第156話 別室のベン
「それにしても、疲れた。かしこまった場所って肩が凝るよ」
「意外とセージでもそんな風になるんだ」
(いつも飄々としているように見えるけど)
そう思いながらソファで力を抜くセージの隣にベンが座る。
使用人が出ていったところで、今は王宮の一室に二人だけである。
「そりゃなるよ。式典前の面談も、後の食事も何か観察されている感じがして気が休まらないし、さすがに疲れる。そういえばベンは何してたの?」
ベンはセージと共に王宮に来てすぐに別れ、この王宮内の一室で合流するまで別行動だったのである。
「僕はセージと別れた二の鐘からずっと話だよ。今までずーっとね」
ベンはセージが継承式や食事をしている間、別室で話をしていた。
その時間は約三時間。
途中から、これはいつまで続くんだろうと遠い目をしていたくらいだ。
「今まで? そんなに何を話すの?」
「話すと言うか、説得? 貴族家に仕えないかとか、結婚はどうとか、そんな感じ。いろんな人が次々に面会にくるから休む暇もなかったよ」
(何度同じ質問をされたことか。ほんっと疲れた)
ベンに目をつけた貴族は数多い。年下とはいえ勇者二人相手に戦い続けた能力は、パーティーの中でセージと共に注目された存在である。
当然、上級職のことは聞かれ、そして、それが明かされないとなると、各貴族からアプローチを受け続けることになったのだ。
式典があるため当主が来ることはないが、当主の息子、執事長など、それに次ぐような位の者が多かった。
「へぇー。でも当然か。目立ってたもんね」
「セージほどじゃないけど。結局誰も倒してないし」
「それでも勇者二人相手に戦ってたらねぇ。で、どうしたの? 貴族に仕える? それとも結婚とか?」
「いや、それはないから」
軽くパタパタと手を振りながら言うベンにセージが首をかしげる。
「どうして? 隠密部隊の再興とか考えてなかったっけ?」
「まあ少しはね。けど、護衛として僕一人だけを必要としてるみたいだったから、それじゃ意味がないかなって。それに、婚約する気も今はないし」
ベンはそう答えたが、実際には少し異なる。
護衛や娘との婚約を求めた者もいたが、むしろその要求の方が少なかった。
上級貴族には隠密部隊のこともバレており、その再興の確約をされたり、公爵家の分家へ養子に入ることなども提示されていた。
それらは破格の待遇である。
勇者ではないにせよ、ベンの強さから上級職であることは確実。
どうにかして貴族たちは自分の家に入れようと画策していた。
(でも、ここでセージから離れるなんてありえないし。きっとセージは気にしないだろうけどさ。でも、裏切るような真似は絶対にできない。隠密としてもね)
最初、ベンはセージが大物になるだろうと思ってついていこうとしていただけだ。
そして、セージが魔道具師のランク上げを手伝ったのは、対抗試合の件だけでなく、『忍者』の条件を確定させようとしていたり、ランク上げ仲間がいて嬉しかったり、そんな程度のことである。
ベンとしても、セージはその程度の認識だろうとわかっていた。
そうだとしても、ベンがセージの助言によって職業『忍者』になったことに変わりない。
上級職、その中でも隠密にとって『忍者』という職業は特別なものである。
『忍者』になったことで、ひいてはセージに出会ったことで、ベンの人生は一変した。
自分に合わない騎士団の中で生きるか、辞めて魔道具師としてひっそりと生きるか。そんなことしか考えられなかったのだが、今では違う。
隠密として、セージのサポートや護衛をする人物として、生きていけると思った。隠密部隊の再興も夢ではない。
今の特別な扱いも全てセージのおかげだとわかっている。
言葉に出すことはしていないが、ベンは恩に報いると誓っていた。
そして、隠密で最も重要なことは信頼である。
仕える者に対する裏切りは隠密としてありえない行為。
ベンは隠密として人として、今さらセージ以外に仕えることは考えられなかった。
「そっか。でもよく断れたよね」
そんなベンの覚悟を知らないセージは気楽に言う。
「そうでもないよ。何を言われても『セージに仕えています』で通したから。最後の方は諦めてたよ」
(魅力的な提案もあったけど、心に決めたものがあると迷わないものだね)
全て迷いなく断ったので勧誘してきた貴族関係者は全員取っ掛かりも得られず玉砕していった。
それは、バックにセージがいるベンに対して強気に出られなかったことも大きい。
セージは上級職であり、その時は侯爵とわかってないにせよ、貴族になることは確実視されていた。
さらに、魔法使いとして誰よりも高い能力を持ち、領の宝になるような武器を短期間で三パーティー分揃えるルートもある。
セージについて未知数なことが多く、仲良くしておきたいので、不興を買うことは避けたかったからだ。
セージはベンの『仕えている』発言にきょとんとする。
「いつの間に僕に仕えてたの? 初めて聞いたんだけど」
「そりゃ言ってなかったからね。でも僕は決めてるから。セージは侯爵になったんだよね? 卒業後は正式にウォード家にしてよ」
セージがこの部屋に使用人と共に入ってきた時に、侯爵になったことをベンは聞いていた。
ベンとしては、セージなら貴族になるだろうと思っていたため、さほど驚きはしなかったが。
「んー、今は侯爵になってるけど……ベンをウォード家にするってどうすればいいの?」
「貴族なら騎士の任命権があるよ。任命は隠密部隊でもなんでも騎士の扱いになるんだ。あと、特に任命方法は決まってなくて、貴族の証と同じように武器を渡すとか、任命状があるとかいろいろだけど、一番簡略化した方法は言うだけかな」
王が直接騎士を任命するのは王宮の騎士の中でも上級の者だけであり、騎士爵の叙爵となる。
その他、軍部の貴族が任命する下級騎士とその下の兵士がいる。
侯爵は上級貴族なので、任命すれば王都の下級騎士と同等だ。
子爵や男爵に仕えている騎士は騎士と呼ばれているが、王国騎士団でいえばただの兵士と同等になる。
王国民にとってはあまり違いはわからないが、騎士団の中では明確に差があった。
「言うだけって? 君はウォード家だって言うってこと?」
「そうだよ。簡単でしょ? あとで王宮に報告は必要だけど、というか説明受けなかったの?」
「……きっと説明されてないよ。たぶん」
(まぁこれはまだ説明してないか。関係ないと思って聞いてなかった可能性も高いけど)
ベンがジトっとした目を向けると、セージは気を取り直して言う。
「えっと、じゃあ、ベンはウォード家の当主とする。はい、これでいいんだよね?」
その急な任命に、ベンは「うん、まぁ……」と返事をしてからぎょっとする。
「えっ、今?」
「そう、今でも侯爵だし。報告は後でいいんでしょ? よろしくね」
なんでもないことのように言うセージに、ちゃんとした説明が必要だとベンは思った。
任命すると、王国への報告や給与が発生することになる。
当然だがあまり適当に任命するべきではない。
ただ、ここでは任命されておいた方がいいとベンは考えた。
「……よろしく。それで、僕が当主でいいの? 流石に若すぎない? 光栄なことだけどさ」
「そもそも、ベンしか知らないからね。まっ、気楽に受けてよ。結局侯爵じゃなくなるかもしれないし。というか――」
「あっ、ちょっと待ってね」
ベンはセージの服についたゴミを取るフリをしながら「ここでの話は聞かれてるかもしれないから。辞めるとか言わないでよ」とこっそり言う。
実はベンは聞かれている前提で話をしていた。
セージとの関係を明確にするため、そして、勧誘は無駄だという牽制も含めてウォード家の話をしていたのである。
「これでよし。それで、侯爵といっても、ちゃんと領地が運営できないと没落するかもしれないよね。あと、卒業はしなきゃいけないし」
取り繕うようにベンが言う。
セージは爵位を継承したばかりだ。それをないがしろにするようなことを言うのは喧嘩を売っているようなものである。
セージとしても、今は王宮に喧嘩を売るべきじゃないと思い、ベンに乗っかった。
「確かにそうだね。ところで貴族が没落するとかって結構あるの?」
「男爵ならたまに起きるね。領地経営に向いてないとか魔物に攻められるとか。当然グレンガルム国王陛下からの任命だから簡単に辞めるなんてことはできないし、そのまま没落ってわけ。セージの場合は元孤児だけど、大丈夫だよね?」
「いいや、全然自信はないね」
(えっ? まじで?)
自信がない、と自信を持って言うセージに、ベンは目を見開く。
ベンの中でセージはなんでもできるように感じていたのである。
「自信ないの? 本当に?」
「全くできると思えないよ」
「ちょっと、それは……意外だね」
「えっ? 当たり前でしょ。領地経営なんてしたことないんだから」
「それはそうなんだけど……!」
当然のことのように言うセージにベンは言葉が詰まった。
それをセージ以外から聞けば「そりゃそうだよね」で終わることだが、セージから言われると違和感しかない。
(それをセージが言う!? 一度も戦ったことのない魔物のことを知ってるのに? 誰もなれなかった職業をマスターしてるのに? 教官に教えられるくらい座学がわかるのに? なんで領地経営だけはわからないの!?)
ベンの心の中のツッコミを知らずに、セージはキョロキョロと部屋を見渡す。
「それにしてもなかなか呼ばれないね。この部屋調べててもいいのかな。あの壁とか」
セージはいろいろと聞かれていると知って、こっそり探検家の特技『サーベイ』を使って部屋を調べていた。
そして、怪しい部分を見つけてしまうと、どんな仕掛けがあるのか気になってしまう。
「えっ? ちょっと、やめときなって!」
スッと立ち上がるセージを慌てて止めに入る。
盗聴を暴こうとしたとかではなく、たまたま気になって触ってしまったと言って誤魔化せるとしても、ベンとしてはややこしいことに首を突っ込みたいとは思わない。
「なんで? 壁を壊したりはしないよ?」
「それは当たり前だよ!」
(やっぱり盗聴の可能性とか言わなきゃよかった!)
ベンは、セージなら絶対に調べると思っていたが案の定である。
その時、コンコンコンとノックが響いた。
「こちらにお越しください」
使用人が呼びに来たため、セージは仕方なく部屋を調べずに出ていく。
ベンはホッとしながらそれについていった。
(こういう突拍子もないところがあるからなぁ。ついていく相手を間違えたかも)
ベンはこれからの苦労を考えて、小さくため息をつくのであった。
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