第111話  ちゃんばらトリオ

 ちゃんばらトリオこと、ブレット、マイルズ、フィルはローリーたちと共に王国最南端の町ナイジェールから神霊亀に追われてケルテットの町に来た孤児だ。

 当時、ケルテットの町では孤児がいなかったため、使われていなかった教会の孤児院に全員が入れた。


 その時レイラは教会を引き継いだばかりの十七歳。一人で孤児院を運営するのは無理だと思い、隠居していた元聖職者のエイダに応援を頼み、計十二名での暮らしが始まったのである。


 孤児たちは皆、南の町でも孤児院で暮らしていたとはいえ、その教会には聖職者が二名いて、町の人との関係も深かった。しかし、新天地ではそれが大きく変わる。

 同じ二名でも十七歳と六十一歳の二名、町は知らない者ばかりで、孤児院の子供たちとの繋がりはゼロ。

 最初はどたばたの連続であった。


 まず、衣食住から足りていない。孤児院の清掃、食料の調達、古くなった衣類の収集、やることは山積みだった。

 レイラは聖職者のお勤めがあり、孤児院のことばかりはしていられない。そして、エイダは動き回れる様な歳ではない。

 六十から七十歳で寿命が来ると言われている世界だ。六十歳で引退したときでさえ身体の衰えを感じていた。

 しかし、町の者との繋がりが多いのは今まで教会で長くお勤めをしてきたエイダだけだ。町にはエイダが送り出した元孤児もいる。

 子供を連れて様々なところに掛け合って、何とか食料を得ていた。


 ブレットたちは南の町ではお昼までお手伝いをして、後はちゃんばらごっこをしたりして遊んでいたのだが、そんな場合ではなくなった。

 木の廃材や布の端切れを貰ってきて補修したり、川原で平たい石を拾って皿にしたり、野草を取ってきて食料にしたり、生きるために行動していた。

 本当に必死だったのはレイラや一番年上で十二歳だった孤児やその下のタラフくらいで、他の子達に危機感はそこまでなかった。


 ブレットたちは当時七歳。無駄に石を拾ってきて怒られ、適当に集めた野草に毒草が混ざっていて怒られ、木の廃材でちゃんばらをして怒られながら生活していた。

 徐々に物資が揃って食料も格安で分けてもらえるようになった。そうして孤児院の暗黙のルールができ、生活が安定してきた時のことだ。エイダと入れ替わりに一名の孤児が増えた。

 それがセージである。


「セージ、五歳です。記憶が何もなくて親も出身地もわかりませんが、今日孤児院に拾っていただきました。ここで暮らすため精一杯お手伝いをしたいと考えています。よろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をして、一歩下がる姿は他の子供とは違う様に感じられた。

 そこから孤児院が変わり始める。


 少しずつ新しい木製の食器や服が増えて、孤児院の隙間風が減っていった。

 ブレットたちトリオが順番に十歳になりギルドへ出向いて手伝いを始めた頃には食事に肉が出始めた。

 セージが料理を作るようになると、体の動きが明らかに変わった。

 ローリーが商会に手伝いに行くことになったのもセージが勉強を見てくれたお陰だと聞いた。

 しかし、セージは何も言わなかった。ただただ皆と一緒に生活をして、いつも何かに取り組んで、昼は何処かに消えていく。


 ブレットたちは悔しかった。

 冒険者に憧れて、冒険者ギルドでの手伝いを始めたのだが、そこでやることといえば雑用しかない。

 ブレットは解体所に配属されて、解体された魔物を運んだり血抜きをして洗ったり、そんな作業をやらされる。

 マイルズは事務に配属されて資料を運んだり魔物の情報を調べたりしながら、依頼書作成などの手伝いをする。

 フィルは備品係に配属されて掃除や日々使っているナイフなどの整備、ギルド調査団の持ち物の準備などで走り回る。

 作業が遅くても雑でも怒鳴られ、間違えれば殴られ、賃金は雀の涙。

 各ギルドの中でも冒険者ギルドは厳しい所だった。


 ただ、それは仕方がない所もある。ギルドで働く職員は元冒険者が多く少々荒っぽい。それに、経験が何もない十歳の子供ができる事はしれている。

 しかし、本人たちは必死で働いているつもりなのだ。それに冒険者に憧れて入っているのに雑用ばかりでは不満も溜まる。

 たまに訓練と言って冒険者から稽古をつけてもらえることもあるが、本当に指導をしてもらえることなんてほとんど無い。

 大抵が滅多打ちにされて終わるだけだ。


 そんな日々でも冒険者ギルドを辞めることはなかった。

 それはただの意地だ。年が近いローリーやティアナが張り切って働いている所を見て辞めるなんて言い出せなかった。

 そんな生活の中で目についたのがセージだ。

 たまたま拾った珍しいスライムのお陰で町の者には有名な薬師トーリに気に入られて、たまたま店番をしたお陰で変わり者だが腕の良い木工師ジッロにも気に入られている。

 稼ぎを聞いたことはなかったが、ブレット達より良いことは確実だった。


 それで毎日楽しそうにして、手伝いの時間より遅く帰ってくることもあり、偶然会った一級冒険者とも仲良くなっていたとなれば苛立ちもする。

 でも、孤児院の生活が改善されたのは実質セージのお陰であったため何も言えないでいた。


 ある日、トリオで戦いの訓練をしていた時だ。セージが通りかかった。


「なんだ? 何かあるなら言えよ」


 じっと見ながら通り過ぎようとするセージにブレットが不機嫌そうに言う。


「パーティーって良いなぁと思って。僕はいつも単独だからそんな練習もできないし。魔物と戦うときも連携をとったりできるっていいよね」


 不機嫌な態度を気にせずマイペースに答えるセージ。セージはランク上げのためソロを貫いているが、カイルたちパーティーを見てから少し羨ましく思っていた。

 しかし、悩めるブレットたちには自慢のようにしか聞こえない。

 冒険者ギルドで働いていても、訓練していても、単独どころかパーティーでさえ魔物の討伐などには行ったことがないのだ。

 ちょっと魔法が使えるからといい気になりやがって。

 そんな気持ちが頭をよぎり、ブレットはセージに提案する。


「それなら俺らに混ざって訓練するか?」


「良いの? ありがとう!」


 無邪気に言うセージに苛立ちを募らせながらもブレットが相手をする。


「じゃあ、HPが0になるか降参したら負けだからな」


 セージは「わかった」と言ってうなずく。

 持っているのは、廃材として転がっていた木の棒をちょうど良い長さに折って、拾ってきた石で削った愛着のある剣だ。


 フィルが「開始!」と号令をかけると、ブレットは見よう見まねで剣を振るう。がむしゃらな大振りになったその一撃を、セージは避けてカウンターの攻撃を入れた。

 しかし、その攻撃は弱々しい。六歳のセージのステータスと木の棒では攻撃力が低すぎるからだ。それに、セージは本格的に剣を振るってきたわけではないため、力が木の棒に伝わっていない。

 セージの攻撃をものともせず、ブレットは横薙ぎに棒を振るう。セージはそれを受け止めたが、衝撃でバランスを崩した。

 その隙をついてブレットが木の棒を打ち込み、セージの胴体に直撃した。

 セージは転けないように踏ん張って、距離を取ろうと木の棒を振るったが、ブレットの左腕に防がれる。


「降参!」


 セージが叫んだが棒を振り下ろすブレットの手は止まらない。

 セージへの苛立ち、カウンターを受けたことの恥ずかしさと怒り、日々の鬱憤、様々なことがない交ぜになり、棒を振るった。

 いつも楽しそうにしているセージに自分達の苦しみを味わわせたかった。

 怒鳴られてばかりの仕事、HPが減ることに怯えるだけの稽古。

 何も知らないセージを怖がらせようという気持ち。


 セージはその攻撃を腕で受け止め、その瞬間にガラスの割れる様な音と共に鈍い音が鳴る。

 HPが0になり、腕で受け止めきれなかった棒が左肩に当たった音だ。


 セージが「くぅ……」と呻く。この時はまだセージのレベルは低かった。ブレットの攻撃が直撃しただけでHPは半分以上なくなる。連撃には耐えられない。

 ブレットはHPがなくなる音と普段とは違う感触に呆然とする。元々HPが0になるまで攻撃するつもりはなかったのだ。

 ただ単にHPが減る恐ろしさを感じさせたかっただけだった。

 ブレットたちはHPが減ると不安になり、半分にもなれば降参する。冒険者の稽古であれば降参しても攻撃されるが、HP0になるまで続くことはない。

 HPが0になるから降参と言ったセージとは考え方が異なっていた。


「大丈夫か!」


 フィルとマイルズが慌てて駆け寄って声をかける。肩を押さえて苦しそうにするセージは答えられない。

 フィルたちはHP0になって怪我をしたことがなく、どうしたらいいのか分からなかった。

 汗がにじむセージは強烈な痛みが和らいでから答える。


「痛いけど……骨は折れてなさそう」


 フィルたちはそれを聞いてもどうすればいいのか分からずおろおろとするだけだ。

 セージはそんなフィルたちを見てふぅと一息ついて立ち上がった。


「HP0になったからレイラさんのところに行ってくる。一人で大丈夫だから」


 セージは文句を言おうと思ったが、フィルたちのあまりにも情けない顔を見てやめたのである。

 そんな気持ちを知らないフィルたちは不安や後悔でいっぱいで、セージを見送るしかできなかった。

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