第91話 戦いの準備

「あれっ? セージ? 何でこんなところに?」


 ディオンの後ろから現れたのはミュリエル。久しぶりの意図しない再会にお互いが驚いた。


「ミュリさんこそどうしてここに?」


「なんだ知り合いだったにゃ」


 意外そうなディオンにミュリエルが答える。


「セージとはグレンガルム王国にいた時知り合ったにゃ」


(にゃ? ミュリってそんな話し方だったっけ? 確かに獣人族とは聞いてたけど)


 不思議そうな顔をするセージにミュリエルはハッと気づいて照れたように髪をくしゃりと触る。


「あー獣族方言ってグレンガルム王国では目立つでしょ? だから使わないようにしてたんだけど、故郷に帰るとやっぱりねー」


「故郷ってリュブリン連邦だったんですね。帰省中だったってことですか」


「ほら、あれだよ、故郷の農業を手伝おうかなーなんて」


(なるほど、農業師のランク上げか。勇者目指すには必須だもんなー)


「久しぶりだなセージ。少し成長したか?」


「僕もいるよっ!」


 さらに姿を見せたのはミュリエルと同じ『悠久の軌跡』のリーダー、カイルと小人族のクォーター、マルコムだ。


「カイルさん! と、マルコムさん?」


「何で僕は疑問形なのさ!?」


 カイルは勇者を目指すため農業についてくるのは不思議ではないが、マルコムは忍者を目指している。

 マルコムも実家に帰っていると思っていたから不思議に感じたのだが、セージはあえて違うことを答える。


「いやーなんだかマルコムさん、少し縮みました?」


「逆だよ! 君の身長が伸びたんだよ! ……えっ、縮んでないよね?」


 マルコムはカイルを見て自分の身長を確認する。


「さてと、そんなこと言ってる場合じゃないんですよ」


「話を流された!」


 嘆くマルコムは、むしろいつも通りな気がして、セージとしては安心感があった。


「本当に重要な話があってですね。ミュリさん、神閻馬と戦うために月鏡の剣を使って欲しいんですよ」


「えぇ? どういうこと?」


 急な提案にミュリエルが困惑し、カイルがセージに質問する。


「セージ、先に経緯を教えてくれないか? 俺たちは今町から来たばかりで全く把握できていないんだ」


 カイルの言葉にセージは盗賊団と会ってからの流れを話し、ディオンも追加で戦況を話してくれる。


「セージは相変わらずだな」


「相変わらずってなんですか」


「褒め言葉さ。ところで、神閻馬とはどう戦う? 戦況は厳しいようだが、何か対策はあるのか?」


「ええ、それが月鏡の剣です。月鏡の剣を使えば魔法を反射できるようになるはずなんですよ」


 ミュリエルが周囲を見るとディオンが「そのはずにゃ」と答える。


「それってただの伝説じゃなくて本当の話だったんだ。でも、あたし、というか誰も使えないんだよね」


「獣人族用の武器なのでミュリさんなら使えるんですよ。たぶん」


「へぇー……って、たぶん?」


「使ったことがないので。僕は人族ですし」


「そっか。でも、使い方はわかるんだよね?」


「知ってますよ。大まかな動きだけですけど」


「それじゃ、試してみよっか」


 ミュリエルは月鏡の剣を受け取り軽く体を動かす。当たり前のように進む話にマルコムが反応した。


「ちょっと待ってよ。何で知ってるの? みんなもおかしいと思うよね?」


「今更じゃない?」


「いや、僕も知ってるんだろうとは思ったけど、疑問を持つことが大事だと……」


「はい、マルコムさん、騒いでたら危ないですよー。剣を振り回しますからね」


「ちょっと! ごまかさないでよセージ!」


 セージはマルコムを押し退けて場所を作るとさっさと踊り始める。


「抜刀からこうやって剣を回転させながらこう。それで、横になぎ払いながら回ってこんな感じでひねって切り上げ、くるっとして斬る。それで、えーっと、また剣を回転させながらこうしてこの姿勢でピタっと、かな? 確かこんな感じだった気がしますね」


 あまり上手とは言えないセージの踊りだが、ミュリエルは見たことがある動きだと気付いた。


「これってもしかして……祭りの演舞?」


 ミュリエルが首を傾げて言うと、ディオンが「似てるにゃ」と頷いている。


「あれっ? 知ってるんですか?」


「うん。リュブリン連邦の独立祭の時に踊る演舞の一部に似てる、というか一緒なのかな? 最後の姿勢では止まらないけど」


「おおー、じゃあその演舞の方を踊ってみてください」


 ディオンから月鏡の剣を受け取ったミュリエルが踊り始める。その姿は優雅かつ勇ましい。セージはアナベルを見ているかのように思えた。


(これこれ! 完璧! カッコいい!)


 ミュリエルが最後にポーズをとった瞬間、剣がキラリと輝き、ミュリエルとカイル、マルコムを覆う透明なヴェールが一瞬見えた。


(発動した?)


「こんな感じで合ってるよね?」


「はい。完璧です。それじゃあ検証するので、マルコムさん。避けないでくださいね」


「へっ? 何を……あっ魔法を反射するかってことね。って何で僕なの!? MND高くないし、こういうのはカイルじゃ、ねぇ、聞いてる!?」


 セージは呪文を唱えているので当然答えられない。そして、マルコムに手を向けたまま魔法を発動した。

 マルコムはなんだかんだ言いつつすでに盾を構えている。


「ファイアボール」


「聞いてよっ! ……あれっ?」


 放たれたファイアボールはマルコムに直撃したかと思うと、そのまま跳ね返ってセージに飛ぶ。

 セージはそれを盾で受け止めた。


「良い感じですね。ミュリさん、もう一度お願いします。今度はマルコムさんだけじゃなくカイルさんも巻き込みますからね」


「あぁわかった」


「なんで僕は確定なの?」


「範囲魔法を使うので周りの皆さんは離れてくださーい」


 カイルとマルコムの返事と共にミュリエルは再び演舞を踊り、セージは呪文を唱える。

 ミラーシールドが発動した瞬間、魔法を発動する。


「ファイアウォール」


 炎の壁が吹き出すが、カイルとマルコムには炎が避けているかのようになり当たっていなかった。代わりにセージの下から炎が吹き出す。


(おっと、さすがに自分の中級魔法だとちゃんとダメージがあるな。まぁそれは良いとして、こんな感じになるのか)


「ミュリさん、もう一度。マルコムさん、カイルさんの後ろに隠れてください」


「はいはい。なんか僕の扱いが雑じゃない?」


 ミュリエルが再び舞い踊り、マルコムがぼやきながらカイルの後ろに隠れる。


「ブラスト」


 中級風魔法を発動すると、セージから扇状に烈風が吹きつける。そして、烈風はカイルに当たる瞬間に跳ね返った。

 それをセージは盾で受け止める。


(なるほど。後ろを守ることもできると)


「マルコムさん出てきてください。そして、動かないでください」


「はいはい、ってまさか?」


 マルコムに手を向けるセージ。


「ファイアボール」


「やっぱり!」


 放たれたファイアボールは予想通り跳ね返り、セージが盾で受け止める。


「セージ! 急すぎるよ!」


「検証を急いでるんですよ。それにたかがファイアボールじゃないですか」


「セージのファイアボールはなんか怖いんだよっ!」


 そんな検証を繰り返しやがてセージは満足する。


(よし、こんなもんかな。神閻馬が見つかったら出発しよう。その前に軽く食事かな)


「さて、ちょっとだけ食事して戦いに行きましょうか」


「やっと終わった……」


「ふー、疲れたねー! 剣を振り回して踊るって大変。失敗できないしさ。セージ特製のセン茶ちょうだい」


 マルコムは悲壮感を漂わせ、ミュリエルは元気よく疲れを表す。


「今用意するんでちょっと待ってくださいね。ディオンさん、ここの調理場借りても良いですか?」


「自由に使って良いにゃ」


「ありがとうございます」


 テキパキと準備をするセージにシルヴィアが話しかける。


「セージ、ちょっと説明して欲しいんだけど」


「あっそうでしたね。ではお茶の準備が終わったらみんなで自己紹介としますか」


「まったく。私たちは誰もわからないんだからな」


「すみません。ちなみに、ディオンさんはアナベル・ド・リールの弟で、カイルさんたちは『悠久の軌跡』というパーティーで一級冒険者ですよ」


「……えっ?」


「あっ、カイルさんたちに稽古をつけてもらえば強くなれる? 何か武器でも贈れば引き受けてくれるかな?」


 また、セージは一人で思考を巡らし始めたが、シルヴィアは歴史的人物の弟と王都でトップの冒険者パーティーという大物が出てきたことに、しばし呆然とするのであった。

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