第90話 リュブリン連邦

 急いで進み始めたセージに皆がついていく。樹上の道なので全力で走れないが急ぎ足だ。


「何が起こってるにゃ?」


「リュブリン連邦の方で戦いが始まっています。相手は神閻馬の可能性があります」


「にゃっ、神閻馬!? 本当にゃ!?」


 神閻馬という言葉にアニエスだけでなく獣族は皆驚いた。


「まだ確証はありません。早く行って確認しましょう」


 そういうセージに対してシルヴィアは不思議そうな顔をしながら聞く。


「神閻馬って何? そんな魔物いた?」


「魔物学には出てきてませんが、世界学には出てきてますよ。リュブリン連邦の成り立ちのところで」


「……あぁ、混沌地帯に追い払った魔物のこと? 良く覚えていたわね」


 セージは授業で知ったわけではなくゲームで知っていたのだが「えぇまぁ」と言って誤魔化す。


 神閻馬が登場するのはリュブリン連邦独立の時である。元々リュブリン連邦の土地は神閻馬の縄張りであった。そこを切り開いたのがアナベル・ド・リールである。

 犬科率いる混成軍に包囲されようとしていたところ、アナベルが神閻馬を混沌地帯まで押し込め、その土地に逃げ込んだ。

 現リュブリン連邦への道はアーシャンデール共和国に繋がっている。現在も広くはないが、当時はより狭く荒れており、大軍で進軍することができなかった。

 そこでゲリラ戦を仕掛けることで進軍を止めることに成功した。


 犬科混成軍の数の方が圧倒的に多いため、突撃することで切り開くことは可能だと考えられた。しかし、その場合の被害が甚大になるため、手を組んでいた人族が反発。

 そこで犬科は和平交渉と言い、犬科首領自らが前に出てくることでアナベルを誘き寄せて奇襲。

 アナベルは奇襲から逃げることなく突撃。犬科首領を倒し、自らも討たれた。


 犬科首領が倒され、その側近数人も巻き込まれたことで強硬派の力が弱まり戦いが終結。獣族猫科はラミントン樹海に囲まれた場所、リュブリン平野に住み、後にリュブリン連邦になる。犬科はアーシャンデール共和国の一部になった。

 これがリュブリン連邦の成り立ちである。


「それでセージなら神閻馬は倒せるのか?」


「それは無理です」


「無理なのにゃ!?」


 シルヴィアの質問に即答するセージにアニエスが叫ぶ。

 神閻馬は魔法使いの天敵とも言える存在だ。元々の魔法耐性が高く、戦闘中は闇魔法『アブソリュート』を常に展開しているため魔法が一切効かない。

 また、素早さが非常に高く、なかなか攻撃を当てるタイミングが少なく、セージだけではダメージを与えることが困難であった。

 さらに、神霊亀と同様に一定ダメージで逃げたり攻撃パターンが変化する。今の状態で倒すことは不可能だと言えた。


 しかし、周りからするとセージはワイバーンの群れを一人で殲滅することができる存在である。そんなセージが言うと絶望的に思えてしまう。


「まぁ聞いてください。神閻馬のHPは高くないんですが、そもそもそれを削ることが難しいのと、すぐ逃げることが問題なんです。ですが、追い払うだけならなんとかなるかもしれません」


(そもそも神付きを倒すって簡単じゃないしなぁ。もっとレベルが高くなったら考えるけど)


 この世界には名前に神が入る魔物が複数いるのだが、それらは全てイベント戦で倒す必要のない、通常のプレイでは倒さない魔物である。

 たいていの場合、ラスボスより強いので倒そうと思えばかなりやり込む必要がある。


「追い払う?」


「そうです。混沌地帯に戻ってもらうんです」


(そんなことできるのか知らないけど。ゲームでもHPが半分以下になったら逃げるし、同じようになるよね?)


「そんなことできるのにゃ?」


「獣人族、獣族の皆さんに手伝ってもらえればできると想定しています」


 アニエスは少し考えて答える。


「わかったにゃ。信用するにゃ」


 セージたちは急ぎ足でリュブリン連邦に向かい、樹上の道を降りて森を走る。すぐに獣族の戦士に出会い、先導してもらい森を駆け抜けた。

 さらにしばらく走ると獣族が集まっているのが見えてくる。

 そして、獣族の中の一人が声を上げた。


「アニエス! 無事だったにゃ! まずは薬師の……」


(あの獣族ってもしかしてアナベルの弟、ディオン・ド・リール!?)


 集まりの中でもガタイの良い獣族猫科の男、ディオンがアニエスに向かって駆け寄ってくる。アニエスが前に出てディオンの話を遮った。


「父上、我は大丈夫にゃ。それより、神閻馬がでたのにゃ?」


(えっ父親なの!? まじか! アナベルの話をした時に言ってよ!)


 ディオンは驚いて足を止め、アニエスの周りにいるセージたちを見てから問いかける。


「アニー、どうして神閻馬のことを知っているにゃ? それにこの者たちは何にゃ?」


(早速会えるとは。後でアナベルの話とか聞きたいなぁ。今は自重するけど。みんながにゃーにゃー言っててシリアスさに欠けるけど一応緊急事態だし)


 語尾に『にゃ』をつけるのは獣族猫科の方言のようなものである。老若男女問わず『にゃ』をつけるため、ゲームでもシリアスな雰囲気を壊しがちだった。

 獣族ならまだしも、人族に近い見た目の獣人族で逞しい男でも『にゃ』をつけている。そのことに、セージはゲームで見て困惑したが、慣れると気にならなくなるものだった。

 むしろ、獣人族だと分かりやすくなるため助かると思っている。


 アニエスがディオンにここまでの経緯を簡単に話し、月鏡の剣と盾を渡す。

 そして、盗賊たちは獣族の者たちに引き渡された。


「この者たちがアニエスを助け、武器を取り返してくれたのにゃ。感謝するにゃ」


 ディオンはセージたちを見渡し、ライナスに手を出して握手を求める。

 しかし、ライナスはセージの背を押した。


(あれ? シルヴィアじゃないの?)


 セージが横を向くとシルヴィアは力強く頷く。


(えっ何の頷き? 任せるってこと?)


 セージは戸惑いながらもディオンを待たせるわけにはいかないので対応する。


「えっと、このパーティーの代表のセージです」


 そう言って握手するセージにディオンは一瞬意外そうな顔をしたが力強く握手を返す。


「これは失礼したにゃ」


「いえいえ、仕方ありません。僕も戸惑っているくらいですから」


「いや、見かけによらず強そうだにゃ。こんな状況じゃなきゃ歓迎したんだがにゃあ」


(歓迎って普通の歓迎だよね? 強そうだ発言からの歓迎って言われると、殴り合いでもするのかと疑ってしまうんだけど)


 セージはそんなことを思いながら笑顔で話を変える。


「ところで、神閻馬との戦いはどうですか?」


「戦いは厳しいが、次は総攻撃を仕掛けるにゃ。だが、なぜ神閻馬がいるとわかったにゃ?」


「闇魔法が微かに見えたんですよ。この地で闇魔法と言えば神閻馬ですし、戦いの音も聞こえましたから」


「よく知ってるにゃ。神閻馬は森の中からは出てこないから、町で休むと良いにゃ。後で話をしに行くにゃ」


 ディオンは総攻撃を仕掛けて神閻馬を倒す想定をしていたが、それに対してセージはそうですかと答えるわけにはいかなかった。


「町に行くのは魅力的ですが、神閻馬との戦いのお手伝いをしますよ」


「それは危険にゃ」


「町も危険です。日が沈むと森から出てきますから」


 セージの言葉にディオンの耳がピクピクと動く。


「それは本当かにゃ?」


「えっと、これは記録があったはずですけど。神閻馬は日光を避けるって。以前の戦いの時ディオンさんもいましたよね?」


「あの時は犬科の連中を止める役割だったから知らんにゃ」


(そうだったんだ。確かにアナベルのパーティーにディオンはいなかったけど)


 アナベル・ド・リールとディオン・ド・リール、通称ドリル姉弟は姉が攻め、弟が守りの要として動くことが多い。たいてい別々で戦っていたが、仲が悪いわけではない。

 セージはリュブリン連邦独立の戦いの部分を思い返しながら提案する。


「とりあえず、神閻馬を追い返す手伝いをしますよ。きっと役に立てるでしょう」


「追い返すにゃ?」


 ディオンは倒すことを考えていたので追い返すという発想はなく聞き返した。


「アナベル・ド・リールと勇者を含むパーティーは神閻馬を混沌地帯に追い込んでいました。それと同じようにできればいいと思っています」


「なるほどにゃあ……」


「父上。セージはワイバーン数十体の群れを一人で倒すほど強いにゃ」


 アニエスが飛び抜けた戦果を言い、ディオンの耳がまた動く。


「まぁ神閻馬は魔法が効かないので今回は補助に回りますけどね」


「周りを見れば戦いがかなり厳しいってわかるにゃ。頼むべきにゃ」


 それでもディオンはにゃごにゃごと迷っていたが、駆け寄ってきた戦士がごにゃごにゃと耳打ちし、やがて決心したように答える。


「そこまで強いなら手伝って欲しいにゃ。よろしく頼むにゃ」


「こちらこそよろしくお願いいたします。ところで、獣人族の方はいますか? 月鏡の剣を使って欲しいのですが」


 突然のお願いに戸惑いながらディオンが答える。


「獣人族? 獣人族もいるが、なぜにゃ? それに、月鏡の剣は使い方がわからないにゃ」


(うん? もしかして月鏡の武器が獣人族用って知らない? で、使い方も知らない?)


 月鏡の剣を使うとパーティー全員に『ミラーシールド』がかかるという強力な効果を持つ剣だ。『ミラーシールド』とは、魔法を一回だけ反射するという効果を持つ魔法である。

 神閻馬の強力な攻撃に闇魔法があり、その中でも強力な魔法はミラーシールドがないと一撃でHPが無くなるほどだ。

 また、月鏡の武器は獣人族用に作られた物であり、盾はそれ自体に効果があるので他種族でも使えるが、剣の効果は獣人族が使わないと発動しない。


「えっと、とりあえず強い獣人族の方を紹介していただけますか?」


(んー、これは困った。というか月鏡の剣が使えなかったら総攻撃しても普通に負けるのでは? 獣族はMNDが低いし。まぁ、ライナスでも耐えられないだろうけど。月鏡の剣の使い方を教えるしかないけど正直うろ覚えだぞ。踊りなんてしてこなかったし)


 アナベル・ド・リールが月鏡の剣を使った姿はゲーム中のムービーにはっきりと出てくる。剣を閃かせながら踊る姿は格好良く、戦場とは思えないような優美さがあった。逆にそこしかちゃんとした映像で見れるところはない。

 いかに何度もプレイしているセージでも完璧に思い出すのは難しかった。


(月鏡の盾だけ、は無理だな。夜になったらヤバいし、とりあえず早く獣人族を紹介してもらって使えるように練習して……)


「あれっ? セージ? 何でこんなところに?」


 頭を悩ませるセージに声をかけたのは一級冒険者パーティー『悠久の軌跡』のミュリエルだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る