第130話 試合前
学園対抗試合は第一学園の闘技場で行われる。
ただし、第一学園の中に入れるわけではない。第一学園は訓練場や闘技場と、講義棟や食堂、図書館などの施設の場所が異なっている。
第三学園に向かう時、第一学園の敷地に挟まれた細い道を通るのだが、その道の右手側に闘技場がある。
左手側とは橋で繋がっているが、学園対抗試合の時にはその橋は封鎖され、第一学園関係者以外は立入禁止だ。
第一学園の敷地ということもあり、貴族以外立入禁止の場所は多く、警備の者が多数いる。
それでも第一学園で試合が行われるのは、第一学園の選抜メンバーの親が見に来ることがあるからだ。その他にも騎士団関係者や王宮関係者も例年見学に来る。
第二学園の者でも立ち入り場所に制限があるくらいで、第三学園の者は裏口から入り闘技場へ一直線に向かう道しか通ることができない。
(ほぉー。さすが第一学園。綺麗だな)
セージは闘技場を見上げる。白亜の石造りのサッカースタジアムとも楕円形のコロッセウムとも言えるような闘技場は、第一学園の施設の中でも存在感があった。
ちなみに第三学園の闘技場も立派ではあるが、第一学園のものと比べれば一回り小さく、石が削れていたり汚れたりしていて古さが目立つ。
それを修繕するような予算はついていない。
また、闘技場には選抜メンバーに選ばれた二十人だけが来ていた。
第三学園の学園生はもちろん、教官も貴族ではないため、一緒に入ることはできない。唯一サイラスだけは貴族出身だが、第三学園の学園長代理として呼ばれているため、選抜メンバーについていることはできなかった。
闘技場の中に入るとそのまま警備の者に連れられて、通路で待機になる。
(第三学園の待機場所ってここ? もうちょっと良いところあるでしょ)
そこは控室などではなく、ただの一階の通路だった。人通りが多いわけではないが、普通に目の前を幾人も通り過ぎる。
第一、第二学園の学園生やその親らしき人、会場スタッフなど様々である。
少しすると第三学園メンバーに向けて三人組が近づいてきた。
「これはこれは、グレイアム男爵子息のラッセル様ではありませんか。こんなところでどうしたのですか? 第一学園の試合は我々第二学園が第三学園を倒した後ですよ? あぁそういえばグレイアム家は没落したんだったか。じゃあ、今はただのラッセルか。お前も試合に出れるんだな。第三学園に行って良かったじゃないか」
ニヤニヤと近づいて来たのはウィットモア領騎士団団長の息子、ロブである。
ウィットモア領と元グレイアム領は隣同士であったため付き合いがあった。ロブ、ラッセル、ウィットモア領主の息子は同い年であり、年に何度か一緒に訓練や模擬戦を行うような間柄だった。
ロブはラッセルより体格が良く、剣術に集中していた。剣術だけでなく魔法やその他の勉強もしていたラッセルと模擬戦をすれば、ロブがほとんど勝っている。それでも、没落する直前はまだ良い戦いになっていた。
(えっ? 何、こいつ。悪い貴族のテンプレートみたいな感じの癖に表情以外悪そうじゃないし、貴族でもない)
セージは絡んできた学園生を見て驚く。
ロブは十五歳にしては体格が良くてしっかりと鍛えられた体をしている。短髪で清潔感があり姿勢も良かった。
ラッセルはその言葉に何も言わず、ロブに敬礼を返した。
騎士爵の爵位も持たない騎士の子供とはいえ、喧嘩を売るのは得策ではない。ここで問題を起こして出場できなくなったら終わりである。
「俺らは二番手だぜ。久しぶりにお前と戦うのが楽しみだ」
「おいおい、ロブ。こいつらが一番手のパーティーを倒せたら、だろ?」
(煽ってくるじゃないか。煽り返したいんだけど、ややこしいよな。ラッセルも我慢してるし)
笑い合っているロブたちにセージはウズウズしながらも耐えていた。
学園対抗試合は勝ち抜き戦である。一番手のパーティーが三パーティーを倒すことも可能だ。
「毎年、ほとんどが一番手に潰されて終わりだもんな」
「今年はもう少し粘ってくれよ。余裕過ぎてつまんねぇよ」
(うーん、真正面から絡みたくないし、バレないようにスティールとか、いやそれは犯罪だし。むしろ、地槍撃で攻撃……思い切り踏み込まないといけないし、さすがに不自然過ぎる)
セージはロブにこっそり攻撃を仕掛ける方法を考えていたが、ラッセルは黙って敬礼し続けた。
ロブは小さく舌打ちして、立ち去ろうとしたとき、セージが視界に入る。
「おっ? 見てみろよ。子供が混じってるぜ」
セージの身長は年齢にしては小さくない。
だが、周りは年上、さらに体格の良い者が多い騎士である。比較すると明らかに小さかった。
「こんなやつまで入れるなんて人がいないんじゃね? 魔法科のやつと同じくらいだろ」
「もしかして第三学園の魔法士か?」
「ファイアボールでも放つんじゃね?」
品なく笑うロブたちを見て、セージはむしろ何も言う気が無くなった。
このままの方が好都合だと考えたのである。
(まぁこれくらい油断してくれた方がいいか。というか装備を見てわからないのかな? そっちより良い装備してるのに)
そんなことを思っていると、ロブの後ろから話しかけてきた者がいた。
「ほう、何やら楽しそうじゃないか。私にも聞かせてくれるか?」
「なんだ……ねっ、ネイオミ教官? どうしてここに?」
ロブがハッと横を向いてサッと表情を変える。
(おっ? ネイオミってレベッカが言ってた教官?)
セージも声の方を向くと、そこには魔法使いの服装をしたスラリと背の高い女性が立っていた。
「対戦相手に挨拶しに来たに決まっているだろう。それで、どんな話をしていた?」
「いえ、大したことでは、自分は試合の準備がありますので……」
ゴニョゴニョと言いよどむロブを、ネイオミは鋭く睨む。
「そうだな。早く行きなさい」
「はい。失礼します」
ロブたちは敬礼するとそそくさとこの場を去った。
ネイオミは一つため息をついて、セージに話しかける。
「うちの学園生がすまないね」
「いえ、全く気にしていませんので大丈夫ですよ」
そう言うセージの姿を見て、ネイオミはふと気になることがあった。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
「セージといいます」
ネイオミはセージの名前を聞いてピクリと眉を動かす。
ラングドン領で魔法騎士団団長をしているレベッカが言っていたことを思い出したのだ。
「ラングドン領のセージだね?」
「はい。あなたは炎帝ネイオミ教官ですか?」
「懐かしい呼び名だね。レベッカから聞いたのかい?」
素直にセージは頷く。
お互いにレベッカから話は聞いていたのである。レベッカが特級火魔法を伝授されたのはネイオミからであり、学園在学中に最も世話になった教官であった。
ネイオミとしてもレベッカは第二学園の教官になって初めて担任となったクラスの一人であり、未だに手紙のやり取りで交流が続いている。
「お世話になった先生で、学園最強の魔法使いと聞いています」
「ほう。私も君の優秀さは聞いている。私が学園最強なら君は王国最強かな?」
ネイオミはレベッカから、セージはネイオミをも越える逸材とは聞いていた。
レベッカは第三学園に魔法科がないと知った時、ネイオミにセージを第二学園の魔法科に入れてくれないかと頼んだのである。その時、いくつかセージの優秀さを伝えていた。
セージはその問いかけにニヤリと笑いながら首を振る。
「いえ、まだ、違いますね」
まだ、という部分を強調するセージ。ネイオミは一瞬呆気にとられた表情をして笑ってしまった。
「ふっははっ! 言うじゃないか。じゃあ、逃げていったあの子達との戦いも余裕なのかな?」
「そうですね。絡まれたので僕も戦いたい所ですが、三番手なので残念ながら回って来なさそうです」
その言葉にネイオミはクツクツと再び笑う。
「そう言うだけの力はありそうだな。その装備も君が調達したものかい?」
ネイオミはセージたちの装備の強さも見抜いていた。
セージは「さて、どうでしょうね」と明言を避けて微笑む。
「そうか。君を第三学園から引き抜けなかったことが悔やまれるな」
ネイオミはレベッカがそこまで推す人物が気になり、第三学園の三級生を調べたのだが、セージはそこにはいなかった。
入学した時にはもう二級生になっていたからだ。
「引き抜くつもりだったんですか?」
セージの疑問にネイオミは「さて、どうだろうな」と微笑み、他のメンバーを見渡す。
「試合前に騒がせて悪かった。第三学園の皆、試合頑張ってくれ。セージ君、また話をしよう」
ローブを翻して去っていくネイオミに「はい」とセージは返事をするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます