
「本当にたどり着いちまったな」
混沌地帯はグレンガルム王国とリュブリン連邦の国境になる森だ。
セージたちはそこを突き抜けていた。
「おい、ルシール、どういうことだ? お前ら強すぎだろ!」
声を上げたのはパスカルである。
混沌地帯では一応魔法使い役になっており、しかも『ラビットイヤー』で魔物に警戒している中で
ずっと言いたいことを我慢していたのだ。
「なぜ私に言う? この中で飛び抜けているのはセージくらいだろう」
「ちょっとルシィさん。僕だけじゃないでしょ」
「他にいるか?」
「接近戦はギルさん、魔法を含めるとルシィさんが一つ抜けてるし。速さならベンでしょ?」
「確かにベンの速さは驚異的だな。ただ、セージのメテオを見たらそんなものは誤差のような――」
「無視してんじゃねぇよ!」
セージと話し始めたルシールにパスカルが叫ぶ。
「無視したわけではないだろ。この中で強すぎると言われても困惑するだけだ」
「俺たちが飛び抜けて強くないことが問題なんだ! なんで混沌地帯で普通に戦えてんだよ!」
「訓練の賜物だな」
「訓練でなんとかなるなら勇者はいらねぇ!」
「そんなことより、パスカルの動きが悪いんじゃないか? 昔から訓練を怠けすぎなんだ」
「今は騎士団でそこそこ、ってそれは今関係な――」
「はーい! 魔物がきましたよ。ここも魔物が出てくるんですから静かにしてくださいね」
セージが騒ぐパスカルに注意する。
ただ、出現する魔物はラミントン樹海と同じ強さで、1パーティーだけでも十分対応できる程度だ。
セージが『メテオ』を発動すれば全て一撃だが、無駄な経験値は得たくないので呪文も唱えていない。
サクッと倒しきり、パスカルをなだめて次に向けての計画を立てる。
「さて、あまりリュブリン連邦を騒がしくするわけにもいかないので戻りましょうか」
「戻る? いいのか?」
セージの言葉にルシールが目を丸くする。
「あれっ? 何か用事があったっけ?」
「いいや、セージだったらリュブリン連邦を見て回りたいのかと思ってな」
ルシールはセージが、せっかく来たので少し見て回りましょう、と言い出すと思っていたのだ。
新しい地を見逃すことに驚いたのである。
「あぁそっか。実は来たことがあるんだよね」
「リュブリン連邦に? よく入れたな」
「入れたというか入ってしまったというか。ルシィさんは来たこと無いの?」
「私は初めてだな」
「入れるのは特定の商人くらいじゃねぇか? リュブリン連邦とグレンガルム王国の仲は悪くねぇけど、人族の冒険者が入るのは難しいぜ。セージはどうやって入ったんだよ」
ギルの補足にセージはうーんと考えて答える。
「たまたま縁があって入れたんですよね。獣族のみんなと一緒に焼き肉して楽しかったですよ」
「何がどうなったらみんなで一緒に焼き肉する状況になるんだよ」
ギルが呆れたような目を向け、ルシールは「相変わらずだな」と笑う。
そこでクリスティーナが話しかけた。
「セージ様は獣族の方と仲がよろしいのですか?」
「獣族というかリュブリン連邦の獣族猫科のみんなとは仲がいいですね」
「それでしたら、あまり混沌地帯の魔物は討伐しない方が良いと考えます」
混沌地帯の魔物を根絶やしにする勢いで考えていたセージは首を傾げる。
「どうしてですか?」
「混沌地帯は国境です。簡単に抜けられてしまうと国防上危険です」
「おいおいおい、なんてこと言ってんだ」
クリスティーナの言葉をパスカルが咎めた。
それは、グレンガルム王国にとって混沌地帯の攻略はメリットがあるからだ。
混沌地帯が自由に通り抜けられると騎士団がリュブリン連邦を攻めることが容易になる。
かつてパスカルが混沌地帯に来たのも、王国からの指示があったからだ。
勇者パーティーという王国騎士団の最大戦力を投入して混沌地帯を攻略し、リュブリン連邦侵攻の足掛かりにするつもりだったのである。
結局失敗に終わっているが、リュブリン連邦への侵攻計画は数年前から始まり今も続いていた。
元々リュブリン連邦の土地は神閻馬の領域であり、触れることができない場所である。
それがアニエス・ド・リールによって獣族の領地に変わり、森では良質な魔物の肉、川から魚も得られる町になった。
さらに、樹液糖と呼ばれる特産品が登場。グレンガルム王国は魚が取れず、糖類の産出もない。輸入か魔物から得られるベアハニーに頼っていた。
王国にとって食の面で大きな価値を持つ場所になったのである。
グレンガルム王国はリュブリン連邦に攻め込もうと画策したのだが、山と川に囲まれた場所へ攻めるのは難しい。
現在、王国からリュブリン連邦へ入るには山の合間を縫うようにして通るしかないのである。
馬車がすれ違うこともできない程度の道を進軍するなど現実的ではない。
他国を経由するわけにもいかず、飛行魔導船は破壊されたときの損害が大きすぎる。
それに魔法使いにとって脅威となる魔法を反射する武器の存在も大きい。
混沌地帯の魔物が一時的にでもいなくなれば、リュブリン連邦への侵攻は容易になる。
それをクリスティーナが止めたので咎めたのだ。
しかし、咎められたクリスティーナはさも当然のように「何か問題がありますか?」と答えた。
「何か問題があるかって、お前、わかってるだろ? シトリン家がグレンガルム王国に背くのか?」
パスカルの指摘通りクリスティーナは王国の状況をある程度わかっていた。
ただ、クリスティーナの態度は堂々としたものだ。
「パスカル様。私はグレンガルム王国のためにも言っているのですわ。セージ様が仲良くしているという国に攻めるなどと考えるべきではありません」
「はぁ?」
「もし攻めてしまったらグレンガルム王国は滅ぶでしょう。私はそれを止めているのです。それの何が問題ですか?」
パスカルは反論しようとしたが、それを口に出すことはなく、少しの沈黙のあと「いや、問題ない」と溜め息をつくように答えた。
言っても無駄だと思ったこともあるが、実際セージの力は脅威であり、クリスティーナのような信者が他にもいるかもしれない、と考えたからだ。
それに、考えてみるとパスカル自身はリュブリン連邦に興味はなく、そこまで王国に対して愛国心を抱いていなかった。
騎士になったのは、勇者で選択肢がなかっただけだ。
パスカルの中で賭け事は国を上回る。
クリスティーナの中でセージが国を上回っているということだけは理解できた。
「それで、セージ。どうする? 魔物の討伐は間引く程度にするか?」
(うーん。この調子ならある程度探索すれば自分のランク上げは終わりそうだしな。ルシィさんは終わらないだろうけど仕方ないか)
ルシールの問いにセージは少し考えて答える。
「そうですね。別の場所から混沌地帯に戻ります。魔物を減らしすぎないように間を空けて探索しましょう」
(また今度一緒にランク上げに行くとかもありだし)
セージはそんなことを考えつつ移動を開始するのであった。
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