第126話 ラッセルは諦めない
ラッセルは今度こそセージに勝つつもりであった。
今までセージとは何度も戦ったが、全て負けていた。最初は剣を盗まれたり、デバフをかけられたり、逃げながら中距離攻撃されたり散々な目にあってきた。
ただ、魔法も特技も全て無しにして純粋に剣のみで戦っても負けている。
剣技は勝っている自信はあった。しかし、ステータスが足りなかったのだ。
その時のラッセルはレベル30。自らを鍛えるため、レベル30で止めていた。
セージはレベル50に達しているとは聞いていたが、ラッセルは授業もあるのですぐにレベルを上げられるわけではない。
セージが学外演習に出ていった頃から本格的にレベル上げを始め、教官に頼み込んで実践的な対人戦を学んだ。
この数ヶ月間の間で体も成長し、ひたすらに自らを鍛えて過ごしてきた。
「セージ、やるぞ」
ラッセルは教官が相手を決めるよう指示を出したと共にセージに言った。多くの者が駆け引きを行う中でも一切の迷いはない。
ラッセルが真っ直ぐセージに挑んだのは、自分が強くなったという自信の現れである。セージだけでなく全員に勝てると考えており、実際にセージを除く二級生の中ではトップである。
「いいですよ」
セージもすんなりと戦いを受け入れた。
(余裕を持っていられるのも今だけだ。全力で倒す!)
気軽に答えるセージにラッセルは心の中で闘志を燃やす。
他に対戦相手が決まっているところはないため、すぐに試合の準備となり、ラッセルとセージが向かい合って立った。その間は五メートルもない。
(開始と共に会心の一撃を入れてやるぜ!)
グループの教官が審判役となって「始め!」と合図が出された。
その瞬間にラッセルはセージに斬りかかる。
「メガスラッシュ!」
真正面からの速攻にセージは真正面から受け止めた。
(あれっ? 受け止めた?)
今まで真正面から受け止められることは少なかった。セージは受け流す、避けるタイプである。
そして、セージも反撃の『メガスラッシュ』を放つ。その攻撃にラッセルは盾を合わせつつ、二撃目を放った。
「メガスラッシュ……!」
ラッセルはセージの攻撃を受けた瞬間に気づいた。
セージのステータスが自分より高いことに。
(ステータスで、負けてる……?)
ラッセルは近距離で打ち合えば勝てると思っていたのだ。セージがレベル50以上になっていることを知らないので当然である。
戸惑いはあったが剣は止められない。
(打ち合えば、負ける!)
「メガスラッシュ」
セージはさらに反撃の特技を発動。剣が迫る中でラッセルは後ろに飛ぶ。掠めるように通った剣によるダメージはわずかだ。
しかし、セージはさらに踏み込んで特技を発動する。。
「メガスラッシュ」
(これなら……!)
ラッセルは盾で受け流しながら剣を下から振り上げる。セージはそれを盾でいなしたが、盾が少し外側を向く。
(ここだ!)
セージの剣の軌道を確認しながら、ラッセルは突き刺すような一撃を繰り出した。
「ファストエッジ!」
「カウンター」
ラッセルは当たるタイミングだと確信していた。
しかし、セージが発動したのは相手の攻撃を避けて発動する特技。
(くっ!)
ラッセルの剣はわずかに当たらなかった。
わずかに、ではあるが大きな差である。ここで、ラッセルはセージが自分より強いと確信した。
(でも、俺は諦めない!)
ラッセルは次の瞬間に体を捻り、盾に身を隠す。
そこに、セージの剣撃が叩きつけられた。
いくらステータスが上がろうと、剣の技術が上がるわけではない。
何とか戦い続けることはできる。そして、勝つための糸口を探す。それが今自分にできることだとラッセルは思った。
ラッセルには今までの努力と根性がある。
元貴族、グレイアム男爵家の長男として幼少から鍛錬してきた。そして、男爵家没落後は必死に強さを求めた。
ラッセルの父親は年齢的に再就職が難しかった騎士たちと冒険者をして、母親は元メイド長たちと服飾師をしている。
その両親は今となっては高額の入学金を払い、ラッセルを第三学園に入れた。貴族を受け継ぐことはできなかったが、せめて騎士になれれば良い暮らしができるだろうと思ったからである。嫌になれば気にせず違う道を選べ、とも言われた。
そう言われて気にしない、なんてことはラッセルにはできない。
(必ず勝つ!)
勝つために。強くなるために。騎士になるために。
ラッセルは諦めない。
ラッセルはセージの攻撃を見切ろうとするが避けきることは難しい。ダメージは蓄積していく。
攻撃の手応えと自分のHPからこのままでは負けることが目に見えている。
(焦るな。よく見ろラッセル。どこに勝機がある?)
ラッセルはそう自分に言い聞かせて、一か八かで突撃したいところを我慢した。
それは教官からの教えだ。
教官という格上との実戦の時、すぐに当たって砕けろとばかりに猛攻するラッセルに注意したのだ。
そして、セージの動きを観察し癖を見抜く。
(攻撃を誘っている? いいや、違う!)
セージの攻撃の軌道は数種類しかなく、その攻撃の際には盾が少し下がることに気づく。今までセージが積極的に攻撃しているところを見たことがなかったので初めて気づいた部分である。
実はセージは攻撃型の動きは苦手である。基本的に受け身、防御重視の戦いをしていたからだ。剣での攻撃は技集めで格下の魔物相手に練習していたくらいである。
(いまだ!)
セージが下からの剣撃を繰り出した時、ラッセルは攻撃される位置に盾を向け、一歩踏み込んで気合いを込めた一撃を繰り出す。
「メガスラッシュ!」
セージの首元への直撃を狙った会心の攻撃。
確実に自分が受けるダメージより相手が受けるダメージの方が大きいと考えられた。
この攻撃で一発逆転するわけではないが、勝機は見えてくると思った。
しかし、セージにとって剣の直撃は無視できるものではない。
セージはその攻撃を横飛びしながら無理矢理体勢を変えて盾に当てる。
そんな動きをしたせいで剣の軌道が変わり、たまたまラッセルの足に当たった。
(まさか、攻撃を誘っていた? そんなはずは……)
たまたまであったが、ラッセルはセージがこれを狙っていたのかと疑った。相対するセージは急に強烈な反撃が来たことにビビって警戒していた。
セージとラッセルは共にパッと離れ、戦闘が一瞬止まる。
(攻める!)
すぐに決断したのはラッセルだ。低い体勢で接近しながら剣を掬い上げるように振るう。
セージはそれを盾でそらして反撃。同時にラッセルも剣を振り下ろす連撃に移る。
(これならっ!)
ラッセルは今度こそ直撃すると思った。しかし、警戒していたセージは器用に盾で防ぐ。
すでに攻撃重視から防御重視に変わっていた。
(くそ!)
お互いにダメージを受けるが、残りHPがセージより厳しいことはラッセルにはわかっていた。
(こうなったら!)
セージが横なぎに剣を走らせた時、ラッセルは盾を合わせて剣を軸に回転するように飛び越える。
(今度こそ!)
ラッセルは回転する力を乗せた一撃を放つ。
セージはすぐに反転して盾を構えたが、ラッセルは構わず盾に剣を全力で叩きつけた。
(なに!?)
ラッセルは驚きに目をむく。剣から伝わる手応えが全くなかったのだ。
確かに剣が当たっているのに、まるでダメージを与えられなかったかのような感覚に戸惑った。
セージは咄嗟に『シールド』を発動していた。そして、ラッセルが驚いたその隙に『メガスラッシュ』を発動。
ラッセルは紙一重のところで防御して反撃をする。
(まだ終わってない!)
ラッセルは己を鼓舞して戦った。
すでにHPは残り少ない。
進級試験は総当たり戦だ。HPは回復できるが、体の疲労は溜まる。負けると判断したら、次の試合に備えて降参することもある。
ラッセルは諦めなかったが、逆転の糸口は掴めずにいた。
そして、徐々にHPは削られて、防御すらできないHPになる。
最後はセージの攻撃を避けようとして僅かに当たり、ラッセルのHPは0となった。
進級試験ではなかなか見られない白熱した戦いに皆の注目が集まる中、ラッセルは腕で目を隠した。
今までの努力は何だったのか、結局また進級できなかったらどうなるのか。セージのような者でないと騎士にはなれないのか。挫けてなんかいられないと思っても、強くなったという自信が粉々に砕かれて、涙が溢れる。
「ラッセルさん」
「なんだよ。別に、泣いてないぞ。くそっ、目の調子が悪いな」
ラッセルは何も言われていないのに震える声で言い訳して、ゴシゴシと目を擦るとセージを見た。
まだ少しぼやける視界にパーティー申請が届いていることに気づく。
「なんだよ」
「承認してください」
「……わかったよ」
いつになく真剣なセージに、ラッセルは承認した。
すると当然セージのレベルやHP、MPが見える。
「セージ、これって……」
驚きに目をみはるラッセルに、セージは蘇生魔法『リバイブ』を唱えてから話し始める。
「やっぱり強かったです。同レベルなら、確実に負けていました。学園対抗試合、お互いに進級して一緒に戦えるといいですね。あっそういえば、学園対抗試合で優勝したらパーティーの人には上級職のなり方を教えるって約束があったっけ。おっと、次の戦いがあるから早くどかないと」
それだけ言ってパーティーを外れて、そそくさと離れるセージ。あまりにも落ち込むラッセルに、今まで散々打ち負かしてきたセージは気を使って言ってしまった。
ラッセルは、回復魔法を唱えながら立ちつくし、セージの言葉をよく考える。
一般的に上級職といえば勇者。それになれるということは、貴族になることも夢ではなく、親を元の暮らしに戻せる。第一学園に行けなくなったラッセルを馬鹿にした貴族の子息たちも見返せる。
なにより、勇者になれるということに、ラッセルはときめいた。
その言葉が本当かはわからなかったが、セージは言ったからにはそうするのだろうと感じた。
いつの間にか涙は引っ込んでいた。
ラッセルは自分に『フルヒール』をかけて、叫ぶ。
「やってやる!」
そして、ラッセルの頭に拳骨が落とされる。
「わかったから早くどけ」
呆れた表情の教官にラッセルは「はい!」と敬礼をして移動するのであった。
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