第105話 ルシアとラナ

 セージは、扉を開けたルシアとその奥で座って作業していたラナに目を向ける。

 この辺りの集合住宅で一般的な間取り、大きい部屋が一つだけという造りだった。外観からみると古さを感じたが、部屋は綺麗に保たれていた。


(本当に妻子がいたんだ。嘘ついてる感じしなかったけど半信半疑だったんだよね。ウォーレン、素直)


 セージはウォーレンの話を思い出しつつ、愛想良く挨拶する。


「こんにちは。セージと言います。ルシアさんですね?」


 ルシアは軽く頷いて質問を返す。


「ウォーレンは?」


「ウォーレンさんはある依頼の途中で捕まりました。あっ、でも元気ですよ」


「どうして捕まったんだい?」


「依頼者に騙されたからですね。詳しい話は後でしますので、ウォーレンさんのところについて来てくれませんか? ルシアさんとラナさんにはウォーレンさんと生活して欲しいんです」


 セージはウォーレンの娘であるラナに気を使って内容を曖昧に話す。


「ラナのことも知っているのか」


「ウォーレンさんから聞いただけですけどね」


 ルシアはウォーレンが無事生きていることがわかり安堵しつつ考えた。

 騙されたと言っているがウォーレンは馬鹿ではない。騙されている可能性があるとわかりつつ、危険な賭けに出たとルシアは思ったがそれを口には出さなかった。


 ルシアとしてはウォーレンが捕まった方が不思議に思えた。

 ウォーレンは慎重に事を進めるタイプである。オルコット団にいたときも、少しの無理は無茶じゃないと突き進もうとするアーロンを止めることが何度もあった。冒険者らしくないとも言える。

 そして、ルシアたちを連れて行こうとする者にウォーレンが合言葉やラナの名前を言うとは思えないため、家から離れるように仕向けていると考えられた。


「ここにいると危険なんだね?」


 ルシアの質問にセージは少し驚きつつ答える。


「ええ、その可能性があります」


 ルシアはさらに状況を考えて、着いていくしかないと判断した。ふぅっと息をついて答える。


「わかったよ。すぐに準備を済ませるからちょっと待ってな」


(話が早いなぁ。助かるけど。結構雑な説明だったから補足が必要だと思ってたのに。冒険者の妻だからかな? 最初の合言葉に何かあった?)


 セージとしては、たいした説明もなく、急に配偶者が捕まったので一緒に来てくれと言ってついてくるとは思っていなかったのだ。


「荷物は僕らが持つので……あれっ、もうほとんど準備が終わってる?」


「そうさ。もう少し遅ければ出ていくところだったよ」


(本当にすごい判断力。見習わないといけないかも)


「間に合って良かったです。ところで、ラナさんに飲んで欲しいものがあるんですが、良いですか?」


「えっ? 私に?」


 急に話を降られたラナが目を丸くしてセージを見る。ルシアは警戒するようにセージに向いた。


「何を飲ませる気だい?」


「セン茶ですね」


「セン茶? そんなものじゃあ……」


 ルシアはそこで言葉を止めた。ウォーレンが持って帰ってきた薬を思い出したからだ。薬といっても鑑定で高品質の茶としかわからない代物だったが、それでも効果はあった。


「ラナさんのことは少し聞いています。お茶で病気は治りませんけど、疲労回復だけでなく体力増強の効果がありますよ。台所借りていいですか?」


「ああ、好きに使いな。ただね、悪いけど飲む前に鑑定はさせてもらうよ」


 セージは台所に向かいながら意外そうな顔をする。


「商人だったんですね」


「内職をしているからね。自分で作った物の品質くらいは知らないといけないものなんだよ」


「なるほど。鑑定が使えて良かったです。変な物じゃないってわかりますから。ついでに体力がつくような軽食も作りますね。これから移動するので少しでも体力をつけて欲しいんです」


「ラナは私が抱っこして行くよ」


「町から出たときにはそうしてください。でも出る前はなるべく歩いて欲しいんです。どこで誰が見ているかわかりませんし、こっそりと自然に出ていきたいんですよ」


(ここの貴族は信用できないしなぁ。何か手を打たれていると厄介だし)


「ウォーレンはそんなに危険なことに足を突っ込んだのかい?」


「それはまだ良くわかっていません。調査はする予定です」


(まぁ調査はディオンに任せるけど。獣族、より獣人族の方がいいかな。何人かを調査隊として派遣してもらおう。リュブリン連邦にも関わることだしいいよね)


「わかったよ。ところであんた、魔法士だったんだね。剣を持ってるから戦士かと思ったよ」


 セージが台所で話の合間に生活魔法を使うところを見て問いかける。

 一般的な魔法使いは杖が基本装備だ。INTを補正する効果の杖が人気だが、セージには必要がない。


「戦士のような戦いも出来るようになりたいんですが、今は魔法の方が得意ですね」


「もしかして魔導士になってんのかい?」


「ええ、なってましたね。ルシアさんは、聖騎士ですか?」


「そうだよ。聖騎士って言っても何年も戦いに出てないからね。腕は錆び付いちまってるだろうね。そこの嬢ちゃんたちも聖騎士かい?」


 そんな雑談をしながらルシアは着々と荷物をまとめる。質問をしているのは相手を知るためだった。

 味方にせよ敵にせよ情報を引き出しておくことで役立つことはある。

 セージとしても共に行動するのであれば、ある程度お互いに知っておくのは大事だと考えていた。

 ちょうどルシアとラナが荷物をまとめ終わったところでセージの料理も終わる。


「さて、できましたので、どうぞ鑑定してください」


 ルシアはセージの出してきたものを鑑定し、難しい表情をする。


「こんなもの初めて見たね。セン茶を作るんじゃなかったのかい?」


「ええ、ただのお茶ですけど高品質なので効き目は良いですよ」


「私には別に見えるけどね。『せんじゅのしずく』ってなんだい?」


 鑑定ではアイテム名と『センの葉に残る朝露の最後の一雫を集めた物。これを飲めば寿命が延びると言われている』という説明が表示されるだけで効果はわからなかった。

 セージはその言葉に驚愕して、すぐに鑑定を行った。そして、「ほぁあ!」と叫ぶ。


「これ『千寿の雫』ですよ! まさか!」


「いや、あんたが作ったんじゃないか」


「そうですけど、まさかあの『千寿の雫』ができるなんて……あっ創造師、ということは他のアイテムも……」


「その『千寿の雫』って言うのはそんなにすごいもんなのかい?」


「いいえ! すごくはないですね!」


「じゃあ何だって言うんだい!?」


 FSで登場する『千寿の雫』とはイベントアイテムである。戦闘に使えるような物ではない。

 ガブリエール・ザンデルが頭角を現す前、FS2に登場する名匠と名高いドワーフに剣を打ってもらうために使うアイテムだ。

 酒の飲み過ぎで体を壊したドワーフを元気にする薬で、それ以外の効果はわからなかった。


「いやぁ、すみません。ちょっと驚きのあまり気が動転してしまいました。元気になることは間違いないでしょう」


 セージにとってイベントアイテムを作ることができるのは驚愕すべきことだった。

 ゲーム上では作ることはもちろん不可能。そのフレーバーテキストから作製方法を考えても、最後の一滴を集めるとか月の光だけを当て続けるとか、到底不可能なことしか書いていない。それで、イベントアイテムは作れない物なのかと諦めていたのである。

 ルシアは訝しげな視線を向けながら言う。


「良くわからないけど、とりあえず飲んで効果はあるんだね?」


「ええ、効果はあるはずです。あっ、その前に治療魔法試しますね」


 そこでルシアはセージに鋭い視線を向ける。


「ちょっと待ちなよ。ラナの病は治療魔法で治るもんじゃないんだ」


「そうですね。だから試すだけですよ。使う魔法は『エクソシス』だけですから」


 その言葉にルシアはセージを睨み付けた。


「ラナは呪われてるんじゃない!」


 ルシアが爆発するように怒鳴る。セージは驚いてピタリと止まった。

 治療魔法『エクソシス』は呪いを解くための魔法である。ルシアはラナが呪われているように見られるのは腹立たしかった。

 それに、すでに『エクソシス』は昔に試して、効果がなかった。結局、教会で呪いを解く魔法をかけられたことで、ラナが自分の体は呪いにかかっているようなものなんだと思わせるだけに終わってしまった。一縷の望みにかけてのことだったが、そのことをルシアは未だに後悔している。

 時が止まったかのように部屋が静寂が満ちる。外の喧騒がやけに大きく聞こえた。

 ラナの「お母さん、私は大丈夫だから」という声が響く。


「……怒鳴ってすまないね。ラナは生まれつき体が弱いんだよ」


「こちらこそすみません。軽率でした。医者ではないので病のことは僕にはわかりませんが、ステータスに呪いがなくても呪いの可能性があると聞いたことがありまして。例えば……HPがわずかに下がっていく呪いとか」


 ルシアはそのことを聞いて息を飲んだ。数ヶ月前からHPが減っていたのである。

 月に1程度ではあるが、元々のHPが低いラナにとって1でも大きい。寿命が迫るような気がして不安に押し潰されそうになっていた。


「ウォーレンに聞いたのかい?」


「ええ。それで、古い呪いを思い出したんです。この呪いは……まぁとりあえず治療魔法を使いましょう。もしかしたら違って期待させるだけになるかも知れませんし」


 古い呪いとはFS初期に出てきた呪いのことである。この時の呪いはイベントであり、その後、状態異常の呪いや、装備やアイテムの呪いが現れて使われなくなった。


「私が隣で見てるけどいいね? 呪文もはっきり発音してくれるかい?」


「ええ、いいですよ。それでは手を出して下さい」


 魔法をかけるときは相手に触れる必要があるため、セージはラナの手を取り呪文を唱える。

 そして、『エクソシス』を発動した。

 ラナにキラキラとしたエフェクトが出たが、セージには効いているのかはわからない。


「どうですか? HPに変化はありますか?」


 セージが黙ったままのラナに聞く。

 それでもラナは黙ったままだった。

 無視しているわけではない。ラナは答えようとしていた。ようやく開いた震える口から「ぁ……」と僅かな声が漏れるだけだった。

 そして、ステータスを見つめる目から涙が流れる。


 不安に思っていたのはルシアだけではなかった。

 親に無理をさせないよう常に元気であるようにみせていたが、心の中ではじわりじわりと死がせまるような恐怖があったのだ。

 ルシアには言わなかったが、夜中にHPが0になる夢を見て飛び起きることもあった。

 止めどなく涙を流すラナをルシアが無言で抱きしめる。

 ラナは幼い頃のようにルシアの胸の中で声を上げて泣くのであった。


*****************************


 その頃、セージは空気を読んでいた。玄関付近にいるシルヴィアたちを見ても首を振っている。

 だが、セージは急いでいた。

 貴族に狙われる可能性や、樹上の道を通ることを考えると早く移動したい。それに早く帰らないと焼き肉パーティーができない。さらに『千寿の雫』の効果がどうなのかが気になっていた。

 ただ、流石にこの瞬間を遮ってはいけないと思った。

 どうしようかと思ったその時、買い物から戻ったベンがそっと家の中を覗き、空気を読んで隠れたのが目にはいった。

 このタイミングを逃すわけには行かないと思ったセージは口を開く。


「えっと、とりあえずこれも飲んでみてください。あと、時間も無いですからそろそろ出発したいですし……」


 セージは小声で言い、『千寿の雫』を差し出した。

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