第110話 ミランダ

 ミランダはレイラの後に来た教会の管理者である。

 管理者になる前は聖職者に必要な勉強をしつつ、夜は酒場で働いていた。

 敬虔なリビア教徒であったこと、そして酒場の常連にランクを上げてもらっていたことで、レイラがやめるときに声がかかったのである。


 ミランダがレイラからお勤めを引き継いだときは酒場で働くよりずっと楽だった。

 酒場ではセクハラや揉め事など日常茶飯事で、酒の臭いを浴びながら夜遅くまで仕事である。仕事終わりにはぐったりして眠るしかできなかった。

 孤児院ではみんな真面目にやることをやり、年長者のセージは変わり者だが九歳と思えないほど賢く、そして、どこからともなく食料を持ってくる。

 酒場で働いていた時より給金は少ないが、衣食住に困ること無く、聖職者について学ぶこともできる。

 神に祈りを捧げ、来訪する者に回復魔法をかけたり、話を聞いたりする生活だ。


 しかし、そんな穏やかな生活は長くは続かなかった。

 ケルテットの北にある町が魔物の襲撃に合い、急に孤児が増えたからである。

 その対応に苦慮する日々が始まったのだ。

 この教会でのルールを伝えても遊びたい盛りの子供が言う通りにするとは限らない。なぜかセージの言うことは聞いたりするので落ち込んだりもした。

 何より、親を亡くした子になんと声をかけたらいいのか分からなかった。気落ちする姿に何もしてやれず胸が痛んだ。

 悩み過ぎて子供のセージにアドバイスを求めてしまうほどで、これなら酒場で客を適当にあしらう方が楽だと思うくらいであった。


 さらに、貴族が来たと思ったらセージが領都に行くことになる。

 セージが担っていたことは大きい。肉や小麦、水などの食料事情だけでなく、お風呂を入れたり、服や家具の修繕をしたり多岐にわたる。


 どうしようかと思っていたら、教会の維持費は急激に増え、ローリーやティアナ、アラーナなどの元孤児院の子たちとジッロが来てくれるようになった。

 ミランダはせめて精神的な面だけでも支えられるようにしたいと奮闘した。

 その後、神霊亀の襲来があったりしたものの、そんな生活にミランダも孤児たちも慣れてきた。


 そんなある日、孤児院にセージが大勢の者を連れて来た。

 それは、ミランダと孤児院の子供たちがちょうど外に出ている時だった。


 孤児院の子たちは「あっ! セージだ!」と声を上げて駆け寄ろうとして、ピタリと止まる。

 後ろにいる者たちを見たからだ。その中でも乱暴者が多いといわれている獣人が目に入っていた。

 グレンガルム王国で異種族が混ざった団体は珍しい。固まるミランダや孤児たちにセージは笑顔で声をかける。


「みんな久しぶりだね! ミランダさんもお久しぶりです。ちょっとお願いがあって来たんですけど、今大丈夫ですか?」


「う、うん。いいけど、その……そちらの方々は?」


 セージはミランダが示す方を見て、そういえばといったように答える。


「そうでしたね。じゃあ、まず紹介しましょう。みんなも顔を覚えててね。何人かはここによく来るようになるだろうし。では、こちらが小人族の便利屋、マルコム……」


「セージ! 初対面の子に止めてよ! それに人族だし!」


「そうでしたね。こちらが人族兼小人族の……」


「種族に兼なんてないから!」


「セージ、進まない」


 突っ込み役不在のため、ヤナが言った。ヤナは早く終わらせてセージと魔法について話したかったのである。


「すみません、つい。こちらがヤナさん。魔法が得意だから興味がある子は後で聞くといいよ」


「えっ? 僕の紹介は?」


 そんな雰囲気でマルコムを含めて簡単に全員を紹介して、本題に入る。


「さて、ミランダさんにお願いなんですけど、この像を預かって下さい」


 その像は片手で持てる程度の大きさで、獣族の戦士の姿をした木像であった。

 ミランダはその像をまじまじと観察する。


「なにこの像。見たことないけど」


「獣族の神様ですよ。大事にしてくださいね」


「えっ? 神様?」


 神様と言われてミランダは像を丁寧に持ち直した。リビア教会なので全く関係はないのだが、神様と聞いて反射的に動いたのだ。


「そうです。たまたま資料を見て真似したら作れちゃったんですよね。これは獣族のテレーズさんが使うものです」


 獣戦士の像は獣族が下級職・獣戦士になるためのアイテムである。獣戦士と聖職者をマスターするとディオンと同様の職業、獣騎士になることができる。

 ちなみに、獣族の里にも一体の獣戦士像をウォーレンが運んでいた。

 セージとしてはちょっとしたサプライズのつもりでプレゼントしたのだが、ミコノスの里だけでなくリュブリン連邦中に激震が走ることとなる。


「えっと、どうして私が預かるの? その、テレーズさんが持っていた方がいいんじゃないかな?」


「戦いで壊れたら使えなくなりますから。それに、獣族と人族ってあまり関係が良くないですよね」


 その言葉にミランダはちらりとテレーズを見て、曖昧に答える。


「関係が良くないというか、ほとんど見ることはないけど、それがどうしたの?」


「だから、もう少し仲良くなればいいなと思ったんですよ」


 ミランダにはセージが何故人族と獣族が仲良くなることを望んでいるのか分からなかったがとりあえず「えっと……そうなのね」と言った。


 セージは人族と関わりがある異種族の中で獣族への偏見がひどいと感じていたのだ。

 獣族が人族の町に出てくるのは追放された者も多い。実際に乱暴者が多いため仕方のない部分もあるのだが、それはキャラを愛するセージにとって気分の良いものではない。


 孤児たちは獣族など異種族と接することが普通であると感じて欲しかったのである。

 そして、獣族がケルテットの町で受け入れられればテレーズ、そして今後人族の町に出る獣族や獣人族にとっての居場所にもなる。

 その試金石とも言えるような者がテレーズということに一抹の不安はあったが、ここまでの旅の中でテレーズは別人のように素直になっていた。

 なので、セージはなんとかなるだろうと気楽に考えている。


「ということで、テレーズさんが必要だと言ったときに貸してあげて下さい。そうだ、お布施を持って来なかったら貸さなくていいですよ。テレーズさん、勝手に使っちゃダメですからね」


 最後は笑顔でテレーズに向けて言った。テレーズは真面目な顔で頷く。


「わかってるにゃ。絶対に約束は守るにゃ」


 テレーズの言葉は力強い。獣戦士、ゆくゆくは獣騎士になれるというのは、現代の獣族にとって大きなことである。


 獣戦士像はテレーズが知らないほど昔に失われたものである。そのため、獣騎士には遺伝でしかなることができなかったのだ。

 人がつく種族名でないと聖騎士になれないため、獣族はたいてい暗殺者になるか中級職になったあと戦士になるかの二通りである。

 テレーズの職業は暗殺者だったが、今は獣戦士になっていた。

 ただ、買い物の時は商人にならないと騙される可能性がある。そのため、商人になって買い物をした後、獣戦士に変えて戦うという形でランク上げをする予定であった。


「みんなも、このお姉さんが悪さしたら僕に連絡してね」


 孤児たちは獣族のことを初めて見たため性別も分かっておらず、テレーズはお姉さんだったんだと思いながら頷く。


「絶対にしないにゃ。これからは……」


「おいっ! 何やってんだ!」


 テレーズが真面目に答えているのをさえぎるように、後ろから怒鳴り声が飛んだ。


 孤児院の庭に入ってきたのは孤児院の元メンバー、ちゃんばらトリオことブレッド、マイルズ、フィルの三人だった。

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