第88話 樹上の道

「それじゃあ行きましょうか」


 縄に結ばれた盗賊団十人をぞろぞろと引き連れて、木の中を歩いて登る。

 木は巨大なモミの木の様な外観をしており、木の幹を中心に螺旋階段の様に登ることができた。大人だと少し窮屈だが、セージの体格であれば難なく通ることができる程度の道になっている。


「それにしても、こんな道をよく見つけたわね」


「おう! すげぇだろ」


 シルヴィアの問いかけに反応したのはアリスターだ。それにクィンシーが突っ込みをいれる。


「お前が見つけたんじゃねぇ」


「だから親分がすげぇだろってことだよ。わかれよ」


「わかんねぇよ」


「どうでもいいから早く歩きなさい」


 アリスターとクィンシーの掛け合いをシルヴィアが切り捨てる。シルヴィアはアリスターとクィンシーを縛った縄を持っていた。


「そんなぁ。でも気の強い人も魅力的ですぜ」


 アリスターの言葉にセージはふと思い出す。


「あっそういえば、獣族もいけるとかお楽しみとか言ってましたね」


「あっ! お前聞いて……」


 セージの告げ口にシルヴィアはアリスターに蔑みの目を向ける。


「私、こいつの縄を持つのも嫌になってきたんだけど」


「いやぁ、へへっ、和ませようとした冗談じゃないっすか」


 実際、荒っぽい冒険者はそういった冗談を言いがちである。そして冗談として流されやすいが、セージはあえて煽りにかかる。


「冗談でも言っていいここと悪いことがあると思います。最低なやつですね」


「おいっ! あっ、いや、本当に本気じゃなかったんですぜ? 悪かった、この通り!」


 素直に頭を下げるアリスターだが、シルヴィアの目から厳しさは消えなかった。


「一応俺たちは冒険者だ。俺が親分でいる限り、こいつらに非道なことはさせねぇ」


 親分は力強く言う。その言葉に嘘は無い。しかし、アリスターが言うと嘘っぽく聞こえてしまう。


「そうっすよ! 俺たちは真面目に、本気で冒険者やってたんすよ? 酷いことするわけないじゃないっすかー」


「どうだか。あなたたちは元盗賊だったんでしょ」


「いやぁ俺たちは見張りとか荷運びとかばっかでよぉ。だから捕まっても逃がされたんでさぁ」


「下っ端の役立たずってわけね」


「そりゃねぇっすよぉ。俺らも真面目に盗賊やってりゃそのうち悪事のひとつやふた……っ痛! バカ野郎!」


 また、クィンシーがアリスターに頭突きをかまして発言を止める。


「バカ野郎はお前だ。悪事を働こうとしてどうする」


「だから俺は悪事なんてしねぇ……あれっ? 何の話をしてたんだ?」


 首を傾げるアリスターにシルヴィアは呆れた目を向けた。


「盗賊ってこうなの?」


「いや、俺らも頭はわりぃっすけどこいつは特別ですぜ」


 呟くように言ったシルヴィアにクィンシーがボソリと答える。首を傾げて聞いていなかったアリスターがふと思い出したように言う。


「ところで、HP1でも構わねぇから回復してもらえねぇですか。ほら、こんな枝に腕がガリっといっちまうかもしれねぇ」


「だから何?」


「何って、血が吹き出しちまうよ」


「騎士の傷痕はHP0でも逃げずに戦った勲章なんですって。喜びなさい」


「おおっなるほど! じゃあ自慢でき……って木の枝で引っかけた傷なんて恥ずかしいだけじゃねぇっすか!」


 叫ぶアリスターをうるさそうにシルヴィアが睨んだ。


(シルヴィアとアリスター、むしろ仲良いのか? おっ、そろそろ外に出る?)


 樹上に出ると一面緑の雲海の様な景色が広がっており、ウラル山脈やオデレイテ川、遠くにはその先の町まで見えた。


(やっぱり綺麗だな。来て良かった)


 足元はフカフカとしているが、踏み込んでもしっかりと支えられており安定感があった。


「たまに穴があるぜ。気を付けな。落ちたらどうなるかわからねぇぜ」


 見たことがない景色と不思議な足下の感触に気を取られていると、アリスターが注意を促した。

 皆の足がピタリと止まる。

 探検家の『サーベイ』によってセージが確認すると、確かに危険な場所が確認できた。


(ほんとだ。綺麗な場所だけど危険だな。まぁ変な方向に行かなければ大丈夫そうだけど)


「だが、俺なら危険な場所が分かりやすぜ。俺の職業は探検家。HPさえ回復してくれりゃあ先導してやるんだがなぁ」


 HP0の状態では特技が使えないので回復してくれと頼むアリスター。

 シルヴィアはアリスターが探検家だったことに意外そうな顔を向ける。しかし、無視してセージに問いかけた。


「セージ、どう?」


「おいっ、だから探検家じゃねぇと……」


「大丈夫ですよ。それじゃあ進みましょう」


「おいおいおーい! 聞けって! マジであぶねぇから! 嘘じゃねぇよ!」


「アリスターさんが一番前で、落ちたら次はクィンシーさんですね」


「凶悪な調べ方だな! 俺が特技を使って先導すれば安全なんだぜ!?」


「俺を巻き込まないでくれ!」


 これにはクィンシーも思わず叫ぶ。


「冗談です。僕が探検家をマスターしてますから安全ですよ」


「だから、俺が……えっ、探検家をマスター? お前が? 魔法使いじゃねぇの? あれっ、回復役だったか? んんっ? 奇妙な技も使ってたぞ?」


「とりあえず進みますよ。ちゃんとついて来ないと途中で置き去りにしますからね」


 混乱するアリスターに対してセージはサクッと言って歩き始めた。

 そんなセージに獣族のアニエスが話しかける。

 ちなみにセージとアニエスは誰も連れていない。セージは単に力が弱いからでアニエスは里長の娘だからである。


「本当に大丈夫なのにゃ?」


「もちろんです。本当にマスターしていますから。それに進む方向さえ間違えなければ安全な道が続いていますよ」


 そう言うセージをアニエスはじっと観察して質問する。


「セージは何者にゃ? どうして私たちを助けたにゃ?」


「何者? えーっと、ただの人族ですし、助けたのはたまたま見つけたからですけど」


「ただの人族? そんなはずないにゃ」


「そう言われましてもステータスに人族って書いてありますし」


「本当にゃ?」


「本当ですよ。嘘ついてどうするんですか。それに人族にしか見えませんよね?」


 アニエスはセージの顔をまじまじと見て答える。


「それはそうにゃ。じゃあ、どうして助けたにゃ? 隠れる時間があったら逃げられたはずにゃ。戦いに勝ったなら武器を持ち去ることもできたにゃ。でも今も我々のために動いてくれてるにゃ」


 アニエスは真剣な表情でセージを見る。その瞳には複雑な感情が渦巻いていた。

 助けてもらったとはいえ、会ったばかりの得体のしれない人族を自分たちの国に招くのである。アニエスとしてはただの親切心とだけで楽観視はできなかった。


(うーん。これが最善と思ったし、リュブリン連邦に行きたかったし。こんな理由言っても納得できないか。でも他に無いしなぁ)


「そうですね。理由はさっき話していた通りなんですけど、個人的にリュブリン連邦を見たいと思っていまして」


「見たい? どういうことにゃ?」


「アナベル・ド・リールという方を知っていますか?」


「当たり前にゃ。その名前はリュブリン連邦で最も有名な名前にゃ。それがどうしたにゃ?」


 アナベル・ド・リールはリュブリン連邦の英雄だ。

 獣族猫科と犬科の戦いが起きたとき、犬科は人族と手を組んで猫科を追い詰めた。その時に現れたのがアナベル・ド・リールである。

 月鏡の武器を手に獅子奮迅の戦いを見せ、獣族猫科を新天地へと導いた。その後、犬科首領を倒すのと引き換えにアナベルも命を散らした。

 それと共に戦いは終結。ウラル山脈、ラミントン樹海、オデレイテ川に囲まれた土地が獣族猫科の土地になった。そして、獣族の他の科も集まってリュブリン連邦となる。ただし、犬科はいない。


 セージはゲームの中で起こったことは知っているが、その後のことはわからない。当時何もなかった土地がどうなったのか気になっていたのだ。


「僕も話を聞いたことがありまして。その後、どうなったのか気になっていたんですよ」


「なぜ気になるにゃ? セージは獣人族にゃ?」


 獣人族とは獣族と人族のハーフである。見た目は耳や尻尾、手などに獣族の要素が部分的に残った人族という場合が多いが、獣族や人族どちらかと変わらない見た目になることもある。


「だから人族ですって。でも、アナベルさんって格好いいじゃないですか。残念ながらアナベルさんは亡くなりましたし、子供はいなかったはずですけど、たしか弟がいましたよね。ちょっとでも会えたら良いなと思いまして」


 アニエスはまたセージをじっと見たあと、ふと興味を失くしたかのように視線をそらして答えた。


「まぁいいにゃ。人族にしてはよく知ってるにゃ」


(こんな理由でいいんだ。アナベルがカッコ良かったからその兄弟に会いたいってめちゃくちゃな話のような気が。まぁ実際会いたいけどさ。んっ? あれは?)


 先導していたセージが途中でピタリと止まる。シルヴィアが不思議そうに尋ねた。


「セージ、どうした?」


「いえ、ここに魔物って出るんですか?」


「いや、俺は何度も通ったが、一度も魔物は出なかったぞ」


 セージの質問にウォーレンが答え、シルヴィアは戦いに備えてアリスターを繋いでいる縄をチャドとベンに渡す。


「魔物がいるのか? どこだ?」


「あの空にいます」


 セージは遠くを指差して答える。セージは探検家の特技『ホークアイ』を使っているため、遠くには空をワイバーンの群れが飛んでいるのが見えていた。しかし、シルヴィアたちには何が飛んでいるのかまでは判別がつかない。


「あれが魔物?」


「ワイバーンの群れですね。こちらに向かって来ています」


「ワイバーンの群れ!?」


 ワイバーンのステータスだけでいえばレベル50のパーティーなら戦えるが、厄介なのは飛べる上に魔法が使えるところにある。

 さらに群れで現れると高ランクパーティーでも逃げ出すほどである。ウラル山脈で注意が必要な魔物の一つとして有名だ。


「こんなところであまり戦いたくないですが仕方ないですね」


「素直に逃げた方が良い。この距離ならまだ間に合うはずだ。森の中までは追ってこねぇだろ」


 口を出したのはウォーレンだ。元一級冒険者として戦った経験があり、このパーティーでは勝てないと思ったのだ。


「今から走れば逃げられるかもしれませんね」


「じゃあ早くしようぜ。俺はワイバーンと戦ったこともあるが、群れと戦う気にはなれねぇ」


 ウォーレンはそう言ったがセージは首を振って答える。


「倒せないなら全力で逃げますが、倒せる相手から逃げなくてもいいので」


(というより、ランク上げに最適だし)


「お前、ワイバーンと戦ったことあるのか?」


「ないですよ。でも、だいたいわかります」


「……どうなっても知らねぇぞ」


 自信たっぷりに答えるセージに、ウォーレンは苦々しい表情をするのであった。

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