第162話 図書館

 第一学園の闘技場で行っていた式典が終わった後、セージは意気揚々と第一学園に向かっていた。

 式典にはそれほど時間がかからなかったので、まだ図書館が開いている時間だったからだ。

 どんな本があるかずっと気になっていたのである。


 皆と共に一旦、第三学園に戻り、第一学園の正門にたどり着く。

 第一学園に来たのはセージ一人だ。

 ベンは第三学園に戻ったところで待ち構えていたエヴァンジェリンの執事、シリルに連れられて行った。

 今回は王女からベン宛の招待なので、ベンの使用人なら連れていけるが、そんな者はいないのでベン一人である。


(さすが第一学園。第三とは全く違うなぁ)


 第三学園は小学校を彷彿とさせるつくりだったが、第一学園は大学に近い。

 立派な門をくぐると馬車が五台は並べるほど広い道が伸び、その先の正面に見えるのは、大きな鐘やステンドグラスが美しい教会だ。

 石で舗装された道の両側には建物が立ち並び、進んでいくと整えられた芝生の広場やレストラン、サロン、美術館などもある。


(格差が酷い。ここまでするなら第三にも少しわけてくれたらいいのに)


 第一学園の広大な敷地にあるのは講義棟や店だけではない。第三学園側には闘技場や訓練場などがあり、反対の第二学園側には研究機関がある。

 学園の進路の一つに研究機関があり、武器、魔法、魔導具、薬など様々な研究・生産を行っていた。

 なので、レストランなどは学園生だけが利用するわけではなく、技術者、研究者なども利用する。


 そして、図書館は研究所が並ぶ区画と第一学園講義棟がある区画の境に建っていた。

 使用するのはだいたい研究所の関係者が多いとのことだ。


(おぉー、すごいな。さすが王国一の図書館だ。無駄に豪華。こんな建物はバロック式かなんかいうんだっけ?)


 セージは感心しながら、荘厳な雰囲気の図書館に入る。

 入ってすぐ、正面に階段があった。

 そして、ドーム状になった天井の窓から光が射し込み、その階段に敷かれた赤い絨毯を鮮やかに映し出している。


(図書館って凝った建物にしがちな気がする。偏見かな? まっ、とりあえず本さえ読めればいいんだけど)


 一階は蔵書管理室や編纂室、研究室などがあり、二階が書庫だ。

 二階には中央と左右に書庫があり、セージは順番に観覧していく。

 中央には地理・歴史の本や物語など、右には生産職関連の本があった。

 そして、左側の書庫には魔法書や剣の指南書、魔物についての本などが置いてある。

 セージはざっと確認して首を傾げた。


(興味の沸く本はあるけど……神の言語は? ハイエルフの言語さえないぞ)


 この世界の書物は少ないとはいえ、この図書館の蔵書数は王国一、数千冊はあるだろう。

 しかし、ざっと確認していったが、漢字やひらがなどころか英語も見当たらない。


(ルシィさんに騙された? まさかそんなこと……)


 想像と異なる本に困惑していると後ろから声がかかる。


「ナイジェール侯爵閣下?」


 振り向くと後ろにはクリスティーナ・シトリンが立っていた。

 セージとの話を公爵に報告し、その日の分の淑女教育を終わらせた後、図書館に来たのである。


「クリスティーナ様、奇遇ですね。何か調べ物ですか?」


「えぇ……魔法について少し調べようと思ったので……。ナイジェール侯爵閣下も調べ物でしょうか。何か探しているご様子でしたけど」


 クリスティーナが図書館に来たのはセージと話をした内容について調べるためだ。

 ただ、必死になっていると思われたくなくて誤魔化してしまう。

 当然、そんなことに気づかないセージは「そうなんですよ」と頷く。


「実は神の言語の本があると聞いてきたんですが、ここにはないようでして」


「神の言語の本、神の書物ですか? それなら地下にありますわ」


「あるんですか!?」


 クリスティーナはセージの急な食い付きにビクッと体を震わせた。

 後ろにいた使用人や部屋で本を見ていた人も驚いてセージを見ている。

 セージは「すみません」と小さく言った。

 クリスティーナは先程よりも音量を落として答える。


「神の書物は、全て地下に保管されております。ご案内いたしましょうか?」


 セージは「ありがとうございます。よろしくお願いします」と嬉しそうだ。

 クリスティーナには何故そこまで神の書物が見たいのかわからなかったが、地下書庫へとセージを連れて進んでいく。


 地下書庫は貴族や許可された研究員だけが利用でき、使用人も入れない場所である。

 入口には警備の騎士や持ち物をチェックする者などがいて、厳重に管理されていた。


「こちらが地下書庫になります」


 案内された部屋は二階に比べて小さいが、壁三面に木製の本棚があり、数多くの本がきっちりと並べられている。


(おおー! これは……予想以上だな。数百冊はあるんじゃないか?)


 神の書物は今までに十冊ほどしか見たことがなかったため、もともとそれほど多くは存在しないのだと思っていた。

 しかし、想像よりも蔵書数が多くてテンションが上がる。

 本は羊皮紙を使っているものばかりで、ページ数は少ないが状態はいい。


「ぅあっ!」


 突然叫んだセージに再びビクッと驚くクリスティーナ。


「どっどうかしましたか?」


「いえ、全然なにもありませんよ」


 クリスティーナは絶対に何かあると思いながらも何も言わなかった。

 周囲にいた研究者風の三人からも注目を浴びているが、セージはそれどころではない。


(賢者アイリスシリーズ! これは本物!?)


 賢者アイリスシリーズの内の一冊『賢者アイリスのおつかい』はラングドン家が収集した本の中にあったものだ。


 ダンの店に置いてあった『英雄ゴラン』シリーズは英雄が使う技が載っていたので、賢者アイリスシリーズには賢者が使う魔法が書かれていると考えていた。

 しかし、表紙だけで本の中身は全く読めない、偽物だったのである。


 英雄の技は知っているので読まなくとも問題ない。

 しかし、賢者の場合はどんな魔法があるのか知っていても、呪文を知らなければ発動することができないのである。

 セージは期待していただけに落胆が大きかった。


 ちなみに、偽物だと落胆する様子をノーマンとトーリは見ていた。トーリは当然だと思い、ノーマンは神の使者セージ説を思い出したという。


(というか、なんで賢者アイリスシリーズってこんな題名なんだろ)


 セージはシリーズの中で気になった『はらぺこ賢者アイリス』本を手に取り、読み始める。


(やっぱり英雄ゴランシリーズと同じで、物語が書かれているのか。というか、たぶんこれなら本物だな。この中に呪文が書いてあるのか)


 おもむろに読み始めたセージをクリスティーナは狐に摘ままれたような顔をして見ていた。

 しかし、セージはお構い無しに読み進める。


(この物語って誰が考えたんだろう。FSの中ではなかったはずだけどなぁ)


 本の内容はFSに登場したわけでも、FSのゲーム内容でもなかった。

 アイリスという名の賢者が旅をする物語だったのである。


 旅の途中、お腹がすいて倒れた賢者アイリス。たまたまそこを通りかかった者が村に連れていき、ご飯を食べさせた。その料理は決して豪華ではなく、蒸かし芋や少しの野菜を煮込んだだけのスープしかない。最近強い魔物が増えて町にも影響が出ていたのだ。ただ、空腹は最大の調味料。その質素な料理をアイリスはモリモリと食べ始める。しかし、その食事の途中、見張り台から警鐘が鳴らされた。魔物の大量発生が起こり、町に攻めて来ていたのだ。慌てて逃げ出そうとする村人たち。食事どころではなくなるアイリス。混乱する中、アイリスはキレた。ワナワナと震える拳を握りしめる。そう、アイリスは食事の邪魔をする魔物に激怒した。かの邪知暴虐の魔物どもを除かねばならぬと走り出す。そして、魔物が見えた瞬間、融合魔法『メテオ』を発動した。


(おっここか! というかメテオって融合魔法なんだ)


 実際のところ呪文が書いてある部分だけを見ればいいのだが、セージは物語も気になってサクッと読むため、パラパラとページをめくっていた。


 そんな時、クリスティーナが「ネイオミ教官?」と声を出す。


「こんにちは、クリスティーナ君。セージ君は会ったばかりだな」


 セージが顔を上げると、ネイオミが本を読む様子を観察しながらニヤリと笑っていた。

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