第63話 トーリとレベッカ

 ラングドン領から飛行魔導船が出発する日、セージが到着したとの知らせを受けたトーリはノーマンの屋敷の近くで待機していた。

 セージには神霊亀との戦いに行くときに少しだけ会い、MP回復薬などのアイテム類を渡した。しかし、急ぎだったためゆっくり話をすることはできなかった。


 王都行きの飛行魔導船に乗るという話を聞いて、一週間前からいつ着くのか、さすがに前日には着くだろうと考えていたら、まさかの当日数時間前に到着だ。

 このままだと挨拶することさえ出来ないと思ってセージの出待ちをしているのである。

 すると、そこにレベッカがやって来た。


「やっぱり。トーリだったか」


 レベッカがトーリに話しかける。仲が良い、という程ではないが、ラングドン家にいる女性ツートップとしての仲間意識のようなものはあった。


「セージが来たんだ。当然だろう。レベッカもそうじゃないのか」


「いや、私は通りかかっただけだ。研究所に用があってな」


「なぜこんなところを通る必要がある。全く素直じゃないな」


 トーリはラングドン家の屋敷の前にいる。研究所と騎士団の訓練所は向かいにあり、屋敷の前を通る必要はない。


「ここにいるのが見えたからだ。研究所長にも話があるんだよ」


「それがわかっているなら後にすれば良いじゃないか。わざわざここに来る必要も無い」


 トーリとレベッカが言い合っていると、ノーマンへの挨拶を終えたセージが出てくる。


「あっトーリさん、レベッカさん! 会えて良かったです。この間はありがとうございました。とても役立ちましたよ」


 セージはそう言って二人に駆け寄った。


「セージの役に立って良かった。また作ったから飛行魔導船の方に積んでおいたぞ。確認しておいてくれ」


「ありがとうございます。いやーほんとに助かります。ほとんど使い切っちゃったんですよね」


 ちなみにトーリは一度セージに対して敬語を使ったことがある。その時、珍しく嫌そうな顔をされたので、それ以来使うことはなかった。

 ただ、セージのために練習していた敬語はノーマンと話す時に役立っている。


「まだこれからも作るつもりだ。必要になったら言ってくれ。すぐに送ろう」


「嬉しいです。でも、別に作って欲しいものがあるんです」


「あぁもちろん構わない。何でも言ってくれ」


「では、これを渡しておきます」


「んっ? これは?」


「神木の粉末や万能漢方薬などのレシピです。このまま作っても確実に効きますけど、まだ改良できると思うので試してみてくださいね」


「……確実に効く、のか? それはどういう意味だ? 成功率が一割ではなく十割ということか?」


 トーリはセージの言葉を確認した。それは、この薬類の特徴にある。

 これらは存在はするが、需要がなくてあまり売っていない物である。何故需要が無いのかというと、原料が高い上に効くかどうかがわからないからだ。

 例えば神木葉の粉末はHP0から復活する効果を持つが、効く確率が一割程度しかない。


 復活させる必要がある時は非常事態だ。そんなときに一か八かの賭けで成功率一割のアイテムを使うなんて者はいないだろう。

 時間はかかるが復活魔法『リバイブ』を使った方が確実だ。

 万能漢方薬も同様の理由で需要がないのである。


「そうですね。十割です。試してませんけど」


 実は、セージはちゃんとした作り方を知っていたのだが、一部の薬に関しては秘匿していたのである。

 もちろん本に書いてあることはそのまま翻訳しているのだが、上級薬師の書は見つかっていないため、想像はついていたが言わなかった。

 あまり知識を出しすぎるのも良くないと思っていたからだ。


 しかし、神霊亀戦で考えが変わった。セージは気絶していて覚えていなかったが、考えていたより危険な状態だったことを教えてもらい、そんなこと言っている場合じゃないと思ったのだ。

 死んでしまったら元も子もない。

 準備を怠らないようにしようと考え直したのである。


「それは、その……世界の理、というものか?」


 以前ルシールに聞いた言葉を思い出してトーリが聞く。

 試していないのに十割効くと言い切れるのはおかしい。それに、百パーセント効くことを証明するのは難しいのだが、トーリはセージが断定するときはそうなのだろうと思っていた。


「世界の理? まぁそうですね。そもそも、神木の粉末は必ず効くものなんですよ。成功率一割なんてそんな道具はありません」


「そうだったのか。これを、私が作って良いのか?」


「もちろんです。トーリさんの腕なら任せられます。薬師として素晴らしい感覚を持っていますから」


 セージは元化学メーカーの技術者ということもあって知識もあり実践してきた。しかし、この世界には分析する機器どころか温度計や電子天秤も無い。

 簡単な温度計と気圧計はセージが頼んで作ったものの正確ではなかった。

 鑑定はあるが大雑把な品質しかわからない。

 そんな中で、原始的な天秤や計量匙で正確に重量を計り取り、感覚で温度を感じ、明確に品質を見極め、再現性のある結果を出してくる。

 アドバイスはしたものの短期間で改良を進めていけるトーリは、セージから見てチートと言っても過言ではない能力を持っていた。


「私が? そうなのか?」


「そうですよ。それ、作れますよね?」


 トーリがセージから渡された紙に視線を移す。


「……あぁなるほど、ここが足りていなかったのか。そうだな。作れるだろう」


「じぁあ、お願いしますね」


「わかった。必ず最高の品を仕上げてみせる」


「お願いしますね。それと、レベッカさん。このウエストポーチ貰って良いですか?」


「んっ? ウエストポーチ? あぁそれのことか。いいぞ。今は使ってないからな」


 それは回復薬などを納めるポケットがついたウエストポーチのようなものである。

 戦いの最中に回復薬を荷物から取り出すなんて悠長なことはできないため、必要なときに取り出しやすいように考えて作られた便利グッズである。


 冒険者、特に前衛は動きが阻害されたりビンが割れたりする可能性が高いためあまりつけないが、騎士団は後衛の魔法士が良く着けている。場合によっては全員着用していたりもする。

 ちなみに悠久の軌跡パーティーのヤナはMPが高すぎて一回の戦闘で消費しきることなどなく、動きの邪魔になるため着けていない。

 そして、ラングドン魔法騎士団は今はまだ魔法で戦うより剣で戦う方が戦力になるため着けていない。


 レベッカは戦いに出るときに腰に着けるタイプの物を使っていた。足につけたりジャケットに収納したりもするが、腰タイプが一番多い。

 既製品もあるが、たいていが特注品だ。そもそも騎士団以外では魔法使いが少ない。需要がないため、あまり町では見かけないのだ。

 それに、これは便利グッズであって装備品扱いにならない。セージはゲームに出てこなかった物に関しては疎かった。


 神霊亀戦に行く前にレベッカがそれに気付いて、昔使っていたものを渡したのである。

 神霊亀戦では魔法をひたすら使い、何度も回復しなければならなかったので役立っていた。ビッグタートル狩りの時と比べて格段に楽だったので欲しいと思っていたのだ。

 それに吹き飛ばされたときビンが割れて、中が傷だらけになって返しにくかったというのもある。


「ありがとうございます。これ使いやすいですね」


「そうだろう。それはヘンゼンムート領軍で使っていたものを私が改良したやつだ。古いが頑丈に作られている。まだまだ使えるだろう」


「助かります。代わりといってはなんですが、これをどうぞ」


「ああ、ありがとう。これは、ローブか?」


 レベッカが渡されたものを広げると、黒色のローブであった。


「そうです。神霊亀戦で使っていた闇のローブなんですが、僕はすでに新しいものを持ってまして。魔法騎士団で使ってください」


「闇のローブ? どこかで聞いたな。まぁいい。性能が良ければ使おう」


「もし必要なければトーリさんに渡してくださいね。ローリーの店に置くので。あっ、トーリさん、手紙に書いた通りなのでローリーのこと頼みますね」


「大丈夫だ。任せてくれ」


「それでは、飛行魔導船の出発時間が迫っているので失礼します」


「ああ、届け先がわかれば手紙を書いてくれ」


「わかりました。それではまた」


 トーリは神に祈るように、レベッカは軽く手を振って答え、セージは走り去っていった。


「いつまで旅の無事を祈っている。トーリ、これを鑑定してくれ」


 トーリはその言葉を無視してたっぷりと祈りを捧げ、レベッカが少しイライラしてきたところでやっと顔を上げた。


「それで、用事とはなんだ?」


「話を聞け! 祈りが長すぎるんだよ。まずは鑑定してくれって言ってるんだ」


「祈りの最中に話すからだ。まったく。祈りの邪魔をするなんて非常識だろう。『鑑定』。闇のローブ、防御力56、魔法攻撃を軽減。これでいいか?」


 そこでレベッカは思い出した。王国一の魔法騎士団と呼ばれるミストリープ領の第三魔法騎士団長が愛用しているローブが闇のローブだったことを。

 団長の実力もさることながら装備の性能によって団長までのしあがれたと言われている逸品だ。


「これが、闇のローブ?」


「それはセージが言っていただろう。レベッカこそ話を聞け」


「おい、これがどれだけ強力な装備かトーリは知らんだろうが……」


「知っているぞ。だが、セージからラングドン男爵閣下に送られた装備はこんなものではない」


「はぁ!? こんなものだと?」


「そうだ。国宝級の装備が揃っている。これはそれほどの物ではないだろ?」


 実はノーマンは鑑定をトーリに頼んでいた。ノーマン自身や執事長が急に商人に職業を変えると怪しまれるからだ。

 セージ案件で、鑑定を覚えており、信頼できる者と言えばトーリしかいなかった。


「まぁ、闇のローブは国宝級とまでは言わないが……」


「んっ? これは言うとまずい事だったか? まぁいいか。神の使者たるセージなら国宝級どころか伝説の勇者の剣だろうと易々と作ってみせるだろうしな」


 レベッカは、トーリの話がどんどん突拍子もない方向に進んでいくように感じ、呆れたように溜め息をつく。


「またそれか。まぁいい。闇のローブはありがたく使わせてもらおう。今度礼を贈らんとな。さて、研究所に行くぞ。魔法騎士団用の薬品で相談したいことがあるんだ」


 レベッカはそう言って歩き出し、不満を言いつつトーリもそれについていった。


 ちなみに、トーリの言葉で有耶無耶になっていたが、後になって改めて闇のローブの価値を考え直したレベッカは、とてもじゃないがお古のウエストポーチと釣り合うわけがないと頭を悩ませるのであった。

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