第166話 ディオンは達観する

 リュブリン連邦猫科の里ミコノスの元里長であるディオンは、神閻馬戦後、ウィットモア領内で情報収集を行っていた。

 特にウィットモア領都とブルックの町を重点的に調べている。

 ミコノスの里の宝を盗もうとした冒険者のウォーレンから話を聞いて、その二つの町に手がかりがあると思ったからだ。


 ウォーレンが来てから断続的に宝を盗もうとする者が現れている。

 警備体制を厳重にしていたため防ぐことはできているが、安心できることではない。

 何とかして原因を突き止めようとしているのだが、情報収集は捗らなかった。


 人族の街で獣族は目立ち、警戒もされる。

 一緒に来ている人族に近い姿の獣人族の方が情報収集をする者として適任であるが、ディオンだけ何もしないわけにいかず、なれないことをしていた。


(今日も何もわからなかったにゃ。明日は冒険者の仕事にゃ。切り替えるにゃ)


 ディオンは情報収集だけでなく、冒険者として活動もしている。

 最初は人族の町で暮らすことに戸惑いも多く、冒険者業も順調とは言えなかった。

 獣族ということで護衛の仕事は避けられ、不器用なので採取も苦手だ。討伐依頼や魔物の素材を売ることで生計を立てている。

 ウォーレンに教えてもらいながら冒険者ランクを上げて、今では何とか生活できるようになっていた。


(買うものは、回復薬と魔除けの香水、解毒薬くらいかにゃ)


 そんなことを考えつつ、大通りにある薬屋に入ろうとする。

 その時「もしかして、ディオンさん?」と声がかかった。


「んっ? その声は、セージかにゃ?」


 人族と獣族はお互いに顔の識別は苦手だ。

 しかし、ディオンにとってセージの印象は強烈だったので、以前から少し成長し、装備が変わっていても声や雰囲気ですぐにわかった。

 セージもディオンだけはゲームでも見ていたため判別ができる。


「やっぱりディオンさんでしたか! お久しぶりです!」


「久しぶりにゃ。またブルックに来ているとは思わなかったにゃ」


「今回は混沌地帯でランク上げをしようと思って来たんですよ」


(混沌地帯でランク上げするにゃ? やばいやつにゃ)


 神閻馬戦後のバーベキューの時や残ったメンバーからセージの話は聞いていた。

 ランク上げに対して並々ならぬ情熱を燃やし、マスターして仕事にするわけではなく、ただただ全ての職業をマスターしようとする姿勢は理解しがたいものだ。

 そして、混沌地帯にまで手を出すとなると頭がおかしいというほどだが、ディオンは口には出さなかった。


「こっちに来るなら手紙でもくれたらよかったにゃ。アニエスもカイルたちも会いたいと思うにゃ」


「連絡しようかと思ったんですが、一昨日に決めて今日王都を出たばかりなんですよ。飛行魔導船を使ったのですぐに着いちゃいました」


「……飛行魔導船って馬車みたいにすぐ使えるものなのにゃ?」


「申請してみるとすぐに用意されたんですよね。意外と便利です」


「便利にゃ……?」


「今回乗ったのは新型でしたし、ちょっと欲しくなってきました」


(欲しいって……ぶっ飛んでるにゃ)


 ディオンは人族の町で暮らしており、ウィットモア領都にも行っている。

 魔導飛行船を数多く持つグレンガルム王国と言えども、気軽に乗れるようなものではなく、申請したら用意されるといったものではないことくらいは知っていた。


 当然、飛行魔導船を貰うなんてことはできない。

 ただ、ディオンはそれにツッコミは入れないことにして話を続ける。


「……さすがセージにゃ。前のパーティーより数が増えたにゃ? 前見た顔がいない気がするにゃ」


「前にいたのはベンくらいですかね」


「ベンは覚えているにゃ。他も全員セージが行っている学園の者にゃ?」


「そうですね。そこの四人は騎士団所属ですけど」


「騎士団? ウィットモア騎士団にゃ?」


「いえ、王国騎士団ですよ」


「なぜセージに王国騎士団の者がついてきてるにゃ?」


「僕にじゃないですよ。王子を誘ったらいつの間にか王女もついてきて、公爵令嬢も来ることになって、そしたら護衛もついてきてしまったんです」


「王子? 王女? の護衛にゃ?」


(何を言っているにゃ?)


「セージ、今はただの学園生だから。あまり公に言うべきじゃない」


「そうよ! ちょっとくらい気をつけなさいよ! というか私の説明雑じゃない?」


 軽く情報を明かすセージにアルヴィンとエヴァンジェリンが注意する。


「すみません。でもディオンさんはリュブリン連邦の元王様ですから同じようなものですし。獣族は分かりにくいと思いますけど、ディオン・ド・リールって知りませんか?」


(元王様……? ではないにゃ!)


「我はただの里ちょ――」


「もしかして、あのディオン・ド・リール!? 世界学で出てきた!?」


 エヴァンジェリンがディオンの発言に被せるように叫んだ。

 意外とディオンは有名なのである。


「そうですよ」


「すっごい大物じゃない! どうしてセージが知り合いなのよ!」


「ちょっといろいろとありまして」


「ちょっといろいろあっても知り合いにはなれないわ!」


「エヴァンジェリン様、落ち着いてください。セージ様ですから当然ですわ」


「あんたはちょっとくらい疑問を持ちなさいよ!」


(これが本当に王女なのにゃ?)


 呼ばれ方でエヴァンジェリンが王女だとわかったが、ぎゃあぎゃあと騒がしい姿に王女らしさが全く見えず、むしろ落ち着き払っているクリスティーナの方が王女らしい。


(王女がなぜいるにゃ? 王子って気軽に誘えるものなのにゃ? 公爵令嬢って……よくわからんにゃ)


 ディオンの戸惑いは深まるばかりであるが、元々複雑なことを考えるのは苦手である。

 ディオンは早々と諦めた。


(もういいにゃ。セージの周りのことは深く考えるべきじゃないにゃ。とりあえず宿に来てほしいにゃ。ウォーレンが会いたいだろうしにゃあ)


「銀の爪亭って宿に泊まってるにゃ。時間があったら来てくれると嬉しいにゃ」


「いいですよ。久しぶりに話をしたいですし。食事の後、宿に向かいますね」


(セージが来るならもう少し買い出しに行くにゃ)


 ディオンは一旦セージと別れて買い物に急ぐのであった。


 *****************************************


「今後、役に立てることがあったら言ってくれ。本当に感謝している」


「ウォーレンさん。わかりましたから、頭を上げてください」


 ディオンたちの部屋を訪ねたセージは、そこにいたウォーレンからしばらくの間感謝の言葉を伝えられた。

 ウォーレンの娘、ラナはセージに呪いを解いてもらい、さらに特別な薬を支給されて、一年前の姿が嘘のように元気になっている。

 今も薬は飲んでいるが、それはウォーレンが心配で飲ませているだけであり、ラナ自身は母親のルシアのようになりたいと言って剣の訓練をしているくらいだ。


 ウォーレンは当時捕まっていてラナの状況を知らず、しばらくして牢屋を出た頃にはセージはいなかった。

 セージには感謝の気持ちを伝えたいとずっと思っていたのである。

 感謝の念が溢れるウォーレンをなだめて、食事を再開することになった。


「セージは果実水がいいにゃ?」


「ええ、ありがとうございます」


「なんでも好きなものを食べてくれ。欲しいものがあったら買ってくる」


「僕は食べてきましたから大丈夫ですよ」


 セージが来たのはディオンたちの食事中のことだった。

 獣族のディオンは酒場などを使いにくく、基本的には店で買ったものを宿で食べることが多い。


 ちなみにウォーレンもそうである。

 宝を盗むように声を掛けてきた男のことを探しているのだが、相手にも顔を知られているため慎重に行動しなければならない。


 この場にいるのはディオンとウォーレンの他に獣人族二名と人族一名だ。

 その中の人族、元盗賊のアリスターがセージに話しかける。


「いやぁ懐かしいっすねぇ。シルヴィアさんに連れられたことを思い出しますぜ」


「えっと、たしか盗賊団にいた……」


「アリスターっすよ! ほら探検家の!」


「あーそうでしたね。アリスターさんも来てたんですね」


「そりゃそうっす。俺が探検家ってことでここまで来れるんじゃないっすか」


 リュブリン連邦とブルックの間には強力な魔物の住む混沌地帯があり、それが国境となっている。

 しかし、ウォーレンが見つけた樹上の道を通ることで行き来することができ、そこを通るためには探検家の特技『サーベイ』が必要だった。


「探検家くらい他の誰かがマスターすればいいのでは?」


「なんてこと言うんすか。俺の価値を奪わないでくだせぇ」


「みんながサーベイを使えたら便利ですし。というかアリスターさん結婚したんですね」


 セージはアリスターの指に鈍く光る指輪を見ながら言った。アリスターはそれを聞いて嬉しそうに指輪を見せる。


「そうなんすよ! 前の月に結婚したばかりなんでさぁ。これは俺が作った指輪でバルバラにも渡したんですぜ」


「バルバラ?」


「俺の結婚相手っす! いやぁ、ミコノスではモテるんっすよねぇ」


「えっ? 盗賊なのにですか? 極悪人の……」


「俺は盗賊の時も悪事を働いてねぇっす! 真面目な冒険者だったんすよ? まぁ顔に自信があるわけじゃねぇですが、バルバラはカッコいいって言ってくれるんすよねぇ」


 頭を掻きつつ惚気るアリスターを見ながら、ディオンが口を開く。


「モテるのは事実にゃ。獣族は人族が美形に見えるにゃ。獣人族が多いのはそのせいにゃ」


 ミコノスの里には獣人族も数多い。リュブリン連邦になってからは人族と離れているが、その前は人族との交流も今より多く、獣族と人族の結婚も珍しくはなかった。

 犬科とのいざこざから、獣族同士の方がいいという意見はあるが、比較的若い層は人族との結婚に忌避感がない。


 ウォーレンたちは最初の印象こそ悪かったものの、ラナのことや、リュブリン連邦で真面目に働く姿を見て少しずつ扱いが変わっていた。

 結婚しているのはアリスターだけだが、他のメンバーもミコノスの里の者と仲良くなっている。


「そうだったんですね。人族はエルフ族が美形に見えますし、それと同じようなものなんでしょうか」


「獣族にはエルフ族の良さはわからんが、たぶんそうにゃ。でも、あんまり人族の顔の区別はついていないにゃ」


「そりゃないですぜ! バルバラは俺がいいって言ってくれたんすよ!」


(バルバラが最初に声を掛けるときクィンシーと間違えたって言ってたにゃ。でも幸せならいいにゃ)


「まぁそれは置いとくにゃ。セージは振付師って知ってるにゃ?」


 アリスターはスッと話を流されて「いいっすよ。俺はバルバラのことを信じてますぜ」と言いながら酒を飲む。

 そして、セージはそれを気にせず「振付師?」と首をかしげた。


「商人と農業師をマスターしたら出てきたにゃ。踊ったらランクが上がる変な生産職にゃ。最近ちょっと気になってランクを上げてるにゃ」


 それを聞いたセージは目を見開いて「それ、マスターしましたか?」と真剣な声色で問いかけた。

 そのセージの食いつきに引きながらもディオンは答える。


「それがなかなか難しいにゃ。ランク40で止まってしまったにゃ」


 セージはじっくりと考えて、一つうなずく。


「じゃあ明日から特訓しましょう」


「明日からにゃ? 明日は冒険者の仕事があるにゃ」


「どこでですか?」


「ラミントン樹海にゃ。コブラキングの皮と牙の納品をする予定にゃ」


「それなら一緒に行きましょうか。朝二の鐘に冒険者ギルドで待ち合わせでいいですか? それにしても振付師とは。考えてみたら獣戦士があるなら他にも違いがありますよね。ステータスに種族が書かれているんですから、それによって違いがあるのも当然。ということはエルフ族は? ドワーフ族も……」


(セージに相談して良かったのかにゃあ。いや、きっと良かったにゃ)


 ランクや職業についてのことならセージが詳しいだろうと思って聞いたのだが、何やらトリップし始めたセージを見てディオンは遠い目をするのであった。

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