第161話 サイラスの決意
第三学園の教官にして副学園長兼学園長代理のサイラスは、第一学園の闘技場の中央辺りに立っていた。
サイラスの横には1メートルほどの高さの台が置いてあり、その上に学園総長が立っている。
そして、目の前に対抗試合に出場した第三学園の三パーティーが並んだ。
本来は試合終了後にすることを、今再現しているのである。
ただ、そこに観客はいない。
見ているのは、台の周りにいる第一から第三学園の教官の代表者と警備の騎士十人だけだ。
「優勝おめでとう。仲間と共に優勝できたことは誇りになるだろう。ただ、この結果は個人でとれるものではなく、仲間の助けがあってこそのものである。それを忘れず、これからも訓練に邁進し、立派な騎士を目指すことが肝心だ。約半年後には…」
台の上で学園総長が優勝者たちに話をしているが、サイラスの表情は暗い。
それは、先ほどまで行っていた会議が原因であった。
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「話が違う! 優勝までしてなぜ第三学園が廃止になるんだ!」
サイラスは会議の流れを遮って叫んだ。
会議の最後、第三学園の話になった時、第三学園の廃止が決定したとの報告が上がった瞬間のことだ。
「まったく。今までも議題に上がったことだろう? 聞いていなかったのか? これだからアルドリッジ家は」
第一学園の教官が呆れたと言ったポーズで返す。
第三学園の廃止は数年前から議題に上がっていたことだ。
騎士団に入る域に達していない、練兵所からやり直した方がいい、などと言われてきた。
実際、今までの学園対抗試合では接戦にすらならないことばかりで、特に魔法の面で劣ることは確かである。
しかし、物理攻撃面での練度は高かった。
騎士団に入った者たちは接近戦で優秀な力を発揮しているという。
それでも廃止にする理由の一つに、騎士団の勇者の存在があった。
勇者がいることによって騎士団の被害が減っている。
勇者が増えてきた近年は隣国サルゴン帝国も手を出してきていない。
そして、今後はさらに勇者の数が増加すると予想される。
勇者の力があれば騎士団を縮小しても問題がないと考えられた。
しかし、王都や街道の警備などをする人員は必要である。人口が増加傾向にある王都ならなおさらだ。
ただ、警備は高給取りの騎士でなく、その下の兵士で十分である
そこで、騎士の数を減らし、その分兵士を増やすため、第三学園をまとめて兵士見習いとなる練兵所に統合する案が出たのだ。
ちなみに、サイラスが教官をしながら副学園長と学園長代理になったのは、この話のせいである。
第三学園長や副学園長、何人かの教官が廃学になる流れは変わらないと考えて、そうなる前にと辞めていったのだ。
貴族出身者がサイラスしかいなくなり、兼任しているのである。
去年の学園対抗試合は第二学園の一番手パーティーに全員倒されるという惨敗。
とうとう次に結果が出なければ廃止にするとなり、サイラスは焦っていた。
第三学園がなければ一般的な平民が騎士になることはほとんどなくなってしまう。
そんな時にセージが入学を決め、サイラスは希望を持った。
何とか結果を出して第三学園の存在感を示し、存続させようとしたのである。
結果は優勝。
予想以上の結果となった。
しかし、その結果が出ても廃止の流れは変わらない。
貴族のセージは第一学園に編入するはずが第三学園に残り、優勝に導いたことになっていたのだ。
結局、貴族が優秀だったという筋書きである。
「戦った時は全員が平民だっただろう!」
「それは違うな。セージ・ナイジェール侯爵は神霊亀撃退の時に侯爵となっている。つまり、学園対抗試合にはすでに侯爵だ」
「そんなはずは――」
「これは国王陛下が決めたことだ。それがわからんのか? それに、ナイジェール侯爵を無理矢理進級させたようだな」
遮って放たれた言葉にサイラスは一瞬つまる。セージを半年で一級生まで上げたのは無茶をしたとの自覚はあった。
「実力を見て進級は判断している。第一学園では無条件で一級生に入学した例もあるだろう」
「ふんっ、それは年齢の問題だ。ナイジェール侯爵はまだ十三歳だろう。それに、武器や訓練もナイジェール殿に頼ったそうじゃないか。さらにはナイジェール侯爵の従者や元貴族もいたようだな。平民では勝てないから集めたんだろ? 我々が何も知らないとでも思っているのか?」
「なにがどうあれ第三学園の学園生が勝ったことは事実だ」
「今までは武器のことを考慮して年齢については黙認していたが、貴族からの訓練や武器の供与があるとなれば別だ。公平性に欠けるとは思わないか?」
「貴族で幼少期から訓練ができたことを考えれば公平だ」
「それにしても年齢でステータスが大きく違う」
「魔法については貴族のステータスが高い――」
その時、オルグレン公爵がドンッと木槌で板を叩き、サイラスと第一学園の教官の言い合いは止められた。
そして、オルグレン公爵が口を開く。
「サイラス・アルドリッジ。今回の第三学園の戦いは見事だった」
「それならばどうして廃止になるのでしょうか」
「第三学園はナイジェール侯爵の支援無しで勝てたと思うか?」
その問いにサイラスは答えられなかった。
各自、成長はしていたが、セージの存在は大きい。それに、装備がなければ魔法攻撃で大きなダメージを負うだろう。
優勝どころか第二学園相手に勝てたかどうかは怪しい。
「そして、情で決定は変わらん。第三学園は騎士団の練兵所と併合する。来年四月からに決定した」
「来年四月……? それは早すぎます!」
「今日、騎士団から連絡があった。第三学園の採用は今年度限りになるとすでに決定している」
これは王国の都合もある。
国内外で勇者が軽視されては困るからだ。
わざと廃止になる第三学園に有終の美を飾らせたことにする方が都合がよかった。
「今の二、三級生、新たな三級生はどうするのですか!」
「全員練兵所に送る」
「騎士を目指して入学したばかりですよ!」
「優秀であれば兵士から騎士にもなれる。時間だ。会議を終了する」
その言葉は正しいが、現実的に兵士から騎士になるハードルは非常に高い。
昔は隣国との争いやドラゴンなど強力な魔物との戦いで手柄をたてて貴族にまでなる者さえいた。
しかし、数十年前から徐々に勇者が出陣するようになり、そんな機会も激減する。
今では数多い兵士の中で一握りの優秀な者の中からさらに選抜されて何とか騎士になるような狭き門だ。
だからこそ第三学園の存在に意味がある。
しかし、ここで何を言おうと騎士団から採用を打ち切られてはどうしようもない。
今の在学生が卒業するまで第三学園を存続させようと、騎士の採用がないなら意味がなくなる。
サイラスは拳を握りしめ、黙るしかなかった。
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結局、何も変えられないままサイラスは闘技場に立っている。
「さて、慣例に従い、願いを聞こう」
オルグレン公爵は優勝者への話の最後に言った。
「それでは、学園内にある全ての種類の魔導装置をください」
真っ先に手を上げて要求するセージ。
オルグレン公爵はその言葉にピクリと眉を動かす。
周囲の教官や騎士たちに驚きと動揺が広がり、シンと静まり返った。
通常は願いを辞退するものだ。はっきりと要求する者などいなかった。
「それを叶えることはできない。学園生の学びに関わるからだ」
「では、学園内にある全ての魔導装置を貸してください。興味があり、使ってみたいのです。必ずお返しします」
セージとしてはこれが本命の願いである。最初は吹っ掛けてみただけだ。
オルグレン公爵は少し考えてから答える。
「他の者はそれでいいのか?」
オルグレン公爵がセージのパーティーに向けて問い掛け、全員が頷いた。
その表情に迷いはない。
「次のパーティーの願いはなんだ」
例年は声を合わせて辞退するので、パーティー毎に聞くことはないが、本来は一つのパーティーにつき一つの願いを聞くのである。
そして、残りの二パーティーともお願いを言う。
「学園総長の所有する全ての魔導装置を貸してください」
「学園総長の所有する全ての蔵書を貸してください」
騎士に関わることなど一つもないこれらの願いは全てセージの願いである。
オルグレン公爵は最も古くからある公爵家であり、唯一無二の物まで持っているだろうという考えだ。
最初、セージはパーティーメンバーだけに、お願いを使わせてほしいと言っていた。
誰もがセージがいるから優勝できたとわかっているからこそ、異論はなかった。
ただ、セージはお願いを自分のためだけに使う代わりに、学園対抗試合で使用した武器を一つプレゼントすることにしたのである。
すると、それを聞き付けた他のパーティーもセージにお願いを使ってほしいと言ったのだ。
全員、騎士になる確約を貰うより、むしろその方が嬉しいと思っていた。
そして、急遽、オルグレン公爵個人にお願いをしようと考えたのである。
オルグレン公爵は全員の意思を確認した後、一つ頷いた。
「わかった。第一学園の教官に周知しておく。私が所有するものを借りる場合は部屋まで来なさい。存分に学ぶと良い」
そして、終わりの言葉に移る。その時、サイラスは考え込んでいた。
それは第三学園の学園生たちの進路についてだ。
今のやり取りで思ったのだ。
本気で王国騎士になりたい者は思ったより少ないのかもしれないと。
王都第三学園に入学を決めるということは、当然王国の騎士になりたいからだと思っていた。
しかし、目の前の学園生たちを見ていると、全く騎士に興味を持っていなさそうであった。
何とか王国騎士にすることはできないかと考えていたが、学園生の進路の希望をまず聞いて考えるべきだ、とサイラスは暗い気持ちを振り払う。
本当は三月まで学園廃止は学園生に言ってはいけないが、サイラスは言うつもりでいた。その上で進路を決めるのだ。
ただ、そのためにはある程度別の進路を見つけておく必要がある。
現実的には厳しいがアルドリッチ家の
式が終了し、出ていく学園生を見送りながら気合いを入れるのであった。
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