第148話 チャドの後悔
(強い……後衛の魔法使いでこれか!)
チャドはカーラ・ミストリープと剣を交えてすぐにその強さを感じた。
カーラの鋭い剣筋は油断すると直撃し、大きなダメージを負うだろう。
(これは、一筋縄ではいかないな)
ライナスがトマ・ルノアールを引き付けて、その間にチャドがカーラを倒す。
そんな計画を立てていた。
しかし、カーラはそう簡単に倒せるような相手ではなかった。
もちろん、接近戦ではチャドの方が上だ。ただ、それは圧倒できるような差ではなく、積極的に攻撃してくるタイプでもないため、隙もできにくい。
その上、魔法では圧倒的に負けている。
剣技、魔法、総合的に考えると、カーラの方が一枚上手というしかない。
一対一でさえ相手を崩すのに苦労しているのだが、それに加えてトマがいる。
「ブレイクタックル!」
(うおっ!)
急に横から体当たりをしてきたトマを咄嗟に防御するが、その威力にふらついた。
「フロスト」
(マジか!)
チャドは横跳びで距離をとる。その瞬間に、氷に包まれ一瞬隙ができた。
そして、その魔法は近くにいたライナスにも発動する。
トマとカーラはその隙を逃さず攻撃を仕掛けた。
チャドは片手を地面に付き、体を捻りながら側転のような動きをして体勢を整える。
(危ない。トマにも注意しないと)
「フロスト!」
チャドも仕返しとばかりに魔法を発動する。
この時、カーラはすぐに下がり、トマがかばうような位置取りをする。
魔法で動きを止め、接近戦でダメージを与えたいが隙は小さい。
(意外と連携がしっかりしている。厄介だな)
チャドの魔法ではダメージ量はそれほど稼げない。トマは装備が良くてHPが高く、カーラは魔法防御力が非常に高いからだ。
ライナスはトマ相手に善戦を繰り広げていた。
だが、相手の方がステータスが高く、カーラの魔法も加わるので、抑え込むどころかむしろ押さえ込まれている。
カーラはチャドと接近戦をこなし、トマの支援を受けて魔法を放つということを繰り返していた。
これは王道ともいえる戦法だ。
しかし、その練度は高く、分かっていても止めることはできない。
(くそっ! もっと訓練し続けておけば……)
今さら言っても仕方がないことだが、ふと思ってしまった。
それはチャドが第三学園に来てからしばらくして、真剣に訓練に取り組むことをやめたからである。
チャドはある町の長の息子だ。
同年代の子供の中で要領がよく、勉強も剣技も一番。一つ二つ年が上でも負けない強さを持っていた。
これほど強ければ勇者になれるのではと褒められて、まんざらでもない気持ちでいた。
初代勇者は騎士団に所属していたため、それを追いかけようと王国第三学園に入学を目指し、王都の訓練場に入った。
訓練場の者は強く、レベルや年が上の者には負けることもあったが、同年齢ではトップだ。
十四歳で入学試験を受け、その時の受験生の中でも一番だと感じていた。
それが覆されたのは第三学園に入学した後だ。
首席はシルヴィアでチャドは次席だったのである。
次席とはいっても実技はハドリーに負けている。勉強はミックに勝てない。
チャドはまぎれもなく優秀ではあったが、特別ではなかった。
それがわかっても、素直に認められない。
本気を出せば違う。
そう思い込むために訓練で少し手を抜くことが多くなっていく。
チャドは騎士になりたくて入学したのではなく、勇者になろうと思って入学したのだ。
自分の実力はその程度だと直視することができず、かといって全てを捨て去ることもできなかった。
そのうち力をつけてきたライナスにも抜かれ、それでも本気にはなれなかった。
その時にはもう本気を出して比べることが怖くなっていたのだ。
皆には見せずに一人で訓練や勉強を続ける日々を過ごしていた。
そんな日々の中で出会ったのがセージだ。
セージとの出会いが転機になる。
入学早々に完膚なきまでに負け、これが本物かと思った。
シルヴィアと自分の実力は比較ができていたが、セージは底が知れない。
そうかと思うと、剣技は一級生の中では大したことがない実力だった。そして、それを隠すこともなく全力で立ち向かい向上しようとする。
少しの差を誤魔化そうとしている自分が、それに気づいてもどうすることもしない自分が、くだらないもののように思えた。
チャドはそこから真面目に訓練を行うようになる。
勇者を目指し始めたわけではない。
勇者になるにはセージほどの者でないといけないと思ったからだ。
自分では到底届かないと感じた。
町に帰ることは考えていないため、普通に騎士を目指そうかと考えたのである。
それから数か月後、学外訓練中にセージは学園対抗試合の優勝に貢献したら上級職になる方法を教えてくれると言った。
そんな嘘か真かわからない言葉を信じるなんて馬鹿げていると、セージを知らない者なら言うだろう。
ただ、セージを知っていればその軽く放たれた言葉の重さが理解できる。
チャドは入学から二年間立ち止まっていたような感覚でいたが、セージと会ってから急速に動き出し、戸惑っていた。
その直後、ラミントン樹海で様々な戦いが重なる。その中で、チャドは自分自身が思うほど動けなかった。
活躍するどころか助けられることの方が多い。
そのことに愕然とした。
止まっていた時が動き出したからこそ、本気でやってこなかった自分の情けなさに心臓が締め付けられるような気分になる。
あの時からやっておけば、これをしておけば今頃は、そんな思いが頭をよぎる。
しかし、どれだけ悔しがろうとも手を抜いていた期間は戻らない。
今まで本気で戦って来なかったことへの後悔、学園対抗試合に出る資格がないのではないかという不安、様々な想いがごちゃ混ぜになりながら、戦いの後に一人落ち込んでいた。
そんな姿を心配したのがマルコムだ。
チャドの後悔を聞き、「そっか」と言って話を始めた。
「あの時こうしておけば良かった、もっと早くしておけば良かったなんて後悔は、なければいいんだけど、やっぱりあるよね。僕にもたくさんあるんだけどさ。本当にたくさん、ね」
マルコムは「もし戻れたらって、今でも思うよ」と呟き、チャドから視線を空に向けた。
酒の入ったコップを持ち、月を見上げながら言葉を続ける。
「でも、それは……考えてもどうしようもないんじゃないかな。過去は変えられないし。けどさ、何年、何十年と経ってから、今の自分になったのはその経験があったから、それで良かった、必要なことだったんだって、そう思える自分になればいいんだと思ってて。結局、そんな自分を目指して、今、努力し続けるしかないんじゃないかなってね」
その後、マルコムは「飲み過ぎたかな」と言って頬をかく。
その言葉は、今後努力し続ける未来の自分に厳しい。だが、チャドには希望に思えた。
(後悔をやめろ! 今の全力を尽くせ!)
チャドは後ろ向きになりそうな気持ちを奮い立たせ、今の相手に集中する。
フェイントを混ぜつつ振るった剣を、カーラは難なく受け止めて反撃。
そこで盾を構えつつ前に出てさらに攻撃を重ねた。
カーラは攻撃が防御されるとすぐに後ろへ跳躍したが、わずかに間に合わず、剣先が当たる。
チャドはそこで追撃せずに横に跳んだ。その瞬間にトマの爪撃が通る。
そして、チャドは地面を踏みしめて、反撃の一閃を放った。
その巧みな剣の動きは、得意とする剣筋だ。
惜しくも鉤爪に阻まれるが、着実なダメージとなる。
さらに二撃目を放つと同時に、トマも鉤爪を振るう。
その間に、ライナスがカーラに攻撃をしかけていた。
(強い……! それでも!)
トマの武器は鉤爪であり、剣に比べて攻撃範囲が狭い。
相手の方がステータスが上だが、間合いに注意していれば剣に優位性がある。
それに獣族の国で特訓していたのはチャドも同じだ。
指導してくれた獣族の者やカイルパーティーは全員が強い。一部の者は上級職なのかと疑うほどである。
それでも、全身全霊をもって、何度負けようと次に勝つ方法を模索し、挑戦する。必死に戦いに食らいついていく。
チャドがそんな姿を見せたのは初めてのことかもしれない。
それほどまでに気合いを入れて訓練してきた。
学園対抗試合で勝つために、強くなるために、勇者にふさわしい自分になるために。
(ここで、崩す!)
チャドは後ろに軽くステップを踏んでから、突き刺すような攻撃を放つ。
トマは間合いを詰めようとしていたところだったが、反射的に避け体勢が崩れた。
その隙に放つ会心の一撃。
後方宙返りで回避したトマに手をかざす。
「フロスト」
動きが止まった瞬間にライナスがトマに攻撃、チャドはカーラに接近する。
戦闘状況は悪くはない。しかし、HPの残りは相手より厳しいと感じていた。
カーラの魔法攻撃、トマの物理攻撃は強力で、一撃が重いのである。
(だが、限界まで削ってやる)
劣勢であろうと、相手のHPを1でも多く削ることに専念する。
そんな時、シルヴィアのHPが0になった。そして、そこから間もなくクリフォードも倒れる。
セージのHPはほとんど減っていない。
(シルヴィアが守ったのか。これなら……まだいける)
ベンがどこまで相手のHPを削っているかはわからなかったが、全体の状況は悪くないと考えられた。
「フロスト」
セージが近づき、一定距離離れたところから上級氷魔法を放つ。
そして、さらに精霊魔法『フリージングゾーン』を発動する。
(セージ! こっちに来たのか!)
チャドはパーティーのHPは確認していたが、動きまでは見る余裕がなく、セージがベンではなくチャドたちの方に来たことが意外だった。
トマはセージに向かおうとして『フリージングゾーン』により動きを止められている。
その隙にチャドとライナスが『メガスラッシュ』で猛攻撃を仕掛けた。
(全力で止める!)
トマが動けるようになっても攻撃を続ける。
セージにトマの接近戦は厳しい。一人では止めきれないため、二人がかりだ。
すると、カーラが前に出てセージに攻撃を仕掛ける。
カーラは魔法使い相手なら接近戦で勝てると思ったのだ。
しかし、セージは騎士として訓練しており、さらに職業は賢者。そのステータス補正は攻撃力、守備力でさえ勇者に匹敵する。
攻撃を受け流して反撃し、さらに攻める。
その間にチャドがカーラの背後から攻撃。カーラは不利を悟って防御しながらトマの方へ逃げ出した。
(これならいける!)
チャドのHPは残り少ないが、相手のHPも同様に少ないと感じられた。
カーラが『フロスト』を発動すると同時にセージも『フロスト』を発動する。
お互いに『フロスト』を放っているが、セージが放つ魔法の方が強力だ。
そして、セージはさらにルサルカを召喚した。
「メガスラッシュ!」
チャドとライナスはさらにトマへの攻撃を続ける。
剣の応酬の中で、カーラよりも圧倒的に早くセージの『フロスト』が発動。
さらに精霊魔法も加わり大きなダメージを与える。
そして、魔法による行動停止の効果の隙に、チャドとライナスが総攻撃を仕掛けた。
それに耐えきれず、トマが膝をつく。
(よし、次だ!)
今度はカーラを囲み三人で総攻撃。
いくらカーラが接近戦も得意としていても、それに対応することはできない。
逃げることも出来ずにHPがガリガリと減り、とうとう倒れた。
(あとは――)
そう思った瞬間、ベンが倒れる。
(やられたか!)
ベンは今まで勇者二人相手に一人で戦い続けていた。
驚異的な戦果である。
(こうなったら……)
チャドとライナスは魔法に巻き込まれないよう、バラバラになってエヴァンジェリンに走り出す。
二人の内一人でも相手に接近し、一撃でも相手のHPを削るためだ。
その時、エヴァンジェリンの『ヘイルブリザード』が発動した。
(くっ! ヘイルブリザードか!)
ベン一人と戦っていたため、広範囲魔法を用意しているとは思わなかったのだ。
チャドとライナスは二人とも魔法を受けて闘技の首輪が外れ、つまずいたかのように地面に転がる。
(これで終わりか……セージ、頼んだぞ)
チャドは悔しさを抱えつつ、祈るような気持ちで空を見上げるのであった。
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