第149話 アルヴィンは攻める

(あぁ~もう絶望しかない)


 アルヴィンはもう何もかも放り出して逃げてしまいたい気持ちを抑えて戦っていた。

 とうとうクリフォードが倒れてしまったのである。


(クリフォードも一人倒したけど、勇者と聖騎士が相討ちって形になってるし。まぁ、あの精霊士のHPが減っていればいいんだけど。でも期待はできなさそう。それでこっちは一人相手に苦労しているっていう状況。勇者二人でこの状態とかまずいよ)


 アルヴィンとエヴァンジェリンの相手はベン。しかし、その動きに翻弄されていた。

 物理攻撃は直撃どころか、受け流されるか良くても防御、エヴァンジェリンに至っては当てることさえできない。

 特級魔法は避けられるか自分たちまで巻き込まれるかで、上級氷魔法『フロスト』を軸に戦うしかなかった。


(ほんとにこいつなんなの? 上級職は一人って聞いてたんだけど、絶対こいつも上級職でしょ)


 アルヴィンは元々セージに向かうつもりだった。

 しかし、ベンと剣を交わし、その異常な動きに気付いて急遽追いかけることにしたのである。

 それがベストな判断だったかはわからなかったが、エヴァンジェリンとの戦いを見る限り、間違いではないと考えていた。

 あのまま放置していれば、エヴァンジェリンはほとんど相手にダメージを与えることなく倒れていただろう。


(エヴァンジェリンが大人しくなって戦いやすいけど、それでもキツい。というか速すぎでしょ)


 ベンの速さはアルヴィンをゆうに超える。

 さらにセージのバフや騎士と思えない動き、見たことのない特技が合わさって、アルヴィンでもなかなか捉えられない。

 隙があればエヴァンジェリンに攻撃がいく。

 魔法を織り混ぜて何とか戦えている状態である。


(トマとカーラがまずい)


 クリフォードを倒したセージが援護に向かい、魔法で攻撃し始めていた。

 上級魔法と精霊魔法によりガリガリとHPが減っていく。


(威力高すぎでしょ! あーもう長くは持たないな。三人も来られると困る。こっちも余裕はないのに、というか何で倒れないのこいつ!)


 アルヴィンはベンへの対応を余儀なくされていることを嘆きつつ、次の魔法を『ヘイルブリザード』にして、トマと戦う者たちに放つようエヴァンジェリンに合図を出した。

 そして、ベンがアルヴィンの攻撃を避けた瞬間、エヴァンジェリンと共に後ろへ飛び退く。


「フロスト」


「インフェルノ」


 そして、二人同時に魔法を発動。

 しかし、ベンは『フロスト』が唱えられる直前、アルヴィンたちに向かって跳躍している。


(ほんとにこいつは!)


 発動した『インフェルノ』はアルヴィンたちを巻き込む。

 すぐに跳躍して効果範囲から飛び出すが、少なくないダメージを負った。

 そして、それに続くようにしてベンが現れる。


「グランド――」


神速シンソク


「スラッシュ!」


 アルヴィンはベンが剣を収めている時点で、そこから放たれる特技『神速シンソク』を止めることは諦めていた。

 それよりも相手にダメージを与えることを優先する。

 先に発動したのはアルヴィンだが、ベンの攻撃の方が早かった。

 そして、アルヴィンの攻撃を『二の太刀ニノタチ』で応えるベン。

 しかし、わずかにバランスを崩す。


(おっ、これは結構手応えがある)


 実は『神速シンソク』の直後に使えるのは『二の太刀ニノタチ』のみ。

 それ以外は硬直時間が発生するため防御もできない。


(よし! あとは……)


「ファーストエッジ」


 素早い攻撃で攻め始める。注意を引いてエヴァンジェリンの呪文の邪魔をさせないためだ。

 そこで、ベンが再び剣を鞘にしまった。


(来る!)


「スイトン」


 アルヴィンはエヴァンジェリンを守る位置に動き、剣を振りかぶりながらベンの動きを牽制する。


「ガゼルステップ」


 不規則な動きにアルヴィンは驚きながら『スイトン』の停止時間が終わるとともに攻撃を仕掛ける。


神速シンソク


「グランドスラッシュ」


「二の太刀ニノタチ


 ベンは『二の太刀ニノタチ』もエヴァンジェリンに向かって放っていた。

 もう、HPが残っていなかったのである。

 アルヴィンの攻撃はベンに初めて直撃し、ベンの首輪が外れた。


(倒したっ! やっとか!)


 ベンが倒れるところも見ずに、アルヴィンはすぐに反転して走り出す。

 すでにトマとカーラが倒れていたからだ。


「ヘイルブリザード」


 相手がこちらに走り出したところで、エヴァンジェリンの魔法が発動。

 二人を一気に倒す。


(よし! これで二対一だ!)


「インフェルノ」


 その希望を打ち消すような特級火魔法。

 それを、セージが発動していた。

 エヴァンジェリンのHPが大きく削れる。


(エヴァンジェリンの魔法防御力で!? これはまずい!)


 セージは続けて『フリージングゾーン』を発動した。

 アルヴィンは怯まずに突っ込む。

 わずかにでも早く接近しなければならないと感じたからだ。


(なんとかエヴァンジェリンの魔法の支援がある内に――)


「インフェルノ」


(早すぎ! 分かってはいたけどこの速度は頭おかしい!)


 相対して使われるとその発動の速さが身にしみた。しかし、それでもセージに接近することには成功する。


(一対一か)


 エヴァンジェリンが倒れ、もうセージとアルヴィンしか立っているものはいない。

 そして、お互いにまだ大きなダメージは負っていなかった。


(ここだっ!)


 セージが『ルサルカ』を召喚した瞬間に飛びかかる。

 アルヴィンはセージとの戦いを考えたとき、精霊召喚を使った後が隙になると考えていた。

 精霊魔法は精霊が姿を完全に現すまでは使えず、呪文を唱えていないので魔法も使えない。

 ここがもっとも無防備になるタイミングだった。


「ファーストエッジ」


 剣を閃かせた瞬間、さらに特技を重ねる。


「シールドバッシュ!」


 その後もすぐに攻撃に移った。

 隙が大きい『グランドスラッシュ』や『シールド』は使わずに、呪文を唱えながら対応するセージを攻め立てる。


(接近戦もできるのか! どんな生き方してきたわけ!? でも……逃がさない!)


 アルヴィンの方が年上かつ訓練の時間も長い。

 すぐに状況を覆せるほどではないが、魔法を使わせないように戦うことは可能だった。


(このまま攻め続ければ――)


 HPを削りきれるはず。

 その思いが形になる前。

 セージが後ろに跳躍し、アルヴィンが追いかけた瞬間のこと。

 セージが羽ばたくような動作をしながら「螺旋炎弾」と呟いた。


(えっ?)


 急に目の前に出現する炎を纏った螺旋。

 魔法を放つ体勢でなく、ベンのように手で印を結んでいるわけでもない。

 あまりにも唐突なことで、咄嗟に盾で打ち払いながら避けようとしてしまい、体勢が崩れる。


(しまっ――)


「地槍撃」


 セージは着地と共に地面を踏みしめて、特技を発動する。

 探求者の特技は今まで対抗試合では使っておらず、知られてもいない。

 当然アルヴィンは初見だ。


(これはなんなのっ!?)


 戸惑いながら襲いくる地の槍に対応するアルヴィン。

 そして、セージはさらに追撃を放つ。


「フリージングゾーン」


(ここで精霊魔法か!)


 アルヴィンは連続で襲い来る魔法に必死で対応する。

 そして、高まる焦燥感を振り払う。


(落ち着け! このままじゃ、終わる!)


 特技『フリージングゾーン』の効果で止まっているというのに攻撃せず、セージは逃げている。

 ただ、アルヴィンとしてはそれが一番困ることだ。

 遠距離戦で勝てるとは思えず、何とか接近戦に持ち込まなければならない。

 アルヴィンはセージを全力で追いかけ始めた。

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