第169話 混沌地帯2

「やっぱりか! 久しぶ――」


「ルシィさん! こっちに来てたんだね!」


 ルシールとパスカルの再会を、セージがサクッと遮った。

 パスカルは「えっ?」と二人を見比べるが、ルシールはそれを無視してセージに微笑みかける。


「今日着いたばかりだ。セージもここに来ていたとは驚いたよ。それで、セージに何していた、パスカル」


 そう言ってルシールはパスカルを軽く睨んだ。

 ルシールはセージが絡まれていると思って声をかけたのである。


「何って、同じパーティーだぜ?」


「同じパーティー?」


 怪訝そうにするルシールにセージが頷く。


「うん、いろいろあってね」


「俺はただの付き添いみたいなもんだけどな。というか、知り合いだったのか」


「知り合いどころではない。セージは私の婚約者だ」


 堂々と言うルシールにパスカルは一瞬固まり、叫んだ。


「はぁ!? 婚約者!? お前が!? こいつと!?」


「うるさいな。いいだろ」


「お前、年下趣味だったのか? だから同期の男には興味が――」


「黙れパスカル」


「いいや、黙らないね。最後の賭博大会のこと忘れてないよな? 俺がルシールと結婚する約束だっただろ?」


「えっ!? そうなんですか?」


 パスカルの言葉にセージが驚く。

 ルシールはすぐに「そんな約束はない」と否定し、パスカルを鋭く睨んだ。

 普段よりぞんざいな話し方や怒りを滲ませる感じは、セージにとって新鮮だった。


 パスカルはルシールをギャンブルに誘った第一学園の同期であり、ルシールの悪友である。


「おいパスカル。次にいらないことを話したらHP0にしてやる。セージ、パスカルは賭博の時に勝手に言っていただけだ。それに、すでにこいつは結婚している」


「おいおい、王国騎士団の勇者特例を知らないのか? 第二夫人を娶ることもできるんだぜ」


 グレンガルム王国は、国王や貴族当主を除いて一夫一妻制であるが、その例外になるのが勇者特例だ。

 騎士団所属の勇者は子供も騎士団に所属することを前提に、二人目と結婚することができる。

 導入されたのは数年前で、今後、勇者を増やしていくための制度であった。


「お前の第二夫人になるわけないだろ」


「こいつとの結婚も第二だろ。一緒じゃねぇか」


 嫌そうな顔をしていたルシールはパスカルの言葉を聞いて目を見開く。


「そうなのか……?」


 ルシールがセージの方を向くと、セージもまた驚いていた。


「いやいやいや、そんな話は全くないよ。パスカルさん、適当なことを言わないでください」


「適当じゃねぇよ。クリスティーナが悲しむぞ。婚約者だろ?」


 ルシールは「クリスティーナ……?」と呟いて、エヴァンジェリンとクリスティーナを見る。

 エヴァンジェリンは面白そうに見ながらベンにゴニョゴニョと話しかけ、クリスティーナは真剣な表情でルシールを見つめて「クリスティーナ・シトリンと申します」と、淑女の礼をした。


「私はルシール・ラングドンだ。んっ? シトリン?」


 ルシールは騎士の礼を返してから、シトリンという姓から公爵令嬢であることに気づく。

 そして、セージとクリスティーナ、侯爵と公爵令嬢なら婚約はありえるなと考える。


「パスカルさん、僕らは婚約してませんから。クリスティーナさんにも失礼ですよ」


 セージが責めるように言った。しかし、パスカルは軽く笑って答える。


「隠すなよ。ちゃんと俺は王宮で聞いたぜ。俺がルシールと、お前はクリスティーナと結婚すりゃちょうどいいじゃねぇか」


「セージ。私はいつでも身を引く覚悟はある。好きな者を――」


 そこで、セージが「ルシィさん」と語気を強めて話を遮った。

 その目には真剣な色が出ており、ルシールは思わず言葉を止める。


「ルシィさんに必要な覚悟は僕が十五歳になるまで待つ覚悟だよ」


 いつになくハッキリと求めるセージに、ルシールがコクリと頷き、周囲は驚いて黙った。

 エヴァンジェリンがベンに「セージったら意外とそんなこと言うのね」とささやく声が聞こえるくらいだ。

 そして、クリスティーナが口を開く。


「ルシール・ラングドン様。セージ様とは婚約者ではありません。お気になさらないでください」


「……あぁ、わかった。こいつがまたデタラメを言っていただけだな」


「ちょっと待てよ! 俺はちゃんと聞いたんだぜ?」


「私は今までに一度たりともセージ様の婚約者と言ったことはありませんわ」


 セージの婚約者だと思われているのはクリスティーナに原因であるが、本人は一度もセージが婚約者だと言っていなかった。

 セージの婚約者に見えるような行動をとり、侍女などにそれとなく噂を流させただけである。


「……直接言っていたわけじゃねぇけど、今まで否定もしなかっただろ? 噂になってることは知ってるよな?」


「えぇ、もちろん知っております。セージ様の婚約者のように見えるなど畏れ多くも光栄なことですわ。ですが、それはただの噂ですわ」


「否定しなかったってことは婚約する気なんだろ?」


「いいえ、ルシール様のことはぞんじておりますので、そのようなつもりは全くありませんわ。婚約について私が意見を言うべきではないだけです」


 貴族の結婚は家と家とのつながりになるため、当主が決める。

 政略結婚ばかりというわけではなく、本人が口を出すこともできるが、最終的に王国に報告するのは当主だ。

 また、事前に当主同士で婚約の話を進めている場合もあるため、本人が明言を避けることはよくあり、不自然なことではない。


 パスカルはそれを聞いてガシガシと頭をかき、口をつぐんだ。

 すると、クリスティーナはルシールの方へ向く。


「ルシール・ラングドン様。セージ様から婚約者であることをお聞きして、是非お話したいと思っておりました。お時間いただけますか?」


「あぁ、それは構わないが、そうだな……ここで立ち話をしているのも良くない。それに、酒場で仲間と待ち合わせをしているんだ。皆セージに会いたがるだろう。食事をしながらではどうだ?」


 クリスティーナは「はい、ありがとうございます」と答えて淑女の礼をする。

 ルシールは公爵令嬢のクリスティーナが、自分に対してうやうやしく対応することが不思議に思いながらも、騎士の礼を返した。


「僕に会いたいって誰ですか?」


「それは……楽しみにしておいてくれ」


 ルシールはセージの言葉にニヤリと笑って答え、皆を酒場につれていく。

 その酒場はセージたちが泊まっている宿の斜向かいにあった。

 貴族が使うような場所ではないが、それなりに稼いでいる冒険者が集まりそうな店だ。


 そして、そこには懐かしい顔が並んでいた。

 ルシールの護衛をしていたギル、神霊亀撃退作戦で共闘したクリフたち、マーフル洞窟で共闘したトニーたちである。

 全員、元ラングドン騎士団。総勢十四人のメンバーはルシール以外全員勇者、物理攻撃タイプという偏った構成だ。


「おぉっ! お久しぶりです! まさかこんなところで会えるなんて!」


「セージ!? お嬢、セージも呼んでたんですかい?」


 ギルがセージを見てガタッと立ち上がった。

 その声で皆が気づき、ガタガタガタッと立ち上がる。

 酒場にいた他の客が何事かと見る中、ルシールたちは「まあ落ち着け」と言いながら近づいた。


「そこでたまたま会ったんだ。私も驚いたよ」


「ほんと、ビックリしました」


 意外と落ち着いているルシールを見てギルがハッとする。


「もしかして、お嬢はセージがいそうだと思ってここに決めたんじゃ――」


「おいギル、うるさいぞ」


 ルシールがここを選んだのは、混沌地帯がランク上げにちょうどいいからだ。

 ただ、セージならランク上げをする、そして、それは王都から近く、レベルに合ったところのはず。

 そんな考えがルシールの頭によぎったことは否めなかった。


 ギルだけでなく他のメンバーも続々とセージに話しかけてくる。


「会えて嬉しいぜ」


「また大きくなったんじゃないか?」


「まだトニーさんに追いついてませんけどね」


「ここに来たってことは混沌地帯でランク上げか?」


「マジかよ。もう根絶やしにしてないよな?」


 軽口を叩くのはトニーやウォルトである。

 マーフル洞窟でランク上げをした時についてきてくれた騎士たちだ。

 その後もしばらくの間、訓練で世話になり、仲が良くなっていた。


「まだ昨日ついたばかりですから全然です。でも魔物の取り合いは負けませんよ」


「おいおい、勝てる気がしねぇよ。ちょっと控えめに頼むぜ」


「勝負の世界に手加減は禁物です」


 ふっふっふっと不敵に笑うセージに「失礼します!」と勢い込んで頭を下げて割り込んだのはキースだ。

 神霊亀撃退時に共闘した騎士団員の一人である。


「セージさん! ずっとお礼を言いたいと思って――」


「馬鹿! それはあとにしなっ!」


 キースの腕を引っ張って止めるアンナを、セージが「まあまあ」となだめる。


「キースさん、アンナさん、お久しぶりですね」


「……まさか名前まで覚えてもらえているとは」


 キースとアンナは驚いたようにセージを見た。

 キースたちがセージと一緒に行動したのは一週間程度であり、覚えていないかと思っていたのである。


「もちろん覚えてますよ。あと、クリフさん、ニックさん、メリッサさんですよね? その節はお世話になりました」


「いえ、俺たちの方こそ、本当にお世話になりました。報告したいことがあるので後ほどいいでしょうか」


 そう言ってきたクリフに、セージは嬉しそうに頷く。


「構いませんよ。僕もお話したいですし」


「あっ、俺たちもいいか? どうしても伝えたい事がるんだよ」


「トニーさんたちもですか? もちろんいいですよ。そういえば皆さん同じパーティーなんですか?」


 その疑問にはルシールが答える。


「冒険者としては三つのパーティーに別れているんだが、全員でルシール自由騎士団と名乗っているな」


「おおー! いいですね!」


「まだ騎士団と言えるような規模でもないけどな」


「いやいや、王国最強の騎士団になりそうですよ」


「王国最強? こんな人数でなに言ってんだよ。騎士団一つに何百人いると思ってんだ」


 そう言って割り込んできたのはパスカルだ。


「セージがいればパスカルのいる第三騎士団の相手なら可能かもしれないな」


「はぁ? 無理に決まってんだろ。こいつがすげぇのは認めてるけどよ」


「ほう、セージの戦いを見たのか」


「そりゃ一緒に行動しているからな。魔法に関しては認めざるを得ねぇ」


 そこで、ギルたちがパスカルのことを誰だという顔で見ていることに気づいてセージが口を開く。


「それじゃ、僕の仲間を紹介しますね。こちらが王国騎士団の勇者パスカルさん。それで、こっちからアルヴィン王子、ウォード家のベンさん、エヴァンジェリン王女、シトリン公爵家のクリフォードさん、クリスティーナさんです」


 さらっと流された紹介に、ルシールは「まさか……」と言葉に詰まる。

 ルシールは学園時代に王子たちを見たことがあり、その面影があった。

 さすがに王子と王女がいるとは思わず、こんなところに連れてきて良かったのかと考える。


 そして、ギルが「マジかよ……なんて大物集めてんだ……」と呟いた。

 他の者も王家や貴族相手にどう対応していいのかわからない。


「さて、せっかくですから皆で食事しましょうか。ちょっと机を動かしますね。そっち持ってください」


 こうして戸惑いの中、宴会がスタートし、夜が深まっていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る