第104話 ルシアとウォーレン

 ウォーレンの妻、ルシアは元一級冒険者パーティー『オルコット団』の回復役だった。


 最初から回復役だったわけではなく、元々は女性だけのパーティー『オストラウの花』で聖騎士をしていた。

 そのパーティーはバランスの良いメンバーが揃い、ギルドで期待の冒険者だった。しかし、三級冒険者になりこれからという時、パーティーの回復役と魔法使いが引き抜かれ瓦解。

 その他の三人の内二人は別の三人パーティーと臨時パーティーを組み、一人取り残されたルシアはオルコット団からオファーを受けた。


 オルコット団は最年長のアーロンを中心にテリー、モンタギュー、ウォーレンが所属している当時二級冒険者パーティーだ。

 たまたまアーロンと同年代の仲間が、年齢を理由に辞めて一人空いたところだった。

 全員が男性だったが、女性だけのパーティーなんてほとんど無い。それに、自分より上の級のパーティーに入れるなんて幸運なことである。

 ルシアは警戒心と不安感を持ちながらも、ギルドの評判やアーロンの人柄を信じて加入した。


 オルコット団は三人が前衛、モンタギューは中衛である。そしてルシアは前衛だ。

 ただ、ルシアの戦い方は敵を引き付けて味方を守りながら自分を回復するタイプのタンクである。

 回復は得意だったため、オルコット団では後衛の回復役として戦いに参加した。


 今までと異なる役回りだったが、すぐに慣れた。

 回復役は狙われ易いため前衛から守られているが、もし突破されてもルシアは元前衛のため自分の身は自分で守ることができる。実際に接近戦にならなくても、その余裕が持てることは大きい。

 後衛になり、MPを上げるため魔法士になったルシアのランク上げにも協力してくれる。

 正直なところ、オストラウの花にいた時より楽だった。


 ルシアは体格が良く、身長175センチでがっしりとした体つき。人族の女性としてはかなり大柄だ。

 全ての敵を引き受けるのが当たり前で、回復も行うとなると戦闘は常に必死である。

 しかし、オルコット団では基本的に回復役のルシアを守るように立ち回る。

 回復役を守るのは当然ではあるが、ルシアには新鮮に感じた。


 パーティーの中では年の近かったウォーレンが特に気にして守ることが多い。

 ルシアとしては、そんなに守られるほど弱くないという気持ちがありつつ、それほど悪い気はしないような不思議な気分だった。

 唯一の女性ということで、体調の変化やトイレ事情などで苦労はあったが、お互いの理解が進むと問題にはならなくなった。


 そして、順調に冒険者として成果を重ねて、とうとう一級冒険者にまでたどり着く。その一年後、アーロンが四十五歳という年齢を理由に脱退した。

 四十にもなれば最前線から引くのが常識と言える中で粘り続けたのは、アーロンが昔仲間と交わした約束のために一級冒険者にこだわったからだ。

 アーロン以外の初期メンバーは一人もいないが、それでも目指し続け、到達し、限界を迎えた。アーロンはその後、旧友を訪ねて回るそうだ。


 オルコット団の顔とも言えるアーロンが抜けたことでパーティーは解散。テリーとモンタギューも三八歳と四十一歳で、冒険者にしては高齢だったこともある。

 テリーはギルド所属になり、モンタギューは放浪の旅に出た。

 当時ウォーレンは三十歳、ルシアは三十二歳。年齢差からこうなることは分かっていたが、実際に解散してみると喪失感が大きかった。

 年齢的に冒険者を辞めるにはまだ早い。別々のパーティーに入ることも考えたが、二人は共に冒険者を続けることに決め、パーティー名を変えて再出発した。


 オルコット団の時、ルシアから見てウォーレンはパーティーメンバーの一人であり、特に何もなかった。しかし、二人で依頼を受けたり、他者と臨時パーティーを組んだりしながら冒険者業を続けている内に子供を身ごもった。

 ルシアとウォーレンは冒険者業を辞めて、ウィットモア領に定住。ウォーレンはギルドに所属し、ルシアは内職を始めた。


 二人の娘、ラナは無事に生まれたが、体の成長は遅く、病弱であった。最初は分からなかったが、月日が流れるとその差ははっきりとしてくる。

 それでも少しは外で遊べるくらいには元気だったのだが、九歳になってから急激に体調が悪化した。そして、HPが下がるようなステータスへの影響も現れ始めた。

 医者に見せても原因はわからず、散歩程度しかできない。

 外で元気に走り回る子供や十歳くらいで仕事を手伝っている子供を見て、どうして健康に産んであげられなかったのかと悔やむ日もあった。


 その頃ウォーレンはギルドの仕事を続けながら冒険者業をしていた。

 最初はギルドだけで働いていたが、安定した給与はあっても安い。

 ラナの体が弱いことがわかってから、今後のことを考えて冒険者業を始めようと思ったのだ。そんな時に出会ったのが元盗賊団である。


 ウォーレンが商隊の護衛の依頼を受けている時に、子分たちが襲いかかったのだ。ウォーレンと冒険者のパーティーで全員捕らえ、町に着いてから騎士に引き渡した。

 その後、盗賊団はなけなしの金や装備を没収され、罰を受けたあと町の外に放り出される。仕事を終えたウォーレンがたまたま途方に暮れる元盗賊団の子分たちを見つけて冒険者にしたのだ。


 それから元盗賊団に冒険者のノウハウを教えながら共に依頼を受けるようになった。

 そして、ラナの体調が悪化してからは特に冒険者業に力を入れた。

 すでに医療費がかさんでいるのはわかっていたが、別の有名な医者にも見せたいと思っていたのだ。そのためには金が必要だった。


 ルシアはウォーレンが冒険者を始めたことや元盗賊団とパーティーを組んだことを聞いて、心配していた。

 いくらウォーレンが頑丈とはいえ、疲れた体で冒険者業を行うのは危険だ。単独ではなくパーティーを組んだと言われても組む相手が元盗賊団である。

 だからと言って、やめてとも言えない。金はなかったし、ギルドの仕事が無いときだけ冒険者をするような者とあえてパーティーを組むなんて者はいないからだ。仕方がない部分はあると言っても心配は尽きなかった。


 ラナの体調が目に見えて悪くなり数ヶ月経った時、ウォーレンが薬を持ってきて娘に与え、体調が少し良くなった。

 ウォーレンはオルコット団で初めて会った時から無口な方である。

 薬についても何も言うことはなかったが、これだけ付き合いが長いと危険なことに手を出そうとしてることくらいはわかった。

 そして、止めても聞かないこともわかっていた。


 そして数日後、ウォーレンが翌朝に帰ると言って出て行き、帰って来なかった。

 朝が正確に何時かはわからなかったが、昼の鐘がなった時、ルシアは覚悟を決めて荷物をまとめ始めた。

 仲間が帰って来ない時は死んだと思え。冒険者ならば一度は聞く言葉である。

 それに、今いる場所が危険になる可能性もある。そもそもウォーレンがいなければ稼ぐことが難しく町には住んでいられない。

 ルシアとウォーレンは帰って来なかった時にどこに行くか決めていた。


 とうとうこの時が来たかと思いながら家を整理して荷物をまとめていく。

 ラナも数少ない自分の物だけはまとめる。


「ラナ、必要な物だけにするんだよ。多くは持てないからね」


 ルシアはラナも抱える気でいたため、最低限の物しか詰めていない。


「うん。でもこれはお父さんから貰ったものだから」


 ラナは小さな人形を見つめて言った。そんな姿を見ると、ルシアは厳しく言うことができなくなる。


「それくらいなら詰めても変わらないよ。入れときな」


「ありがと、お母さん」


 そう言って笑顔になるラナを見てルシアも微笑んだ。そして、自身が厳しい表情をしていたことを自覚した。

 ラナは笑顔でいることが多い。外に出られない分、ルシアの内職を手伝ったりしているのだが、そんな時も楽しそうに笑っている。

 そんなラナにルシアは救われていた。


 その時、ドアをノックする音が響いた。

 ルシアは立ち上がろうとするラナを手で制し、武器を装備して返事をする。


「どちら様で?」


「えーっと、オルコットが山に入った、と伝えにきました」


 これはルシアとウォーレンの暗号である。ウォーレンが捕まったことがわかった。

 聞こえたのは子供の声だったが、油断はできない。


「オストラウは?」


「夏の花、です」


 とりあえず来た者が仲間であることがわかり一息つく。冬の花や乾季の花と答えられたら逃げなければならない。それでも油断せず扉を開けた。

 そこにいたのは少年を中心にした年若いパーティーだった。

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