第160話 王子の部屋
「エヴァンジェリンが……意外だな」
アルヴィンの部屋に連れてこられて、最初にした話がエヴァンジェリンの話だ。
昼二の鐘にアルヴィンに呼ばれていたが、遅れたからである。
呼び出しが重なっていることは伝えていたが、一応の説明をしていた。
「私もまさかそんなことになるとは思っていませんでした。それで、話とはなんでしょうか」
そして、早速セージはストレートに話の内容を聞き、アルヴィンは真剣な表情になる。
「いくつか聞きたいことがある。ナイジェール侯爵は複数の上級職になっているだろう。そして、それらをマスターしている。そうだな?」
「私はただの精霊士ですよ」
セージはそう言ってとぼけるが、学園対抗試合でアルヴィンだけは技を見ている。
まだ誰にも言っていなかったが確信はしていた。
「上級職にはどうやってなるんだ?」
「遺伝でなれますね」
「遺伝以外には?」
その質問にセージは首を傾げて黙った。
アルヴィンは聞いてみただけで話すとは思っていなかったので「まぁいい」と軽く流す。
「ナイジェール侯爵は上級職の上の職があると思うか? 予想を聞かせてくれ」
アルヴィンはセージの予想を聞いているが、実際は異なる。
上級職をマスターすればその上の職業が出てきたのかという事実を聞きたいのだ。
「予想ですか。そうですね……この世界の上限レベルは99だと予想しています」
その斜め上の答えにアルヴィンは「レベル99予想……」と呟く。
研究者の一部ではレベルは99まで上がるというレベル99予想を提唱している。
ステータスは二桁表示ということもあるが、他国でレベル70以上になった英雄と呼ばれる者の話を伝え聞いているからだ。
レベル70以上ということは上級職を超えている。
実際にそれを確認した者は少なく、信憑性が低いため主流の考えではない。
ただ、セージが言うと信憑性は増す。
アルヴィンは事実なのか予想なのかは判断がつかないが、上級職をマスターすることで解放される可能性が高いと考えた。
そして、次の質問に移る。
「特級魔法を超える魔法があると考えているか?」
「それを答える前に私からもお願いがあるんですが、よろしいでしょうか」
次の質問にはどう答えるのか、と思ったらセージが言った。
唐突なことにアルヴィンは内心戸惑いながら答える。
「お願い? なんだ?」
「あれを触りたいんですがよろしいでしょうか」
セージが指を指したのは壁に設置してある魔導灯、ランプのような照明器具である。
魔石を入れると光る仕組みで、王宮には数多くあった。
しかし、魔導灯や飛行魔導船のように魔石を動力とする魔導装置は作ることができない。
過去の遺物を利用しているだけなので、その価値は高く、気軽に触って良いものではなかった。
「それは無理だが、同等の物を用意しよう。ハワード」
「かしこまりました」
ハワードと呼ばれた執事が別の場所から使われていない魔導灯を持ってくる。
現在、この部屋の使用人はハワードしかいない。
アルヴィンの腹心と言える者は少なく、今王宮にいるのはハワードだけだ。
ちなみにハワードは五十五歳。この世界では高齢だが背筋の伸びた姿は
「これは壊れた魔導灯だ」
「どこが壊れているんでしょうか」
アルヴィンはハワードから受け取った魔石を魔導灯の中に設置する。
しかし、何も起こらなかった。
「通常、ここに魔石を置くと光る。あの壁にあるようにな。これは一度分解されて、組み立てられた物だ。全く同じように復元したとしても、二度と光らなくなる」
「なるほど。では、これは分解してよろしいのですね?」
その言葉に「あぁいいぞ」と頷く。
すると、ハワードがいくつかの工具を机に置いた。
この魔導灯はアルヴィンが構造が気になって研究所から借りてきたものだ。
アルヴィンはものづくりが好きなタイプである。しかし、貴族の中でものづくりに興味を持つ者はほとんどいない。
仲間を見つけたような気分になって嬉しく思っていた。
「それで、特級魔法の上の魔法はあるのか?」
「これも予想にはなりますが、特級魔法より威力が上の魔法はある、と考えています」
今度はセージはちゃんと質問に答えた。
ただ、目線は魔導灯に釘付けで、一部を分解したり取り付けたりしている。
アルヴィンは今のうちに具体的に聞こうと考える。
「それは『メテオ』か?」
「ご存知でしたか。『メテオ』などは話にも聞かないので、知られていないのかと思っていました」
「伝説として知っているだけだ……『メテオ』など? 『メテオ』以外にもあるのか?」
『メテオ』は賢者が使ったとされる究極の魔法として伝承がある。
しかし、他に同等の魔法があるとは聞いていない。
「そうですね。例えば『メイルシュトローム』とか」
「メ、メイルストーム? 今なんと言った?」
「メイルシュトロームです。いや、メイルストームでも発動するかもしれませんね」
「まさか発動できるのか?」
「いいえ、まだ見たこともありません。こんな魔法を使ったら目立つでしょうし、王国では誰も使っていなさそうですね」
「目立つって何が――」
「おっ、点いた。なるほどなるほど」
分解と再構築をしていたセージがそう言いながら頷く。
アルヴィンは目を見開いて素の言葉がもれる。
「はっ? えっどういうこと?」
「ちゃんと点きますね。部品は足りていたようです」
「どうやって点けた、ってどうしてまた分解してる!? せっかく点いたのに!」
「えっ? 直せるから大丈夫ですよ?」
「そんな簡単には……ってほんとだ!」
「落ち着いてください。殿下」
隣で目を丸くしていた執事のハワードが落ち着きを取り戻し、アルヴィンに注意する。
そこで、アルヴィンはハッと気がついた。
「あっ、あぁ、取り乱したな。うん。さて、どういうことか説明してくれ」
そんな姿をセージはじっと見つめて答える。
「説明の前に、気楽に話していただけますか?」
その提案にアルヴィンは迷った。王族としてあまり気軽に話すことは避けるべきだ。
しかし、セージとは良好な関係を築きたい。
その時、ふと思った。
別に気を張る必要はないんじゃないかと。
アルヴィンは卒業後、王族から離れて騎士団の勇者部隊に入る予定に変わった。
勇者部隊とは騎士団の中の一部署である。
勇者も通常通り各騎士団に振り分けられるのだが、基礎能力が大きく異なるため訓練に差がでる。
そのため、所属は変えずに勇者だけが集う新たな部署を作り、そのメンバーで訓練をおこなうことになったのである。
ただ、そこではシトリン家が幅を利かせており、アルヴィンはアウェイだ。
何にせよアルヴィンは王族から抜けるのなら、王族らしくする必要もないなと考える。
「……まぁいいか。じゃあ気楽に話そう。呼び方はセージでいい?」
「えぇ、構いません」
「セージも気楽にして」
「じゃあアルヴィンさんと呼びますね」
その呼び方にアルヴィンは一瞬キョトンとする。
様や殿下とつけられて育ってきたアルヴィンにとって、セージの気楽は新鮮だ。
ただ、これも悪くはないなと感じた。
「いいよ、好きにして。それで、どうして直ったんだ?」
「おそらく創造師だからですね」
さらっと言うセージにアルヴィンはポカンとする。
セージはベンから聞いたアルヴィンの評判と実際に話した感覚から、おそらく言っても大丈夫だろうと判断していた。
そして、セージとしても王子が魔導装置を出した時、良好な関係を築けばランク上げが捗ると考えたことも大きい。
後ろで控えているベンとしては、セージは隠したり誤魔化したりするのが面倒臭くなったのではないか、と疑っていた。
「いやいや、軽っ……!」
軽く明かされた衝撃から復帰したアルヴィンが突っ込みをいれ、セージは微笑む。
「内緒にしてくださいね。それで、次のお願いなんですが、他の魔道具も触らせてください」
「ちょ、ちょっとまって。内緒にはするけど、質問に答えたらお願いをきくってこと?」
「そうですよ? 情報は高いものですから」
アルヴィンは王族である自分に気遣うことなく、ここまではっきりと要求してくる者に今まで会ったことがない。
金や名誉に繋がることを遠回しに伝えてくることはあるが。
ただ、アルヴィンは情報の価値もわかっているので、それについて文句は言わなかった。
「わかったよ。でも魔導装置はここにあまり置いてなくて。水が出てくる魔導装置とかは設備としてはあるんだけど――」
「それってどこにありますか?」
「ちょっと待って! 王宮の設備が壊れたらほんと不味い! ただでさえ今の立場は微妙なんだから!」
「じゃあ第一学園内にはありますか? 研究施設もあるんですよね?」
慌てて止めるアルヴィンに、セージがさらに聞いていく。
セージとしてもこの先のランク上げがかかっているのだ。
「学園内にもあるけど僕が勝手に使えないよ。学園はあの厳格なオルグレン公爵の管轄だからね。研究施設なら少し使えるから、いくつかは持ってこれると思うけど」
「全部ほしいですね」
「強欲っ! さすがにそれは無理」
「王子でも無理なんですか?」
「僕は趣味が魔道具師ってことで研究所に出入りしてるだけで、大した影響力はないんだ。しかも、今はまだ教えてもらう立場だし」
セージはアルヴィンの言葉を少し考え、提案する。
「じゃあ、教える立場になればどうですか?」
「それなら……何をさせようとしてる?」
「まだ研究所が知らない魔道具の作り方を教えるので、代わりに魔導装置をとってきてください」
アルヴィンはそれに反論しようとして口を開きかけたが、それを止めてじっくり考える。
セージのこれまでの活躍は一部聞いていた。
本当に魔道具のことも知っている可能性が高く、メリットが大きいと思ったのだ。
「それについては少し相談しようか」
「そうですね。お互いに価値のある形にしましょう」
セージとアルヴィンが頷き合う後ろにいる二人。
ベンは本当に大丈夫なのかとハラハラしつつ、執事のハワードは微笑ましく思いながら見守るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます