第89話 樹上の戦い

(さて、ワイバーンの弱点は風。風魔法を使ってくるくせに風に弱いっていう引っかけタイプだったな)


「アニエスさん、月鏡の盾を貸してもらってもいいですか?」


「どうするつもりにゃ?」


「戦いに行きます。ワイバーンは魔法を使うので月鏡の盾は効果的なんですよ」


「こいつの話を聞くわけじゃないけど、我も逃げた方が良いと思うにゃ。勝算はあるのにゃ?」


 ワイバーンはウラル山脈に生息しているためリュブリン連邦に出現する事も稀にある。アニエスも戦ったことがあり、その厄介さは身に染みて分かっていた。


「もちろんです。命をかけるようなことしません」


 笑顔で答えるセージにアニエスはパーティーメンバーであるシルヴィアたちを見ていく。

 誰も不安など感じている様子はなく、当然のようにしていた。


「さっきの戦いのこともあるし信じるにゃ。ただし、無理だと思ったらすぐに逃げるにゃ」


「ええ。離れて見ておいてください。それほど時間はかけないつもりですから」


「……その自信が油断じゃないことを祈るにゃ。それじゃあ我々三人でこいつらを見張っとくにゃ」


「あっ、パーティーじゃなくて一人で行きますから大丈夫ですよ」


「一人? 馬鹿なのにゃ!?」


 率直に言うアニエスに、セージは苦笑しながら答える。


「おそらくワイバーンなら大丈夫ですよ」


「大丈夫って他の仲間はそれでいいのにゃ!?」


「セージが大丈夫っていうならそうなんでしょ。無理なことは言わないし」


 アニエスの問いにシルヴィアが冷静に答えた。


「いざというときは援護をお願いしたいのでシィルさんとライナスさんは準備だけしておいてもらえますか?」


「わかった。アニエスさん、頼めるか?」


 話についていけていないアニエスは疑問符を浮かべながら頷く。ワイバーンの群れに対する扱いがアニエスの常識と大きく異なっていた。


「あっワイバーンはもらっても良いですよね?」


「当たり前でしょ。どうせ私たちじゃ届かないし」


「もらうってどういうことにゃ?」


「ランクが上がる敵はパーティー内でなるべく分け合うことになってるの。とりあえずワイバーンを倒してきて貰いましょ。セージ、月鏡の盾は必要なの?」


「無くても戦えますが、あれば楽に殲滅できます」


 セージはそう答えてアニエスの方を見る。


「……本当なのにゃ?」


「もちろんですよ」


 そう答えるセージのことをアニエスはじっと見つめていた。何かを探るような目にセージは疑問符を浮かべる。


(この見つめる時間なんなんだろう。嘘がわかるとか? そんな特殊能力なかったはずだけどなぁ)


 アニエスは瞳を揺らしたあと、月鏡の盾を差し出した。


「貸すにゃ。絶対返すにゃ」


「ありがとうございます。必ず返しますよ」


(さてと、じゃあ行きますか)


 ワイバーンは徐々に近付いてきており、セージ以外もワイバーンの群れだとわかる程度の距離まで来ていた。

 セージは呪文を唱えながらワイバーンに向かって走る。ある程度まで近づくとワイバーンがセージに気づいてまっすぐ飛んで来た。


(きたきた。さて上手くいけばいいけど)


 セージは魔法の効果範囲に入ると立ち止まり、ワイバーンに手を向ける。


「テンペスト」


 テンペストは荒れ狂う嵐を展開する特級風魔法である。全方位から空気の刃が飛び交い、暴風が吹き荒れる中で、ワイバーンはまともに飛ぶことさえ困難になっている。


「シルフ、サモン」


 現れたのはヴェールを被った活発そうな女の子の姿をした精霊。細かい刺繍が入り朱を基調とした服装は東南アジアや遊牧民の民族衣装を彷彿とさせる。

 セージはテンペストに巻き込まれなかったり抜け出したワイバーンを見ながらシルフに指示を出した。


「トルネイド」


 精霊シルフがその場で元気良く舞い踊る。飛び跳ねながらクルクルと躍動する姿は可愛らしい。

 しかし、それによって起こることは凶悪である。複数の竜巻が出現し、それらは敵を逃がさないよう渦を描くように動きながらその範囲を狭め、次々にワイバーンを巻き込んでいった。

 運悪くテンペストとトルネイド両方に巻き込まれたワイバーンはふらつきながら逃げ出していく。それだけでなく、墜落していく個体もいた。


 ワイバーンはギャアギャアと騒ぎ、セージに向けて風魔法『ジェットストーム』を発動。

 『ジェットストーム』は螺旋に回転する空気の渦が撃ち出される魔法で、ドリルが高速で飛来するかの様に見える。

 それをセージは正面からしっかりと盾で防御した。月鏡の盾の効果により魔法を反射するためだ。


(保険として唱えたけど、やっぱり回復魔法要らなかったかな)


 セージが次に唱えていたのは回復魔法の呪文だったが、ワイバーンの魔法によるダメージを見て早々に回復魔法を使う。

 次々に放たれる『ジェットストーム』を全て盾で受け止めながら、セージは攻撃魔法を唱え始めていた。


 MNDがカンストしたセージが闇のローブと月鏡の盾を装備しているのだ。ワイバーン程度ではセージに大きなダメージを与えることなどできない。

 反対にワイバーンは月鏡の盾によって魔法を返され、自身の魔法により逃げ出していく。


(順調、順調。半分の反射だけどワイバーンは攻撃力のわりに耐久力がないからいい感じだな。風魔法は弱点だし)


 生き残ったワイバーンが物理攻撃しようと近付いてくるが、さらにセージは魔法を放った。


「テンペスト」


 再び荒れ狂う嵐がワイバーンたちを飲み込んだ。

 この魔法によって群れは壊滅し、ワイバーンはほうほうのていで逃げていく。

 しかし、そんなワイバーンたちの中で、一体だけ抜け出してきた個体がいた。


(なぜ? んっ? あれはヘルワイバーン?)


 ヘルワイバーンとはワイバーンの上位個体である。ワイバーンと見た目がほとんど同じだが、目の色がワイバーンは緑でヘルワイバーンが赤という違いがある。


(そうか、ヘルワイバーンなら耐えるよな。弱点風じゃないし)


 ヘルワイバーンはセージに向かって両翼で空気を打つ動作をした。

 すると炎を纏ったジェットストームのようなドリルが撃ち出される。


「メモリー」


 セージはとっさに呪文を破棄してメモリーを使った。盾で攻撃を防ぎながら、ちらりと『螺旋炎弾』を確認する。


(よしっ! まさか初っぱなから使ってくれるなんて、良いヘルワイバーンだな。けど、呪文を破棄したのはちょっと痛い)


 ヘルワイバーンにはすでに接近されており爪攻撃が襲いかかる。盾で防御しながら剣で攻撃したが手応えはない。ヘルワイバーンは着地せずにセージを通りすぎて旋回する。


(やっぱり? 耐久力が無いって言っても格上だし探究者のままじゃあまりダメージないよな)


 ヘルワイバーンは大型の魔物だが、その動きは早く意外なほど小回りもきく。着地すれば魔法を放つタイミングがあるのだが、素早く飛び続けられると魔法を当てることが難しい。

 ヘルワイバーンの弱点である炎の特級魔法インフェルノを準備したが現状では当たりそうになかった。


(うーん。実際のヘルワイバーンってこんな飛び回る戦い方なのか。これならテンペストで削った方が早……おっ?)


 ヘルワイバーンが攻撃するタイミングでシルヴィアがセージの前に立ちふさがる。


「シールドバッシュ」


 シルヴィアの盾で攻撃が弾かれた瞬間にライナスが剣を振るう。


「メガスラッシュ」


 ヘルワイバーンは翼を打ち、後ろに飛ぶことで剣撃を避けたが、その隙をセージは見逃さなかった。


(ナイスプレー!)


「インフェルノ」


 その言葉と共に立ち上る業炎は飛び上がろうとしたヘルワイバーンを包む。

 シルヴィアとライナスは警戒しながらセージの前に立ち、セージは呪文を唱える。

 炎が消えた瞬間にヘルワイバーンは身を翻して、全力で飛び去った。


「援護助かりました」


「セージなら助けに入らなくても何とかしたでしょうけどね。呼ばれてなかったし」


 シルヴィアが剣を鞘に戻しながら言った。


「呪文を唱えていたので言えなかっただけですよ。ヘルワイバーンがいるとは思ってませんでしたから」


「やっぱりヘルワイバーンか。本当に見た目は変わらないんだな」


 ライナスが興味深そうに言う。ヘルワイバーンについては授業で出てくるのだが実際に見るのは始めてだった。

 体の色が違うことで魔物の強さが変わることは良くあるのだが、目の色だけが違うのは珍しい。

 そんな話をしながら皆のところに戻るとアニエスが少し警戒するようにセージに問いかける。


「セージはいったい何者にゃ?」


「何者って……普通の人族の子供です」


「それは嘘にゃ」


「そう言われても。とりあえず月鏡の盾返しますね。ありがとうございまし……た?」


 セージは急に別の方向を向いて『ラビットイヤー』と『ホークアイ』を発動する。


(これは闇魔法? まさか神閻馬?)


「急にどうしたにゃ?」


「いえ、戦いの音がしますね。これはまずいかもしれません。行きましょう」


 セージは急いでリュブリン連邦に向かうのであった。

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