第135話 試合の合間

 第二学園との試合後、第三学園のメンバーは試合前に立っていた通路に出ていた。

 控え室で次の試合を待っていたら、急遽騎士によって追い出されたのである。


(そのまま待ってたら良くないか? 次もすぐ試合になるんだし)


 通路に出てすぐに、貴族に見える一団がやってきた。その中には獣族の者が一名混ざっている。


(おっ? 珍しい。獣族も学園にいるんだ。人族だけじゃないんだな。犬科ってことはアーシャンデール共和国出身か?)


 グレンガルム王国の王都に獣族はほとんどいない。特にこの学園周辺では人族以外を見ることがないくらいだ。

 一団の中にいた貴族のような者が、話しかけてくる。


「今年の試合に出れたんだな、ラッセル。てっきりまた進級できずに泣いているのかと思っていたぜ」


(またラッセルが絡まれてる。大人気だな。というか、こいつ誰?)


 セージが獣族から視線を移して訝しげに見ていると、ベンが「ウィットモア子爵の次男、クレイブ・ウィットモアだよ」と教えてくれる。ベンは元諜報部隊にいただけあって、貴族はほとんど覚えている。

 そして、ベンは逃げるようにこっそり移動した。


(えっ? 逃げた? そんなにややこしいやつなの? というか、またウィットモア家か。ロブと同じじゃん。ウィットモア領ってこんなやつばっかり? 領地大丈夫か?)


 クレイブはローブをつけているが剣を装備し、体格も良い方だ。前衛、後衛両方できそうな出で立ちである。

 ラッセルはクレイブの言葉に何も言わず、ロブの時と同様に敬礼で返した。


「たしか魔法はそれなりだったか? 第三なら優秀だろうな。第一じゃなくて良かったじゃないか」


(ロブよりは落ち着いた感じだけど、言ってることはだいたい同じだなぁ。で、こいつは何しに来たんだろ? ただの嫌がらせ?)


 クレイブはさらに何か言おうとしたが、獣族がクレイブの肩を叩く。

 クレイブは獣族から耳打ちされて眉をしかめる。

 そして、セージの方を向いた。


「おい、そこのお前」


(えっ? 真正面からこいつと絡みたくないんだけど)


 セージはまるで自分に言われてないと思っているかのようにキョロキョロと辺りを見回す。


「お前だよ! わかるだろ!」


「あっ、僕でしたか。何でしょう」


 セージは指を差されたため仕方なく返事をする。


「お前、職業は?」


(職業? なんで急に? 獣族から何を聞いた……あっ!)


「おい、答えろよ」


(看破でステータスが見えなかったからか? 看破が使えるってことは獣騎士? それで、犬科ってことはドニ・ルノアール? いや、ドニが来るはずないし、もしかしてドニの息子?)


 特技『看破』は相手のレベルやHPなどがわかるが、自分のレベル以下の者相手にしか使えないのだ。当然レベル50を超えているセージのステータスを見ることはできない。

 また、この特技が使えるのは獣族専用職業の獣騎士であり、獣騎士になっているものは限られている。


「話聞いてんのか!?」


 怒るクレイブを無視してセージは獣族の方を向く。


「トマ・ルノアールさん?」


 その言葉にトマは驚くが、獣族なので表情は分かりにくい。


「トマのことは今関係……あ? 知り合いだったのか?」


(おおーマジか! まさかこんなところで会えるとはなぁ。FS13のトマはまだ子供だったのに大きくなって)


 トマは、目を輝かせて見てくるセージをもう一度確認して、軽く首を振った。


(トマと話したいけどそんなわけにもいかないし。邪魔だな、こいつ。というか、第三が思ったより強かったからステータスを見に来たってわけか? トマもこんなことさせられて大変だな)


「お前、なぜトマのことを知っている?」


「見たことがあったので。あと、職業は魔導士です」


 セージの職業は賢者だったが、言いたくなかったので適当に答える。

 するとクレイブはセージを睨んだ。


「嘘つくな。本当のことを答えろ。魔導士のはずがないだろ」


「本当です。なんなら調べてもらってもいいですよ?」


「調べる方法なんて無いだろうが」


「トマさんがいるじゃないですか。特技を使ってもらっても良いですよ。あっ、職業はわからないんでしたっけ」


 特技『看破』では職業まではわからない。パーティーでも表示はないので、基本は教会でなるところを見るしか方法がなかった。

 セージもそれはわかっていたが、特技『看破』を知っていると伝えることで動揺させようとしただけである。

 ただ、動揺しているのはクレイブというよりはトマの方であった。


「……くだらないことを言ってないで早く答えろ。職業はなんだ」


(しつこいんだけど。というか、もう試合始めようよ。こいつのせいでみんな待ってるんじゃないの?)


 睨みを効かせるクレイブに横から声がかかった。


「戦いの前に相手の職業を聞くとは騎士としてどうなのかな? クレイブ君」


 やってきたのは、またもや第二学園教官、ネイオミである。その後ろにはベンがこっそりとついてきていた。

 相手が貴族ということでややこしくなりそうだと思ったベンは、こっそりと抜け出して助けてくれそうな教官を探していたのである。

 ちなみに第三学園の者が歩き回ると咎められるのだが、ベンは使用人のフリをしながらひっそりかつ堂々と歩いており声をかけられることはなかった。


(ベン、ナイス! こういうところはすごいよな)


 クレイブは急なネイオミの登場に驚きつつも、落ち着いて答える。


「ただの雑談のようなものですよ。闘技場では戦う前に挨拶すらできないのでね」


「雑談や挨拶にしては高圧的な態度だったようだがね。君は騎士として正々堂々戦う気があるのかい?」


「当然です。我々第一学園は第二学園のような戦いにはならないでしょう」


 クレイブはネイオミが第二学園の教官とわかった上で皮肉を言った。

 ネイオミはミストリープ侯爵家の令嬢で、クレイブより格上ではある。ただ、ネイオミは領に戻らず第二学園の教官になっている変わり者であるため、強気の発言をしていた。


「それは頼もしい限りだ。さて、もう試合が始まるだろう。戻った方がいい」


 クレイブはその言葉を受けてじっとネイオミを見た後、口を開いた。


「……そうですね。失礼します」


 クレイブは粘っても仕方がないと判断して引き下がり、しれっと第三学園メンバーの中に混ざったベンを一睨みしてから去っていった。

 セージはクレイブの姿が見えなくなってからネイオミにお礼をいう。


「ありがとうございます、ネイオミ教官」


「いや、これも私の仕事の内だ。正直、私も君の職業が気になって止めるか迷ってしまったけどね。君は勇者、それとも精霊士かい?」


 そんな質問にセージは笑顔で曖昧に答える。


「さて、どうでしょうね」


(さすがに賢者とは答えられないしなぁ。でもさっきみたいに魔導士っていうのも嘘っぽい。どう答えるべきか)


 考えるセージを見てネイオミは笑みを深める。


「それとも、未知の職業かい?」


(ん? 何か知っているのかな? それともカマをかけられてるだけ?)


 セージは少し警戒しながらも、表情を変えずに「さて、どうでしょうね」と繰り返した。

 そんなセージを見つめた後、ネイオミはふっと笑いながら言う。


「今後、職業について様々な者から聞かれるようになるだろう。その時どう答えるかは決めておいた方がいい。何を答えるかは自由だが、納得できる答えを用意しておくと第一学園の彼のような者にあった時役立つ」


(なるほど。確かにね。ちゃんとした嘘を用意すれば、ややこしいことにならないってわけか)


「ご忠告ありがとうございます」


「試合前にいらないことを言ってしまったか。次の試合も頑張ってくれ。応援している」


「はい!」


 ネイオミがローブを翻して颯爽と去ると、それを待っていたかのように騎士が来て、控え室へと再び戻る。


(これってクレイブのせいで控え室から追い出されたんじゃね? まぁそれはもういいか。ネイオミが来てうやむやになったし。レベッカから聞いてる限り、ネイオミはある程度信用できるのかな。それにしても職業か。賢者は隠した方がいいよなぁ。精霊士ってことでいいか。説明するのも嫌だし遺伝でなったってことにできたら……あっそうだ。トーリの隠し子説でも流すとか。トーリも精霊士になったから丁度いいし、人族ならエルフの事は詳しくないでしょ。実はトーリはハイエルフの末裔だったってことにして……)


 セージは勝手にトーリを巻き込んで設定を考えつつ、第一学園との戦いに挑むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る