第150話 セージvsアルヴィン

(これはヤバい。王子のこと舐めてた)


 セージは二対一になり『インフェルノ』でエヴァンジェリンを倒して一対一になったところまでは、まだ順調だった。

 元々簡単には勝てないと思っていたのだ。

 さすがに勇者三人に獣騎士、魔導士を相手にして余裕で勝てるとは思っていない。

 ギリギリの戦いではあるが想定内である。

 ただ、想定外だったのはアルヴィンだ。


(ベンに騙されたな。それほど強くないって話だったのに)


 アルヴィンがベンを追いかけた行動も意外だったが、何より予想より強かったのである。

 王子で勇者なのに、接近戦では公爵家の勇者ブルース、魔法では第五王女に勝てず、頼りにならないとの前評判であった。

 セージは一対一なら問題ないと思っており、だからこそ先にエヴァンジェリンを狙ったのである。


 しかし、『ルサルカ』を召喚した後の隙をついて、猛攻を仕掛けてきた。

 少し見ただけで適切に対応できる判断力があり、魔法だけでなく剣技も堪能でよく鍛えられている。

 飛び抜けているわけではないが、物理と魔法両方に高い能力を持ち、相手に合わせて戦い方を変えられる万能型のアルヴィンは、実戦で学園最強とも言えた。

 ただ、本気のセージを除けばであるが。


(このままだと勝てるか微妙かな。うーん。よし、もういいや。言い訳は後で考えよう!)


 セージはアルヴィンの攻撃に合わせて後ろに跳躍。そして、羽ばたくような動作をした。


「螺旋炎弾」


 突如として出現する螺旋状に炎を纏った円錐が打ち出される。

 アルヴィンはそれに驚きつつも、脅威的な反射神経で対応する。


(マジで? 完全に不意をついたと思ったのに)


 そう思いながら、着地と同時に地面を踏み込んだ。


「地槍撃」


 連続攻撃にアルヴィンが対応している間に、精霊士の特技を重ねる。


「フリージングゾーン」


(流石にこれには対応しきれてないな。さーて、さっさと逃げよう)


 セージはこの隙に追い討ちをかけたりはしない。

 追い風を起こす特技『テイルウィンド』を使い、脱兎のごとく逃げながら呪文を唱える。

 近接戦闘では分が悪いと思ったからだ。セージにとって、距離をとることが最優先である。

 アルヴィンが追いかけてくるが、特技にバフが入ったセージに簡単には追いつけない。

 ただ、闘技場の壁は近づいてくる。


(逃げ場が少ない。何とか反対方向に逃げないと)


 前に跳びながら振り向いて、魔法を放つ体勢になる。


「タイダルウェーブ」


 アルヴィンには迫る水壁をベンのように避けることは不可能。

 防御の姿勢をとりながら突き進もうとする。

 接近戦を仕掛けるならそうするしかないだろうが、そうは言っても魔法に突撃できる精神力が必要だ。


(ほんと気合いあるよなぁ。その選択がいいと分かってもなかなかできないだろうし)


 そんなことを思いつつも容赦なく精霊を召喚する。


「ノーム、サモン」


 本日三度目となり不機嫌そうなノームが砂塵と共に現れた。

 そうしている内にアルヴィンが近づいてきている。

 セージは呪文を唱えながらパッと身を翻して、ノームを置いて逃げた。


(接近戦は避けたいな。見た目より厄介だし)


 そして、闘技場の壁が近づいたところで跳躍しながら反転。アルヴィンに向けて手をかざした。


「フロスト」


 その直後にアルヴィンも魔法を発動する。


「フロスト」


(ここでフロストか! 厄介だな)


 『フロスト』を使って反対方向に逃げようとしたのだが、アルヴィンの方向に行くと、そこで動きが止められて攻撃を受けてしまう。


(仕方ないか。相手を驚かせる特技は……)


 セージはそう考えて剣を鞘にしまい、アルヴィンに相対する。

 セージはもしもの時のためにベンと同じような鞘をつけていた。

 アルヴィンは『神速シンソク』を警戒しつつ斬りかかる。


「アルマーダ」


 セージは剣を掴みながら、回し蹴りで相手の装備を吹き飛ばす武闘士の特技を放った。

 まさか格闘術を使うとは思っていなかったアルヴィンだが、迷ったのは一瞬。斬撃を止めないことを選んだ。


(これはキツい!)


 セージは斬撃を受けながらも、何とか盾を蹴り飛ばす。


「ハステイラ」


 さらに続いて足払いの特技を発動。武闘士の特技は連続発動させやすい。

 驚くアルヴィンは辛くもそれを避けるがバランスが崩れる。


神速シンソク


 セージが放つ一撃。

 アルヴィンは直撃を気に止めず、バランスを崩した体勢で無理矢理攻撃を繰り出した。

 それを、続く『二の太刀』で弾く。


(崩れた体勢でもこの威力か)


「ガゼルステップ」


 ジグザグに跳躍しながらアルヴィンをすり抜けるように逃げた。

 そして、鈴を鳴らしながらさらに特技を重ねる。


「テイルウィンド」


 アルヴィンはすぐに追いかけるが、すでにセージは数メートル離れていた。


(ふぅ。抜けれた。次があったら不意打ちのような特技は効かないだろうけど。というか王子速いな!)


 特技を使ってもアルヴィンの方がわずかに速い。

 セージは反転してアルヴィンの方を向くと手をかざす。


「デザートフィールド」


 召喚した場所から動いていなかったノームがトントンと地面を叩いて指を鳴らす。

 すると、地面から滲み出るかのように砂地が広がった。


(ノームは動かないからな。移動しながらだと使いにくいけど、こういう時は便利だ)


 召喚した精霊は基本的に召喚者についていくが、ノームだけはその場から動かないのである。

 セージは一旦ノームをおいて逃げ、反転してまた同じところに戻って来ていた。

 アルヴィンは精霊魔法を発動したところを斬りかかる。


「グランドスラッシュ!」


 それは全身全霊をかけた一撃。

 アルヴィンはすでに劣勢だとわかっていた。

 ここで、セージを逃がすと負ける。

 しかし、この攻撃で体勢を崩し、畳み掛けることができれば勝機が見える、そう考えた。

 そして、それはセージの盾に阻まれる。


「シールド」


 発動したのは勇者の特技。声は聞こえなかったが、アルヴィンはその手応えで気づいた。

 『グランドスラッシュ』にも『シールド』にも一瞬のクールタイムがある。

 時が止まったかのような一瞬。

 その時、アルヴィンは手応えに驚いており、セージは内緒だよというように微笑んでいた。


 そして、パッと反転して特技を発動しながら再び逃げるセージ。

 それを追いかけようとしたアルヴィンの足が砂に取られる。

 砂の影響を受けずに走るセージを見て、アルヴィンは追うのをやめた。


 セージは『デザートフィールド』を抜けてアルヴィンが追いかけて来ないことに気づく。

 アルヴィンは魔法を発動する姿勢になっており、反転したセージも手を向けた。


「「インフェルノ」」


 同時に放った特級火魔法。

 しかし、その威力はセージが上だ。

 ただ、アルヴィンは動かなかった。

 最初の特級魔法と精霊魔法、ベンとの戦いで元々HPが削られていた上で、セージとの戦いである。

 『デザートフィールド』を越え、逃げるセージに追いついて攻撃する、なんてできるほどHPは残されていなかった。

 下手に追いかけるより純粋な魔法戦の方がマシだと考えたのだ。


 魔法の炎が晴れても『デザートフィールド』を挟んで静かに相対するセージとアルヴィン。

 その沈黙を破るのはセージの特級火魔法。


「インフェルノ」


 立ち上る業炎。

 アルヴィンは炎の中で呪文を唱え続ける。

 炎が消えた後、アルヴィンも魔法を放った。


「インフェルノ」


 今度はセージが業炎に包まれる。

 しかし、その中で『インフェルノ』が発動された。


 二柱の炎で二人の姿が隠れ、そして、一つが消え去る。

 そこに佇むのは魔法を放つ体勢を崩さないセージ。


 もう一つの炎が消え去り現れたのは、仰向けに倒れこむアルヴィンの姿。

 セージは首輪が外れているのを確認して、向けていた手を下ろし、ふぅと息をついた。


(やっと終わったか。思ったより危なかった。使う気のなかった特技も使ったし。あれっ? 終わったよな?)


 闘技場で立っているのはセージ一人。

 観客席はざわめきすらなくなり、静寂に満ちていた。

 時が止まったかのような空間になっている。


(えーっと。これは、どうすればいいんだろ)


 困ったように周囲を見渡すと、銅鑼のそばに立つ者と目が合った。

 その者は慌てたように隣にいた銅鑼係を小突いて、銅鑼を叩くように指示を出す。

 そして、ドワァン!という音と共に、闘技場全体が一気に騒がしくなるのであった。

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