第101話 ライナスは観察する

 ライナスは戦いを見ていた。見ているしかなかった。戦闘に参加できなかったことは現在の職業上仕方がない。

 ベンより遅く、避けるより守る戦いをしてきたため、今回の戦いの攻撃役には向いておらず、武闘士では盾役に向いていない。

 それがわかっていても悔しいことに変わりはなかった。

 そして、テレーズがミスをした時にはイライラとした気持ちをぶつけてしまった。


(俺の言い方じゃただの八つ当たりだ。マルコムさんのように冷静に伝えられるようにならないと)


 言うことを聞かずに暴れるテレーズのフォローをさせられたマルコムは、テレーズに怒るのではなく諭していた。

 そんなマルコムを見て、ライナスは反省したのである。マルコムの言葉はテレーズだけではなくライナスも考えさせられる事だった。


 ライナスのそばにはテレーズがいる。

 テレーズは意気消沈していて先ほどまでの威勢が嘘だったかのようにおとなしい。じっと戦いを見ているだけで、心なしか尻尾も力なく見える。

 ライナスが見張りのようになっているが、再び戦いに走ることは無いだろうと思えた。


(まさかこんな風になるとは。マルコムさんの言葉が利いたのか)


 テレーズとライナスが入ることなく順調に進む戦いに複雑な感情を持ちながら、少しでも次につながる事が吸収できるように観察する。

 そして、セージから聞いていたように神閻馬が逃走のための魔法を発動した。


(これで終わりか。何もできなかった。俺も……いや、ベンは違和感なく混ざっていたが、俺には無理だっただろうな)


 ライナスは客観的に見てそう思った。ベンの素早さはアニエスに匹敵する程であり、死角に移動しながら攻撃する戦い方は見事と言える動きだったのだ。

 神閻馬が魔法を発動した後、真っ暗になった空間から神閻馬が飛び出し、そのまま森の奥地へ駆け去った。


(俺はまだまだ実力が足りない。これから……)


 その時、ボスの範囲に入る感覚がした。ライナスはハッとして辺りを見渡す。


(ボス? どこだ!?)


 神閻馬戦はライナスから見て北側で行われていたのだが、東から地響きをたてて走る魔物が見えた。


(あそこか!)


「グレートホーン……」


 テレーズが魔物の名前を呟く。

 元々ラミントン樹海に生息しているボスであり、当然テレーズも戦ったことがあった。

 グレートホーンは体長五メートルはある四つ足の魔物である。バイソンに近い体つきだったが、大きく異なるのは角である。ねじ曲がりながらも前に突き出す巨大な角は悪魔を思わせる形状であった。

 ライナスは少しの逡巡の後、決意する。


「テレーズ! 行くぞ!」


 テレーズはライナスの言葉に反応するが、戸惑いの表情を見せてすぐには動かなかった。

 ライナスはパーティーの申請をテレーズに出して、走り出す。

 暗闇の中がどうなっているのかは正確にはわからなかったが、HPが1になるということはセージから聞いていた。

 だからこそ、ライナスは急いだ。


(間に合え!)


 猛烈な勢いで迫るグレートホーン。一度スピードに乗ると猛烈な速度になる。

 焦るライナスの横を駆け抜ける影。

 テレーズがライナスを追い越し走った。


(速い!)


 戦いを見ていたので速いことはわかっていたが、マルコムがいたため目立たなかった。しかし、実際に並んで走ると、ライナスとの段違いの差がわかる。

 テレーズは一直線にグレートホーンへ駆け、捨て身の体当たりをし。


 グレートホーンは横から強烈な体当たりを受けて走る方向が変わり木に激突。そのまま木を折り倒し、踏み越えた後、グレートホーンがテレーズに向く。


(くそっ……!)


 ライナスは自分の情けなさに歯噛みする。

 騎士は守る戦いの方が多いためスピードを求められることは少ない。ライナスはこの時初めてスピードが欲しいと思った。

 テレーズはグレートホーンの攻撃を避け、さらに攻撃を加える。


「メガフィスト!」


 気合いを込めた一撃はグレートホーンにダメージを与えた。

 しかし、グレートホーンはそれをものともせず足を叩きつけて特技を発動。テレーズの足下から土の槍が飛び出す。

 その攻撃を読んでいたテレーズは跳び避けて体を捻り、木に足で着地。そして、木を蹴りグレートホーンへ飛び掛かった。


「メガフィスト!」


「メガスラッシュ!」


 追い付いたライナスと同時に攻撃した瞬間、グレートホーンは角を振り回し、足を地面に叩き付ける。その轟音と共に、地面から全方位に土の刃が飛ぶ。

 角を盾で受け止めていたライナスは土の刃の直撃を受けて大きなダメージを受けたが、テレーズは盾への衝撃を利用して宙返りしながら避けていた。

 テレーズはグレートホーンとの戦いに慣れており、ほとんどの攻撃を防御や回避することができる。


(くそっ! 焦るな! できることをするんだ!)


 ライナスは自分に言い聞かせ、回復魔法を唱えながら戦う。学園でパーティーを組むと、ライナスが敵を引き付けて戦うスタイルになる。

 サブアタッカーとしての動きにも慣れていない上に初見のボスだ。

 攻めるテレーズと思うように戦えないライナス。

 ライナスは逸る気持ちを抑えながら戦った。

 そして、後ろから声がかかる。


「引け!」


 その言葉にライナスは無理矢理にでも下がらせようとテレーズの方を向いたが、すでにボスから離れようとしていた。


(本当にさっきまでの戦いは何だったんだ)


 テレーズの変貌に驚きながら、ライナスも離れた。

 ボスはテレーズを追おうとしたが、そこに強烈な魔法が襲いかかる。


「インフェルノ」


 呪文と共に立ち上る業火。

 赤髪のセージがグレートホーンに手を向けていた。


(セージの髪が赤い? それにこの魔法は?)


 ライナスは疑問を持ったが、それに答えるものはいない。

 ボスは炎の中で少し怯んだものの、抜け出そうと動く。そこへカイルとミュリエル、ディオンが前に出る。

 グレートホーンは突進を仕掛けるがカイルが立ちはだかった。


「シールドバッシュ!」


「メガスラッシュ!」


「ブレイクタックル!」


 三名は次々に特技を発動。そして、セージが呪文を唱える。


「インフェルノ」


 グレートホーンは再び炎に包まれたが、炎の中で地面に足を叩き付け反撃する。

 襲いかかる土の刃をカイルとミュリエルは防御、ディオンは跳躍で避ける。グレートホーンはディオンが避けた方向とは別方向に跳びながら角を一閃。ディオンは予想していたため、不可視の刃を防御する。


「フイウチ」


 どこからともなく現れたマルコムが攻撃し、すぐに離脱する。マルコムに放ったグレートホーンの後ろ蹴りは不発に終わり、さらに突進を仕掛けようとした所で業火に包まれる。

 すると、グレートホーンはセージに向かって突進を開始。それをカイルが正面から受け止め、回復魔法を唱えて全員を回復する。

 グレートホーンの動きが止まった隙に、ディオン、ミュリエル、マルコムが一斉に攻撃を加える。そして、グレートホーンが放つ土の刃を回避・防御し、カイルはハウリングを発動した。

 グレートホーンが怒りの突き上げを放ち、カイルがそれをいなした所で、セージの『インフェルノ』が襲いかかる。


 ライナスとテレーズは少し離れたところでその戦いを見守っていた。ボスの領域から出ることはできないが、その戦いに混ざることも躊躇われたからだ。

 あまりにもハイレベルな戦いに、邪魔になるとしか思えなかった。


(これが一級冒険者、獣族の長、そして本気のセージか。俺は……弱い)


 隣を確認するとテレーズも戦いに集中しながら大人しく立っていた。いつの間にか他のメンバー、シルヴィアやアニエスたちも周りに集まって、戦いを見ている。

 何かあった時のため戦闘状態は解かないが、誰一人として戦闘に加わる様子は無い。


 皆が見守る中、セージたちは五分もかからずグレートホーンを倒した。リュブリン連邦の誰も追い越せない圧倒的早さで討伐した後、セージはパーティー内で話をするとライナスとテレーズの方へ来た。

 思わず身構えるテレーズにセージが話し掛ける。


「グレートホーン横取りする形になっちゃってすみません。それで素材の話なんですけど、焼き肉にして良いですか? グレートホーンの焼き肉が食べたくて」


(焼き、肉? 今伝えることが、それ?)


 ずっと焼き肉が食べたいと思いながら戦っていたセージは真剣な顔で問いかけ、ライナスとテレーズは呆気に取られながら頷くのであった。

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