第92話 神閻馬戦

 神閻馬との戦いの前に軽食を取りながら自己紹介をする。

 こうやって時間が使えるのは戦いの計画を話すためもあるが、神閻馬が神出鬼没だからだ。

 神閻馬は固定の場所に留まらない。ある一定の範囲にはいるが移動し続けるため、会おうと思ってすぐに会えるわけではなかった。

 そのため、捜索部隊が現在森の中を探索しているのである。

 セージは食事の間に神閻馬の動きや戦闘の作戦を話す。


(でも、リュブリン連邦の独立以外で神閻馬は野生のボスって感じだし。行動パターンって難しいんだよなぁ)


 リュブリン連邦に登場する時以外、神閻馬は神霊亀のような必須のイベント戦では出てこない。やり込み要素の一つとして存在する程度である。

 そういうこともあり、神閻馬の行動パターンを読み取るのは難しい。前足の動かし方や声の出し方などの僅かな違いを読み取り、瞬時に判断して動かなければならない。

 また、適切なタイミングで攻撃することで相手の行動を誘発するなどの方法もあるが、神閻馬を見たこともない今の状態でそれを伝えたところで実践するのは無理である。

 なので、セージは分かりやすい動きや魔法・特技に関してのみ伝えるにとどめた。そして、特に危険な魔法はマジックミラーで防御するため、その対策を話していく。


 セージのパーティーが盾役、ディオンのパーティーが攻撃役となり、二名一組で行動する。

 セージは初撃を行ってヘイトを稼いだ後は、挑発と回復を続ける。そして、その他は全員で攻撃。ミュリエルは神閻馬がある特定の行動をしたらマジックミラー発動、攻撃役は盾役の後ろに隠れてやり過ごす。

 基本的な作戦はこれだけである。

 あとは戦いの中で神閻馬の動作を覚えて、攻撃するタイミングを狙うだけだ。


「ということで、パーティーなんですけど盾役のパーティーにカイルさん、ミュリさん、シルヴィアさん、チャドさんと僕。攻撃役はディオンさん、マルコムさん、ベンさん、あと二名はディオンさんが決めてください。ライナスさんは後方支援をお願いします」


「我は二名選ぶだけでいいのかにゃ?」


 ディオンがすぐに反応して質問する。ディオンとしてはもっと獣族が参加すると思っていたのだ。


「そうですね。盾役は魔法防御力が高いこと、攻撃役は相手の攻撃に当たらないことが優先ですから。マルコムさん、ベンさんは素早いです。力より回避に長けた者を選んでください」


(とはいえ、あまりにも獣族が少ないかな? でも獣族のMNDは低いから盾役にはなれないし。マルコムとベンは獣族と比べても早いし。ライナスは今回はちょっと外れてもらおう)


 AGIのステータス補正では人族より獣族の女性にアドバンテージがあるが、マルコムは小人族のクォーターかつ暗殺者、ベンは忍者なので同等以上の素早さを持っている。

 ライナスは武闘士になっているため盾役には向かず、素早さも獣族に軍配が上がるためパーティーからは外れていた。


「まぁ良いにゃ。それなら、我とアニエスとテレーズが行くにゃ」


 獣族のテレーズは女性である。獣族の場合、男性はSTRとVIT、女性はSTRとAGIが高い。代わりにDEX、INT、MNDはどれも低い。

 今回は素早さ重視なので女性で戦える者が選ばれた。


(おー、意外と素直に提案を聞いてくれるんだ。よかったー。怒るかと思ってヒヤヒヤした)


「ありがとうございます。よろしくお願いします。では皆さんパーティーを組んでくださいね」


 それぞれステータスを見てパーティー申請、承諾をしていく。

 ステータスは自分にしか見えないので、端から見ると虚空を見ているようにしか見えない。そのため、大勢集まって虚空を見るという不思議な光景になる。


(冒険者ギルドでも見るから慣れたけど、皆集まって明後日の方向を見るなんて異様だよなー。さてと、それは良いとして)


「とりあえず、僕はマルコムさんの盾役になりますね。他の方も決めておいてください」


 今回メンバーになってはいないライナスは戦闘に参加せず、不測の事態に備えて後方で待機だ。

 ライナスと少し話をした後、マルコムに向く。


「そういえば、盾役の標的は僕がなりますので、攻撃役の標的はマルコムさんがなってくださいね」


「えっ?」


 唐突に話をふられたマルコムは驚いているが、セージは気にせず話を進める。


「ディオンさん、月鏡の盾をマルコムさんに渡して良いですか?」


「今回の件はセージに任せるにゃ」


「ありがとうございます」


 ディオンから月鏡の盾を受け取り、そのままマルコムに渡す。マルコムは戸惑いながら受け取ったが、拳を額に当てて困惑したように言う。


「セージ、ちょっと待って。攻撃役で標的にならなきゃいけないの? あれ? 攻撃役とは? 僕は魔法防御力もHPも高くないって知ってるよね?」


「もちろん僕が全力で標的になりますけど、全部とはいきませんから」


「でも、攻撃役は攻撃に専念したいなぁと」


「やっぱりそうですよね。今回はパーティーが二つなので、片方のパーティーだけ神閻馬の標的を取り続けるのは不可能ですから。攻撃役が攻撃に専念するために、マルコムさんが頑張ってください。それに、当たらなければどうということはない、ですよね。実質0ですよ」


「そりゃ当たらなければ……ってそれこそ不可能だよっ! 魔法を避け続けるってなに!?」


「攻撃と挑発も忘れずお願いしますね。あっ、避け続けるなら盾はいらない?」


「いるよ! 何言ってんの!」


「それとパーティーの回復もお願いします」


「役割多すぎ! ……ねぇ、これって冗談じゃないんだよね? 本当に僕が標的になって、攻撃と回復をするの?」


「もちろん本気ですよ。期待してますから」


 笑顔で答えるセージを見て、マルコムは深い溜め息をつく。


「……あーもう! いいよ、やるよっ!」


「さっすがマルコムさんですね!」


 マルコムからジトッとした視線を向けられたセージはコロッと話を変える。


「さて、ディオンさんあたりが計画を無視して動く可能性があるので、その時は守りに入ってください。神閻馬は僕が全力で注意を引きますから」


「それはいいけど。でも、ディオンより……」


 マルコムがそこまで言ったところでピィーと笛の音が鳴り響く。

 これは神閻馬が見つかった合図だ。


「さて、皆さん行きますよ!」


 セージは笛の方向へ走り出す。全員それについて走ると、誘導役の獣族が手を振っているのが見えた。


「計画通り初撃は僕がいきます! その間に神閻馬を取り囲むように散らばってください!」


 誘導役が示す入口から森に入り、数十秒も走れば神閻馬が確認できた。

 神閻馬は漆黒の艶やかな毛並みと周囲に漂う巻雲のような闇が特徴的である。体高はセージよりも低く、子供の馬のようにも見えるがこれで成体であった。


「散開!」


 セージは神閻馬を確認すると同時に指示を出し、自身は神閻馬に向かって直進する。周りの者は散開したが、その中で一名だけセージを追い抜いていく者がいた。


(早っ! テレーズか!)


 テレーズはセージを追い抜くと圧倒的な早さで引き離す。

 セージは呪文を唱える必要があるため息を切らせるわけにはいかない。全力で追いかけられない上に元々の能力としてもテレーズの方が高く、追い付くことは無理である。


(よし、行け! マルコム! 君に決めた!)


 セージの予想とは違いディオンではなくテレーズだったが、どちらにせよマルコムに代わりに走ってもらう。


(計画通り、ではないけど一応想定内ということで)


 セージは先行するテレーズとマルコムを見つつ戦い方を考えるのであった。

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