幕間~王宮編~

第155話 謁見の間

(まさかこんなことになるなんてなぁ)


 セージは王の間の中央で跪く。

 登城したらあれよあれよという間に小綺麗にされて、仕立ての良い服を着せられ、謁見の間での行動が仕込まれたのだ。


(というか王から言われたことは全て『はい』で答えろって、来る必要あるの? 手紙に書いてりゃ良くない? 見せ物みたいで嫌なんだけど)


 両側の壁には貴族が並んでいた。急遽集まったため全ての貴族ではなく、ノーマン・ラングドンなどいない者はいる。

 ただ、急なわりには数が多い。ミストリープ侯爵など、子供が学園対抗試合に出ていて、観に来ていた者は出席していたからだ。

 準備が整った後、王族が登場し、最後に王が登場する。


「これより継承式を行う」


 端に立っていた司会者のような者が声を上げた。


(あれは宰相? というか継承式ってなに?)


 セージは内心で首を傾げる。

 宰相ブランドン・シトリン公爵はこの式典の前に会っていた。

 別室で役人からあれこれ聞かれたあと、そのまとめを宰相が直接確認しに来たからだ。

 その時何をするかまでは伝えられていない。


 宰相のブランドンはいち早く初代勇者を取り入れたシトリン家の現当主である。

 最近までグレンガルム王国は王が政務を行っていたが、力をつけたシトリン家が国政に関与し、宰相という役職を作った。

 今となっては王と同等の権力があるとさえ言われている。

 セージは王宮のことに詳しくなかったため、この国には公爵の宰相がいるのか、くらいにしか思っていなかった。


「この者、セージは上級職、精霊士であり、その力を持って、二度にわたり神霊亀を撃退する功績を上げた。さらに、国宝となる武器や伝説の鉱石アダマンタイトの献上、そして、流行り病を治療する薬の開発にも関わっている」


 宰相がそこで言葉を切ると、王が鷹楊に聞く。


「この功績に間違いはないな?」


「はい」


(いや、さっき別室で言ったことだから。間違いないに決まってるし、そもそもイエスしか答えられないんだから聞く意味ないじゃん。こんな時間があるならランク上げがしたいんだけど)


 心の中では文句しか言っていないセージの返事に、宰相が満足そうに頷いて話を続ける。


「孤児としてラングドン領で発見された時、記憶喪失になっていたことがわかっている。しかし、幼少から巧みな言葉使いや計算ができ、貴族出身だと思わせる能力を持っていた。さらに、精霊士、病に効く薬などハイエルフとの関係が見られる。そして、故ナイジェール侯爵はエルフの里とも交流があったことから……セージはクライド・ナイジェール侯爵とハイエルフとの子供であると断定できる」


 その急な話に周囲に立っていた貴族たちがざわつく。

 貴族の順列は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵となる。騎士爵は称号のような意味合いが強く、一代限りなので曖昧なところだ。

 侯爵は貴族の中で上から二番目、公爵は王族しかならないため、トップと言っても過言ではない。

 その子供が急に現れたことになる。


(えっ? どういうこと? ナイジェール侯爵とか会ったことないし。というか、爵位とかいらないんだけど。急過ぎというか一方的過ぎ)


 これはセージにとっても初耳だったが、決定事項であった。

 約一か月半前、勇者二人を含む第三騎士団の神霊亀討伐失敗の際、神霊亀を撃退したことがきっかけである。

 討伐失敗の知らせが届き、王宮が慌ただしくなっていた時、神霊亀撃退の知らせが届いた。

 今回はラングドン軍が関わらず、冒険者が撃退したとのことだ。そこで調査隊が結成、派遣された。


 現地で詳しく調べていくと、その冒険者はルシールとセージで、ルシールはラングドン家の長女であることが判明。

 さらにセージのことを調べると、孤児がなぜか急にラングドン家の研究所所長になったという事実がわかる。

 調査隊は調べながらも報告を上げており、王宮はノーマン・ラングドンを呼び出した。

 それが約一週間前のことである。


 臨時の飛行魔導船が到着して翌日には出発することになったノーマンは戦々恐々としていた。

 約一か月前に出したルシールの婚約のことか、冒険者として神霊亀を撃退したから鉱石などを献上しなかったことか、万病に利く『千寿の雫』を貴族たちに提供したことか、はたまた伝説級の武器を隠し持っていることか。

 つまりは全てセージ絡みのことである。


 心当たりがありすぎて夜も眠れなかったノーマンだが、聞かれたことはルシールとセージの居場所や出自など普通のことであった。

 内心ホッとしながら答えたのだが、ノーマンは二人がどうしているのか良くわかっていない。

 ルシールはしばらく前から冒険者として活動するために家を出るようになり帰っていなかったからだ。

 セージについては孤児だが薬調合の知識があり、研究所所長になったが、今年学園に入学していると伝えた。


 そこで、調査隊が二人に会いに行ったが、二人とも会えなかったのである。

 ルシールがラングドン家から出て冒険者になっていることは、調査結果からも本当だと考えられた。

 しかし、どの冒険者ギルドからもルシールは来ていないという回答で所在不明だったのである。

 それもそのはず、ルシールは元トーリの薬屋、現ローリーの雑貨屋で生産職のランク上げにいそしんでいたからだ。


 セージについては、今年の四月に第三学園へ入学したということはすぐに判明した。しかし、三級生の名簿には存在しない。

 偽名を使っている可能性も考えて、講義棟や訓練場を探してもおらず、三級生の寮にもいなかった。

 この時、セージは講義など出ずに第三学園の闘技場と一級生の寮しか使っていなかったのである。


 そして、ネイオミ・ミストリープがセージを探していたとの情報を得て第二学園にも調査が及んだ。

 そんなことをしている間に学園対抗試合が始まり、何故かセージが第三学園の選抜メンバーとして登場。

 そして、優勝した。


 急遽臨時の会議が開かれ、侃々諤々の議論の末、セージをナイジェール侯爵とすることが決定。

 これは侯爵であると都合が良かったからである。

 平民に貴族が負けたとなると問題だが、貴族が年上の兵に特別な装備を持たせて訓練し、その上で勝ったとなれば印象が違う。

 外敵から守るという立場の侯爵は強い傾向があるため、不自然ではない。


 また、元ナイジェール侯爵領は問題も多かった。

 管理の長期化により不満が多くなっている第八騎士団、爆弾のような存在の神霊亀、進まない復興。

 塩や魔石などの資源があるため直轄地としていたが、邪魔にもなってきていたのである。

 そこで、セージを領主として、全てを解決させようという魂胆だった。


「静粛に」


 宰相がカンカンと木のブロックで机を叩くと、サッと静かになる。


「クライド・ナイジェール侯爵は領地を守ることが出来なかったが、セージ・ナイジェールの功績により爵位継承とナイジェール領の返還が提案された。今回は叙爵と同様の式典、継承式とする」


 叙爵の時は式典を行うが、爵位継承であれば書類で済むことだ。今回は特別なことだった。

 そこで王が再び口を開く。


「そなたはクライド・ナイジェール侯爵の息子、セージ・ナイジェールであると認め、爵位、侯爵の継承およびナイジェール領の返還を認める」


(うーん。要らないけど、ここで問題起こしたら捕まるよなぁ。さすがにこの状態では勝てないし)


「……はい」


 少し間をおいて返事をすると、役人がスッとセージに近寄り、侯爵を示す勲章と貴族を示す短剣を付ける。


(領地とか求めてないし貴族なんて……んっ? 貴族? 貴族ってことは第一学園に、というか図書館に入れるのでは?)


 だだ下がりだったセージのテンションが少し上向く。


(侯爵って結構上の位だったっけ? まさか、図書館の本、全部見れる?)


「今はまだ学園生であるな。領地の運営は卒業後となる。勉学に励み、領地の繁栄に努めよ」


「はい」


(領地の運営とか無理。とりあえず今はいいか。まずは図書館に入れるか確認だ)


 その後も、貴族の心構えなどの訓示は続いたが、貴族に興味のないセージには届いていない。

 適当に聞き流して「はい」と返事をしつつ、頭の中は図書館のことでいっぱいだった。


「これで閉式とする」


(……とかもあるのかなぁ。魔法関連がやっぱり気になるところだけど。とりあえず、入れるなら明日は一日中図書館かな。戦闘訓練もしたいけど、やっぱ気になるし。というか、今日少しだけでも見れないのかな? 予定が詰まってるんだけど、サクッと終わらせて……)


 セージは謁見の間から退出しながら、図書館の蔵書に思いを馳せるのであった。

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