~ウィットモア領編~

第165話 ウィットモア領へ

 混沌地帯に行くにあたり、セージたちはウィットモア領に向けて飛行魔導船に乗っていた。

 王都からウィットモア領まで通常はヘンゼンムート領を通り、三日程かかるが、飛行魔導船であれば直線だ。

 馬車より圧倒的に早いため、わずか三時間程度で着く。


 元々は馬車で行くつもりだったのだが、急遽飛行魔導船に変更になったのだ。

 セージとベンはその原因になった者たちを見渡す。


「なんだか大所帯になったね」


 セージの言葉にベンが感情のない視線を集まった者に向けた。


「人数とかどうでもいいくらい、人選がおかしいんだけど」


「うーん。本当は五人パーティーとかでサッと行くつもりだったんだけどなぁ」


 そこには第一学園と王国第二騎士団の面々がいた。

 セージがまず誘ったのはベンとアルヴィンだ。

 ただ、ランク上げに行く話を聞いたクリスティーナが是非とも手伝わせてほしいと願い出た。

 セージは、クリスティーナは精霊士になったのでランク上げがしたいのだろうと思い、一緒に行くことになる。


 また、ベンが行くと聞き付けたエヴァンジェリンも当然参加。

 するとクリフォード・シトリンがそのお目付け役としてついてきた。

 そして、アルヴィンのお目付け役としてついてきたのは王国第二騎士団の勇者、パスカル・シトリンだ。

 シトリン家の令嬢や弟のクリフォードが参加するため選ばれたのである。


 さらに、パスカルが所属する第二騎士団と第二魔法騎士団、エヴァンジェリンとクリスティーナに合わせて女性騎士団からも召集され、精鋭の騎士二十名がついてきている。

 総勢二十七名という、騎士団の小隊クラスの人数。

 加えて、上級職が七名含まれていることを考えると中隊以上といっても過言ではない戦力だ。


 ランク上げは学外訓練の形式で申請しており、本来ならば護衛などはつけない。

 それに勇者なので安全性は高いだろう。

 とはいえ、王子と王女、公爵令嬢が王都外に出るのだ。護衛なしとはいかなかった。

 それに、王子と王女は今厳しい立場になっていることも勇者のパスカルが動く理由だ。


 さらに侍女や荷運び人などの使用人も十名ついてきており、大事おおごとになってしまっていた。


「なにこの戦力。しかも飛行魔導船を使ってるし。そんな学外訓練なんてある?」


「仕方ないって。気にせずいこうよ」


「気にしないとか無理でしょ! それに……セージが本気を出しにくくない?」


 ベンが気にしているのはその部分が大きい。

 セージには隠している特技や魔法があるからだ。

 心配するベンにセージは気楽に笑う。


「混沌地帯に行くから騎士団はほとんどついてこれないだろうし。大丈夫大丈夫」


「いや、パスカル様は勇者だからついてくるよ! 気楽に考えすぎ!」


「俺がどうしたって?」


 スッと隣にきたパスカルが突然話に加わった。

 ベンは少し動揺しつつも答える。


「えぇと、パスカル様がいると緊張するなという話で……」


「あぁ? そんなことでどうすんだよ。混沌地帯に行くんだぜ? 足手まといはついてくるなよ。俺はお前らを助けるつもりなんてねぇからな」


 学外訓練の申請はラミントン樹海としたが、結局バレるのでパスカルには話をしていた。


「大丈夫ですよ。僕らもちゃんと戦えますから」


「どうだか。混沌地帯に入ったことないんだろ? 無理をして怪我人が出るか、すぐに逃げ出すか、どちらかだろうな。賭けてもいいぜ」


「じゃあ賭けですね。何を賭けます?」


 平然と答えるセージに、パスカルはピクリと眉を動かす。

 パスカルは賭け事が好きなのだが、賭博禁止の騎士団で賭けに付き合うものなどいない。

 当然学園も禁止なのでセージの答えを意外に思っていた。


「もしかしてお前、賭けもいける感じか?」


「勝てる賭けは好きですよ?」


 その自信に満ちた答えに、クククッとパスカルが笑う。


「悪くねぇ。俺が負けたら何でもいいぜ。俺が勝ったら……未知の魔法ってやつが何か教えろよ。学園対抗試合で使ったんだろ? 噂で聞いてるぜ」


「未知の魔法ですか? いいですよ。じゃあ、僕が勝ったらこの学外訓練の報告内容を僕が決められる権利をください」


「報告内容を決める権利? なんだそれ。そんなんでいいのか?」


「えぇ、ちゃんと守ってくださいね」


 パスカルは混沌地帯に行かずにラミントン樹海で訓練をしたと報告してほしいのかと考える。


「いいぜ。ところで、他の賭け事もいけるか?」


「いけます。ベンもやろうよ」


「あっうん。お願いします」


「わかってるじゃねぇか! こっちこいよ! 早速やろうぜ!」


 パスカルの中でセージたちの好感度が急激に上がっていた。

 今回の護衛任務に対して面倒臭いとしか思っていなかったが、賭博をやる相手がいるとなれば別である。


 セージとしては生産職のランク上げが終わってしまったのでできることがない。

 そこでベンの賭博師ランク上げの足しにしようと思ったのだ。

 こうして、移動中は賭博に終始するのであった。


 **********************************


 混沌地帯に近い町ブルックまで、ウィットモア領都に飛行魔導船で飛び、そこから馬車で数時間で着く。

 ブルックに着いた頃にはもう夕方で、混沌地帯に行くのは翌日の予定になった。


「全然変わってないね。この町並み」


 ブルックは石材と木材でできた建物が多く、通りには武器屋や宿屋など冒険者向けの店が並ぶ。


「そりゃそうでしょ。まだ一年も経ってないんだから」


「そういえばそっか。最近いろいろとありすぎて何年も前のように思えるよ」


「セージでもそう思うんだ。こんな生活が普通なのかと思ってたよ」


 セージとベンが懐かしい話をしているとエヴァンジェリンが割り込んでくる。


「ベンは来たことがあるのね。後で町を案内してよ」


「エヴァンジェリン様が楽しめるところなんてないと思いますよ? 基本的に冒険者の町ですし」


「わかってないわね。ベンと町を歩きたいって言ってるのよ。デートよデート」


「僕はセージの従者ですから……」


「じゃあセージも一緒に来させればいいじゃない。クリスティーナも来ればちょうどいいでしょ? ねぇクリスティーナもそう思――」


「エヴァンジェリン王女殿下、セージ様に不敬ですよ」


「不敬? えっ、何が?」


 エヴァンジェリンはクリスティーナの応援をするつもりで言っており、さらに不敬などと言われることがないので純粋に驚いていた。

 そんなエヴァンジェリンを見ても、クリスティーナは毅然としている。


「セージ様を来させるなど不敬です。セージ様のご都合に合わせましょう」


「私、王女なのよ?」


「ええ、当然存じておりますわ。ですが、セージ様を優先することは王女殿下のためにもなることです」


「はぁ? どういうこと?」


「セージ様はそういう存在なのです」


 エヴァンジェリンは何とも言えない表情で、迷いのない瞳をしたクリスティーナを見る。

 ここに来るまでの道中でも何度かセージのことで言われたりはしていたので、またかという気持ちだった。

 そして、エヴァンジェリンはセージにゴソゴソと耳打ちする。


「セージ、あんた何をしたのよ! いつもは普通の令嬢なのにあんたのことになると頭おかしくなるわ!」


「いつの間にかこうなってて僕にもわからないんですよ」


「そんなわけないでしょ! 何とかしなさいよ!」


「そんなこと言われましても」


「王女殿下。セージ様を困らせてはいけませんわ」


 セージの様子を見て、またクリスティーナがエヴァンジェリンに注意する。

 エヴァンジェリンは今まで同年代から強気でこられることがなかったので、戸惑いが大きかった。

 そして、仕方がないとため息をつく。


「はいはい、わかったわ。セージ、ついてきてほしいんだけどいいかしら?」


「いいですよ。前はゆっくり町を見られなかったんですよね。アルヴィン様も来ますか?」


 前回ブルックに来たときは、すぐにリュブリン連邦に行ってしまったため、町はほとんど探索できていない。

 セージとしても町歩きはいいなと思っていた。


「それじゃあ――」


「お兄様は来なくてもいいわ。クリフォードと一緒に待ってて」


「おい、エヴァンジェリン!」


「エヴァンジェリン様、困ります。ついているように言われているんですから」


「そうだ。我が儘ばかり言うんじゃない」


 そうしてグダグダと揉めながら結局七人と護衛の騎士三人で町を見て回ることになる。

 見る場所は魔道具屋、薬屋、武器屋など、セージの興味がある場所だ。


「へぇ~、なかなか良い品揃えじゃない。あらっ? これ何かしら、ベン」


「豪腕薬ですよ。こっちは強魔薬と疾風薬。全ての薬がステータスを一時的に上げる道具です」


「そうなのね。売っているところ初めて見たわ。便利そうなのにどうして?」


「強力な魔物が出現する場所の近くでしか売ってないですね。この価格ですから使いどころが難しいんですよ」


 エヴァンジェリンがすぐにベンへと話しかけ、アルヴィンとクリスティーナはキョロキョロと店内を見渡していた。

 セージは商品を探しながら話しかける。


「アルヴィン様は道具屋は初めてですか?」


「初めてではないけど、あまり来る機会はないな。そもそも買い物とかしないから。クリスティーナさんもそうじゃないか?」


「私は初めてですわ。王都からもレベル上げの時くらいしか出たことがなくて」


「そういえば学外訓練もまだか。同年齢のセージがこれだからな」


「これってなんですか。平民は子供でも冒険者になるんですよ? 僕の方が普通です」


「セージが普通? まさか。特殊な場所で育っただろ」


「普通の孤児院で暮らしてましたから。あっこれこれ。魔寄せの香水が少なくなってたんですよね。あれっ五個だけ? ちょっと発注しておいた方がいいですね」


「そんなに何に使うんだ?」


「えっ? ランク上げに必須道具ですよね?」


「……必須? あのさ、どうやって使うつもり?」


「使い方なんて一つしかないじゃないですか」


 そんなことを言いながら買い物を済ませて魔道具屋から出ると、ちょうど獣族が入ろうとするところだった。

 セージはその獣族をチラリと見て、もう一度驚いたように見るという典型的な二度見をしてしまう。


「もしかして、ディオンさん?」


「んっ? その声は、セージかにゃ?」


 ばったり出会ったのはリュブリン連邦ミコノスの里の元里長、ディオン・ド・リールであった。

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