第151話 試合後

「祝杯だ! 乾杯!」


 シルヴィアの音頭に合わせて全員が「乾杯!」と声を上げる。

 セージたちは第三学園の寮で宴会を始めていた。

 今回の三パーティー、十五人全員が食堂に集まっている。

 試合が終わり、第三学園に戻ってきてからのことだ。


 試合終了後は混沌としていた。

 第一学園が勝った場合、全員が出てきて挨拶をして、学園長から褒美を貰ったりする式典がある。

 その後、騎士団との模擬試合を観客に見せて終わりになる予定だった。

 しかし、勝ったのは第三学園だ。

 それは想定外のことで、準備をする者たちはどうしていいのかわからない。

 アナウンスをする者も、第一学園が勝った時の内容しか聞いていないので、何を言っていいのかわからず固まっていた。


 そんな混沌としている間に、セージや控え室から出てきた仲間が『アンチパラライズ』を唱えて倒れている者の麻痺を治していく。

 そして、一旦控え室に戻ると、そのまま第一学園を追い出されたのである。


 ポンと放り出されてしまって困惑したが、事前に祝勝会用の食材は用意していたため、第三学園に戻り宴会を始めることにしたのだ。

 料理は焼いた肉、芋、野菜などとパン、スープくらいで、学園内は禁酒のため酒もない。

 それでも勝利の後ということもあり、皆のテンションは高かった。


「これ旨いな!」


「だよな! この肉にかかってるやつ何だろ?」


「こっちの芋、目茶苦茶甘いぜ。食ってみろよ」


「甘いっつっても芋だろ……なんだこれ! 目茶苦茶甘ぇ!」


「おっ? なんだ? 俺にも食わせろよ」


 皆で手伝ったものの、調理方法や味付けはセージが決めていた。

 そうしないと味付けが塩になりそうだったからだ。


「マジで勝ったんだよな?」


「勝ったって言ってんだろ」


「お前、それ何回目だよ」


 未だ信じられないような気持ちでいるスタンリーにジェイラスたちが突っ込む。そこで、ライナスが思い出したように言った。


「それにしてもベンが強かったぜ。勇者二人を相手に攻めてたんだからな」


「マジで!?」


「そりゃすげぇな!」


 控室にいると試合は見れない。そのため、他のパーティーの戦闘内容は知らなかった。


「ちょっと待って! それは相性の問題だから! アルヴィン殿下とクリフォード様だったら無理だっただろうし」


「それでも本当のことなんだな」


「マジかよ。強くなったとは思ってたけどそこまでか」


「ベン、本気を出したらセージより強いんじゃねぇの?」


「いやそれは無理」


 そこは真顔で即答するベン。一緒に行動してきて、セージの本気は得体が知れないと思っていた。


「そこは無理なんだ。セージはどう思う?」


 そんな質問をするライナスに、セージは少し考えて答える。


「うーん、条件によるかな。耐魔法装備で近距離戦から始められると負けるかも」


 その言葉に周囲が驚いた。セージの異常性は全員が感じていることで、そこに誰かが追い付くとは思っていなかったのだ。


「おいおい。まさかベンがそんなにヤバいやつだったとはな」


 信じられないものを見る目を向けられて、ぶんぶんと首を振るベン。


「いやいや、セージと一緒にしないでよ!」


「えっ? なんで?」


 今度はセージに信じられないものを見る目を向けられて、ベンは言葉に詰まる。


「あっ、いや、セージほどスゴいやつじゃないって意味で」


「スゴいじゃなくてヤバいって言ってなかった?」


「えっと、大きく言えば同じ意味というか……そういえば、みんなもそれくらいになるでしょ? 勇者になるんだし」


 その言葉にピタッと静かになる。視線は一旦ベンに向き、その後セージに集中した。


「あっ、勇者になる方法? 聖騎士と賭博師をマスターしたらなれるよ」


 その言葉を聞いても静かなままだ。さくっと放たれた言葉についていけてなかったのである。


「セージ、言い方雑すぎでしょ」


 すでに上級職であるベンが呆れたように言う。


「でもそれしかないし。まぁ賭博師のマスターは大変だろうけど、それについては後でちゃんと教えるよ。まずは商人と農業師からかな」


「その二つって結構キツいよね」


「でも上げればいいだけでしょ? それにしても優勝の褒美はどうなったんだろ」


(というか褒美が貰えなかったら無駄なんだけど)


 元々、セージの目的は蔵書を見ることで、優勝することは必要だっただけだ。

 そんなセージにハドリーが鼻で笑う。


「俺は別に無くても構わねぇぜ。騎士なんかなりたくもねぇし」


「まっ勇者の情報が貰えたから十分かもね」


 チャドも同意するが、テッドがボソリという。


「でもせっかく何か貰えるなら武器を頼むかなぁ」


「でも、それで貰える武器より、セージから借りた武器の方が性能が良いんじゃね?」


「じゃあ、セージの武器を買い取る金を貰うとか?」


「それは言えねぇだろ」


「てか、セージって褒美にこだわるんだな。意外だぜ」


 意外そうに言うデイビットにセージが驚いて答える。


「そりゃそうでしょ。第一学園にある蔵書を読むって目的があるんだから」


「蔵書を、読む?」


 デイビットが訝しげな表情になった。他の者からも視線が集まる。


「あれ? 言ってなかったっけ?」


「俺は聞いてねぇけど」


「そうだっけ? もともと優勝が目的じゃなくて、第一学園の蔵書を読ませてって交渉するために優勝したかっただけなんだよね。褒美がなかったら意味ないし」


 セージとしては本が非常に重要なアイテムだが、そんな考えの人は少ない。

 まさか本が読みたいだけで対抗試合に優勝しようとしていたとは思っていなかった。知っていたのはセージのパーティーメンバーくらいである。


「まあまあ、褒美はこれからあるんじゃない? さすがに何もなしってことはないでしょ」


 そんな中でベンが間を繋ぐように言った。そんなベンをちらりと見るセージ。


「なかったら恨むからね」


「なんで!? それはやめて! なんか怖い!」


 そんな話をしながら宴会は暗くなるまで続き、大量にあった料理は食べきって、飲み物もほとんどなくなっている。

 それでも、優勝したことと勇者になれるという希望で落ち着かなかった。


「ちょっと買い出しに行くか」


「そうだな」


「ちょっと、そろそろ締めなさいよ。明日から――」


 そんなとき、コンコンコンと食堂にノックが響く。食堂に扉はないので、入り口隣の壁を叩いた音だ。執事服を着た人が入り口に立っていた。

 第三学園に似合わない姿にピタリと話し声が止まる。


「突然の訪問、失礼いたします。セージ様はいらっしゃいますか?」


 丁寧にお辞儀をして言う執事に、セージは困惑しつつも答える。


「私がセージです。どういったご用件でしょうか」


「王宮からのお手紙を届けに参りました」


「王宮からの手紙? 私にですか?」


「その通りでございます。ここでお開けください」


 箱に入った手紙を受け取ってみると、確かに王宮からセージ宛てであった。


(本物? 良くわからないけどこんなことってあるの?)


「セージ、それは本物。早く開けた方がいいよ」


 困惑するセージに封蝋を見たベンがこっそり教えてくれる。

 開けろと言うので仕方なく開けると、王宮に登城しろという内容が仰々しく書かれていた。


(王宮に呼ばれてる? なんで? 何言われるんだろ)


「セージ様、登城時刻は三の鐘ですが、二の鐘にはその手紙を持ち、ご登城ください。その後、別室で詳細な話がありますので、ベン様と共にお願いいたします」


(えー、登城したくないのに、する前提で話されても。まぁ拒否権がないんだろうけど。王様だしなぁ)


 じっと見てくるため渋々「はい」と返事をすると、執事は恭しく礼をした。


「よろしくお願いいたします。それでは、ご歓談中失礼いたしました」


 そういって颯爽と出ていく執事を見送る。そして、姿が見えなくなった瞬間にスタンリーが口を開いた。


「マジかよ。王宮に呼ばれるなんてすげぇな」


(絶対ややこしいじゃん。行きたくないなぁ)


「やっぱり、これって行かなきゃ不味いよね?」


 ヒラヒラと手紙を振りながら言うセージにラッセルが叫ぶ。


「当たり前だろ! 冗談でも言わない方がいいぞ!」


「というか、なんで僕まで巻き込まれてるの」


「いや、ベンは当然でしょ」


 ベンの言葉にシルヴィアが突っ込んだところで、再びコンコンコンとノックが鳴る。


「失礼いたします。セージ様はいらっしゃいますか?」


(また? 今度はなに?)


「はい。私がセージですが」


「こちらをどうぞ」


 そういって渡されたのはまたもや手紙だ。そして、先程と同様に執事が出ていった。

 すると、すぐにまたノックの音がする。


「失礼いたします。セージ様はいらっしゃいますか?」


(えっ! また?)


 そして、手紙を渡すと去っていき、またノックが響く。


(まだ来るの!?)


 こうして、セージの下には四通の手紙が揃った。


「二の鐘までに王宮、四の鐘にベンと一緒に王宮の別室、昼一の鐘にエヴァンジェリン第五王女とアルヴィン第四王子、昼二の鐘にみんなで第一学園……」


 朝六時が一の鐘で、鐘は二時間ごとに鳴る

 鳴る回数は一回ずつ増えて四の鐘が正午だ。昼からまた鐘の鳴る回数がリセットされ一回になるので、昼一の鐘と呼ばれていた。


 第一学園への呼び出しは、大会でできなかった優勝の式典を行うことが書いてあったのだが、王宮からの分は用件が書かれていなかった。

 そんな内容もわからないことで朝から一日中呼び出され続けることに、セージは「なんでこうなった」と嫌そうな溜め息をつく。


「まぁ、やり過ぎたからじゃない?」


 そんなセージの肩にシルヴィアが手をおくのであった。

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