第141話 戦いの合間
セージたちは試合終了の鐘が鳴ると共に闘技場へ降りる。
それは『ハゴミアラ』メンバーの麻痺を回復させるためだ。
基本は回復させる人員がいるのだが、第三学園の場合はパーティーメンバーしか控室にいない。
別のパーティーの誰かが助けに行かなきゃいけないのだが、それによって闘技場にいる相手を確認することも可能である。
(えっ? 負けた? なんで?)
予想では一人倒れるかもしれないと思っていたくらいで、実質どんな相手だったか観察しようと思っていただけだった。
それが、下りてみると全滅である。
セージは『ハゴミアラ』が負けると思っていなかった。それはハドリーたちが第三学園の中でもトップレベルの実力者だからだ。
ハドリーは力ではトップ、近接戦闘だけであれば第一学園を圧倒できる力がある。ゴードンもそれに続く力、そして視野の広さがあり、援護に長けている。
アランとラッセルはセージを除くと魔法ステータスはトップ、第一学園の者に引けを取らない能力だ。
ミックは万能にこなし、パーティーをまとめる力があった。
装備が同等になった今であれば、負けることはないだろうと想定していたのである。
セージは困惑しながら倒れている仲間に向かって走った。
すると、ベンが近づいてきてこっそり伝えてくる。
「こっちを観察している真ん中の人。勇者、ブルース・ガーランドだよ」
第一学園パーティー『夜明け』は三人生き残っており、倒れた二人は回復役から『アンチパラライズ』を施されていた。
そして、残った三人は第三学園を観察している。
(なるほど。勇者がいたらキツいな。それで二人倒してるなら戦果としては上々か)
勇者はステータス補正が聖騎士より格段に良い上にレベル70まで上がる。
さらに、貴族として訓練してきた者だ。
体格や技術の差があったとしてもステータス差を覆せる程ではない。
(しかも良い装備で出場してるなぁ)
「アンチパラライズ」
セージはハドリーに麻痺治療魔法をかける。するとゆっくり起き上がり、調子を確認するように手を開いたり閉じたりしながら言った。
「負けちまってすまねぇな」
(ハドリー? 頭打ったの? HPに守られてるけど衝撃は伝わるしなぁ)
いつになく素直なハドリーにセージは本気で心配する。
ハドリーは砂を払い、装備を拾ったところで、セージから神妙な顔で見られていることに気づいた。
「なんだよ」
「何でもないよ。早く控室に戻って安静にしておこう」
その言葉に眉根を寄せるハドリー。
ちなみにセージはずっと丁寧に話していたが、訓練の途中でハドリーから普通に話せと言われて切り替えている。
「どういうことだよ」
「頭打ったでしょ? そういうときはーー」
「打ってねぇよ!」
「えっ? そうなの? 素直に謝るから何かあったのかと」
「……うるせぇ。戻るぞ」
他のメンバーも起き上がり、全員で控室の方に移動していくが、『ハゴミアラ』メンバーの表情は暗い。
「情けねぇ。たかが勇者一人に崩されて。本当に情けねぇぜ」
呟くように言うハドリーにパーティーメンバーは悔しそうな表情だ。ミックも「勇者を甘く見ていたな」と反省している。
「いや、勇者のパーティー相手に二人倒しただけでもすごいでしょ」
「はぁ? どこがだよ。俺らは勝つ気でいってんだ」
セージの言葉に怒りを滲ませるハドリー。それを聞いたシルヴィアが厳しい声を出す。
「考えが甘いわ」
その言葉を受けて、ハドリーがギロッとシルヴィアを睨み付ける。
「あぁ? 喧嘩売ってんのか、シルヴィア」
「いいえ、事実を言っているの。あなたたちのパーティーで今のセージに勝てるわけ? セージはまだレベル70にもなってないけど」
本気のセージを相手にハドリーたちが勝つことは困難だ。魔法と精霊召喚を駆使し、逃げながら戦われたら手も足も出ない。
しかし、それは圧倒的なセージの魔法力によるものでもある。
そんな気持ちを胸に、ハドリーは舌打ちをしながら答えた。
「だからなんだよ。セージはちげぇだろ。俺は第一学園のやつらのことを言ってんだ」
「間違ってるのはその考え。相手は上級職なのよ? レベルだってセージより高いはず。第一学園なら魔法の勉強も戦闘訓練も小さい時からしてきたでしょう。その上で、勇者として出場している。強くて当然、何故大したことがないように思えるわけ?」
第一学園の勇者は、魔法の威力がセージと比べて大幅に劣り、ベンのような動きはしてこない。年齢が上な分、体格は自分たちの方がいい。
いつの間にかそれほど大きな存在ではないような気になっていたのだ。
しかし、実際のところ勇者は勉強や訓練に対して真剣に取り組み、ステータスも高かった。
「勇者がいる中で二人倒して、三人のHPを削ったわけでしょ? それは大きな事だと思うわ。それをしっかり認めて、そして、残った三人のHPをどれだけ減らすことができたか伝えなさい。今大事なことは次に繋げることよ」
そのシルヴィアの言葉に、ハドリーは言い返そうとして口を開いたが言葉は発しなかった。
シルヴィアの厳しい言い方の中に、ハドリーたちを讃える気持ちが含まれていたからだ。
一旦全員で控え室に上がると、ハドリーは舌打ちをしてから答える。
「俺らの相手していたやつらは大してHPが残ってねぇはずだ。勇者はどうだろうな。俺はほとんどHPは削ってねぇぜ」
「俺もフロストを一発入れただけだな」
素直に答えるハドリーに続いてミックが答え、アレンが悔しそうに言う。
「多く見て半分、少なくとも三分の一はHPを削ったはず」
「勇者相手にそれだけ削ったなら相当上手く戦ったんじゃない?」
シルヴィアのフォローの言葉にも顔を上げずに、アレンは拳を握り締めながら座った。
「それでも俺は、悔しい」
それはここにいる誰もが感じたことがある気持ちだ。仕方がないところがあるとわかっていても、すぐ気持ちを整理できない事がある。
そんな姿を見て、ラッセルがセージに言う。
「なぁセージ。あの約束って出場した全員だよな?」
「あの約束って?」
「ほら、勇者の……」
「勇者? あっ、優勝したら上級職のなり方を教えるってやつ?」
さらりと明かされた言葉に、ラッセルはそんなことを大声で言っていいのかと狼狽えながら「お、おう。それだよ」と返事をする。
「もちろん、もれなく希望者全員だよ。この状況なら優勝できるだろうから、今のうちに上級職の何がいいか決めておいて」
セージのパーティーメンバー以外はその言葉にポカンとしていた。
沈んでいたアレンでさえ顔を上げてセージを見ている。
そんな中でシルヴィアが注意した。
「油断しないでよ、セージ。何があるかわからないんだから」
「わかってるよ。ところで、次の戦いは僕一人に任せてね」
「一人?」
今度はパーティーメンバーでさえ怪訝そうな顔になる。
「そうだよ。相手は確実に初手魔法でくるはず。全員で進んだらHPがもったいないでしょ? せっかくハドリーたちが相手のHPを削ってくれたんだから。相手のうち勇者以外が魔法で一撃ならその方がいいと思って」
「……確かに悪くはない作戦だけど」
「僕一人ならダメージも最小限で済むし、勇者は倒れないだろうけど『インフェルノ』数発でいけるかなって。みんなは次の戦いのために温存しておいて。余裕があるとは言っても、次の試合のためにできるだけ手は明かしたくないし」
「それなら私が『スケープゴート』を使う。セージが先に倒れることは避けたいから」
「シルヴィアより俺の方が良いんじゃないか?」
ライナスの方がHPが高いのでそう言ったが、シルヴィアは首を振る。
「ライナスは最後の試合に必要でしょ。私はセージの守りに徹するから」
「じゃあ一撃だけシルヴィアよろしく。計画はこんなところかな? 二番手が大ダメージを受けて、三番手が勇者一人ならかなり余裕ができたんじゃない?」
「そうだな。さくっと終わらせてやろうぜ」
ライナスの言葉にパーティーメンバーは頷き合った。
「さて、それじゃあ優勝しにいこうか」
セージはそう言ってローブを翻し、歩き始める。
第三学園三番手『幻想冒険団』は闘技場への階段を降りていくのであった。
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