第167話 混沌

 次の日、混沌地帯に行く前にラミントン樹海でランク上げをしていた。


「パスカルさん、攻撃を控えてください! 全員、魔物をアルヴィン様の方に寄せて! 後五秒、四、三、二、一、待避!」


「タイダルウェーブ!」


 セージの号令と共にクリスティーナが魔法を発動する。

 レベル上げも含めたランク上げをしているのはクリスティーナだ。

 クリスティーナも混沌地帯に入る予定だが、上級職になってもレベル50では厳しい。

 ラミントン樹海の魔物がちょうどいいレベルということもあり、まずは連携の確認も含めてランク上げをすることになっていた。


 そして、もう一名ランク上げをしているのが、ディオンである。


「だーかーらー、ここは足を交差させるの!」


「すまないにゃ。もう一度お願いするにゃ」


 セージの後ろではエヴァンジェリンがディオンにダンスを教えていた。

 振付師のランク上げである。


 ディオンたち獣族のダンスといえば、武芸に通ずるような舞いやブレイクダンスのようなアクロバティックな動きをするダンスだ。

 ウォーレンたちから細かいステップを踏むようなダンスは教えてもらっていたが、貴族が踊るようなタイプのものは知らなかった。


 そこで、エヴァンジェリンに頼んだのである。

 この中で意外とエヴァンジェリンが踊りに関して詳しかった。


「アリさん、ウォーレンさん、コブラキングのトドメ! ベン、支援に入って!」


 そして、冒険者の依頼をこなすため、アリスターとウォーレンも来ている。

 隠れて行動しているため、ウォーレンは冒険者としての活動はしていないのでタダ働きのようなものだが、セージの頼みとあれば文句もない。

 ウォーレンたちはトドメを刺したコブラキングの解体を始めた。


「あなた、手拍子をもう少しゆっくりにして。ほら、ここから、一、二、三、一、二、三、わかる?」


「次の魔物は三体です! アルヴィン様、魔法を!」


 エヴァンジェリンは騎士に手拍子させてディオンにダンスを指導し、セージは無駄な経験値を得たくないため戦闘に加わらず指示だけ出している。


「そうそう、いいじゃない。じゃあ、もう一度最初からね」


「アルヴィン様、もう少し引いて! 後五秒、四、三、二、一、待避!」


「タイダルウェーブ!」


「アリ、そっちを持て。牙に気を付けろよ」


「へいっ親分!」


「基本の動きはそうね。でも、まだまだぎこちないわ。緩急をつけた流れるような動きが基本よ。さぁもう一度」


 まだ混沌地帯には入っていない。

 ただ、ランク上げに没頭する者、解体に集中する者、ダンスを修行する者が森の中で集まっているのは混沌と言える状態だった。


「集合してください! 一旦森を出て小休止とりますよー!」


 しばらく戦い続けクリスティーナのレベルが目標値まで上がったところでセージが号令をかける。

 すでに全員セージの号令で動くことに、違和感がなくなっていた。


「皆様、ご協力いただきありがとうございました」


 森を出て休憩に入ったとき、クリスティーナがそう言って頭を下げる。

 それに答えるのは手伝った者ではなくエヴァンジェリンだ。


「ホント感謝しなさいよね。レベル上げに王子と勇者を使うなんて贅沢な話よ。それにあなたもよ、ディオン。私自ら踊りの指導するなんて普通ないことなんだから」


「それは本当に感謝してるにゃ。ありがとうにゃ」


「あと、あなたの仕事をベンが手伝ったわ。感謝しなさい」


「ベン、ありがとにゃ。助かったにゃ」


 お礼を強要するエヴァンジェリンに素直に応じるディオン。

 そんな状況にベンは恐縮する。


「いえいえ、これくらいなんてことないですよ」


「ちょっと、ベン。あなたの動きのおかげでこんなに簡単に素材が集まったのよ? もっと恩を着せときなさいよ」


「元はと言えば僕が頼んだことですから。皆さんありがとうございます。とりあえず今はお茶飲んでくださいね。次は混沌地帯に入りますよ」


 そう言いながらセージが皆のコップにお茶を注いでいく。

 そんなセージにパスカルが「本当に行くつもりか?」と声をかけた。


「えぇ、そのために来たんですから」


「ここまでの魔物とは全く異なる。騎士団から参加するのは俺だけだ。勇者だからって当てにするなよ」


「ええ、普通に戦ってもらえたら大丈夫です。時間的にもそれほどありませんから。偵察程度にとどめますよ」


「偵察どころかすぐに逃げ出すことになるぜ。賭けのことは覚えているよな?」


 賭けとは飛行魔導船内でしたことである。

 すぐに逃げ出すか怪我人を出せばパスカルの勝ち、ちゃんと戦闘を継続できればセージの勝ちという内容だ。


「もちろん覚えていますよ。約束は守ってくださいね」


「当たり前だ。賭けを裏切ることは許されねぇからな」


「それなら安心です。さて、まずはパーティーを組みますね。僕とアルヴィン様、ベン、クリスティーナさんでパーティーを組みます。あとはエヴァンジェリン様とパスカルさん、クリフォードさんで組んでください」


 そのパーティー編成に真っ先に異論を唱えるのはエヴァンジェリンである。


「ベンとパーティーがいいんだけど。クリフォードと交換しましょうよ」


「ベンは前衛ではありませんので。職業と戦い方を考えると仕方ありません」


「それなら私がそっちのパーティーに入るわ。パスカルとクリフォードの二人パーティーでいいじゃない」


「偏りすぎですね。戦えるとは思いますが、混沌地帯は初めて行く場所です。均等にしましょう」


 パーティー分けはバランスを考えてのことだが、それだけではない。

 パーティーになるとレベルなどがわかってしまうので、パスカルやクリフォードとは組まないようにする意図もある。


「均等にするなら――」


「エヴァンジェリン様、セージ様が決めたことですよ?」


 食い下がるエヴァンジェリンをクリスティーナがやんわり、かつ有無を言わせない態度で遮った。


「だからなんだっていうのよ! あなたはいいわよね! セージと一緒のパーティーなんだから!」


「セージ様と一緒でもそうでなくても関係ありませんわ。セージ様が決めたパーティーであれば、それが全てです。わかりますか?」


「わからないわ! あなた、自分で言ってておかしいと思わないの!?」


「ええ。エヴァンジェリン様にもわかるときがきますわ」


 クリスティーナは自信に満ちた微笑みを向け、エヴァンジェリンは駄目だこいつという表情を返す。


「さて、準備が整ったので行きますよ」


 いざこざがありつつも、とうとう混沌地帯に向かうことになった。

 再びラミントン樹海に入り、まっすぐ奥地へと向かう。

 メンバーはセージたち七人であり、騎士たちは待機、ディオンたちはギルドに納品するためすでに町に向かっている。


 混沌地帯に入り、全員が光魔法『ルーメン』を唱えて辺りを照らした。

 混沌地帯は分厚い木の葉に光を遮られているため真っ暗だからだ。

 木々自体は密集しているわけではないため、戦いの動きに支障はないが、暗闇だと偵察もできない。

 セージは『ラビットイヤー』を発動し、音をよく聞きながら進む。


(早速来たか。思ったより早いな)


 魔物が来たと合図を出したのは、混沌地帯を進んで間もなくのこと。


「戦闘準備。左右から」


 ベンがセージのハンドサインを見て皆に知らせる。

 セージは魔法を準備しているため声が出せないからだ。ハンドサインは全員わかっているが、全員がずっとセージを見ているわけにはいかない。

 ベン以外は魔法を準備していることもあり、声の指示役に適任だった。


 緊張感が高まる中、左からキングトロル二体、右からイービルオーガが見えた。

 両方とも三メートルをゆうに超える巨体で物理攻撃力が高い魔物だ。


 そして、その巨体に似合わず、動きも速い。

 ぼんやりと見えた時点ですでに魔物は走り出しており、全員すぐに魔法を放つ。


「ヘイルブリザード」


 ベン以外の六人が特級氷魔法を発動した。

 ここにいるのは王族とシトリン公爵家なので『ヘイルブリザード』は覚えている。

 ただ、最も魔法攻撃力の高いエヴァンジェリンでさえ威力はセージの半分。

 さらに、左右に分かれているため、全体に魔法を当てることができない

 魔物は三体とも倒れず接近してくる。


(まぁ戦闘訓練も兼ねてだからちょうどいいか)


 片方に魔法を集中させて先に倒す方法をとってもいいのだが、今は偵察も兼ねている。

 近接戦闘の訓練も必要だ。


「ゴァアア!」


 イービルオーガは走りながら攻撃力向上の特技を発動。

 そして、キングトロルは棍棒、イービルオーガは斧を振り上げ前衛に襲いかかる。


 相対するのは、キングトロルにクリフォードとパスカル、イービルオーガにアルヴィンだ。


「シールド!」


 物理無効化の特技『シールド』を発動したのはクリフォードだ。

 ラミントン樹海とは全く異なる魔物の威圧感に思わず使ってしまったのだ。

 キングトロルは棍棒を振り上げた姿勢からそのままクリフォードを蹴り上げる。


 『シールド』が防げるのは一撃だけ。さらに、一瞬動きが止まる。

 続けて振り下ろされる棍棒にまで対応できない。

 そこに、エヴァンジェリンがフォローに入った。


「シールド」


 エヴァンジェリンは棍棒を勇者の特技で受け止める。


(へぇ、意外とそういう動きもするんだ)


 セージがフォローに入ろうとしたときにはエヴァンジェリンが動いていたのだ。

 冒険者業の訓練の成果であった。


 危機を脱したクリフォードは、キングトロルに反撃。エヴァンジェリンがサポートに入ることで戦える様子だった。

 パスカルは混沌地帯での戦闘経験があったため一人で抑えており、アルヴィンは安定して守り、ベンが支援している。


「フロスト」


 その間にセージが上級氷魔法を発動。さらに、氷の精霊ルサルカを召喚して呪文を唱える。

 そして、合図を送った。


「魔法準備! 魔物が近づいてる!」


 それを見たベンが叫び『神速シンソク』を発動する。

 戦況は安定しているが、この状態で追加の魔物となると厳しい。


「フロスト」


 再びセージの魔法が発動し、キングトロル二体が逃げ出した。

 それと入れ替わるようにイービルオーガ二体がやってくる。


 また、別方向からやってくるのは牛型のブルホーンと蛇型のコアトル二体。

 多種多様だが、全て巨体だ。

 そちらには、イービルオーガを倒したアルヴィンとベンが向かう。


「フリージングゾーン」


「フロスト」


 セージとクリスティーナの魔法が発動する。

 その隙に総攻撃を仕掛けるが、精霊魔法と上級魔法だけではダメージ量は大きくない。

 そして、セージはさらに追加の魔物の足音を聞きつけた。


(また来る? ちょっと魔物が多いな。パスカルはこうなることがわかっていたのか。仕方ない)


 音を聞いて続々と魔物が集まることがわかり、セージは融合魔法を解禁する。


「aqal ad maguna salamandra gion rex id ignis oeg gnome gion rex id humus, stilla mio multus conlucent meteorites ante hostium」


 セージは特級魔法よりさらに長い呪文を唱えて合図を出した。


「待避!」


「フロスト!」


 ベンの声と共にアルヴィンが魔法を使いつつ飛び退く。

 追加で現れた魔物はあと数秒で戦闘開始になる位置まで来ていた。

 そこにセージが魔法を発動する。


「メテオ」


 セージの言葉から一息間があり、不発かと思った瞬間。

 森の天井から燃え盛る拳大の隕石が突き抜けた。


 その速度は知覚できないほど。

 そして、隕石は一つではない。

 瞬く間に次々と森を突き抜ける。

 次の瞬間には衝突。それと同時に衝撃波と轟音が撒き散らされた。


 追加で現れた魔物たちはその衝撃に薙ぎ倒されて大ダメージを受ける。

 アルヴィンとベンが戦闘をしていた魔物まで巻き込んでおり、HPが0になって逃げていった。

 セージたちにまで熱を帯びた烈風が吹きすさぶ。


 ただ、追加の魔物は一撃では倒れておらず、すぐに起き上がる。

 それに魔物は二方向から来ているのでパスカルの方の魔物は『メテオ』の影響を受けていない。


「ベン以外はパスカルさんの援護!」


 『メテオ』を見たのはクリスティーナ以外初めてである。

 驚きで動きが止まるパーティーメンバーにセージが声を上げた。


(うーん。メテオでもここまで高レベルの魔物になるとやっぱり一撃では倒せないな。弱点を突ける相手に直撃したら倒せそうだけど。まっ、そんなにHPは残ってないだろうし、あとフリージングゾーンくらいで倒せるかな?)


 セージは『メテオ』の威力を考えつつ、精霊魔法や『メモリー』で覚えた特技を交えて、ベンと共に戦うのであった。

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