第142話 第五王女

 第一学園『夜明け』が第三学園『ハゴミアラ』に勝利し、戦闘終了した。

 それを観客席から興味なさそうに観ていたのは、グレンガルム王国第五王女にして第一学園魔法科二級生首席、エヴァンジェリン・レイ・グレンガルムである。

 周りには護衛と数名の友人がいて、その友人の一人クリフォード・シトリンをエヴァンジェリンが軽く睨む。


「で? 第三学園が強いって聞いたから来たんだけど、これ?」


 第四王子アルヴィンの妹、エヴァンジェリンの職業は勇者であり、来年の選抜メンバーに入ることは確実。

 第一学園の応援かつ来年の対抗試合の参考にするために観戦するのが例年の行事のようになっていたが、エヴァンジェリンは観ても無駄だと言って来ていなかった。

 ただ、今年の第三学園が強いと聞いて興味を持ち、二番手同士の戦いの最中に到着したのである。


「例年であれば第三学園は第一学園と戦うことすらありません。一番手は引き分け、二番手も二人倒されているのは、例年の第二学園よりーー」


「互角になるくらい相手の装備が良くなったってだけでしょう? でも、それも中級職までの話ね。勇者にとっては大したことがない相手よ」


 エヴァンジェリンも勇者であり、その能力は突出している。

 身長は約150センチと小柄なので近接戦闘には向かないが、魔法使いとしての能力だけでいえば、ゆくゆくは魔法騎士団で活躍する第一王女を超えると噂されるほどだ。


「それが、第三学園の三番手には上級職の魔法使いが混ざっているらしいのです」


 クリフォード・シトリンは睨むエヴァンジェリンに対してにこやかに答える。

 シトリン公爵家は初代勇者を迎え入れた貴族だ。

 元々力を持っていたシトリン公爵家だが、初代勇者が入ったことで最も影響力を持つ貴族となった。

 その直系であるクリフォードも当然勇者であり、エヴァンジェリンとは幼少期から付き合いがある。

 初代勇者に似て体格が良いため、二級生の騎士科では絶対的なトップとして君臨していた。


「……それは、本当?」


「えぇ、レベル51以上であることは確認されています」


 中級職の限界レベルは50である。レベル50を超えているということは、何かの上級職であることは確実だ。


「へぇー。それは興味あるわね。精霊士なの? それとも勇者?」


「精霊士じゃないかという話が有力ですが、噂の域は出ていないですね」


 第二学園との戦いにおける最後の魔法戦については、勇者以外の上級職、精霊士等の特技を使ったのだろうという噂が回っていた。

 精霊士の能力は正確には把握されていないが、精霊が召喚できる、呪文が省略できるなどの話が伝説で残っているからだ。

 そう話をしている間に、倒れたものが回復され退場する。

 続いて第三学園三番手『幻想冒険団』が姿を現した。


「幻想冒険団? 騎士を目指してないわけ? さっきも奇妙な名前だったし」


「今年は変わってますね。一番手も冒険者にありがちな名前でしたから。あっ、おそらくあれです。最後に出てきた少し小柄な人」


 エヴァンジェリンは小柄、という部分に少し親近感を持ちながら目を向ける。

 ただ、周りと比べて小柄な人が出てきたということ以外はわからない。

 特技『ホークアイ』も持っておらず、第三学園のメンバーにはアナウンスもない。エヴァンジェリンは闘技場全体が広く見渡せる中央にいるため、詳細は分かりにくいのである。


「ここからじゃよくわからないわ。あいつ以外には上級職はいないの?」


「調べた中にはいなかったと聞いています」


「ふーん。じゃあ遺伝か。上級職になる方法がわかってるなら全員上級職になっているだろうし」


「そうですね。ハイエルフの末裔じゃないかと噂されていますよ。信憑性は低いですが」


「まぁ何でもいいわ。魔法の実力さえ見れたらね」


「おそらく今回も魔法戦を行うでしょうから見れますよ。それに、もう一戦ありますし。ブルース様に勝つことができれば、ですけど」


「この状況で勝てないなら観る価値もないわ。でも、次に出てくるのがアルヴィン兄様なのよねぇ」


「アルヴィン様は魔法科首席で近接戦闘にも長けているとの評判ですが」


「うーん。でも、何だか頼りないのよねぇ」


 クリフォードもアルヴィンの頼りない雰囲気は感じ取っていた。

 しかし、それに同意することもできないため、曖昧に微笑んで誤魔化す。


「さて、もうすぐ始まりますね。今、中央にいるのが例の人です」


「あいつね。せっかくわざわざ観に来たんだから、少しは楽しめる戦いにしてほしいわ」


 そして、試合開始の銅鑼が鳴り響く。

 第三学園『幻想冒険団』の一人が前に飛び出し、なぜか他のメンバーは後ろに下がっていた。


「なにあれ? どうする気?」


 エヴァンジェリンだけでなく、他の観客、そして第一学園二番手『夜明け』のメンバーでさえも戸惑っている様子だ。

 その隙にセージの特級氷魔法『ヘイルブリザード』が第一学園に襲いかかる。

 第一学園も『ヘイルブリザード』と『ウィンドブラスト』を発動するが、セージの魔法によって勇者以外の二人が倒れた。

 ざわつく観客席の中でエヴァンジェリンは後ろの護衛に聞く。


「あなた『ホークアイ』使えたわね? あいつの様子はどう?」


 護衛はすぐに『ホークアイ』でセージを見て答える。


「特に変わった様子はありません」


「……装備は何?」


「私は見たことがありません」


 エヴァンジェリンは「そう」と答えてにやりと笑う。

 勇者ブルースと第一学園生二人による魔法の直撃を受けて涼しい顔をしているなんて、そうそう考えられないことだ。

 そして、エヴァンジェリンが相手の装備を護衛に聞いて、見たことのないなんていう回答は聞いたことがない。

 それだけで特殊な装備とわかる。


 第一学園はブルース一人になったが第三学園は誰も動かなかった。

 勇者とセージの一騎討ちである。魔法を放つ体勢で向かい合う膠着状態になっていた。


「なぜ仲間が前に出ないのでしょう。用意した魔法を放てばーー」


 その時、セージの『インフェルノ』が発動する。

 その早さに思わずエヴァンジェリンが「えっ?」と声を漏らした。

 会場のざわめきは一層大きくなる。


「……第二学園との戦いでも異常な速度で魔法が発動されていたんです。魔法を温存していたなどの意見もありましたが、明らかに短時間で二発目を放っていたんですよ。やはりあの人でしたか」


「あいつの名前は?」


「セージ、という名前です」


「そう、わかったわ」


 魔法戦はブルースがその後『インフェルノ』を一発放ち、セージが返すように発動する。さらに、その次に魔法を放ったのもセージだ。

 業炎がおさまった後、その場にはブルースが倒れていた。

 騒然とする中で、思い出したように試合終了の銅鑼が鳴り響く。


 闘技場ではセージが何事もなかったかのように全員を集めて話し合いをしていた。

 まさかの展開に観客席のざわめきはさらに大きくなり、慌ただしく動きだした者もいる。

 すると、おもむろにエヴァンジェリンが席を立った。


「エヴァンジェリン様? 次の戦いは観ないのですか?」


「ここから観るだけじゃ何もわからないじゃない。試合に出るわ」


 そう言ってさっさと歩きだした。


「エ、エヴァンジェリン様!? そんな急に行っても無理ですよ!」


 慌てて追いかけるクリフォードを気にせず、エヴァンジェリンは護衛と共に控え室に向かうのであった。

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