第102話 神閻馬戦後

 神閻馬戦の後、セージたちは急いでラミントン樹海の樹上の道を通り、ブルックの町に戻った。これにはいくつか理由がある。


 騎士に見られているため、森から出てこないと不審に思われる。説明するとなると樹上の道の事を話すことになる。

 ウォーレンの話を聞く限りウィットモア領主に樹上の道の存在が知れるとリュブリン連邦が危険だ。そのため、今は隠した方が良いと判断した。

 それに、元盗賊団の親分、ウォーレンの妻子のこともある。貴族に狙われる可能性もあるため、注意が必要だった。

 あと、荷物を預けていたり宿を取っていたり買い物をしたり細々したこともある。

 セージたちは全ての用事を済ませて、ウォーレンの妻子と次の町に向かうフリをしながら、リュブリン連邦へと戻った。


 リュブリン連邦に戻ってから、セージ主催の焼き肉パーティーが行われた。グレートホーンの下処理はすでに終わっていて、セージは下味を付けて焼くだけだが、それでも調理師としての効果はある。

 それに、リュブリン連邦で塩や香辛料は生産してないので高級品だ。今回はウィットモア領で仕入れて来ていた。

 獣族の中で人族を嫌う者は多いが、この焼き肉パーティーの間にセージたちへの印象は変わった。


 セージは神閻馬に最もダメージを与えたのはディオン、そしてアニエスだと言い、ディオンはセージたちがいなければ神閻馬を追い払うことはできなかったと言い、讃えあった。

 そもそも神閻馬は十パーティーの精鋭が全滅した相手である。それをたった二パーティーで撃退したというのは奇跡的であった。

 それに、セージとディオンはまだ会って数時間しか経っていないにもかかわらず、旧知の仲だったかのような話し方をするため、獣族の仲間のような感じがしたのである。


 また、グレートホーンの圧倒的な早さでの討伐も印象アップに一役買っていた。

 最初はさすがに討伐が早すぎて信じられていなかったが、急に大人しくなったテレーズがそれを認めたため、一気に信憑性が高まった。

 それに付随してワイバーンの件や盗賊団の捕縛の話も流れて、その強さに一目置かれ、セージの貢献がどんなものだったのかが伝わったのである。


 それに加えて、焼き肉だ。調理師をマスターしているセージが、仕入れた調味料を惜しみ無く使って味付けした焼き肉は格別であった。

 グレートホーン一頭分あれば今回の戦闘参加者が全員食べても余りある量になる。

 獣族猫科は肉が好きな者が多いこともあり、これが好印象になるのに一役かっていた。セージはそれを狙っていたわけではないが、意外と効果的だったのである。

 ちなみに調味料代はディオンに請求した。


 人族に対する感情が180度変わる、というわけではないが、セージたちは獣族の仲間であり恩人として受け入れられ、他の人族に対しても態度が軟化したように思われた。

 また、今回の件でセージは自由に入国できる権利と武器を借りることができる権利を要求した。セージは単に欲しい物が無かったため権利を貰った方が得だと思ったのだが、金や物を要求しない態度に獣族たちは驚いていた。


 様々な理由で受け入れられたセージたちはディオンの家で泊まり、翌日出発することになる。

 ただし、メンバーは異なった。

 セージ、ベン、テレーズ、ウォーレン、マルコムの五人だ。


 ライナス、シルヴィア、チャドの三人はミュリエルとカイルに師事することになった。

 カイルとミュリエルは勇者を目指しているため最初断ったものの、特にライナスが強く希望し、セージが頼んだため了承したのである。

 セージはカイルとミュリエルに、代わりにと言って特急・賭博師マスター法を伝授した。

 これは今までの経験や勇者になったルシール・ラングドンの話を聞いて改良したマスター方法だ。これを知っていればマスターは確実、今考えられる世界一のスピードでランク上げが可能となる。

 カイルとミュリエルはセージの言葉を疑わず、これはライナスたちにしっかり指導しないといけないな、と考えるのであった。


 テレーズは最後のボス戦で援護したという戦果はあるものの、セージとディオンの指示を無視して仲間を危険にさらしたということで、五年間リュブリン連邦からの追放処分となった。

 人族の町で人族と共に暮らし、人族を知ることが重要だという意図もある。

 それに、テレーズの反省、英雄の娘、テレーズの母親、獣族感情など様々なことを考慮し、ディオンが決めたことである。


 グレンガルム王国内で獣人族を見かけることはあるが、獣族を見ることはほとんど無い。

 サルゴン帝国はほぼ人族で構成されており、ザンパルト王国はグレンガルム王国と同程度。アーシャンデール共和国には戦争を起こした獣族犬科がいる。

 ザンパルト王国の隣に獣族が住む地域はあるが、テレーズが追放処分になったことはそこに伝わるようになっている。


 見た目が全く異なる獣族は人族の町では目立つ。

 なれる職業も冒険者くらいしかないが、一番揉めやすいところでもあった。煽られて喧嘩になり出禁になる獣族もいる。

 魔法が苦手な獣族は回復役が欲しいがそうそう仲間になる者はおらず、回復薬を買うためには稼がなければならない。ただ、冒険者は10級からスタートで稼ぐことは難しい。

 それに、地域によっては宿で宿泊を断られるなどの扱いを受けるなんて話もある。

 獣族に反人族派がいるように、人族の中にも反獣族派がいるのだ。

 様々な理由から獣族は人族の町で住みにくいため、ほとんどいない。


 一部の獣族の戦士たちは戦いを見ていなかったので、罰が重すぎるとディオンと揉めたのだが、テレーズは寛大な処分になったと言い受け入れたので収まった。

 テレーズの変化に戸惑って、揉めるような感じではなくなったとも言える。

 そのテレーズはセージが人族の町に戻るための戦闘要員としてパーティーに入り、その後、別れる予定になっていた。


 ちなみにディオンは里長を辞すことに決めた。

 今後は樹上の道が見つからないかの確認とウィットモア領の情報収集を行う予定である。

 これはウィットモア領主が月鏡の武器を狙った件について探るためだ。

 里長としての引き継ぎが終わり次第、獣人族と共にウィットモア領を目指す予定だった。


 ウォーレンは家族が人質になり、セージたちの盾として行動することになった。セージたちのパーティーから物理耐久力のあるメンバーが抜けたからだ。

 ただ、ウォーレンは娘がセージの薬によって体調が上向きになったことを知っている。セージには感謝していたため何があっても守るつもりでいた。

 セージを送り届けた後は速やかに戻り、リュブリン連邦で働くことになっている。


 他の元盗賊団メンバーは強制労働になったが、不器用な者が多い獣族の代わりにできる仕事は多い。

 盗賊団時代にそれぞれ下働きはやってきていたので、意外と有能だった。

 人によっては盗賊や冒険者をするよりも向いているのではないかと考えていた。


 マルコムはセージから、ついて来て欲しいと頼まれた。ウォーレンとテレーズが抜けるとベンと二人になる。マルコムがいると何かと便利だった。

 セージの頼みなので断りはしなかったのだが、マルコムは相変わらず文句は言っていた。


「セージとベンだけだと厳しいこともあるだろうし別に良いんだけどさ。なんだか便利に使われている気がするんだけど。扱いが酷いというか」


「あっ、じゃあ良いですよ。二人で何とかしますから。残念だなぁ。魔道具師のランク上げの道具が揃ってるんで旅をしながら説明しようと思ってたんですけど」


 マルコムは暗殺者の上級職、忍者になるため魔道具師のマスターを目指していたのだが、実は行き詰まっていた。ランク30に近づいたあたりから急激に上がらなくなっていたのである。

 そのため、マルコムはセージの言葉に慌てて答えた。


「えっ、いや、断るわけじゃないよ? 一応言っておかないとと思っただけで」


「いやいや無理しなくて良いですって。実は今朝魔道具師をマスターして必要なくなったんですよね。捨ててお……」


「あっ実はそろそろリュブリン連邦から離れようと思ってたところでさ」


「そうなんですか。じゃあ僕らは先に行き……」


「一緒に連れて行って!」


 そんな一幕がありつつマルコムはセージと共に行くことになった。



 ちなみに人族の商人ビリーは神閻馬戦後に無事解放された。ただ、色々あった猫科の里ミコノスはまだしも、リュブリン連邦内の他の里で人族は目立つ上に歓迎されない。

 そそくさとリュブリン連邦を縦断し、逃げるようにアーシャンデール共和国に向かった。


 しかし、リュブリン連邦とアーシャンデール共和国の間にある谷間の道で魔物に襲われ戦闘が勃発。それに伴い谷の一部が崩落した。

 馬車が通れなくなり、一日岩場での生活を余儀なくされたが、ビリーにとってそれくらいは日常茶飯事。

 力仕事はあまりできないが、料理や回復薬をつくったり、馬の世話をしたりして、出国間近で獣族と仲が良くなるのであった。

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