第159話 王女の部屋
「単刀直入に言うわ。セージ、私と結婚しなさい」
「申し訳ありません。それはできません」
「……はぁ!?」
ドヤ顔から一転して叫ぶエヴァンジェリン。
エヴァンジェリンの部屋に来てすぐのことである。そんな話の始まりであった。
周りにはベンだけでなくエヴァンジェリンの使用人や護衛たちがいたが、急な展開に驚きつつも黙っている。
「あんたわかってる? 私は王女なのよ? なに即断ってんのよ!」
「すでに婚約者がいますので」
「あのね、平民の婚約者なんて――」
「相手は貴族です」
平然と答えるセージ。この流れはブランドンの時と同じなので被せるように言った。
そんなセージをエヴァンジェリンは目を丸くして見る。
「なんで平民だったあんたが……あっ! あいつね! あの公爵の娘!」
「違いますよ。ラングドン子爵令嬢ルシール様です」
今度は眉根を寄せるエヴァンジェリン。
セージはコロコロ表情が変わるなと思っていた。
ピンときていないエヴァンジェリンに、隣にいた使用人の一人、執事のシリルが耳打ちする。
「へぇ、あなたはラングドン家から来たのね。婚約解消したらいいじゃない。子爵の娘くらいならどうとでもなるわ。どうせ無理矢理婚約させられたんでしょ?」
「いえ、結婚したくて婚約したので解消する気はありません」
「えっ? 本気なの?」
さも当然のような顔をして頷くセージを、エヴァンジェリンはじっと見つめて質問する。
「王女で勇者であるこの私が結婚するって言ってるのよ?」
「申し訳ありません」
「私が正室、子爵令嬢が側室でも許すわ」
「申し訳ありません」
エヴァンジェリンはセージの一切迷いのない眼差しを見て「ふーん」と声を漏らすと、溜め息をついた。
「公爵の娘も大変ね」
「公爵の娘? シトリン公爵令嬢クリスティーナ様のことですか?」
エヴァンジェリンはセージがクリスティーナと共に歩いてきたことを騎士から聞いている。
そして、クリスティーナの目的もわかっていた。
「気にしないで。ただの独り言よ。それで、後ろのあなたは婚約者はいないの?」
急に話を振られたベンはドキリとして「はいっ!」と無駄に元気な返事をする。
使用人としているので話しかけられるとは思っていなかったのだ。
「第三の騎士科はそんな感じなの? まぁいいけど、婚約者はいないってことね?」
「いいえ。いません」
「そう、それならちょうどいいわ。あなたも上級職なんでしょ? 名前はなに?」
「ベン・ウォードです」
「ウォード? ウォード家って聞いたことがないわね」
首をひねるエヴァンジェリンに再び執事のシリルが耳打ちする。
「男爵家の騎士? じゃあ平民と一緒じゃない! しかも没落してるの!?」
「今はセージ・ナイジェール侯爵の従者として、下級騎士となりました」
「下級騎士も平民と変わんないわ! 公爵家の養子にでもなれたんじゃないの!?」
「セージ・ナイジェール侯爵の従者ですので」
ベンの迷いなく答える姿にエヴァンジェリンはムスッとして睨む。
そして、「はぁぁぁ」と盛大にため息をつく。
「無駄なことをしたわ。結婚相手を探してたのにこれじゃあね。貴族じゃないなら結婚もできないじゃない」
その言葉に首をひねるセージ。
「そんな決まりがあるんですか? 貴族の娘と平民の息子が結婚することはできますよね?」
「私は王族だもの。当然相手は……」
そこで言葉を止め、人差し指を口元に当てる。
「平民でもいい気がしてきたわね。シリル、王族の娘と平民の息子が結婚することって可能なのかしら」
「はい。特に規定は作られておりません。ただ、今までに例はございません」
「下級貴族相手ならどう?」
「私の記憶では子爵家が二件、騎士爵が一件ございます。ただし、騎士爵の場合は王族からは除籍となりました」
「へぇ。それなら何とかなるかもしれないわね。ポリー、剣を取って」
侍女のポリーから受け取ると、剣を抜いてベンに向けた。
戸惑うベンにエヴァンジェリンが声をかける。
「大丈夫。攻撃したりしないからじっとしてて……ごほん。ベン・ウォード、貴方の強さを認め騎士爵とする」
エヴァンジェリンはベンの肩に剣を置いてできる限り大仰に言った。
これは叙爵の作法である。男爵以上は王が式典で行うが、騎士爵は王族であれば誰でも与えることができるのだ。
ベンはじっとしているというより固まっている。
「はい、これであなたは騎士爵ね。報告はしておくから。じゃあ結婚しましょう」
「……ちょっとお待ちください、あまりにも急で、どういうことですか?」
復活したベンが戸惑いながら言ったが、エヴァンジェリンは不満そうに見返す。
「ちゃんと聞きなさい。王女の求婚なのよ? あなたと私が結婚するの」
「いえ、その、わからないのはどうして急に結婚になったのかということです」
「私はセージと結婚して来いって言われたの。けど無理でしょ? でも、あなたも上級職だから、同じようなものじゃない。王族と騎士爵が結婚した前例があるなら大丈夫よ」
「大丈夫、ですか? 王族から除籍となるのですよ?」
「そうなったとしても頑張るわ。今、立場が微妙なのよね。あなたたちに負けたせいで」
非難がましく見られて、何となくベンは視線をそらす。
セージはそんなこと知ったことではないと、王女の本棚を見ていた。
ちなみに、魔法関連の本が多く、ブランドンの部屋の本より興味をそそられている。
「私から挑んだんだからそれは別にいいのよ? でも、婚約が白紙になって、とんでもない奴と結婚させられそうなのよね」
「それなら私でなくても……」
「私はあなたを選んだの。私にはあなたしかいないわ」
王女は公爵家になる予定だったが、今回の件に加えて、現状公爵家が多いこともあり、その話が消えた。
ただ、王女は勇者である。
子供には勇者が遺伝するため、他国に出すことなど当然できず、王国内でも勇者がいるのは王家と公爵家、騎士団の一部に限定していた。
エヴァンジェリンの婚約者は伯爵家の長男。現在は学園の騎士科にいて、結婚後公爵になり、次男が伯爵家を継ぐ予定だった。
しかし、公爵にならないとなると、伯爵家を継ぐだろう。
その位で勇者を遺伝させるわけにはいかないとなり、その際に揉めて婚約が白紙になったのだが、他の公爵子息は婚約者がいる。
現在結婚できて独身かつ婚約者のいない公爵は少々問題のある三十歳年上の者だ。
それが決定すれば仕方がないのだが、エヴァンジェリンはその前に自分で決めようと考えたのである。
そこで考えた相手がベンだ。セージの近くにいるため結婚が通る可能性が高いと考えた。
さらに上級職ならば、公爵家になる話も再び浮上する可能性がある。
ただ、エヴァンジェリンの頭にあるのはそんな打算だけではない。
学園対抗試合での戦いはもちろん、その後回復してからのパーティーでのやり取りも少し見ている。
その時のベンの少し頼りない感じと戦いで見せた強さとのギャップが、エヴァンジェリンの好みにハマっていた。
意外と本気でベンしかいないと考えている。
ただ、ベンからしてみればエヴァンジェリンはただの対戦相手の王女だ。
「昨日が初対面、話をしたのは今が初めてですよね?」
「だから何? 出会ってからの時間なんて関係ないじゃない。私はあなたのことを気に入ったの」
「先ほど、セージに求婚なさっていたのでは?」
「それは私の仕事。これは私用なの。あなた、王女の頼みを断るわけ?」
「王女の頼みって私用なのでは……?」
「私用だろうが王女は王女よ。そんなに私との結婚が嫌? それは少し……傷つくわ」
エヴァンジェリンはそっと目を伏せる。
王女として肌、髪は手入れが行き届いており、きつめの目元を伏し目がちにして影のある雰囲気を出せば薄幸の美少女に見えた。
急な変化にベンはどうしていいかわからなくなる。
「あぁ、その、嫌とかそういうわけではなく――」
「そうなのね! じゃあ結婚成立ね!」
「えっ、えっ!? ちょっと待ってください! 本気ですか!?」
「本気に決まってるじゃない。大丈夫よ。私はまだ十四歳。まずは婚約からだわ。ポリー、婚約の羊紙皮を用意して」
すると、ポリーがサッと準備する。
ポリーは仕事ができるタイプだ。すぐに出せるよう、事前に用意していたのである。
「そんなこと急に言われても困ります!」
「だって今しかないの。あなたたちの件で今混乱してるんだから。どさくさに紛れて婚約書を通すのよ。ほら、とりあえずここに名前を書きなさい」
「どさくさに紛れてってそんなこと……ちょっとセージ、どこに行くの!」
二人が言い合っている間に席を立って一礼していたセージは遠慮がちに言う。
「いやいや、後は若いお二人で話をどうぞ」
「あら、気が利くじゃない」
「気が利くとかいらないから! あっ、いや、王女殿下に言ったわけではなく」
「別にいいのよ? 結婚するのだから」
ベンがなんと答えて言いかわからず言葉に詰まると、セージが恭しく一礼して言う。
「アルヴィン王子殿下にも呼ばれていますので、これで失礼します」
「あら? アルヴィン兄様が? それなら案内させるわ。ポリー、護衛を連れて案内してあげて」
「畏まりました」
「それでは失礼いたします」
セージがもう一度礼をするとポリーについていく。
「ちょっと待って! 僕も行くから!」
「あなたも呼ばれているの?」
「私はセージの従者ですので!」
「じゃあその後に来なさいよ。まだ話は終わっていないわ」
「その後は第一学園の学長から呼び出しがありますので! 失礼いたします!」
ベンは手早く礼をして逃げるように部屋を出ていった。
エヴァンジェリンはそれを見送り、真剣な表情で呟く。
「シリル、私は本気よ」
執事のシリルは「仰せのままに」と礼をして部屋を出ていくのであった。
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