第143話 アルヴィンは止められない
第一学園控え室に戻ってきたブルースから話を聞いて、第四王子アルヴィンは内心で頭を抱えてのけ反りたい気分であった。
(あぁ~本当にどうしよう。ブルースのステータスと装備でHPをそこまで削る魔法ってありえる? ブリジット姉様でも無理だって。あの子は何者? まさか負けるなんてことがあればどうなることか……)
ブルースの話を聞いて不安が募るアルヴィン。
ただ、皆がいる前では頭を抱える姿なんて見せられないため、平然として見えるように堂々と座っていた。
そんなアルヴィンにパーティーメンバーが問いかける。
「アルヴィン様、いかがいたしますか?」
(そう言われても、どうしよ。僕があの子と戦うしか……いや、前衛が一人つくだろうし、僕とユリシーズが……でも、精霊士の手の内が分からないし、僕が倒されたりしたら一気に状況が悪くなる。逆に僕が他の敵を一人倒してから援護に入る? それまで耐えるかな? あー、どうしよ。もうユリシーズとパーシヴァルでいいか! 連携も上手いし)
アルヴィンは長い間黙っているわけにもいかない。内心早く決めないといけないと焦りながら、表面上は動揺を悟られないようにゆったり話始める。
「ユリシーズ、パーシヴァル、その魔法使いを倒せ。近接戦闘は得意ではないはずだ。精霊士だろうと二人がかりであれば有利になる」
「かしこまりました」
「必ず倒してみせます」
そう答えたのはクロフト侯爵家の双子、ユリシーズとパーシヴァルだ。
クロフト家はグレンガルム王国の西の端に領地を持つ。
ザンパルト王国との貿易が盛んで、普段は商人のような働きをしているが、国境を護る領として王国でトップレベルの武力があった。
特に双子の連携は卓越していると評判である。
「トマ、カーラ、もう一人の魔法使いとその前衛を倒せ。私が残りの二人を相手しよう」
トマ・ルノアールとカーラ・ミストリープも頷く。
トマは交換留学でグレンガルム王国に来ている。この学園対抗試合に参加するのも獣族犬科、ひいてはアーシャンデール共和国とグレンガルム王国が交流を深めるためのものだ。
これは獣族犬科としての思惑もあれば、未だ国境近くにいる神霊亀の件もあり、様々な事情が絡んでいた。
カーラはミストリープ家の才女であり、魔法だけでなく近接戦闘にも長けている。
騎士科に混ざって訓練できるほどの腕前を持ち、魔法科ではアルヴィンに次ぐ実力の持ち主だ。
(戦いたくないなぁ。急に病気にならないかなぁ。痛くなくてしばらくすれば治る病気がいいなぁ)
そんなことばかり考えているアルヴィンを余所に作戦会議は続いている。
「精霊士を聖騎士が護っている場合はいかがいたしましょう」
「その場合は……」
アルヴィンは後ろ向きなことを考えながらも、リーダーとして指示を行う。
気持ちはともかく、慣れもあってその姿は様になっていた。
大まかな作戦が決まったところで、闘技場へ降りようと立ち上がる。
「それではーー」
「ちょっと待つのです!」
急にバァン!と扉を開けて控室に入ってきたのはエヴァンジェリンだ。
「エヴァンジェリン! なぜここに?」
あまりに急な登場にアルヴィンが驚くが、エヴァンジェリンは平然として言った。
「アルヴィン兄様! 援護に来ましたわ! 私、出場します!」
(……何言ってんの? 普通に考えて無理でしょ)
全員がポカンとしてエヴァンジェリンを見ていた。そんな中で、いち早く復帰したアルヴィンが答える。
「ちょっと待つんだ。二級生が出るなんてーー」
「あら二級生が出てはいけないなんてルールはなかったはずですわ」
「それにしても今さらーー」
「今だからこそですわ! 相手の強さを認め、勇者であるこの私が入ろうというのです! あと、後ろのクリフォードも!」
堂々と言うエヴァンジェリンの後ろで、クリフォードが驚いていた。
クリフォードはエヴァンジェリンを連れて戻るためについてきただけだ。出場する気はなかったのである。
(それは助かるけど、王族で勇者とはいえ貴族の子供をないがしろにすると揉めるからなぁ)
アルヴィンはふぅと一息つくと厳しい声を出す。
「話を聞け、エヴァンジェリン。五人パーティーは決まっている。入ることはできない」
しかし、エヴァンジェリンはまったく気にしていない。
「どなたか代わってくださらない?」
「エヴァンジェリン。わがままはよせ」
(僕が手を挙げたいけど無理だよなぁ。ここで代わったら後で何を言われることやら。でも周りと代わるより自分と代わった方が揉めずに……)
アルヴィンがそんなことを考えながら言い合いをしている内に、パーシヴァルはこそっと控えの者から言伝てを受けていた。
そして、パーシヴァルはエヴァンジェリンに視線を合わせ、優雅に礼をしてから提案する。
「エヴァンジェリン様。このパーシヴァル・クロフトが代わります。ユリシーズもいいよな?」
「あぁ、当然だ。エヴァンジェリン様、このユリシーズ・クロフトを含め、我々二人が代わりましょう」
ユリシーズも力強く宣言すると、エヴァンジェリンはにっこりと微笑んだ。
「二人ともクロフト家の者なのね? ありがとう。覚えておくわ」
(うぁ~交代できて羨ま……じゃなくて、後々ややこしいからちょっとなぁ。でも、こうなったら仕方ないか)
「本当にいいのか?」
「えぇ、エヴァンジェリン様の頼みとあれば喜んで身を引きますよ」
「勇者であり天才魔法使いのエヴァンジェリン様が入れば、第三学園にいるセージという者はどうすることもできないでしょう」
(ここまではっきり交代するって言うってことは、クロフト家の了承済みってわけか。というか負けると思われたとか? クロフト家だしなぁ)
実はクロフト家はこのままでは分が悪いと判断していた。もし、負けることがあれば経歴に傷がつき、国境を守る侯爵として外聞が悪い。
何とかできないかと思っていたところで、エヴァンジェリンに動きがあり、その目的を見抜いて交代するように指示が出ていた。
この状況ではそのまま学園対抗試合に出ることより王家に恩を売る方が得策だと考えたのだ。
「そうよね。よくわかっているじゃないの。では、アルヴィン兄様、よろしいですね?」
(あぁ~、この件を報告したら怒られそう、というか絶対怒られる。二人の参戦は正直助かるんだけど、複雑だなぁ)
エヴァンジェリンとクリフォードを入れてしまうことは大きな問題だった。
そんなことをしたら、第一学園は第三学園に負けると思って無理やり勇者を二人も加えた、しかも二級生から、などと言われることは確実である。
クロフト家は勇者二人を入れるため追い出されたことになり、パーティーリーダーのアルヴィンが追及されるだろう。
本当はこんなことにならないよう、エヴァンジェリンが来たときすぐに追い返すべきであった。
しかし、アルヴィンはエヴァンジェリンの加入を止めつつも、まだ実力の底が見えない第三学園と戦うことに不安があったのだ。
内心では助けが欲しいと思っていたのである。
「わかった。パーシヴァル、ユリシーズ、今から教官の所へ報告に行ってきてくれ。エヴァンジェリン、護衛を使いに出せ。王家への報告がいる。あと登場紹介も変えねばならんな」
アルヴィンが指示を出してそれぞれが動き出した。
そして、メンバー変更により、作戦を立て直す。
「エヴァンジェリンは後衛で魔法を使い続けろ。前に出る必要はない」
「私も戦えますわ」
「近づいてきた敵のみ対応しろ。クリフォード、ブルースとの戦いは観ていたな? あの魔法使いを倒せ。俺が援護する」
「わかりました」
何も言っていないのに出場することになったクリフォードは、もう逃げられないと覚悟を決めて頷く。
エヴァンジェリンはまだ不満そうにしていたが、それを気にせずにアルヴィンは次の戦いの動きを確認していく。
(とりあえず速攻であの魔法使いを倒せばなんとかなる。エヴァンジェリンも聖騎士一人の相手なら問題ないし。これなら負けはしないだろうけど、なるべく余裕を持って勝ちたい。一人も倒れることがなければ、まだ言い訳がたつかな)
闘技場内の入場アナウンスの準備が整ったと連絡が入り、アルヴィンがゆっくりと歩きだす。
「よし、行くぞ」
「はい!」
こうして勇者三人を含む第一学園三番手パーティー『紅蓮』は闘技場へ降りるのであった。
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